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力が出なければ考えてみればいい気力は心から出て来るもの気が萎えるとき人は歩けなくなる経験の積み重ねは智慧、知識を身に付けて共有し合うことで他の力を使えば歓びの共有が出来る自分一人と思わずに多くの智慧を得ることで大きな力が出てくる人を育てること自分の手柄にしないことで可能性は広がってゆく気力は意欲を強くしながら多くのことに挑戦させることになる。病は気から、気は心からですべては自分次第ということだろう。気力が萎えれば立ち上がれなくなって引きこもりになってゆく。人は夢を描き、願いの具現化に向かって歩んでゆくもので、目的意識が意志を強く持たせて、その為に必要な専門分野を掘り進めながら達成しようと励むことになる。分岐点での選択はその目的に向かう為の前向きな心が有るからで、途上での選択が不適切なものであっても無駄なものにせずに方向修正と共に大果に向かうことになる。成就までには多くの障碍や試練が仕組まれてくるもので、放棄せず、諦めずに超えてゆくことで歓喜の瞬間を引き寄せてゆくことになる。本心・魂からの歓び、満足は他を癒し、救済で尽くすところに伴うもので、役に立つことから自信が湧いてきてそこに生き甲斐を感じて為すべきことの自覚が出来てゆくことになる。智慧の共有は可能性を大きくしてゆくことになるのだろう。 2026年7月27日 琢
2026年07月27日
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希望を強く思っていても失望のときも有りそこに至らない自分を観る失敗に学ぶことが多く修正して整えてゆくたくさんある至らない部分耐え忍んで超えるしかない初めから出来上がったものは無く何を求め何を捨てるかすべて自分次第のこと初めは許されることも取り返しがつかなくなってゆく過信は禁物で戻せない過去に学べば素直に謙虚に受け止めて自己改善に努めれば未来に与えられたものが望む現実になってゆく目的意識を持っておくこと、夢や希望を描くことからその具現化に向かって新たな分野の開拓が始まってゆく。強い意志が有れば何ごとにも動じることなく、中心軸が揺らぐことも無い。心に描く理想に向かって自己改善に努めて希を果たすときがくる。放棄したり諦めたりしなければ必ず心に念じたものは実現させることが出来る。さりげなくも、強く思ったことも心に思ったことは実現させずにはいられないもので、必ずその時はやってくる。心に願わないことを与えられることも有るが、それは自分が勝ち取ったものでなくても、人が羨む果報を得ることも有っても、傲慢な自分に成らないことだろう。人徳が備わっていればそういうことが有っても当たり前と思わずに感謝できる自分でありたいと思う。本当の歓びは日々の努力の積み重ねで得る果報を与えられたときに魂・本心の満足をもたらすことになる。魂願の意識を思い出すことから何の為に生まれてきたか、どんな使命を背負ってきたかの自覚が出来ることになるだろう。 2026年7月26日 琢
2026年07月26日
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人の交流の場での出会い紹介で親しくなった友人との関わりが人脈になる果報側の関わりはその時だけのもの因縁側の関わりは無限に広がる常識の違いを受け入れて赦す心が視野を広げ和を保つ自分の人脈が広がる自分のボキャを広げ可能性を大きくする人の特性はそれぞれで至らない部分を埋めてくれる身勝手な関わりは世間を狭くして孤立してゆく和が可能性を広げることになり思いやりや気配りの配慮が信頼関係を構築する因縁は因と縁の関わり・友との交友から望む果報を得ることになる。可能性は人脈の広さ、人脈は交流の場での出会い、友の紹介でその友の関わりも広がってゆく。人それぞれ生い立ち育ちの条件、制約の違いから基盤の違いが常識の違いになって、それを受け入れることで心の領域は広くなり、視野も広がって赦す心が有れば和が広がってゆく。ひろい視野での配慮・思いやり、気配りから信頼関係が構築されてゆく。自我我欲、自己顕示、人のせいにして逃げる自己保存を戒めておくことで他の期待に応える自分、役に立つ自分に成ってゆき、人の歓びや苦しみも共有することで癒しができれば救済になる。自分を無にして他に尽くすこと、期待に応えることで本心。魂の歓びになることを知ることで、そこに自分の居場所が出来て生き甲斐、手応えを感じるようになる。その段階に至れば為すべきこと・使命の自覚が出来てゆくことになる。友との関わりを粗末に扱わないことだろう。 2026年7月25日 琢
2026年07月25日
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自分の時代から子供の時代へそして孫の時代へ承継への流れ有形無形の遺伝子諸行無常の時の流れそれぞれの個性その特性を何に生かすか静かに受け継がれてゆく自分を知ることから他の為に尽くすこと息をする同時進行は背中に観えているもの次の魂に刻まれてゆくどう生きたかが観えなくても確実に継がれてゆく押し付けなくてもいい人の中にある自己顕示欲、自我我欲、自己保存を誇示しなくても、自分は自分の息をしている。人の邪魔をする人は大切な時を自分の邪魔に使っている。周りにどう見られようと、どんな迫害を受けようと息をしながら自分の道を歩むことしかできないだろう。息は自らの心と書くように、自律神経が正常な刻みが出来るように自然に守られ救われながら生かされているのが人間なのだろう。それだけでもありがたいことと感謝して心に念じて定に入れば、その智慧は流れの中で受け継がれてゆくことになるのだろう。体や臓器も無意識の中で穏やかな心で居れば正常にはたらいている。魂・心は善を好むもので善行に励むことで無上の歓びを知って、その祈りを続けることで満足な表情になってゆく。他が為に生かされ守られているのが人間で、どう息をしながらどう歩むかは自分次第だろう。それは押しつけをしなくても継がれてゆくことになっている。 2026年7月23日 琢
2026年07月24日
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種・因はそのままでは芽を出さない何かを縁として花を咲かすようになる因縁果報、因果応報は自然の摂理で念じた願いを開花させる因縁の無いところに果報は生まれず火の無いところに煙は立たない魂には願いが有って意識に潜在している分岐点での違和感は魂願でない場合が多く選択の間違いに迷うことなく勘に従う方が良い迷いに無駄な時を過ごさず素直に本心に従うこと人は自己満足で生きている場合が多く魂・本心の満足が歓びに成っている善の実を残して後世につなぐこと真念一貫 不逃避 忘己利他 一隅を照らすことが本心・魂の願いを果たすことになる。魂願は、魂の修復と成長、関わりの再結、出来なかった願いの成就、内外への照らしで、人は救済・癒しの為に守られ救われながら生かされている。その恩恵に感謝して報恩に向かうことで、潜在意識に有る願いに気付き、果たすことで悔いを残さないように生きようとする。そこに本心・魂からの歓びを知ることで、自分を無にして他に尽くすことを本分とするようになる。人だけでなく自然界のすべてのものが意味あるもので一本の雑草でもその役を果たすことになっている。有漏、無漏で分別することが多いが、煩悩の有無のことで植物は無漏、人や動物は有漏として区別している。四苦八苦に遭遇することになるが、煩悩、カルマの抑制に努めることになる。思い通りに運ぼうとすれば自我我欲が出てしまうもの、突発の事態では感情が心を乱すことが多く、その抑制に努めることで自分を整えてゆくことになる。苦の原因のすべては自分がつくり出していることが多く、自己管理で至らない部分の修復の為に試練が与えられることになっている。良い種・因・胤から望む花を咲かせたいと誰もが願っている。 2026年7月23日 琢
2026年07月23日
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受け止めの大切さ煩悩、カルマの傾向を知り空の工夫をする有るがままを受け止めて有るものは無にはできずとらわれを転依で別のとらわれをつくるリクリエーション、気分転換で工夫次第で空じることから違うものへの思考が始まる耐え忍ぶことから得るものが有る理想を基準にして邪気、感情の抑制をする理性で自分を客観視して他の身になって配慮すること無私、利他の誠心で他の為に尽くせば本当の歓びを知る受けて領域をひろくすること取り組むことで受け入れることから心に広がりが出来てくる。おもてなしの誠心に自分は無く、ひろい心、奥深い心で相手の身になって思考することから思いやりや気配りの配慮が出来るようになってゆく。相手よりも自分の都合を優先するところには温もりの無い身勝手な行為が目立つようになって、本当の真心が通じることが無い。身を捨てて人の身を案じることから菩提心がはたらき始めて他の困惑を聞くことが出来て、癒すこと、元気を与えること、救済が出来るようになってゆく。大きく心を開くことで相手の心も開き始めて聞くことから助力、協力が出来るようになってゆく。他の期待に応えることで信頼されて手応えを感じることが出来て人の役に立つことから生き甲斐を感じるようになってゆく。その途上で好転反応が出始めて与えられる現実も満足できるものになってゆくのだろう。悪循環も自分を無にすることから好転反応が返ってくることになる。 2026年7月22日 琢
2026年07月22日
