ORANGEVERT

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2005.02.27
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カテゴリ: フィクション
 公園に行きたくなった。
その気になれば住んでいるアパートから5分のところにある。

 だが、佇む人は居ない。
どの時間に通っても、ほとんど人影、というものがないのだ。

 無理もないかも知れない。
子供たちは公園では遊ばなくなった。

 彼が子供だった頃のように公園は安全な場所では
なくなっている。それに時間を忘れて遊びに熱中する時間も
今の子供たちにはない。熱中するためだったらテレビゲーム

危険も、キャッチボールしている球に当たって死ぬ、
というバカバカしい危険もない。

 彼は失業中で、
これといってやることもない暇人だったので
その気になれば、
こころゆくまで公園のベンチに座って、
陽に当たりながら時間をつぶすことも可能だったのだが、
気が進まなかった。

 すべり台もジャングルジムも、ブランコも何もない、
ただ無人のベンチだけがぽつんと置かれている、
高い柵に囲まれた無人の場所に居ると、

心の底から沸いてくる。開放感がないのだ。

 たまに通りすがる人の目も、
いい年齢をした、本来ならば何処かに居場所を見つけて
いなければならないはずの男が佇んでいる様子を好意的には
見ない。それは、彼自身の抱いている鬱屈のための


 だから彼が行きたい、「公園」というのは
現実の場所ではない。どこか此処ではない場所、という
意味なのかも知れない。

 失業してから、しばらくして離婚した。
妻が見切りをつけたのは無理もないことだった。
彼は次の仕事を探す気力を失くしていた。
妻は彼を支えようとはしなかった。
もともと妻も生活の為に結婚をしてようなもので、
彼は結婚生活の中で妻の愛情を感じたことはなかった。
子供が居なかったのが幸いした。

 あとは惰性で貯金を食いつぶし、
単発のアルバイトのようなことをしながら
何とか食いつないでいる。

 先日、友人が持ってきた幾分怪しげな単発の
バイトの話を彼は考えていた。治験の話だった。
報酬はいい。切り詰めれば数ヶ月生活できるくらいだ。
それに危険なことは伴わない、ということだった。

 友人は製薬会社ではなく、大手通信会社に勤務している。
その会社の子会社である旅行会社経由で持ち込まれた話だが
まだ実験の段階で公けに実用化するには早い、ということで
彼も口外を禁じられている。

 「時間旅行」が現代では可能なまでに技術が進歩しているのだ、という。と、いっても未来にはまだ行けない。
過去の、といっても、それほど大昔には行けない。

 旅行者の記憶の中にある時間分だけ、過去に遡ることが
できるのだ、という。実用化や一般化にはほど遠いが、
友人の勤める会社では、この技術に大いな期待を持っている。

特殊な薬や想像力に頼ることなく、
ふつうの旅行者が時間を越えて旅行をできるように
なれば、潜在的なニーズを掘り起こすことが見込めるだろう。

ただ、今の段階ではこの技術には致命的な欠陥があった。

体や脳には日常生活に支障があるような損傷はうけない、というが、ただ記憶の一部がなくなる。

 彼には失って困る記憶はない。
日常生活で困るような、ものの名前とか、自分が誰であるか、
というようなことを忘れてしまっては困るが。
そのようなことはないように細心の注意を払って、
実験は行われる、ということだ。

 彼はただ、自分の人生の中で、自分の行きたい時間を
指定すればいいだけだ。あとは最新式の装置が勝手に彼を
連れていってくれる。

■※□※■※□※■※□※

数日後、

彼は友人の勤める大手通信会社の研究所の一隅にある
何重にもロックされた部屋の中のソファーに座り、
テキパキとしたしゃべり方をする、研究者、というよりは
むしろやり手の営業マン、といった感じの男の前で
簡単な質問と脳波チェックを受けてから、
最新式の装置の前まで案内された。

ヘッドギアのようなものをかぶせられ、
ゆっくりと深呼吸しながら数を数えるように指示される。
3まで数えている途中で、透明だが抵抗しようのない重さを
感じ、幕がおりたように意識は遮断された。

□※■※□※■※□※■※□※■※

彼は黄昏のオレンジ色の光の射す公園に居た。

子供の時分から、就職して一人暮らしを始めるまで
住んでいた都営住宅の、彼が住む棟の目の前にある
中央公園だった。

反射的に自分の姿を確かめる。
もとのままだ。
着ている服も、35歳の中年の男であることも、
何も変わっていない。
奥歯に空いた、放置されたままで今では痛みも感じなく
なった虫歯の穴も同じままだ。

空気を吸うとピリリと冷たい。
11月の半ばくらいかもしれない。
どことなく帰宅を誘う
煙くさい何かを焚きつけるような
匂いがするが、
それでも、
子供たちは、まだ時間を忘れたように遊び呆けている。

