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相模の屋根:「丹沢山塊」(1)
「丹沢山塊」
蛭ヶ岳山頂から360°の展望( とら
さん提供・・、素晴らしい写真ですのでチョット拝借致しました)
山域名が「山塊」と言うのは珍しいのではないか・・?、
関東甲信越の山々の呼び方で「山塊」と称してところは他にもあることはある、長野県と新潟県の県境に聳える「雨飾山」(1963m・日本100名山)の北方山域の「海谷山塊」(うみたにさんかい)、 栃木県と福島県の県境に立つ「男鹿岳」(1777m)の一帯をいう「男鹿山塊」(おじかさんかい)、阿賀野川の支流早出川の上流を取り囲む山塊で粟ケ岳、矢筈岳(1259m)一帯を「川内山塊」などと呼んでいるようであるが・・。
しかし、百名山の雨飾山は別格としても、何れもメジャーな山でなく、山道なども開けていない山屋に言わせても未知の領域の山塊である。
そこへいくと「丹沢山塊」というのは、余りにもメジャーな山なのである。
「山塊」という特殊な名称は、その山の成り立ちから付けられたとも言われる。
遥か地球時代の昔、造山活動により洋上にあった伊豆の島(伊豆半島)が地核運動によって未だ未熟な日本列島に接触・衝突し押し上げられて、その衝突面に丹沢山塊を生じさせたといわれる。
地球規模でいうと遥かに規模が小さいので、一つの山の塊とし丹沢連峰、丹沢山脈とは言わず「丹沢山塊」と呼んだとも言われる。
因みに「ヒマラヤ山脈」は、洋上に独立して存在していたインド大陸が地核の移動によって北上し大陸に衝突、その衝突によって大陸と接合した...その時の、接合面に出来たシワシワが現在のヒマラヤである・・、ということは良く知れれている。
東京方面から空気の澄んだ日など富士山が見えるときがあるが、その富士の裾を邪魔して全容を遮っているのが丹沢山塊であり、無論、小生の住む厚木からは山塊が接近しているので全く遮られて見ることは出来ない。
ただ、丹沢富士とも呼ばれる「丹沢大山」の端正な姿が自宅正面に見えているのであるが・・。
相模の屋根といわれる丹沢山塊の山域は、概略で南は私鉄・小田急、国道246号線、北は道志街道・国道413号線に挟まれた南北約20km、西は山梨県境から東は大山山系の東西約50kmで、全体として神奈川県の面積の約6分の1を占める程である。
一般的に山域の分類としては、中央部の蛭ヶ岳を境に交通アクセス便利で開けている東丹沢、山深く交通アクセスのやや不便な西丹沢の2つに区分され、また、塔ノ岳以南を表丹沢や南丹沢、そして丹沢主稜以北を北丹沢又は裏丹沢と呼ぶこともある。
ただ、東丹沢は大山山系と記したが、その東に聳える仏果山系、更にその東に連なる低山ではあるが「鳶尾山系」を是非含めたいのである、つまり中津川を境に西部地域を東丹沢と・・。
何・・?、鳶尾山が丹沢だと・・?、そりゃないだろう・・!!、と言われるのも御尤もである。
実は鳶尾山は小生宅のすぐ裏手にあり、今でも体力保持のためのトレーニングの場であって、鳶尾山が東丹沢に一部というのは、いわば小生の私的願望も含まれているのである。 現在も尚、齢(よわい)70歳直前の今日、雨天、日曜、酷暑日などを除いて、ほぼ毎日高度差およそ150mの所を往来している。
最も近い登り口は自宅から徒歩で3、4分のところであるが、ルートは無数に有り歩行時間に応じて、其々のルートを目指しているが・・。
実際に、「東丹沢」と称するのは、中津川より西に派生するのが丹沢山地である・・、と言う意見も多数あるのも事実である。
次回は、 「丹沢の歴史」について・・、
相模の屋根:「丹沢山塊」(7) 2008.08.18
相模の屋根:「丹沢山塊」(6) 2008.08.18
相模の屋根:「丹沢物語」(5) 2008.08.18
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