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初めからできることなく出来ない原因を探して何度も取り組めば出来るように成れる好きこそものの上手なりで慣れること、耐え忍ぶこと放棄、諦めさえしなければ超えられる自信が湧いてくる甘い心を捨てて不安、恐れを超えたところに満足が与えられる通過点の途上で強靭な精神力が培われ気力が充ちてくる短気を起こさず我慢の末に得たものが実績になる自信を失えば全部ダメなような気がして自分の甘さに負けて楽な方に走ることになる。成し遂げることは魂が願うもので逃げる方向にはなく、多くの障碍や試練を超えた先に本心・魂の満足を得ることになる。出来た実績と耐え忍んで超えてきた自信が強靭な精神力になって、やってできないことは無いという自覚が出来てゆく。暗運力がはたらき始めれば自分に負けてすべてが暗転の流れになってゆく。心を乱すことなく自分を見捨てずに、四諦【苦、集、滅、道】の先に魂願成就の道が拓けてくる。強靭な精神力を培うことで自信が湧いて気力が充実してくることになる。廃人のようになるときは気力が失せて挑戦意欲が無くなったときのことで、一生自分との闘いに負けないことだろう。耐え忍んだ先にどの土俵でも上がれる自分に成ってゆくことが出来る。楽をして得るものは無い。自分の中の何を捨てるかが観えて来るだろう。 2026年7月21日 琢
2026年07月21日
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建前と本音理想と現実魂願はそこに無く魂・心の底から湧き出すもの途上の心への反応は進化への変化を示す本当の満足を求めて更に上を目指す魂の違和感が無くなるまで選択の間違いを正しながらギャップを埋めてゆく素直で謙虚な本心で大因 中果 再起因 大果至らない部分を改善して潜在意識を思い出す常日頃の闘いは自分とのもので、彷徨う自分の甘さに負けないように克己に努めるが思うような成果には至れていない自分がいる。世の中の反応はいつも望むようなものでなく、必然的に与えられる現実はまだまだ至らないもので分相応、足るを知っていても理想には程遠い。守られ救われながら生かされてきた恩恵に感謝しながら、何とか報いたいと思っていても願うパターンに入ってこない。邪気、煩悩、カルマ、感情の抑制に努めていても見え隠れしているものが出てきてしまう至らない自分を責めながら、甘さから抜けきれない自分を戒める毎日が続いている。迫害に出遭う自分の未熟を恥じながら交流の場に臨むがどこかに迫害の眼が出てくる自分を思えば、自分を責める場には行かないようにしようと思ってしまう。修正するほど遠くなってゆく大果に向かって愚かな歩みをしている自分。それでも救われ生かされている自分は、結局はこういう宿命を頂いていると思うようにするしかない。 2026年7月20日 琢
2026年07月20日
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第一印象は過去の影響を受けていてかたよりも入っている外見だけでなく都合の良い見方をしないこと中身は交友と共に明かされる間違ったレッテルを貼らないこと付き合ってみなければ分からない逆に自分も見られているもので中身を整えておくこと好みだけの評価は危険なことで進化の過程で断じられない心は時と共に変化するもので点と点を線にして面で関わることから信頼関係の構築が有る通過点のどの部分も魂の意識に刻まれてゆく人やものの分別は時と共に変化しているもので、ある一点を見て判断するのは危険なことだろう。信じることは大切なことで、その場その時の都合で利用すれば交友もその場その時だけのものになって消えてゆく。永い付き合いを求めればその場限りの関わり方をしないことだろう。関わりは出会い、出来事、事態から始まってゆくが、自分の都合優先や責任転嫁で自己保存をすれば消える因縁になってしまう。因縁果報は自然の摂理の一つだが、すべての意味を理解できなければ念じて花を咲かせることはできないだろう。一本の雑草や一匹のありんこにも意味が有るもので、それぞれがどこかの役に立っている。自分はいなくても世の中は何も変わらないと思うことが多いが、すべてのものに意味の無いものは無く、一所懸命の背中を観て励まされているものも多いだろう。本当の歓びは他の癒しになること、励みになること、救済になることで手ごたえを感じて自分を無にして他に尽くすところに有るのだろう。そのすべてが意識に刻印されてゆくことになる。 2026年7月19日 琢
2026年07月19日
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自分のバイオリズム、この世のバイオリズムその曲線は過去から人や自分がつくり出すもの良いことは重ねて起きるが悪いことも重なって来る不運と思うか自業自得と思うかその原因は外でもない自分に有る障碍や試練は改善の呼びかけで必然的に仕組まれる次から次へと起きるもの素直に受けて改めておくこと不機嫌をバラまくことなく秘かに自分を整えること改善の努力と共に明運力がはたらくことで好転作用が始まる不思議なことは多いもので、何でも続いて起こって来るのは自分を促す必然の仕組みで、自己改善の呼びかけと思っておく方が良いだろう。自分は悪くない、直すところが無いと自己正当化したり自己顕示して逃げ回っている人は深化向上が止まった人と言える。利己的、自己中心的在り方は見捨てられて孤立してゆくことになる。孤独の恐ろしさを知っておくことも勉強の一つだが、共生社会では自分だけ思い通りに生きることが出来ないもので、自分の至らないところや欠点の修正の場がこの忍土の世なのだろう。摩擦、争いを起こさない自分創り、仮我から善我を育んで他の役に立つ自分に成ることで与えられる現実が望むものになってゆく。愛、菩提心が善行に励む原動力になってゆく。心の安定、祈り、信仰、宗教の導きがどのような法を説こうともすべてに通じるものは愛だろう。サービスと違うおもてなしには代償を求めない愛、真心、心の温もりで包むことから良いことが連なって起きてくることになるのだろう。 2026年7月18日 琢
2026年07月18日
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体調はバイオリズムが有って心とつながっている体力に自信が有ったものが不調を受け止める時間がいる一時的なものや一生のもの不安の原因は増えてゆく時と共に慣れてゆくしかない老朽化は有るもので時と共に変化してゆく全盛期と今の自覚歳相応の自覚をしておくこと心とのバランスを保つこと気力が萎えれば立っていられなくなってしまう気力が失せないように慣れること、喚起すること足るを知り、分相応を心に魂は成長してゆく少年から青年にかけてのときは何でもできないことは無いと思っている。その自信も有るが歳と共に、時の変化と共に諸行無常で世界の流れも変わってゆき、魂に限界が無くても体は有限のものと自覚しておくことだろう。まだ若いつもりでも無理をすれば超えた限界が戻せなくなってゆく。戻るのに時間が長くなってゆくことの自覚が出来ていること。さらに超えればもう二度と元に戻れなくなってゆく。魂、心、体と気力のバランスを保っておくことだろう。不調時には躊躇なく病院で検査すること、心の安定が重要なことで、常に穏やかな心を求めて煩悩、カルマの抑制に努め、感情の抑制にも努めることで心と体のバランスを乱さないことへの心掛けに努めることだろう。気力、挑戦意欲の充実は大切なものだが、老朽化する体の流れを受け止めて正常な判断が出来ることが望ましい。魂は深化成長と共に輝きを増してゆくが、体調と心は下降線をたどることになる。その持戒が必要だろう。 2026年7月17日 琢
2026年07月17日
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魂は智慧の宝庫霊魂不滅の法則が有る名前も年齢も無く転生を繰り返す未完成のもの菩薩や如来の領域を求めて何度も転生している魂には意識の蔵が有って心に記憶したもののすべてが刻まれている人は肉体舟に魂が乗ったものでこの可変の忍土で修行に励みゼロから人生を初めて潜在する意識を思い出す旅で魂願を果たそうと勝解、念、定、慧から魂の階位を高めてゆくその途上で自分を知ってその使命に気付いてゆく一転生一条件の下で生きることで得たものを心・魂に刻んで潜在意識に有るものを思い出してゆく。ああ体験で、ああこういうことだったのかの思いを重ねながら意識の蔵に有る解答に気付くことになる。自分が何ものでどんな使命を持って生まれてきたのかを思い出してゆくことになる。仮我から始めて善我を育み、本当の自分・真我を遠望しながら修業に励むことになる。善行を積むことで徳積みをして本心・魂の歓び、満足を得て、他の役に立つ自分に自信をつけてゆくことになる。人は守られ救われて生かされているもので、救済、癒しに歓びを感じることが必然のことになっている。ザビエルが感じた日本民族は、人が良く親切でやさしい、貧乏でも品格を持っている。おもてなしには心の温もりが真心で伝わってゆく、相手の身になって考え、思いやりや気配りができる民族なのだろう。単なるサービスとは違うもので、心の温もりを感じさせるものがおもてなしの心に成っている。感謝して報いようとする心が為すべきことを発見させて生き甲斐を感じるところに使命を感じてゆくのだろう。 2026年7月16日 琢
2026年07月16日
