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2011.12.18
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  南ア・仙丈ヶ岳紀行(57) 「ノスタルジック甲斐駒ケ岳」(2)  .




甲斐駒ヶ岳の開山

甲斐駒ヶ岳が山岳霊場(駒ヶ嶽神社)として開かれたのは何時ごろのことかは定かでないが、横手の 駒ヶ嶽神社 は駒ヶ岳山頂を本宮とし、その 前宮


由緒によれば 、
「神の代に建御名方命(諏訪大社の主神)がこの地に至りし時、雄大にして崇高な山の姿にうたれ、『 この山はいと高く清すがすが々しき地なり、かれここに吾あが御親の神を祭るべし 』と云うに始まる」として、改めて建御名方の父である大己貴命(大国主命)を出雲より遷宮したという。

また、「白鳳年間(六七三) 役の行者・小角 (おずね)が当山にて仙術を修め、富士山とともに当山を開闢(かいびゃく)したと伝えられている」 とも記す。

駒ヶ嶽神社は江戸時代には駒ヶ嶽権現とも称し、神仏習合の地であった。 
『 甲斐国志 』には、山頂に駒形権現・馬頭観音、そして 摩利支天 が祀られていたことも記している。

山上のよく目立つ大きな分嶺を摩利支天と呼ぶのはそのためである。
なお、尾白川の渓谷に沿う千ヶ尻にも、竹宇の駒ヶ嶽神社前宮がある。


黒戸登山道 と、竹宇駒ヶ嶽神社前宮から入る 尾白川登山道 の二筋があった。 

尾白川登山道は、渓谷に沿って登り、千丈ノ滝の下流で左手の急坂を辿って、五合目の屏風岩のところで黒戸登山道と合流する。 
そこから屏風岩の岩場を経て七合目の七丈小屋に達し、2日目は八合目で朝日を拝して山頂の本宮に到達するように開かれていた。
現在もこの登山道は、甲斐駒登山のメインルートとして登山者に利用されている。



かつては飯田線の伊那北駅からバスを利用して戸台口まで揺られ、戸台河原から長い距離を歩いて北沢峠へ達し、それから入山することが出来る。 

今は、(昭和50年後半以降) 南アルプススーパー林道 が開発されて北沢峠までバスで入ることができ、より一層入山が容易になっている。


次回、「 仙丈ヶ岳下山道 」



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Last updated  2011.12.18 10:36:56


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