彼が小学生の時、登って真っ逆さまに落ちた
イチョウの木もある。
登ってみようか、と考えたがやめた。
また、落ちたらたまらない。

あの時は痛み、というよりは指先から体が冷たくなって
頭の先まで拡がってゆくのを感じて、
そのあと意識が全くなくなった。

彼は少しだけ身震いをする。
一瞬、水の中を歩いているように感じた。

公園のまわりには、駄菓子や、おでん、焼き鳥の屋台、
などもボチボチ並んでいる。
母親から買い食いを禁止されていたが、毒々しいとも
いえるくらい鮮やかな赤やオレンジの杏やリンゴの水飴や
ウスターソースをかけて食べる薄いセンベイなどの
誘惑には勝てず、学習塾の帰りに
こっそり買っては食べたものだ。

駄菓子屋の親父は、彼が子供の頃と変わらない、
はげ頭で垢で汚れた緑のジャンパーをきた男だった。

彼は、財布を取り出し、
小銭を数え、センベイと飴を買う。
当時と同じ10円だった。

味は期待外れだった。
やはり、美味くはない。
センベイはスカスカだったし、水飴は人工的にただ甘い
だけだった。彼の舌も十年以上経っているので
だいぶ肥えているのだろう。

そのとき甲高い声が頭の上から降ってきた。

「マサルっ!」
声のした方向を見ると、まだ若い彼の母親がいる。
洗濯物を取り込むためにベランダに出ていたのだろう。

「あんたは、何度言ったらわかるの!!
あれほど、買い食いしちゃダメだって言ってるじゃないの、
早く捨てなさいっ!!」

 母親には頭が上がらなかった。
彼女には隙がなかった。家の中のことを何でも自分の
思うように取り仕切り、家族の誰かがちょっとでもはみ出すとヒステリックな声をあげた。そして彼女はいつでも正しかった
狭い家を清潔に保ち、料理を作り、家族を見張り、
テレビのチャンネル権をにぎり、日曜日だけ朝、10時まで
寝ていた。彼女はいつでも正しかった。

 それは、年齢をとり、体の不調を愚痴りはじめ、
ロクでもない金融屋に貯金を騙し取られた現在でも
変わることはない。

 母猫が子猫を未知の危険から守るように彼女は
 常にヒステリックで、そして正しい。

彼は不承不承、駄菓子を捨てる。相変わらず彼は中年男のまま
だったけれど、母親には、それは関係がないようだった。

「早く帰ってきなさいっ!!」

帰宅すると母親はまだプリプリ怒っていた。

「うちでだって、ちゃんと、おやつをあげてるじゃないっ!
あんたは、何が気に入らないのっ!!」

 部屋からは微かにバタークリームの匂いがした。
母が手作りで作っているマドレーヌを焼く時の香りだ。

「全く、あんな何さわったかわからないような手でさわったものを。汚いったら、ありゃしない。」

 あとから母に、なぜあの時、そこまで怒ったのか
聞いてみると、駄菓子屋の親父が立小便しているのを、
ぐうぜん見てしまった直後に、タイミングよく、というか
運悪く彼が駄菓子を買うのを見つけたのだ、という。

 彼は長いこと、母親を騙しおおせたことがない。
嘘はかならずばれるのだ。ばれる、とわかっていても、
彼は小さな嘘を重ねた。少しでも金属製の声でとっちめられる
時間を先延ばししたかったからだ。

 あたりは暗くなっていた。もう早い家では夕飯の時間だろう

「ごはんよっ!」
母親の声はまだ不機嫌なままだった。彼は食欲を失くす。

「いらない。」
「買い食いばかりしてるからよっ!」
「ばかり、なんかしてないだろう。
たまたま買ったところを見られただけじゃないか。」
「なんか言ったっ!?」
「なんでもない。」

明りは、蛍光灯ではなく40Wのオレンジ色の電球だった。
キッチンには花模様の壁紙が張られ、彼と弟が落書きした
クレヨンの赤い線がクネクネと続いている。

鉄道のつもりなのだろう、ところどころ
「アサカサミツケ」だとか「アキハラバ」などと
駅に見立てた丸いシルシが、つけられている。

キッチンは狭く、家族全員が座れないくらいだった。

お風呂とトイレがキッチンのすぐ横にあり、
誰かが食事中にトイレに入ると、母はイヤな顔をする。

その頃は、その造りが、あたりまえだと思っていたが、
成人して、それなりの住居に住むようになると、
あれはないよな~、と思ったりもした(続)





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Last updated  2005.02.27 17:12:21
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ゆう@ とうとう出ちゃったね うわさは本当だったよ。 http://himitsu.…
ねこの木 @ Re: ぜひぜひ、教えていただきたい! ただで…
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