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必ず来る時その時は誰にも分らず行けるところまで行くしかない諸行無常、生老病死同じ時を過ごすなら今を明るく機嫌よく生きる考えてもわからないことは托身し穏やかな心を求めてすべてを神仏に委ね召されるときまで感謝して報恩に向かう歳と共にその時は来る有りのままに、在るがままにさらりさらりと小川の流れのようにしなやかな歩みは全うすることになる還暦を超え、古希、喜寿を超え,続けて来た自分との葛藤、ひたひたと迫ってくるものを意識しながら我が道を行くしかない。自分だけの為に生きるか、無になって他に尽くすか、どちらかと言えば悔いは後者の中に少なくなってゆく。人は自己満足で生きてゆくことが多く、人智を尽くして人智を超えることで得る歓びや満足が有る。その時がいつ来るかに惑わされることなく、いつ召されてもいいような自分でありたいと願うことになる。覚悟が出来ているようでも、その瞬間を考えてしまうことが多い。誰でも死に顔が綺麗で在りたいと願っているが、至らない部分、整えて来なかった部分を思えば執着は残ってしまうと思っても致し方の無いことで、自分を無にしなければ得られないものが多く、善行を積むことでしかその思考から解放されることは無いだろう。案ずるより産むが易しというが、その時は時と共に過ぎてゆくことになるだけのことなのだろう。守られ生かされてきた恩恵に感謝して、無意識に報いようとすること以外に考えないことなのだろう。何かの役に立っていることを願うしかない。 2026年7月15日 琢
2026年07月15日
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聞く余地、話す余地を残す人と接するとき余裕が無いときは話しは一方的で聞く耳が無い他の意見は貴重なもので別の考え方を教えてくれる生い立ち育ちにはそれぞれ違った条件制約が有って一般に通用しないものも有る自己正当化は他の遠慮を促し我慢の上で成り立っている恩着せや押し付けは嫌な貸し付けになって和を乱すことになる人との交友には心にゆとりが必要で聞く余地、話す余地を残すことで友好が保たれてゆく。自分だけの常識を正当化せず、常識の違いを受け入れることで心の領域をひろくすることになる。誰もが思い通りになることは無く、共生社会では自分一人の都合優先は摩擦、争い、孤立の元になってゆく。心は常に裕でひろい視野に立って配慮することが求められている。過ぎ去った過去は戻せないが過去の自分の行いが現在の自分に与えられた現実になっていて、未来を好転させるにはその原因を正して自分を整えておくことで好転作用が始まってゆく。その原因探しには聞く余地、話す余地を常に残して対応する必要が有るだろう。人や社会は自分を映し出す鏡のようなもので、その場その時の心が反応という形で自分に返って来てそれが与えられた現実になっている。常に穏やかな心で余裕のある心でありたい、聞き上手になること、感情の抑制に努めて受け入れる余地を残しておくことだろう。赦す心のゆとりをもって和を広げてゆくことだろう。 2026年7月14日 琢
2026年07月14日
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愛は大きな恩恵で愛ですべてが生かされている出会いの縁は稀有なことで愛に守られ救われているその恩恵に感謝して報恩に向かうことから目覚めてゆくことが多い悪霊の世界に感謝は無く迷うときは感謝して祈ること取りつかれることは無い自分に負けないこととらわれを払拭して意地を張ることなく未生の妄想や錯覚に動じることなく決めた道を信じて歩む愛の中心軸は揺ぎ無く原点に戻って勝解すれば迷いから覚醒できるものごとの判断は表層を見極めて深層を辿ることで時と共に根底に流れる愛に目覚めることになる。その場その時の出来事も変化して円環的思考は原点回帰から真髄は明らかに成ってゆく。殻を破ってみれば、何故かが観えてきて正常な判断が出来てゆく。表層をこねくり回すことで何が何だか見えなくなってゆく。絡まり合った糸は時と共に元に戻されてゆくだろう。待ってみることも智慧の一つで、その間に自分に負けないことだろう。すべてがその時のとらわれと気が付けば自ずと解きほぐされてゆくだろう。間違った信念を正し、既成概念・固定観念から抜け出して人のせいにせずに自己正当化で保身に走らないことに努めれば、勝解が出来て覚醒が始まってゆく。多くの思想や宗教の元に流れるものが愛と気付けば迷いや理不尽も消えてゆく。その時考えた末路も時の変化と共に形を変えてゆくことになるだろう。托身して時の変化を待つことも老かいな智慧なのかもしれない。 2026年7月13日 琢
2026年07月13日
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自覚症状が無くても身体のどこかに疾患が有れば体調のバランスが変で不安に覆われてゆくどんなに体力が有っても何かが違う感じがして具体的症状が出るまで医者に行こうとしない検査結果を待つとき最悪の事態を考えて恐怖感に覆われて日々弱い生き方しかできずに妄想や錯覚で歩けなくなる不安の表情は観ればわかるもので早期の対応が自助になる注射で痛い目に遭った幼い頃の記憶が消毒の臭いに敏感になって病院を恐れるようになってゆく。大人に成れば大病の恐れを心に抱いて歩むことが多くなってゆく。いつもと違う体の異常には敏感になるが病院に行かないことが多く、不安はさらに大きくなって怯えることになってゆく。自分がそうだったがその勇気が出ずに声が出にくい期間が長くなって大きな病院で喉頭がんの宣告を受けてしまった。放射線治療の結果救われたが5年間の定期検診が始まって、その途上で次の大腸がんが見つかって外科で開腹手術を受けて救われて以来、定期検診の途上で別の疾患が発見されたりで、これまでに10回も救われて、そのうちガンが4回も有って、今は生きているというよりも生かされている恩恵に感謝の日々が続いている。心のどこかにまだ解放できない自分がいて定期検診のたびに冷や汗をかいている。この段階に至って今の自分は変化が有ればすぐに検査をして救われている。慣れることはありがたいものだと思う。人は救済の為に守られ、生かされているのだろうというのが今の結論になっている。他に尽くすときは自分が無く、役に立つことが歓びに成っているのが生かされている証のように思う。 2026年7月12日 琢
2026年07月12日
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落胆した時に立てなくなる立つ力が有っても気力が失せて腰が抜けたように人は立てなくなってしまう心の作用はこういうもので病名を告げられればその病人に成ってしまう自己暗示も有るだろうが疾患は医療が治すその間に有るものは心の不安、恐怖感でそれが心の迷いになってゆく信仰は心の安定のためのもので祈りが心を安定させる神仏や信心は心の中に有るもの求めるのは何ごとにも動じない不動心だろう人の心は常にうごめくもので、自信がないほど不安、恐怖感に覆われて自分に負けてしまう。強い心、強い意志を持つこと、その為に限界を尽くしてできることを増やし、至らない部分の修正をして自分を整えてゆくのが人間だろう。それでも揺ぎ無い信念を求めて心の中に信仰、神仏を置くことで祈りで心の安定を求めてゆくのだろう。過去のとらわれを滅し、間違った信念を正し、既成概念、固定観念を打破して、人のせいで責任転嫁をしないことで殻を破って一皮剥けた自分に成ってゆく。理想を信念として神仏に祈り、迷いを払拭して明るい未来を描いてゆく。未生の妄想や錯覚に覆われても揺ぎ無い中心軸を持っておくこと、不動心を求めてやまないのが日ごろの自分だろう。病も元はと言えば気から与えられた現実で、深化した医療に托身して気力だけは失わないように強い意志を貫くことだろう。ベッドの上でもまだまだできることはたくさん有るもので、気力さえ失わなければ悔いの無い歩みが出来るだろう。凝り固まったものを捨てて、硬くなった殻を破ることで一皮剥けた自分に成ることだろう。 2026年7月11日 琢
2026年07月11日
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人の意見には体験上の正当性が有る受けて身に付けた智慧は成ったもの、超えたものが勝解したもので念、定、慧のものとして共有、共鳴、共振するものその響働で大きな成果を生む単なる知識だけのものでなく他に応用できるもの自己顕示、自己正当化をせずに柔軟に受け止めることで赦す心が芽生えて和に広がりが出来る視野の広い配慮が出来てくる挑戦すること、何でもやってみることで作意、触、受、想、思から体験して身に付けた智慧、勝解して心に念、定、慧したものの共有から広がりが出来てきて、他人の痛みや歓びの共有が出来てゆく。悩みを抱えた心を癒すことが出来て救済に中ることから本心・魂の歓びを感じ、心の満足を得ることが出来る。共鳴、共振して響働することで他の役に立つ成果を得ることが出来る。生まれ育ちの違いが有ってもその常識の違いを受け入れることで心の領域が広がってゆき、奥行きの深さが懐の深さになって赦す心が芽生えて和が広がってゆく。狭い心をひろくしてひろい視野から配慮することで自分を無にして他の為に尽くすことから人の役に立つ自分に成って行けて、そこに生き甲斐を感じるようになってゆく。そこで自分の為すべきことの自覚が出来てゆき不動心を得ることが出来るようになってゆくのだろう。 2026年7月10日 琢
2026年07月10日
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出会う場が有り挨拶を交わすようになり関わりを以て語り合う会う約束をするには連絡交換をするその一連の縁が開化の元になる進化向上の始まりになって和顔愛語が心を開かせて因縁側での交流に和が生まれてくる友情が育まれれば強い絆で結ばれて智慧の共有をすることで共鳴、共振と共に可能性が広がってゆくクラス分けで出会い、同類の小集団の出会い、趣味や嗜好での出会い、仕事上での出会いなど人の交流の場で必然的な関わりが出来てゆく。そのすべてが前世からの関わりの再結が仕組まれているという。魂には願いが有って、意識の蔵に刻まれているという。自分が何ものか、どんな使命を持って生まれてきたかが分からず、多くの体験を積むこと、智慧を身に付けることから自分を知ることで自分と合った道を歩むようになってゆく。それが自分発見の旅と言われ、魂願は、魂の修復と成長、関わりの再結、出来なかった願いの成就、内外への照らしで真念一貫、不逃避、忘己利他、一隅を照らす、真理を求めて逃げることなく人の為の光と成れで、それが生き甲斐になって他を癒し救済に励むようになってゆく。そこが本心・魂の歓びに成っていて使命の自覚が出来てゆくのだろう。 2026年7月9日 琢
