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2016年01月31日
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カテゴリ: 心の道
お伽噺でも

信じる方が托身できる

大宇宙大神霊仏は

諸如来諸菩薩として

救済をしている

諸天善神を通じて

個々の守護指導霊と共に

その困惑と試練を超えさせる

信じることで心の中に有り



与えられた必然に学ばせる

それを否定して信心が無ければ

荒んだ道を歩むことになる

忍土の苦に迷い

信じたものだけが

一本の白い道を自覚するようになる

デカルトが言う方法的懐疑は人間の自助の本能的なものだろう。歩む道にはたくさんの障碍が有って、転ぶたびに成長してゆく。痛い目に遭うほど警戒心が強くはたらいて、騙されたり裏切られたりするたびに人を信じ切ることができなくなってしまうが、高橋先生が言うように、人間の可能性は信じなければ開かない扉を幾重にも通り抜けた先に有る、ということだろう。悪意はほんの一部でこの世に共生するもののほとんどが善意で、その分別は心眼で観るしかなく、その心眼を研ぎ澄ますことが精進なのだろう。お伽噺でも信じる方が托身できて明るい心になれるだろう。大宇宙大神霊仏はいるものだと、諸如来諸菩薩として自然の摂理と共に共生する人々の救済をしていると、ちゃんとどこかで見てくれていると信じることから道は開けてくるのだろう。諸天善神を通じて個々の守護指導霊と共に、その困惑と試練を超えさせるものだと信じることが自分の信念を揺るぎないものにしてゆくのかも知れない。信じた上で体験と共に学んだものを強い意志を以って実践するたびに智慧が付いてゆく、その智慧が自分を救うことになるし、超えられそうにもない試練を超えさせてくれるのだろう。それも自分に与えられるもののすべてが偶然でなく必然だと思うことで原因と結果の法則を知ることになる。それを否定して信心が無ければ、荒んだ道を歩むことになってしまうだろう。忍土の苦に迷い、どう生きれば、どの道を歩めばいいのかさえ分からなくなってしまうだろう。信じたものだけが、一本の白い道を自覚して歩むことができるのだろう。


                          2016年1月31日

                                         琢








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最終更新日  2016年01月31日 06時48分02秒
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