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宇宙も大地も生物も周期的軌道修正を要する変化の流れの中で自然災害も病気もその現れの一つで嘆くよりも次に備えること自然の摂理は理に叶ったもの因縁果報、原因と結果の法則もすべてが必然のもので有るものは無にはならず時を戻すことはできない身に迫るものすべては必然のもの素直に受け止めることで心の領域が広くなる変化の流れに沿って自己改善に努め備えておくことだろう俺は俺だ何も変える必要が無いと自己正当化をしたり、自己顕示欲、自我我欲を丸出しにして良くない結果は人のせいにして逃げまわっている人の姿をよく見るが、その時点で成長を止めていることに気付いていない人が多い。負うべき責を逃げずに負うこと、責任転嫁で保身に走らないことが人としての在り方・原点と心得ておくことだろう。魂願は意識に潜在しているものでその意識が何であるかの自分探しの旅が人生行路ということになる。本音と建前とかの以前からの問題で本心・魂の歓びがどこにあるかを模索しながら深化成長してゆくことになっている。その途上に自分を無にして他の為に尽くすことから本当の歓びや満足を得ることが出来て、その為に自分を整えて備えておくことで、与えられた救いの恩恵に感謝しながらそのありがたさに報いようとする心が新たな発見をすることになって、そこに生き甲斐を感じるようになってゆくのだろう。 2026年7月30日 琢
2026年07月30日
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自分に言い聞かせるもっと柔軟に成れ意地を捨てよ素直に成れ頭を使え心にゆとりを持て自分の愚かさと思えばもっと遊び心が必要で明るく楽しくなる生き方を求め義務と思わずに内から積極的な心で事に挑めばいい他の意見に耳を傾けること受け止めること改善することユーモアを失わないこと自信が無いとき、前向きな心になれないとき、卑下者的なときには命令が必要な時も有る。義務付けに抵抗を感じることが多いが、自分で自分に言い聞かせることが必要な時も有る。人は結構自己暗示で生きていることが多いが、自信が湧かないときや消極的な時には自分を鼓舞することも必要だろう。へこ意地を張ることも多く、あとでどうなったかを思えば相手を納得させたわけではなく、意味の無い剣幕で引っ込ませようとしただけのことで問題解決にはなっていないことが多い。人に言われたくない自尊心が邪魔をする時には自分に言い聞かせて叱咤激励をすることが必要な時も多い。生きてゆく上で必要なことは四角四面で突っ張るよりも、狭い心をひろくするために素直に現実を受け止めて、他の人の在り方、生き方を受け入れてひろい心になっておく必要が有る。ユーモアを出す心のゆとりも必要だろう。自分を整える為にはいろんな工夫が必要になる。自分を無にすれば観えて来ることが増えて来るだろう。 2026年7月29日 琢
2026年07月29日
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行き詰まりのとき留まって何もしなければ智慧の持ち腐れになる人は工夫が出来るものでどんな苦難でも進む道は有る頭と心は使い方次第で気分転換の工夫から不可能が可能になる視界を広げれば打つ手はいくらでも出てくる和と理解が有れば助力、協力が得られ自分一人の愚かさを自覚すれば人の世の温もりを知る感謝、反省、敬意から新たな光が観えて来る単なる知識をひけらかせることなく素直に謙虚な心で実践することから身についてくるものが智慧で、共有することで共感、共鳴から一人ではできないこともできるようになってゆく。人との和は大切なものでそれぞれに違う常識を受け入れて心の領域をひろくすることで赦す心を育むことから和に広がりが出来てゆく。人との交流に必要な心掛けは感謝、反省、敬意で互いに認め合い理解し合うことが出来れば信頼関係の構築が出来て助力や協力の恩恵に恵まれることが多くなってゆく。努力の積み重ねが自助になってゆくもので、自分を無にして他に尽くすことから他の期待に応えられる自分に成って、信頼が協力者を増やすことになってゆく。自分一人の愚かさを自覚すれば与えられる助力、協力の恩恵に感謝出来て敬意を以て接することから友情や絆が結ばれて強い関わりが出来てゆき、魂願成就を果たすことが出来るようになってゆく。その智慧が未来を開いてゆくことになるのだろう。 2026年7月28日 琢
2026年07月28日