2026年07月09日
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目に見えるものは交換できるが見えないものは何にも換え難い人の心はお金で買えず金での支配はできず見えるものしか信じないのは唯物主義で刹那的、利己的にさせ冷え切った道を歩むことになる人の温もりは見るものでなく本心で感じる恩恵で見えないものは泉のように湧き出すもの無形のものは盗むことが出来ないその分別をつけることだろう発明は見えない発想からのものアイデアは湧き出るものだろう最も虚しく感じるときはお金やものの獲得で価値判断をされるときで、勝ち組、負け組での判断は小さく短期的思考によることが多く二見でのとらわれは虚しさを刻むことになる。見えるものしか信じないのは20世紀の遺物で唯物的、刹那的、利己的な間違いを起こしやすく、ものへのとらわれは虚しさを感じさせることになってゆく。お金さえあれば何でも買える勝者と錯覚する人が多くなって、貧しさで身を売るようなものだろう。発展途上のときはものの獲得に命を懸けることが多かったが国が豊かになるに従ってもっと大切なものを探すようになってゆく。心眼を開くことで見えないものの大切さが観えて来るようになるのだろう。自分の心までは売ることはできないという強い意志が国をゆたかにして、見えないものからすべてが始まってゆくことに気付くことになるのだろう。発明が文明を開いてゆくことになるがアイデアを湧き出すことで便利なものがつくり出されてゆく。見えない発想から観える製品が出来上がってゆく、それが発明品だろう。 2026年7月8日 琢
2026年07月08日
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順風のときは何もかも順調だが調子に乗れば有頂天になって傲慢、身勝手、都合優先になり気が付けば逆風になっている我の抑制をしなければオセロゲームのようにすべて裏に成ってしまう努力の積み重ねで得た信用も一瞬の油断で暗運力がはたらき始めて崖から転げ落ちてしまういつも素直で謙虚であること調子に乗らないこと持戒が必要だろう十界は地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天、声聞、縁覚、菩薩、如来・仏で霊魂のランクを示すが、努力を怠れば六道輪廻と言って地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天・有頂天の六道から抜け出せないまま人生を終えることになるという。修業・菩薩行を重ねることでこの世では自分を変えてゆくことが出来てランクアップが出来るという。魂には意識の蔵が有ってすべての心の体験が刻まれていて、前世からの引継ぎ事項・宿題もその意識に潜在しているが、生まれたときにはゼロから始めることになって経験を積みながらそれを思い出してゆくこと、魂願成就でランクアップすることになるという。あの世は不変、この世は可変と言われ、あの世は重力・抵抗が無く変わることが出来ないが、この世だけは摩擦が多く共生のための智慧を身に付けて自分を変えることが出来るという。順風でも調子に乗らないこと、自分の甘さに負けずに克己に努めることで強い意志を保つことから心に念じた花を咲かせることが出来るという。 2026年7月7日 琢
2026年07月07日
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日々小さなロマンを見つけダメなことにも挑戦してみる明るい心で楽しくなることを探し取り組んでみればそこにロマンが観えて来る大きなロマンを心に秘めてコツコツと歩んでゆけば明るい光が観えてきてうれしくなってくる常に希望を失わず前向きに歩けば道は必ず開けてくる少年のように目を輝かせて青春を謳歌することで歳を忘れさせてくれるサムエルウルマンの青春を思えば年齢に関係なく気を若く保つことが出来る。青春とは年齢を言うのではなく常に心にロマンを抱いて歩んでゆけば謳歌することが出来てくる。常に好奇心を失わず、楽しいことを探してゆけば新たな光が観えて来る。前向きな心は明るさが有って常にロマンを求めて歩んでゆけば楽しいことばかりが観えてきてウキウキした心になってゆく。聖少女ポリアンナのアニメでは”いいこと探し”をすることで毎日が明るく楽しいことが観えて来る。マイナス思考で歩んでゆけば暗い心になるばかりで与えられる現実も暗いものになってゆく。心にはいつも明るい希望を失わずにいいこと探しをすることで青春を謳歌することが出来るようになって若さを保つことが出来てくる。短気を起こさずに浩然の気を求めてのびのびと安らかな心境を求めてゆけば、そのような明るい自分に成ってゆくことになるだろう。気の持ちようで人は明るくなることが出来る。その工夫を怠らないことだろう。 2026年7月6日 琢
2026年07月06日
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誓ったことを実践する行為と持戒の取り組み日々の勤行として日々の癖の様にして義務感は無く前向きに明るく機嫌良く義務感には圧迫感が有り先送りをすればストレスを溜める日々の積み重ねは重いものでやると誓ったことは考えずに無意識に行う一回や二回の忘れが放棄や諦めに変わってゆく自分の甘さに負けないように持続を自然体にして持戒を要として願いの成就に向かう銭湯の湯は言うばかりでやるべきことをしないことを言うが、大きな願いを立てれば自分の心に誓いを立てて、これはやります、これはしませんの行為の実践をすること。自分に誓ったことをしないのは約束を破ったことになると戒めておくことだろう。日々の勤行をすることは、何も考えることなく慣れることで癖にすることの取り組みをすることになる。日課のように朝起きたときから始めてゆくことだろう。義務と思えば気が重くなってしまうのでストレスを溜めることになる。知識も誓いも実践することで身に付いてゆくもので無意識の持続が大きな成果を生むことになる。一度や二度の抜けは大したことにならないと思うのは大きな間違いで放棄、諦めの元になってゆくことが多い。どんな状況下でも日々の勤行を続けることに克己の有無や甘さに負けて他の信頼を損なうことにもなってゆく。為すべきことを為すことは自信にもなってゆくもので日々の積み重ねの重さを知ることにもなるだろう。念ずれば花開くということの裏には日々の心掛けの大切さ、それが有ってはじめて歓喜の瞬間を得ることが出来るのだろう。 2026年7月5日 琢
2026年07月05日
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緊張感の体験を積むほど人は強くなる学んで試験を受けるとき検査を受けるとき病の診断を受けるとき最悪のシナリオも視野に結果を受け止める圧迫感に押しつぶされないようにどんな結果が出ようと受けて念じ次に備える覚悟で何ごとにも動じずに迫るものを受け留め泰然自若として堂々と先を読んで対応をする揺るぎ無い中心軸と共に作意 触 受 想 思から勝解 念 定 慧八識・アラヤに刻印する試験や検査結果の診断を受けるときにあれやこれやと想像しながら不安な心で待つことは長く感じる嫌なときだが、その苦を何度も超えるほど次第に慣れてくることも有って腹が座ってくることになる。落ち着きのない心、乱れそうな心、末路を想像する心、恐怖感を何度も超えることで何ごとにも動じることの無い、揺ぎ無い中心軸と共に過去の自分を振り返って相応の覚悟を決める。結果は過去の行いから生ずるもので、何故その結果かを考えてその原因を改善し、自分を整えておくことでその先に進んでゆくことになる。その過程、経過のすべては魂の意識に刻まれてゆく。智慧は体験して身に付けたもので体幹に入っていて自然体で好転させる力になるものだろう。受信、思考、発信でその反応が返ってくることになる。自分を整えておくことで準備が出来てゆくもので、その結果は経験と共に好転することになる。受験結果も健康診断も日頃からの準備如何で結果は自分が知っているもので、悔いの無い覚悟は定まってゆくのだろう。 2026年7月4日 琢
2026年07月04日
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凄いことは常識的に有り得ないことだが別の目で見れば大したことでない常識の違いを思えば見て思うこと、観て想うことその違いは知らなければ分からないもの自分の目標にするもの表現は難しいもので言葉で伝え難いもの理論的には可能なこともある人には程遠いものそういう感動が大切なもので目標の無いものには何の感動も湧かないかも知れない人それぞれ生い立ち育ちの基盤からくる常識の違いが小さなものが大きく見えたり、大きなものが些細に見えたり、よく見る光景で育ったもの、めったに観ない光景に驚いたり、感動にも個人差が有るだろう。東京で見る蝉はアブラゼミが多く、クマゼミは全く見ないのに大阪ではほとんどの蝉がクマゼミの大合唱だったりのように地域によって全く違う光景に出遭うことが多い。時期によってツクツクボウシやヒグラシが鳴くが大阪ではほとんどそれが無い。人間も地域によっては全く違う文化、文明の元で育つものだろう。その常識の違いを受け入れた心の領域は広く、一点だけで育てば見識も狭くなっている。地球規模での人の交流を思えば柔軟でひろい心の方が通用する部分が広くなってゆく。成せる技も地域差が大きな影響を与えることになる。奇跡も普通のことで驚くほどのことでもないところもあるかもしれない。誰もが目的意識・強い意志を以て目標に向かって邁進することになっている。その過程で深化向上してゆくことになる。やる前には凄いことでも出来るように成れば大したものでもなくなってゆくのだろう。 2026年7月3日 琢
