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2013年04月28日
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カテゴリ: 心の道
人は誰しも己が何者かを知らず

その生涯を閉じてしまう

周りのものは何をしたかを知っている

戒名にそれを示されるが

本人の魂には関係なく

接しようとすれば俗名で呼ぶ

あの世に行けば救済の勉強をしているそうで

時空を超えた世界で

仏壇であろうとお墓であろうと



人は何をしに、どこに行こうとしているか

それを発見しに生まれて来る

どんな大因を持って、どんな大果に向かうかを

中果を観ながら探す道

それが人生だと言う

ある結婚式の挨拶で、”人はみな己が何者かが死ぬまで解らない"、それを共に探す歩みだと言ったことが有ったが、幸せに見える結婚をしても離婚してしまう場合も多く、その子供たちが傷ついていることに気が付かない親が多い。自分の都合だけで生きている人が多く、周りにどれだけの毒を振りまいているかに気が付いていないように見えるが、自分も気が付かないところでそれをやって来ているのかも知れず、自分が何のために生まれて来たのか、それも見つけられずに歩いているのかも知れない。周りのものにはそれが見えていて、どんなことをしたかを知っている。戒名は死んだときに付けられるが、会いに来た人が何をして来た人かが分かるように成っているもので、本人の魂・霊には関係の無いことで、接しようとすれば俗名で呼ぶほうが良いとされている。あの世にいる霊は人を救う勉強をしているそうで、体を持っていないから此方では見えないが、時空を超えた世界にいて仏壇であろうとお墓であろうと会おうとすれば其処に来ていると言う。人は自分が何をしに何処に向かおうとしているかが解らず、それを発見するために生まれてくるが自分の使命をはっきりと知る人は少ないだろう。どんな使命・天職・大因を持っていて、どんな大果・自分の望む死に方に向かう歩みをしたいかは、中果・現在の自分を観ながら探す道、何をしたいかしなければならないか、何を遣り残し、次の転生の宿題とするかを意識に言い聞かせておくこと、それが人生なのだろう。


                                              2013年4月28日

                                                           琢







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最終更新日  2013年04月28日 08時06分29秒
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