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2009年01月09日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
『落とし穴』

釈迦の経典

玄奘三蔵の唯識

高橋先生の実践法

全員がもっともだと思う

他人に要求していないだろうか

自分は納得で錯覚

人の前に”自分が”と実践

自分は常識的だと思ってる



落とし穴は自分が這い上がる

欠陥は”自分”と改める

お釈迦さんの教えは、経典として人々の心の拠りどころになって、相対的に人の心のあり方やもち方、修正の仕方を説いています。天台のチギさんが5世紀に四大経典【華厳経、阿含経、方等経、法華経】に仏陀の教えを漢訳しました。玄奘三蔵さんは7世紀に唯識の教えを説いています。これは、意識を深く分析して、種から花が咲くまでを”因縁果報”として、人の心の道を説いたものです。三蔵は、経・律・論で、経典・教義、戒律、解釈・説明のことで、要するに、釈迦・仏陀の教えと戒めとそれを解釈して広く解き明かすことです。いくら良い教えが説かれていても、それを自分のものとして実践しなければ”絵に描いた餅”に過ぎないと、菩提心・慈悲慈愛の心を発掘して根底に置き、独自の実践法を高橋先生はGLAで教えています。奈良薬師寺の故長老橋本凝胤師は、”講話はいと尊きものなり、さても、実践はなほ難しきものなり”と遺しています。頭では全員が良い教えだと思うでしょう。良い言葉はたくさん説かれてきています。人は良い言葉を見つけただけで、自分も努力しようと思うのでしょうが、他人にも要求しているものですよね。納得した時点で自分は出来ていると錯覚している場合が多く、良い言葉を見せたり、言ったりして他人に押し付けて、そうあるべきでしょ、と言うんですよね。自分が実践できていないから問題が起きるのですが、自分のものさしは常識的だと疑うこともせず、他へ責任転嫁して、気まずい状態や修羅場を作って、どん底の気分に落ちている場合が多いですね。自分は出来てるつもりの錯覚が落とし穴になるわけで、そこから這い上がるのは自分なんですよね。素直に問題に対処して、欠陥は自分にあったと、それぞれが改める教えが相対的な仏教の教えなんです。次から次へと試練が続くのが人生なんでしょうね。

果てしなく 険しく続く 天の道

受容してなほ 見えぬ道のり


       2009年1月13日

                        琢  






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最終更新日  2009年01月13日 07時19分12秒
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