2026年07月03日
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同じことをするにもその場その時の状況が違うその心境を察するには相応の教養が必要発する言葉は言霊、言の葉と言われ日本は言霊の幸はふ國、祐くる國心の流れは直接的なもの、時代背景、立ち場の背景この三つを考慮に入れて真の意味をくみ取る恋の歌一首にも深い言霊の意味が有る言わないことを美徳とする国・日本は察し合うことが出来る心に浮かぶ情景を言葉にするには相当の観察力と時と場の状況を背景にした心境の表現力が必要になってくる。5・7・5の一句、5・7・5・7・7の一首にはその人の立ち位置に立たなければ本当の意味を読み取ることはできない。日本は言わないことを美徳とする国で言葉を言霊、言の葉と言って言霊の幸はふ國、祐くる國と言って自然の摂理、生きとし生きるものすべての意味を考慮に入れて一句、一首に潜在するすべての意味を読み取り察する必要が有る。深い教養が必要になってくる。漢字、ひらがな、カタカナの現代語、古語の表現法を学んでおく必要が有る。その由来を知っておく必要が出てくることになる。古事記、日本書紀の研究も必要になるだろう。一句や一首の短い言葉の中に深い意味が入っているので一冊の本が出来てしまうだろう。フランシスコ・ザビエルは、この国の人たちは親切で人が良く貧乏でも品格を持っていると本国に手紙を送ったという。小さな島国と言っても深い歴史、文化、文明が有って世界遺産も多く、東京オリンピック以来、情報通が増えて世界の人々の注目を浴びている。 2026年7月2日 琢
2026年07月02日
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ぶれずに貫くことどんな事態が起きようと目標を失わず曲げて正当化をしない強い意志と決意その元は魂から発するもの思考に一貫性を持たせ金太郎飴のようにどこを切っても同じもの不安、恐怖感に負けて弱い心で対応すれば結果に悔いが残ってしまう堂々と泰然自若として信念と意志を貫くことそこに疑問は湧かないだろう誰にも求められることはやること為すことに一本通っていることで、強い意志をころころ曲げないこと、明るく安定感が有ること、どこを切っても同じ顔が出る金太郎飴のように貫かれていることだろう。会うたびに違う主義に信頼を寄せることが無くなるように、本音と建前のギャップが無いように、本心・魂の願いに沿った歩みをすることが大切なことだろう。何ごとにも動じることが無く、中心軸が動くことの無いものであること、そこに明るさと持続性が有るものに人の心は安堵する。その場その時の自分の心に自信が持てずに言うことがすぐに変わってしまう人についてゆく人はいなくなってゆく。堂々として常に真念と強い意志を貫いている人は信用できる人で他の期待が寄せられ、それに応えて歓びを与えることでそれが自分の歓びにもなっていることを知るようになる。自分に負けないことだろう。自分に負ければ思ったより悲惨な現実を与えられることになる。周りに不安を感じさせない自分であることだろう。 2026年7月1日 琢
2026年07月01日
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自然の摂理に神仏の愛有り生命体はその恵み生きていれば何かの役に立っている願いは生命力の燃焼特に自己顕示の必要もなく自我我欲は他の迷惑になる保身をしなくても守られているその恩恵に感謝すること至らない部分の修正浄化他に敬意を示すこと心が調和していればその行為は整っている不安、恐怖感に負けずに今を明るく機嫌よく生きること動物は同族同士の殺し合いをしないのになぜ人間はそれをしてしまうのかの原因を突き詰めれば、自己顕示欲、自我我欲、自己保存欲が有るからで逆らうものを殺してしまうからだという。人のせいにして自己正当化で逃げてしまう人は自分の欠点の修正浄化をせずに深化成長を止めてしまう。人は守られ、生かされているもので、その恩恵に感謝を忘れないことだろう。自然の摂理は互いに助け合って共生するように仕組まれていて、すべての学び、学問の大元に成っている。生きとし生けるものすべてに意味が有るもので相互に関わり合っていて、無駄なものは一つも無いと言われている。人生の歩みのすべては修行で至らない部分を整えてゆくことになる。心が調和してゆけばその行為も整ってゆくもので努力を積むほど深化向上して好転してゆくことになる。煩悩、カルマの抑制に努め、何ごとが起きようとも常に末路を考えて感情の抑制にも努めることで穏やかな心になってゆく。すべての根底には愛が流れているのだろう。 2026年6月30日 琢
2026年06月30日
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間違いは改めること至らない部分を改善しておくこと欠点は修復すること放置すれば進化が止まり流れから外れてゆく時と共に変化の流れが有って掃き溜めに停滞するものも有る諸行無常は忍土の流れ時の変化に合わせることで時流に乗ることそのように自分を変えてゆくこと障害、試練は弱点克服の為のもの避けて通れないもの超えてくべきものだろうさらりさらりとしなやかに未来を明るくすること誰もが四苦八苦を超えてゆくもので、自分にだけに仕組まれたものと拗ねないことだろう。神も仏も有るものかと思って意地を張ったところで何も改善されずに時の変化についてゆけなくなって孤立して籠るしかなくなってしまう。主流から外れて掃き溜めに停滞するよりも意地を張らず、素直に成って変化の流れに乗って自分を変えてゆくことで時流に乗ることが出来る。自己顕示、自己正当化をせず、自我我欲を捨てて自己保存・保身をしないことだろう。改めなければ至らないまま取り残されてゆくだけの自分に成ってしまう。どんな苦に出遭おうともそうなった自分、超えた自分にしかわからない智慧を得ることでやっと人の痛みが解る自分に成ってゆく。互いに心を開いて癒し合うことが救済になって、そこに幸せを感じられるようになってゆく。他の為に尽くすときには自分は無いだろう。視点を変えてみることで新たな光が観えて来るのだろう。 2026年6月29日 琢
2026年06月29日
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因縁果報を知ることで原因と結果の法則を知り弁証法的論法が成り立つ自分がいなくても世の流れは変わらない何もしなければ悔いが残り自分の存在価値が無く参加することで流れは相応の影響を受けるその為の調和が必要で自分を整えることで気力、勇気、挑戦意欲を強くして分相応の果報に恵まれる共生の作法に従えば良き縁と共に開花することになる整った心に整った現象が返って来るすべては自分のこころ次第だろう参加するところに意義が有るもので関わらなければ何の応えも返って来ずに孤立した寂しさだけが残ってゆく。みんな責任を負うことを嫌がるが関わりには結果が生じるもので、そこに因縁果報を知ることになる。当然自分が関与したことの結果に責任を感じることになる。そこで自己正当化や責任転嫁で逃げてしまえば気が楽になるが自己修正が無く、他の信用も失うことになる。失敗という過去の過ちに学ぶことで自分を整えてゆくのがこの世の定めで、深化成長の過程には必ず失敗が有り、出来なかったことが出来るようになってゆく自己改善が必要になる。人の信用も大切なもので日頃の姿勢の積み重ねからでしか信頼を勝ち取ることが出来ず、信頼の次には期待されるようになってゆき、期待に応えるように成ってはじめて役に立つ人間になることが出来る。自信はそこで湧いてくるもので気力、勇気、挑戦意欲が増してゆくことになる。悪因悪果、善因善果は必然の回答になって来るもの、因縁果報はそういうものだろう。 2026年6月28日 琢
2026年06月28日
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因は心・魂自分に素直になること出来なければ運を変えられない因縁にはそれなりの果報が有る違和感が有れば因を変える生い立ち育ちで常識が違う赦す心、受容する心が有れば交友に広がりが出る和を保つことで良き縁の恩恵に恵まれる為すことからすべてが始まってゆく助力、協力の恩恵に感謝して良き因縁側で関われば好転は必然になる心を変えれば行為も変わるどうも思わしくならないことが多くなればその原因は自分のどこかに有るもので、その修正で自分を整えてゆくことで善我、無私、利他の誠心になること、素直な自分に成ることから願いは好転してゆく。意地を張らず有るがままを謙虚に受け止めて自己改善に努めれば悪運も幸運に変わってゆくだろう。因縁有るところに果報が生じるのは必然のことで、因・心を変えれば行為が変わり、煩悩、カルマの抑制に努めていれば過去の過ちも未来の幸運に変えることが出来る。過去を変えられないと放置すれば与えられる現実にいつも不満が残ってしまう。良き縁の助力や協力の恩恵に感謝すれば報いようとする心が新たに幸運を引き寄せることになる。言い訳や自己正当化をしている内は自分は正しいと錯覚して改めることをせずに悪運に嘆くことになる。感謝、報恩から役に立つ自分に自信が湧いてきて、他に与える歓びが自分の歓びと知ることになる。そこに居場所が有り、生き甲斐が有って、為すべきことが観えて来ることになるだろう。 2026年6月27日 琢