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力が出なければ考えてみればいい気力は心から出て来るもの気が萎えるとき人は歩けなくなる経験の積み重ねは智慧、知識を身に付けて共有し合うことで他の力を使えば歓びの共有が出来る自分一人と思わずに多くの智慧を得ることで大きな力が出てくる人を育てること自分の手柄にしないことで可能性は広がってゆく気力は意欲を強くしながら多くのことに挑戦させることになる。病は気から、気は心からですべては自分次第ということだろう。気力が萎えれば立ち上がれなくなって引きこもりになってゆく。人は夢を描き、願いの具現化に向かって歩んでゆくもので、目的意識が意志を強く持たせて、その為に必要な専門分野を掘り進めながら達成しようと励むことになる。分岐点での選択はその目的に向かう為の前向きな心が有るからで、途上での選択が不適切なものであっても無駄なものにせずに方向修正と共に大果に向かうことになる。成就までには多くの障碍や試練が仕組まれてくるもので、放棄せず、諦めずに超えてゆくことで歓喜の瞬間を引き寄せてゆくことになる。本心・魂からの歓び、満足は他を癒し、救済で尽くすところに伴うもので、役に立つことから自信が湧いてきてそこに生き甲斐を感じて為すべきことの自覚が出来てゆくことになる。智慧の共有は可能性を大きくしてゆくことになるのだろう。 2026年7月27日 琢
2026年07月27日
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希望を強く思っていても失望のときも有りそこに至らない自分を観る失敗に学ぶことが多く修正して整えてゆくたくさんある至らない部分耐え忍んで超えるしかない初めから出来上がったものは無く何を求め何を捨てるかすべて自分次第のこと初めは許されることも取り返しがつかなくなってゆく過信は禁物で戻せない過去に学べば素直に謙虚に受け止めて自己改善に努めれば未来に与えられたものが望む現実になってゆく目的意識を持っておくこと、夢や希望を描くことからその具現化に向かって新たな分野の開拓が始まってゆく。強い意志が有れば何ごとにも動じることなく、中心軸が揺らぐことも無い。心に描く理想に向かって自己改善に努めて希を果たすときがくる。放棄したり諦めたりしなければ必ず心に念じたものは実現させることが出来る。さりげなくも、強く思ったことも心に思ったことは実現させずにはいられないもので、必ずその時はやってくる。心に願わないことを与えられることも有るが、それは自分が勝ち取ったものでなくても、人が羨む果報を得ることも有っても、傲慢な自分に成らないことだろう。人徳が備わっていればそういうことが有っても当たり前と思わずに感謝できる自分でありたいと思う。本当の歓びは日々の努力の積み重ねで得る果報を与えられたときに魂・本心の満足をもたらすことになる。魂願の意識を思い出すことから何の為に生まれてきたか、どんな使命を背負ってきたかの自覚が出来ることになるだろう。 2026年7月26日 琢
2026年07月26日
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人の交流の場での出会い紹介で親しくなった友人との関わりが人脈になる果報側の関わりはその時だけのもの因縁側の関わりは無限に広がる常識の違いを受け入れて赦す心が視野を広げ和を保つ自分の人脈が広がる自分のボキャを広げ可能性を大きくする人の特性はそれぞれで至らない部分を埋めてくれる身勝手な関わりは世間を狭くして孤立してゆく和が可能性を広げることになり思いやりや気配りの配慮が信頼関係を構築する因縁は因と縁の関わり・友との交友から望む果報を得ることになる。可能性は人脈の広さ、人脈は交流の場での出会い、友の紹介でその友の関わりも広がってゆく。人それぞれ生い立ち育ちの条件、制約の違いから基盤の違いが常識の違いになって、それを受け入れることで心の領域は広くなり、視野も広がって赦す心が有れば和が広がってゆく。ひろい視野での配慮・思いやり、気配りから信頼関係が構築されてゆく。自我我欲、自己顕示、人のせいにして逃げる自己保存を戒めておくことで他の期待に応える自分、役に立つ自分に成ってゆき、人の歓びや苦しみも共有することで癒しができれば救済になる。自分を無にして他に尽くすこと、期待に応えることで本心。魂の歓びになることを知ることで、そこに自分の居場所が出来て生き甲斐、手応えを感じるようになる。その段階に至れば為すべきこと・使命の自覚が出来てゆくことになる。友との関わりを粗末に扱わないことだろう。 2026年7月25日 琢
2026年07月25日
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自分の時代から子供の時代へそして孫の時代へ承継への流れ有形無形の遺伝子諸行無常の時の流れそれぞれの個性その特性を何に生かすか静かに受け継がれてゆく自分を知ることから他の為に尽くすこと息をする同時進行は背中に観えているもの次の魂に刻まれてゆくどう生きたかが観えなくても確実に継がれてゆく押し付けなくてもいい人の中にある自己顕示欲、自我我欲、自己保存を誇示しなくても、自分は自分の息をしている。人の邪魔をする人は大切な時を自分の邪魔に使っている。周りにどう見られようと、どんな迫害を受けようと息をしながら自分の道を歩むことしかできないだろう。息は自らの心と書くように、自律神経が正常な刻みが出来るように自然に守られ救われながら生かされているのが人間なのだろう。それだけでもありがたいことと感謝して心に念じて定に入れば、その智慧は流れの中で受け継がれてゆくことになるのだろう。体や臓器も無意識の中で穏やかな心で居れば正常にはたらいている。魂・心は善を好むもので善行に励むことで無上の歓びを知って、その祈りを続けることで満足な表情になってゆく。他が為に生かされ守られているのが人間で、どう息をしながらどう歩むかは自分次第だろう。それは押しつけをしなくても継がれてゆくことになっている。 2026年7月23日 琢
