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2020.03.28
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カテゴリ: 昭和の日常
​

結婚式は和装、和風で個人宅で執り行なわれるのが
一般的だったのは、昭和30年代まででしょうか。
昭和40年代に入り、ウェディングドレス、蝶ネクタイ
タキシードで式場て゛というスタイルに変化していったのですね。

重い文金高島田を被り、金襴緞子の帯で締め付けられるより
純白のドレスとレースのベールに女性は一変して
憧れるようになりました。



40年代は、欧米に羨望感を持ちすぎていたため
​風習 習慣まで  欧米倣え  でした。​
式場で披露宴を終え、即新婚旅行に出発する
新郎新婦の車には、空き缶が紐で繋げてあり
ガラガラ音を立てながら遠ざかっていったのです。

それは、 げん担ぎ の意味が米国ではあるそうです。
悪霊が近づかないと・・・
しかしこれが長く続かなかったのは、
品位に少し欠ける という意識を人々が持ち始めた
からかもしれないですね。


駅のホームでよく見かけた光景です。
今だったらこんなことされて二人は
「含羞に耐えられなかったでしょうね。」
と思いますが、当時は日常茶飯事の事だったのです。
​​本人たちは、 幸せいっぱい なのでした。​​


行く先は、太平洋側の海岸に面した地域が人気だったのです。
海外に行くようになったのは40年代後半からでしようか。

​列車も ことぶき号 と銘打って乗車人員は、新婚さんばかり・・​

であることが人々が安心感を持ち、より一生懸命に
なれたのです。​





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最終更新日  2020.03.28 22:04:38
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