2026年06月27日
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懐を深くして赦す心が有れば場の雰囲気は保たれる包容力が有れば理解して受け容れられる信じることにすべてが始まって心は安定する報、連、相を密にすれば良き因縁側での交友が出来る不安定な人にはそれが無く心を開かなければ憶測だけの仮の場になって不安から未生のことに怯え有りもしなお錯覚に惑わされる誤解は迷いを生じさせるもの自分に負けないことだろう不安、恐怖感の為に心を乱して道を歪めてしまうことが多い。自分を信じ、他を信じることからすべてが始まってゆくが、裏切られることを恐れていては初めの一歩が踏み出せなくなってしまう。懐を深くしておくこと、器が大きくなれば些細なことに振り回されることが無く、我が道を信じて歩むことが出来る。誰にも有る基盤に常識の違いが観えて来るが、その違いを受け入れることで心の領域が広くなってひろい視野でものの判断が出来て深い配慮で友情を深めることが出来る。信頼関係の構築で絆が強く結ばれて他の期待に応える自分に成れば役に立つ自分に自信が持てるようになってゆく。持てる可能性を広げることには、信じなければ開かない扉を幾重にも通り抜けた先に与えられるものと知ることだろう。些細な小突きが有っても動じない自分に成ることで大きな器になってゆくのだろう。信じて懐を深く広い心を求めることだろう。 2026年6月26日 琢
2026年06月26日
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思い通りにならないとき気分は良くないときで願いの具現化には進め方の順序が有る法外な願いではないこと取り組む判断基準は真実か公平かみんなの為になるか友情を育むか自分の都合優先をしないこと恩着せ押し付けをしないこと感謝 反省 敬意 を念頭に認め合い理解し合いが有ること正しい道筋を踏んでいること周りの助力、協力は恩恵で他に尽くして報いること人の役に立つ自分に成ること誰にも目的意識が有って、そこに向かって歩んでゆくが自分一人の思い通りにならない現実を抱えている。生い立ち育ちの三つの「ち」の影響で相応の基盤が違うものでその常識の違いを受け入れてひろい心で助け合いや譲り合いが必要になる。相手の身になって考えることでひろい視野で配慮することから摩擦が少なくなってゆき、感謝を表すことで納得した道を歩むことが出来る。”かけた情けは水に流せ 受けた恩は石に刻め”で愛の温もりの代償を求めず、恩着せや押し付けをしないことだろう。どの道を行こうと不安、恐怖感の悩みは有るもので自分に負けないこと、かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろい心で赦す心のゆとりを持つことが大切なことになる。和は大切なもので成就の為の足し算になるものだろう。逆らわず引き算を少なくすれば水は溜まってゆたかな池が出来てゆく。流れの無い水は腐ってゆくので入り口を広げても出口を強く絞らないことだろう。 2026年6月25日 琢
2026年06月25日
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菩薩必携の四力観力 浄力 発力 結力自己検証をしてみる身の周りの現象には必ず自分の関与が有るその原因を見極めて修正浄化をしておくこと業、カルマは有るもので無にはできずその摩擦を最小にする発心して願いに向かい転識得智で智慧を得る無私、利他の誠心で菩提心と共にことを為せば相応の果報が与えられる四国八十八か所の遍路で人の心の温もりに接して心を清浄にする挑戦をすることで救われた人は多い。徳島が発心、高知が修行、愛媛が菩提心、香川が涅槃で人としての道を歩むことで忍土で汚された心を清浄にすること。お寺に安置された観音像を巡る道行きには人々の心の温もりに接しながら涙の行をすることで救われた人は多い。自分を変えること、心に光を灯すこと、善我を育んで菩提心で善行に励むことで他の救済に中れば自助になってゆく。発心する動機は人間関係、仕事関係、自己発見、闘病などを超えるために行ずる人が多い。弘法大師空海さんと同行二人で遍路することで得る智慧が身に付くとされている。どう生きるかに疑問が生じればその解脱の為の修業に入ること。永平寺での座禅も有名だが入寺に厳しい制限があるそうだが、人はだれしも何かに守られ救われて生かされている、それは何故かを考えてみれば他の救済ということになるのだろう。 2026年6月24日 琢
2026年06月24日
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感謝 反省 敬意 を念頭にこの世に共生するための基本どんな生い立ち育ちにも忍土の自覚 愚かさの自覚、恩恵の自覚途上での受け止め唯物的 刹那的 利己的に成らないように無私 利他 の誠心で事に対応する願いを持てば障碍や試練が仕組まれて自己改善に努め心を整えて臨場すれば行為が好転してゆくすべてに意味が有り必然的に与えられ感謝、報恩の心が理解、信頼になってゆく徳の使い果たしで与えられる現実は悲惨なもので、呪われているとしか思えなくなってゆく。六波羅蜜【布施、持戒、精進、忍辱、禅定、智慧・般若】の励行の積み重ねで相応の悟りに至ることが出来る。布施は無私、利他の誠心で施しをして福を与えることで徳積みが出来る。持戒は煩悩、カルマの抑制と人としてしてはいけないことを戒めておくこと、精進は誓った願いの成就の為に弱点の克服をすること、忍辱・にんにくは過去の失敗の恥を耐え忍んで強靭な精神力を身に付けること、禅定は心の乱れを鎮めて転依の工夫と共にとらわれを空じてゆくこと、智慧は念じて定に入る心が体幹に入ったもの、日々の修業の積み重ねで悟りに至ろうとすることで仮我から善我へ、善我から真我に至る歩みの実践をすることで歩みを好転させてゆく過程の大切さを教えている。 2026年6月23日 琢
2026年06月23日
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自分を貶める行為をしないこと不要なもの、他の迷惑になるものそういう煩悩の抑制をする見えないものを観る眼を培う気が付かずに犯す過ち常識の違いを赦す心他を変えようとせず自分を変えること消せない過去を悔い改めて爽やかな心を求めお金やものに換えられないもの目に見えないものの現象化に行動規範を正すこと自業自得を戒めて同じ過ちを繰り返さないいつも油断することなく忘れていることを思い出して、改めた心で間違った行為をしないこと。誰にも戒めが必要で、願ったことの誓願には、これをします、これはしませんと自分に約束をしてその実践に努めること。自分を貶めるような行為をしないように常に持戒をしておくことだろう。過去は消せないものだが過去の過ちの原因を正すことはできて、その智慧を未来に生かすことだろう。過去の学とはそういうことで失った信用や期待に応えられる自分になる為にやっておくことが失敗の原因を改めて、自分の心を変えておくことでその後の行為が変わって好転反応が出てくることになる。役に立つ自分に成れば自信がついてきて、善我を育むことで仮我から真我への道を歩みだすことになる。心の領域を広くして大きな視野で配慮できる自分に成っておくことだろう。大きく広く見渡す自分に成ることを目標として穏やかな心になっておくことで観えなかったものが観えて来ることになる。 2026年6月22日 琢
2026年06月22日
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失敗に学ぶことが多いすべて過去のもので消せなくてもその原因を正して未来に向かえば不運を好転させられる素直で謙虚な心耐え忍ぶ我慢の心愚かさを自覚して良き縁の恩恵に感謝する末路を考えて原点に戻ること賢い人は簡単明瞭意地を張らずにひく時はひく尽くすときは無になって歓びを与えて無上の満足を得る一隅を照らすとき滅の描き方を知る勉強不足で答えか出ないときは神仏に托身して馬鹿になる。それでも守られ救われて生かされていることに感謝して粗末な扱いを戒めて丁寧な対応に励むことで分相応の恩恵を与えられることが多い。傲慢、高慢に成らないこと、与えられた恩恵を当たり前だと思わずに報いようと努力すること、ただ素直に謙虚に現実を受け止めて修正すべきことを修正浄化すること、愚かさの自覚が陰で場の照らしになってゆく。真心でぬくもりを伝えてゆくところに受ける人の心が爽やかに成ってゆく。清々しい心を求める途上に相応の果報が与えられる。穏やかな心になれば間違った選択をしなくなってゆく。不安、恐怖材料が多くなるほど心を乱すことが更に混乱を招くことにならないように末路を考えた上で平静を保っておくことだろう。苦集滅道・四諦の滅は自分の望む道への適切な滅の描き方が有るだろう。 2026年6月21日 琢
2026年06月21日
