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ここ1年程、我が家を悩ませてるある問題。どうしてもどうしても解決することができません。何らかの学びなのだろうとは思いつつも、サッパリ解決策が見つからず、一進一退の日々でした。で、ここでふと『天使にお任せしてしまおう!』と閃き、「もう私にはお手上げです。天使さまにお任せします。この問題を解決してください」とお願いしてみました。すると天使はすぐに動いてくれました今までずっと謎だらけだったことが短期間(この半月ほど)に、いくつもの意外な事実が判明しだしたのです!なので今は、トンネルの出口が見えた気分です。もう真っ暗な中を手探りで歩くことはなくなったようです うれち♪この体験をしてみて、天使にお願い(お任せ)することって、全てを依存するんじゃなく、自分が取った行動をサポートしてくれ結果を導いてくれることなんだな~と思いました。例えると…ジグゾーパズルで行き詰った時に天使にお願いしたとしましょう。今までの私のイメージは、『寝てる間に天使が勝手にパズルを完成させてくれる』というものでした。ところが実際は、『足りなくなってるピースが落ちてる場所を教えてくれる』や『複数の混じったパズルを整理する方法を教えてくれる』というものだったのです。(余計に話がややこしくなってるかなぁ…汗)つまり『天使がやってくれるから』と寝て待つのは間違いだったのです!依存心の強い私。すっかり勘違いしていましたお恥ずかしい…そしてその後ろめたさから、今まで天使にお願いすることができませんでした。でももう大丈夫これからはどんどん天使にお願いして行動しまくりますあぁ~ 天使ちゃん、サポートと気付きをありがとうね~~~
2006.08.25
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いつだったか、どこでだったか、タイトルの『眼福』という言葉を知りました。意味は美しいもの、貴重なものが見られた幸運。「思わぬ―にあずかる」です。テレビ番組では「オーラの泉」がまさしくそれではないかな?と毎週思いながら見ています。セットの素晴らしさはもとより、美輪さんと江原さんの凛とした姿とメッセージに毎回魂とともに喜んでいます(おかしな表現だわ~笑)そして昨夜のゲストは、弁護士としては有名なあの方。私は元々好きな方だったのですが、ますます好きになりました♪『宗教家が弁護士になったら…という「もしも」シリーズ』と江原さんが言われていましたが、なるほど~とすんなりと納得しました。「生きること」「生き抜くこと」「生かされてること」これらの言葉の意味がまた深く理解できました。ありがとうございましたまたこの方は「坊さんの坊主嫌い」とのことで、神と直取引をされてるそうです。私も同じ毛色の人間です。過去世では同じ空気を吸って生活していたのかもしれません。その同じ時に美輪さんともご一緒だったら嬉しいのですが…(^m^) ←シタゴコロ(爆)(番組の詳しい内容は、他の方が書かれると思うので端折りま~す☆)
2006.08.24
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今日は、長崎の原爆記念日です。(余談ですが『記念日』って言い方、あまり好きじゃないです。本来なら嬉しいことにつけませんか???)土地のリーディングができる知り合いが言うには、広島は既に癒されていて、未来へ意識が向かってるそうです。長崎はまだ悲しみや痛みが少しだけ残っていて、まだ過去にとらわれてるそうです。『怒りのヒロシマ 祈りのナガサキ』という言葉を聞いたことはありませんか?これはとてもよく言い得ていると思います。誰がいつ頃から言い出したのかわかりませんが、よく夏になると耳にしていました。ヒロシマが男性性、ナガサキが女性性、を表してるのだと私は勝手に解釈しています。私は長崎市で生まれ育ちました。長崎では、夏になると『原爆・戦争』の話題に囲まれて生活します。テレビや新聞では特集が、そして学校では教育として。物心ついた頃からずーっとでした。私はそれが大嫌いでした。長崎の学校では8月9日は登校日です。これは子供の頃は全国の学校はどこでもそうだと思っていましたが、長崎だけなのですね。で、この登校日が曲者でして…私が通っていた小学校では、原爆というものについてとても力を入れていました。登校日に体育館へ行くと、室内にぐる~っと大きなパネルが貼り付けてあります。被爆した町や被爆者の姿の写真です。これらを見たくない私には拷問に近いものがありました。この頃の私には「行きたくない=登校せずにズル休みする」という発想がなくイヤイヤ登校していました。時には、原爆投下直後を撮影したとかいうフィルムの上映もありました。これは失礼な表現ですが、ちょっとしたホラー映画並みです。私は直視することができず、ずっと下を向いてほとんど見ませんでした。ささやかなる反抗でした。この経験が私には大きなトラウマになっています。自分ではあまり自覚はないのですが、夫に言わせると『原爆』という言葉に過剰に反応してるそうです。戦争否定についての教育はとても大切だと思いますが、押し付けた教育は賛成できません。心からそう思います。でもそういう環境の下に生まれ育ったということは、私が生まれる前に選択したこと。過去世でもいくつか思い当たることがありますが、まだまだ気付く必要があるようです。今の私にできることは、子供達に戦争の無意味さを教えることです。でもそれは恐怖からのものではなく、愛をベースとしたところから伝えたいと思います。私のようにトラウマにはなってもらいたいくないですから。
2006.08.09
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