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2020.04.12
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カテゴリ: 昭和の日常


​江戸時代ではありません。
昭和30年代の農村の佇まい です。
この頃、人と共に必ずや動物 家畜が同居していました。



​
​​​ ​ 鶏 は、卵を産ませ 家人が食べるため飼い
鶏小屋をけっこう自由に出入りしていました。
兎 は丸々と太らせるため小さな兎小屋を作り飼い
捌き屋さんが集落には数人いたので、捌いてもらい
晩餐として賞味三昧したのでした。

兎の肉は、日本の伝統食文化で
甲信越 東北 北関東  では昭和30年代まで
飼って食すことが日常だったのです。
しかしながら、子供たちにとってはショックでしたね。



羊は伸びた毛を刈って、その毛を売ったのでした。
電動バリカンなどない時代、上の図のような
大きなハサミ で、ジョキジヨキ毛をカットしたのでした。

山羊は、搾った乳を家人が飲むためです。
当時オッパイの出が悪い母さんは、山羊の乳を
赤ちゃんに飲ませたそうです。


当時は動物をペットとして飼う認識は無く
雇用して、役目を果たしてもらうことを願ったのでした。
大きな家畜は、 同屋根下で同居 していました。
愛情は注いでいたのですね。


​​​​
​​ ​家畜たちは、 重い 苦しい 暑い 冷たい  の苦難も​
いやな顔ひとつも見せることなく、指図されるがままに
​馬も牛も、 馬車馬 のように働き抜いたのでした。​
農業が機械化されていない昭和30年代、
農村の子供たち、具に家業をお手伝いしていましたね。





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最終更新日  2020.04.12 21:32:41
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