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2013年01月03日
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カテゴリ: 心の道
断末魔の覚悟は

避けようが無く

その覚悟が有れば

何でも出来る

避けるとき、逃げるとき

追われる恐怖を思えば

立ち向かうしかなく

受け止めれば根源の力を知る

死地に活路が観えて来る



利他の心が前に出て

神仏に托身すれば

邪気は消えて

本当の自分が観えるだろう

死者はそれを超えたのだろう

お釈迦さんは、人は生まれた以上、みな第一の矢に当たっている、と言ったそうだが、死を迎えるのは自分だけでなく、生老病死は自然の摂理で四季の流れと同じく時を止めることは出来ない。生命力が盛んであるほど死の恐怖が強く、その苦しみを想像するほど恐怖感が増して、心にも無いことをやって自分だけは生きていたいと思うのは人情だろう。自殺者が増えているが何かの恐怖【大きな試練や絶望】を超えられずに自分の命を絶ってしまう、人には一度や二度は死を考えたことが有るもので、試練を超えるほど強くなっていくのだろう。人一倍その恐怖をもっていたのが自分で、霊魂不滅とは思えず、人間は死んだらどこに行くのだろうと思えば思うほど死にたくない心が強かった。唯識の講義のときに断末魔の話が出て、何故かそれ以来吹っ切れて、自分の初期のがんでの手術以来、そのことを考えなくなっている。断末魔の覚悟は避けようが無く、その覚悟が有れば何でも出来ると思えるようになった。苦しいとき、痛いとき、断末魔はこんなものじゃないと自分に言い聞かせ、自分の心を整えることに重きを置くようになっている。避けようとしたり、逃げようとするほど追いかけてくる恐怖感を思えば、立ち向かうしかなく、受け止めることが出来れば底から湧き出す根源の力を知るだろう。死地に活路と言うが、自分を捨てて無私に成れば利他の心が前に出て、神仏に托身すれば邪気は消えて、本当の自分が見えて来るのだろう。死者はそれを超えたのだろう、通夜、葬式に行くたびに、それを越えた顔を見て拍手を送りたい気分に成ることも多かった。綺麗な顔で死にたい、そのためには可愛いお爺ちゃんでいたいと思う心が、大地震が来ようと天変地異が来ようと、いつ来るか分からないことことを恐れず、来たとき、最悪のときの覚悟さえ出来ていれば、最後に思うことは顔がゆがまず綺麗で有りたいと思うのも人情だろう。その上で決然と今を生きることしかないだろう。


                        2013年1月3日

                                    琢





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最終更新日  2013年01月03日 08時05分29秒
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