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何をしに生まれてきたのか自分が何ものかさえわからないそれを思い出す為に何かに守られて生かされている大丈夫と思う自分がいてどんなことをも超えられるといつもそんな気がして歩んでいる悔いを残さないようにそう思いながら生きていても出来るのにしなかったこと過去は変えることが出来ない先が無くなってくれば何故あの時しなかったのか心で思っていてもしなければ何も起こらない起こすのが怖かったのかいまさら恥をかきたくないからかまだできることは有る愛で包むこと暗中模索の旅も終焉に近くなるほどあれやこれやと迷いが湧き出してくるが、いまさら大きなことなんて無理だと思ってしまう。大きい小さいは別にして今の自分に出来ることが何かを思えば、念ずること、祈ることくらいしかできないだろうと思ってしまうが、念じて祈ることは宇宙を広げることになる。念波を送ることはすべての心にゆさぶりをかけることになるのかも知れない。神仏に托身するしかなく念じて祈ることしかできなくなっている自分として表せることは、どんな状況でも今を明るく機嫌よく生きる背中を見てもらうこと、死ぬ時がいつかわからないから召されるまでは行けるところまで行こうと決意するしかない。顔を観れば心が解る、心眼で観れば見えないものも観えて来るのだろう。体験で身に付けてきた智慧の共有、共鳴、共振、心を伝えることで響働することもできる。いくつになっても未熟は有るもので愚かさの自覚も必要だが、分相応、足るを知っておけば、今からできることが観えて来るだろう。 2026年6月20日 琢
2026年06月20日
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希望は人それぞれのもの夢に描いたものそれが目的になってゆく闇に在っても光を求め絶望しても新たな光を描くそれまで積み上げたものは無駄にはならず経験の一環として次のステップの布石になってゆく失敗に学ぶところが多く頂点に至っても落ちる恐怖に覆われてゆく上を求めれば未熟を感じて通過点ごとに気付きを得る目標を超えてゆく先に新たな世界を観ることになる気力の充実を保ちながら新たな挑戦を始めてゆくこと、多くの障碍や試練を超えてゆくことで身に付けてゆくのが智慧になって体幹に入ってゆく。体幹に有るものは自然体のときに適切にはたらくもので、その共有で良き縁と共に未来を開いてゆくことが出来る。誰にも有る意識には魂願が入っているもので、心の奥であらゆる選択の基準に成っている。合理的な選択と思っても違和感があるときは魂願がブレーキになっていることが多く、選択の間違いをしないように魂の意識に従う方が後悔をしない歩みが出来てゆく。忍土の自覚をして愚かさの自覚の元で恩恵の自覚と共に感謝、報恩に向かうことだろう。本心からの歓びは魂から来るもので、他の役に立って歓びを与えたときに感じるもので菩提心・愛の行使で頂く満足の為に人は生かされているのだろう。絶体絶命の崩壊で絶望に覆われても新たな光を求めて進む通過点の一つだったと後になって気付くことになる。前を向いて歩むこと、今を明るく機嫌よく生きることだろう。 2026年6月19日 琢
2026年06月19日
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何かをするために生まれ何もしなければ何も起こらない忍土の自覚、愚かさの自覚、恩恵の自覚この気付きを得れば感謝、反省、敬意を以て前に進むことになる自分を知っておくこと何に生き甲斐を感じるか一番納得できること何ごとにも動じることなく理想を求めて中心軸には強い意志揺ぎ無い心で潜在する意識を思い出すこと人智を尽くして人智を超えることそこに居場所が有る先端を行く人は自分に負けることなく大志に向かって心に念じた成果を達成してゆく。人には目標が必要で、その目標を超えて次の目標を達成してゆく。魂願は誰もが持って生まれてきているが、湧き出す迷い、模索、末路の恐れを超えて強い意志を貫徹してゆく。何ごとにも動じることなく揺ぎ無い信念と共にあらゆる障害や試練を超えてゆく。分岐点での選択に間違いが無く、ただひたすら明るい心で厳しい通過点を超えてゆく。人智を尽くして人智を超えてゆく先に安住の地に至るのだろう。それに比べて自分の歩みを振り返れば、成し遂げたものは一つも無く、すべてが中途半端な結果ばかりだったが、多くの試練、病、ガン、何度も救われて生かされてきている自分。何の為に?まだ為すべきことが先に控えているのか?自分としては悔いはないが、人一倍多くの試練を超えながら誰かの役に立つことに大きな歓びを感じていて、そこに為すべきことが観えてきているように感じている。常に心が穏やかになることを目指しながら、今を明るく機嫌よく、行けるところまで行こうと思っている。 2026年6月18日 琢
2026年06月18日
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限界を尽くす姿は観る人の励みになる天はその人に超えられない試練を与えない黙々と超えてゆく姿何度も何度も改良を試みて点滴石を穿つように克己に努めて日々の努力を積んでゆく目標達成が通過点を知りながらじっと耐え忍んでゆく日々の励みの尊さ普通でないものが普通になるまで言葉に出来ない歓びを求めて念じながら到達するまで一皮剥けた自分に成ってゆく高く強い意志を以てなかなか硬くなった殻を破ることは難しいものだが、その要因を一つ一つ超えてゆくこと。間違った信念を正し、過去のとらわれを超えて、既成概念、固定観念を打ち破って、人のせいにする責任転嫁をせずに素直に改めてゆくことで硬い殻を破って一皮剥けた自分に成れる。人が限界を尽くして励む姿は見る人の励みになる。天はその人に超えられない試練を与えないものだということを念頭に自分に負けないように大きな試練を耐え忍びながら超えてゆく姿を観れば、自分だけ甘いところに居られなくなるだろう。どんな苦も時と共に消えてゆくもので、体験と共に身に付く智慧を得ることになる。強く高い意志を以て明るくしなやかに超えてゆく持続性を続けることで念じたことを達成してゆくことになる。そこで自信が湧いてきて気力が充実してゆくもので挑戦意欲が増してゆくことになる。大きな山を超えた先に人々の癒しが出来る自分がいて励みを与え元気付けが出来てゆく、人の役に立つ自分に成ることが出来るようになる。 2026年6月17日 琢
2026年06月17日
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誰にも条件、制約が有ってちょっと不自由なくらいが丁度良いのだろう何でも思い通りになる方が危険で常にブレーキをかけている方が良い楽な方に落とし穴が多く多少不平が有る方が道を歪めないだろう感謝、反省、敬意が有れば良き縁に恵まれてどん底からでも這い上がれ自覚する願いの方に努力を重ねるようになる忘れたとらわれに気付けば自然に整っていることが多い理想に向かうことだろうこの世は忍土の世で何ごとも思い通りにならない世界だろう。仕事はもらうものではなく自分でつくり出すものと自覚して日々種をまいて育てた収穫を、いつも誰かに持っていかれてしまうが、そこに人が集まって来る。皮肉なことが多く漁夫の利ということが当たり前のように油断も隙も無いのがこの世なのだろう。それでも常識の違いを受け入れてひろい心で赦すしかないのも忍土だからだろう。常に和の心掛けが必要で自分を無にして他に尽くすことから道が拓けてくるのも忍土だからなのかもしれない。二見で観れば損な人生のようでも、気が付かないところで徳積みが出来ているのだろう。分相応を知ること、足るを知ることからささやかでも本当の幸せを頂けるのだろう。感謝、反省、敬意を以って歩んでゆけば自ずと道が拓けてくる。当たり前と決して思わずに有り得ない恩恵に恵まれていると感謝して歩んでいれば自然に好転反応で報われてゆく。救済のために生かされていることに気付くことだろう。 2026年6月16日 琢
2026年06月16日
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人は過ちを犯すもの解った上で侵すとき気付かずに犯すとき愚かさの自覚をして過去に学んで自己改善に努めながら自分を整えてゆくどう整えるかで自覚するものが異なる途上での改善一生かかって浄化するものその持続で価値が決まって来る見えないものを大切にして見えるものだけで終わらせないこと開けた引き出しを閉じること感謝を忘れないこと同じ過ちを繰り返さないこと未熟さを自覚して素直に改めること、言い訳や取り繕いをしないことだろう。自己正当化をして逃げずに自分が関与したことの責を負うこと。誰でも過ちを犯すことが有るがその後の態度が問われることになる。解った上で犯す過ちの浄化に努め、気付かずに犯している過ちは反省と共に修正しておくことが大切なことになる。煩悩、カルマの抑制に努めてよく考えた上で行動することで他の迷惑になることを少なくしてゆくことだろう。見えるものだけで判断せずに見えないものを洞察しながら歩んでゆくことだろう。20世紀の三毒は唯物的、刹那的、利己的な心でお金やものに執着して、その獲得が勝ち組と評価すること、それが人生の目的と思い込むこと、そこに間違いが興りやすくなってゆく。どう生きるかの原点には人としてどう在るべきか、良心に従っているかが問われることになる。心の温もりは見えないものだが重要なものだろう。どんな幸せを求めてゆくかが判断基準になるのだろう。 2026年6月15日 琢
2026年06月15日
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経験が豊富に成れば相応の智慧が身に付いている頭で覚えたものはすぐに忘れ咄嗟の判断にその心が表われる何度も繰り返す過ちに業、カルマが観えて来る体幹に有るものは無意識に使えて歩みの積み重ねでその本性が観えて来る本音と建前は本心でなく言うこととすることが正反対が多く信頼の分岐点になる矛盾は愚かさの表れで謙虚な自覚が爽やかになる素直、在るがままが良いだろういくら外見を取り繕ってもメッキはすぐに剝がれてしまう。姿、形をいくら綺麗に整えたつもりでも中身が問題で心が汚れていればすることに品が無く、二見【勝ち負け、損得、優劣などの比較}のとらわれが前に出てしまって言動が取り返しがつかないものになってしまう。本音と建前のギャップは埋まらないもので煩悩、カルマが先に出てきてしまう。人を観るときには言っていることとやっていることが全く違うことが多く、そこに自分だけの都合や欲が出ていることに気付かない人が多い。心眼で観ることは本心・魂の言動に矛盾が無いことだろう。物理空間に住んでいれば見えるものだけしか信じない人が多く、分かち合うものまで独占しようとしてしまう勝ち組に専念して道を間違えることが多い。感覚空間に住んでいれば見えないものを大切に扱うもので、発想や閃きからすべてのものがつくられてゆくもので、その過程を重んじるようになってゆく。心眼で観ていれば偽りの言葉や作意に騙されることが無くなってゆくだろう。素直で謙虚な素の自分で居ることだろう。 2026年6月14日 琢
