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2026年03月13日
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カテゴリ: 心の道
燃焼し切ったのか

燃え残りはもうないのか

不完全燃焼が残っていないか

出し切っていなかったような気がして

歳を考えてみれば

強い意志はもう通り過ぎていったのか

このままで良いのか

いまさらと思ってしまうが

可能性は見えないところに残っている



まだ挑む気を高めてゆく

過信ではなく未燃焼の部分

魂はそれで満足出来ていない

召されるときがわからず

燃え尽きるまで行こうと

今を明るく機嫌よく

行けるところまで行こうと

もう馬鹿になるしかないのだろう

過信や妄想に走っているわけではないが、このまま終わっていいのかという気がどこかに有って、共有、共振、共鳴、響働の仲間がどこかにいるような気に成ってゆく。まだ思い出せないことが残っているかもしれないと自分に言い聞かせながら日々を過ごしている。もういい加減足手まといだよとどこからか聞こえてくるような気がするが、まだ自分を捨てたくないという気がどこかに残っている。この世での歩みはすべて必然のもので、自分の場合10度も救われて、4度のがんを抜けてきたこと、生かされてきたこと、そこにはそれだけの意味が有るのかと思えば自分の能力はこれ以上は出ないだろうと思ってしまう。反面、まだやるべきことができてはいないではないかと責める自分がいる。今となっては自然の流れに沿うしかないと思っている。
人の世は 必然の道 天の道 歩むべき道 辿るべくして
山下清展で浮かんできた言葉だが、お前にはまだ卒業免除は出せないと言われているように思ってしまう。唯識を学んだからと言って、思い出す意識はもう無いと思う反面、すべてが中途半端だったのが気にかかっている。





                               琢












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最終更新日  2026年03月13日 03時30分33秒
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