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2009年01月09日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「とらわれ」

雑学は迷いの原

雑念にとらわれるとき

目標への障害が出るとき

心が揺れているとき

言葉やものへのとらわれ

転依を要する

本筋に戻るために

心のコントロールをしながら



忘却があればこそ

自分を変えられる

薬師寺の長老が”雑学は迷いの原”と言いましたが、確かに豊かな時代になると人の興味は、娯楽や趣味に関するものが多くなっていると思いますよね。勉強や仕事だけでは、ふと我に返るときに空虚な心になってしまうもので、レクリエーションの大切さを叔父は本に書いていました。勉強や仕事をしないで、興味のある雑学だけの知識が多くなると、心のバランスが悪くなって迷いが出てくるんでしょうね。あの人はくだらないことばかり言っているとか、内容の無い人だとか、人に馬鹿にされて、軽く見られて、屈辱を味わうことがあると、心に迷いが出てくるものでしょうね。集中しなければいけないときに、雑念が入ってくると、そっちの方に頭が回転していくことがありますね。こうなりたい、ああなりたい自分の目標に障害が出てくることも心の混乱を誘発して、不動心になれずに、迷いが出てくるもので、選択肢を減らして、”生きること”一本に絞るときには、何かに突進できると思います。例えば、大地震が起きて、家族や恋人と離れ離れの状態で、自分の命さえ生き延びることが難しくなった場合を想定すると、人には迷いは無くすごい力が出るものだと思います。心が揺れているときは迷いの多くなるときで、人の言葉や守りたいものへのとらわれが出るもので、転依・てんねと言って、気分転換や心のチャンネルを変えることができれば、とらわれなくなれるでしょう。執着を他にそらすことも、本筋に戻るための大切な心のテクニックだと思います。自分の心をコントロールして、大切なものの優先順位を考えられるようになりたいものです。”この世で一番強い人とは、自分を自由に支配できる人である”、ということですよね。執着、とらわれも、忘却があるから、時間がたつと忘れていけるんですよね。忘却があるから生きていけるといっても過言では無いと思いますよね。認知症と間違えられることも多いので、注意しておくことも必要ですよね、笑。執着やとらわれから離れると、自分を変えることも出来るようになると思います。


    2009年2月10日

                          琢






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最終更新日  2009年02月10日 09時09分19秒
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