2026年06月14日
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視線がどこに向いているか眼に現れるもの眼光と興味あるもの笑う目、怒る目、喜ぶ目、恐れる眼なんでかわからなくても区別が出来る場を読むことの一つどの目にも通じるもの心が感じるもの善意、誉める、感謝の言葉投げかけで会話が始まる迫るカオスへの対応は適切な言葉とセンス有る行為で人の心は開く本心で語ること通じ合えば共有が始まり縁が有れば開花する空間には物理的空間と感覚的空間が有る。そのどっちを観て歩むかが問題だろう。人の心を観ようとすれば、まずその目がどこを観ているか、視線の方向を観ることでとらわれが観えて来る。見えるものだけを信じて生きることは表層だけを観ることでとらわれどころが観えて来る。心の空は見えないもので、目が表すもの、言葉で表すもの、行為で表すものでどこを向いているかが観えて来る。この世のすべてのものは見えないもの・感覚的空間から始まって感じたものをどう表すかで物理的空間が出来てゆく。そのどっちにとらわれるかによって与えられる反応が現象化してゆく。今の現実を観れば過去のとらわれと表し方によって与えられた現実であることが観えて来るだろう。色即是空、空即是色はそういうことを言っているのだろう。氷山の一角というが見える部分は全体の10%で観えない部分が90%、そのどっちを観て歩むかで与えられた現実が変わってくるもので、水面に見える突起物だけで判断することは危険だということだろう。深層をよく見ること、読んでおくことだろう。 2026年6月13日 琢
2026年06月13日
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救済は幸せにする善意からの心で正当論争に意味は無くその場その時のもの感謝して受ける縁と慣れで正解は無い幸せを感じるもので学ぶだけでなく実践するもの体験して身に付ける智慧で感謝して報恩に向かう菩提心で包み与えることが歓びに成っている愛は流れているもので押しつけや恩着せをせず代償を求めない救済心の温もりで包み込むことが癒しになって幸せを感じさせる。救済は人々に幸せを感じさせるもので、それが人間の使命でもあるだろう。日々積み重ねて歳をとるほど鮮明になってゆくのは魂に潜在する意識を思い出してゆくからなのだろう。初めは自分が何ものかもわからずどんな使命を持って生まれてきたのかもわからないが、魂の意識の蔵にはそのすべての意識が刻み込まれていて、それを思い出す旅が与えられた人生ということになる。人は肉体舟に魂が乗ったもので、肉体には限界が有って歳と共に朽ち果ててゆくものだが魂・霊魂は不滅のものでこの世・現象界・可変の世界で転生ごとに刻み込まれた意識が潜在している。歩みの途上で心に刻まれた意識のすべてが潜在していて、それを思い出すことで自分が何ものか、どんな使命を持って来たかが観えて来ることになる。あの世は不変だから変われないためにこの可変の現象界に生まれてくることになっていると言われている。流れる愛で救済して人々を幸せにすることが与えられた使命ということになるのだろう。 2026年6月12日 琢
2026年06月12日
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誰にも潜在力があるやる気が出たときは集中して挑戦する根源に秘めた力を出せ無限のエネルギーが出てくる難局を突破する挫折しても生まれ変わる七番目の感覚が出てくる先を予測して備えること気力さえあれば何でもできる良き協力者に恵まれ一人ではできないことが出来る感謝、報恩の心が有れば強い意志の持続が出来る信じれば無限の可能性が有る誰にも無限の可能性が有るもので信じて進めばやってできないことは無いだろう。どんなことも興味あるものに挑戦する気力が有れば、どんな障害や試練をも超えることが出来て出来ることを増やすことから自信が湧き出してくる。強い意志が有れば取り組んだことから体験することで身に付ける智慧が未来を切り開いてゆくことになる。明るさが有ること、強さとしなやかさが難局を打破して自分を高めてゆくことが出来る。人には無限の力が有って持続性が有れば他の期待に応えることが出来て他の役に立つ自分に成ることが出来る。過去の失敗からその原因を修正浄化することで自分を整えてゆくことが出来て無限の力を発揮できるようになってゆく。自分を信じ、他を信じることで可能性を広げることが出来て絶望しても通過点と思えば超えた先にさらに大きな自分に成ることが出来るだろう。人間にはそういう力が秘められているように思う。究極は使命感と気力の有無が自助になるのだろう。 2026年6月11日 琢
2026年06月11日
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極めようと努力を重ねても至れなく自分を責めるその段階を好む人には誉め言葉を頂いても不満を謙遜と誤解されるがただそのままを素直に受けて感謝で返せばかわいい人と思ってくれる人とのうけこたえは素直で謙虚であること誉め言葉には感謝で受ける誰もが喜ぶ顔を観たいと思うひねくれた人と思われないように邪念を捨てて有るがままに受ける方が良い自分の愚かさを自覚すれば誉め言葉を素直に受けられずに謙遜な自分に成ってしまうが、ただ善意に受けて感謝する方が良いだろう。善意にものを考えて対応することは大切なことだと知れば、変に謙遜にならない方が良い。誉められた現状がまだ至っていないと思っていても素直に受けて感謝しなければ誤解されて、もっと上を目指しているような態度を嫌う人も多い。善意の言葉は素直に受け入れて明るい表情で臨めば好感を持たれることが多い。前向きで明るく素直な姿が好まれることが多く、謙虚な言葉を発するほど嫌味に思われることも多い。有りのままの自分、在るがままの自分を観てもらうことが、背伸びや体裁をつくろう人だと思われない、誤解されないような心掛けが大切なことだろう。明るく前向きな姿を好む人が多く、作意の無い自分であることが望ましい。円環的思考は良い方向への思考に努めることだろう。 2026年6月10日 琢
2026年06月10日
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不機嫌になるときは心配ごと、不安、恐怖感に壊されそうな自分自分に負けそうなとき心が整っていないとき身体が整っていないとき煩悩、カルマの抑制が出来ずにストレスを溜めてどうにも整理できないときで表情に現れて乱れた心で愚行に走る危険なときだが動的、静的な工夫が必要になる気分転換で別のとらわれをつくる良いこと探しに努めて前向きに成ること心が乱れそうなときには丹田に重心を落として冷静に成ることで取り返しのつかない行為をしないように努めることだろう。自分の甘さに負ければ何もかもマイナス思考になってゆく。克己に努めること、間違った選択をしないことが自助になる。常識の違いを受け入れて赦す心を育んで周りとの和を保っておくことで、助力、協力の恩恵に感謝して無の心で他に尽くすことに取り組めば、本心・魂からの満足を得ることが出来る。他の役に立つことで自信が湧いてきて守られ、救われてきた恩恵に報いることが出来るようになってゆく。その段階に至れば為すべきことが観えて来るだろう。人としての歓びが救済に有ることに気が付くことになって道を歪めなくなってゆくだろう。真我が次第に観えて来ることになる。人生の模索の歩みがそこに有ることに気付くことになるのだろう。 2026年6月9日 琢
2026年06月09日
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煩悩、カルマは有るもの無にはできないもの外に出さないように内で治めるべきもの理性で抑制するしかなく理想に向けて意志を強く持つことカオスへの対応の失敗には業、カルマの原因が有って今の望まない現実を好転させる為に過去に学んでそれを未来に生かすこと道を歪めないように煩悩、カルマの抑制に努めること空じる工夫をすること有るものを無にはできないもので、それをどう空じるかの工夫が必要だろう。とらわれは有るもので、そのとらわれを別のものに転じること・転依・てんねする工夫が必要になる。仕事とレクリエーションは表裏一体でなくてはならないものだが、仕事ばかりでストレスを溜めることは身体にも良くないもので、自律神経を正常に保つためには気分転換が必要になる。チャンネルを変えて全く別のとらわれをつくる工夫をすることだろう。趣味や散歩、スポーツや興味あるものに没頭することで初めのとらわれを別のとらわれに移すことだろう。今の現実に満足できなければ過去の原因を探して正しておく必要がある。その工夫・智慧が未来を好転させることになる。自己改善をすることで望む果報を引き出すことが出来て、運命を変えることが出来るだろう。煩悩、カルマの抑制にはそういう工夫が必要だろう。 2026年6月8日 琢
2026年06月08日
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