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2016年01月13日
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カテゴリ: 心の道
結果の前に安堵は無く

有るとすれば

精進努力の末の死後だろう

結果は一つの通過点で

止まることができず

先の不安は消えない

変わる努力は無数に有って

終止符の自覚と共に訪れるもの

それは死に顔に表れている



浄めて余りあるものは無い

記録は引退と共に確定するように

それまでの葛藤は結果に表れている

時の移ろいと共にホッとするときは無く

使命を行く時のみ不動に成れる

ある俳優が言っていたことは「悟り?あれは嘘ですよ!」。いつも思うことだが生きて悟りを得ることは無いと自分は思っている。「空」は有るものは有るもので、無にしたところで有ったものは有ったもの、隠しても心が乱れたときに出てしまう、メッキは剥がれるもので、変わったつもりがちっとも変っていないのが自分だろう。頂上がどんなものかは霞んで見えず、どんなものかを教えてもらったところでそこに行って自分の目で見なければ本当に自分が踏破したことにはならないだろう。何度も転生させてもらって上ることができること自体が有りがたいことだだろう。ある高僧曰く「菩薩なんてとんでもない!わしゃ、まだ三合目くらいだよ」、上からは見えても、下からは霞んで見えないのがその領域なのだろう。答えを教えてもらったところで、その答えまでの式が分からず、ポンと答えだけ言っても中抜けでは意味が無く、知っているだけで自分の足で登ったことにはならないだろう。目安にする程度、あんちょこのようなもので、上から中ずりになったように降りたところで思うところに着地はできず、やっぱり下から一歩一歩踏み据えて上ってゆくしかないのが普通の人間のできることで、その基礎を確実に積み上げてゆくことが尊いことなのだろう。悟りは無理でも、自分に与えられている使命を自覚することはできるだろう。正確には前世の続き、宿題、課題、未だ途上でもう一度生まれ変われたらそれを使命にしようと願っていること、その魂願は自分の意識の蔵の中に有るもの・潜在意識に入っている前世から持ってきているもので、そのための生を与えられたと言うことだろう。魂願の答えは、魂の修復と成長、関わりの再結、できなかった願いの成就、内と外への照らしのどれかだと言う。


                        2016年1月13日

                                      琢








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最終更新日  2016年01月13日 07時40分02秒
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