2026年07月24日
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種・因はそのままでは芽を出さない何かを縁として花を咲かすようになる因縁果報、因果応報は自然の摂理で念じた願いを開花させる因縁の無いところに果報は生まれず火の無いところに煙は立たない魂には願いが有って意識に潜在している分岐点での違和感は魂願でない場合が多く選択の間違いに迷うことなく勘に従う方が良い迷いに無駄な時を過ごさず素直に本心に従うこと人は自己満足で生きている場合が多く魂・本心の満足が歓びに成っている善の実を残して後世につなぐこと真念一貫 不逃避 忘己利他 一隅を照らすことが本心・魂の願いを果たすことになる。魂願は、魂の修復と成長、関わりの再結、出来なかった願いの成就、内外への照らしで、人は救済・癒しの為に守られ救われながら生かされている。その恩恵に感謝して報恩に向かうことで、潜在意識に有る願いに気付き、果たすことで悔いを残さないように生きようとする。そこに本心・魂からの歓びを知ることで、自分を無にして他に尽くすことを本分とするようになる。人だけでなく自然界のすべてのものが意味あるもので一本の雑草でもその役を果たすことになっている。有漏、無漏で分別することが多いが、煩悩の有無のことで植物は無漏、人や動物は有漏として区別している。四苦八苦に遭遇することになるが、煩悩、カルマの抑制に努めることになる。思い通りに運ぼうとすれば自我我欲が出てしまうもの、突発の事態では感情が心を乱すことが多く、その抑制に努めることで自分を整えてゆくことになる。苦の原因のすべては自分がつくり出していることが多く、自己管理で至らない部分の修復の為に試練が与えられることになっている。良い種・因・胤から望む花を咲かせたいと誰もが願っている。 2026年7月23日 琢
2026年07月23日
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受け止めの大切さ煩悩、カルマの傾向を知り空の工夫をする有るがままを受け止めて有るものは無にはできずとらわれを転依で別のとらわれをつくるリクリエーション、気分転換で工夫次第で空じることから違うものへの思考が始まる耐え忍ぶことから得るものが有る理想を基準にして邪気、感情の抑制をする理性で自分を客観視して他の身になって配慮すること無私、利他の誠心で他の為に尽くせば本当の歓びを知る受けて領域をひろくすること取り組むことで受け入れることから心に広がりが出来てくる。おもてなしの誠心に自分は無く、ひろい心、奥深い心で相手の身になって思考することから思いやりや気配りの配慮が出来るようになってゆく。相手よりも自分の都合を優先するところには温もりの無い身勝手な行為が目立つようになって、本当の真心が通じることが無い。身を捨てて人の身を案じることから菩提心がはたらき始めて他の困惑を聞くことが出来て、癒すこと、元気を与えること、救済が出来るようになってゆく。大きく心を開くことで相手の心も開き始めて聞くことから助力、協力が出来るようになってゆく。他の期待に応えることで信頼されて手応えを感じることが出来て人の役に立つことから生き甲斐を感じるようになってゆく。その途上で好転反応が出始めて与えられる現実も満足できるものになってゆくのだろう。悪循環も自分を無にすることから好転反応が返ってくることになる。 2026年7月22日 琢
2026年07月22日
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初めからできることなく出来ない原因を探して何度も取り組めば出来るように成れる好きこそものの上手なりで慣れること、耐え忍ぶこと放棄、諦めさえしなければ超えられる自信が湧いてくる甘い心を捨てて不安、恐れを超えたところに満足が与えられる通過点の途上で強靭な精神力が培われ気力が充ちてくる短気を起こさず我慢の末に得たものが実績になる自信を失えば全部ダメなような気がして自分の甘さに負けて楽な方に走ることになる。成し遂げることは魂が願うもので逃げる方向にはなく、多くの障碍や試練を超えた先に本心・魂の満足を得ることになる。出来た実績と耐え忍んで超えてきた自信が強靭な精神力になって、やってできないことは無いという自覚が出来てゆく。暗運力がはたらき始めれば自分に負けてすべてが暗転の流れになってゆく。心を乱すことなく自分を見捨てずに、四諦【苦、集、滅、道】の先に魂願成就の道が拓けてくる。強靭な精神力を培うことで自信が湧いて気力が充実してくることになる。廃人のようになるときは気力が失せて挑戦意欲が無くなったときのことで、一生自分との闘いに負けないことだろう。耐え忍んだ先にどの土俵でも上がれる自分に成ってゆくことが出来る。楽をして得るものは無い。自分の中の何を捨てるかが観えて来るだろう。 2026年7月21日 琢
2026年07月21日
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建前と本音理想と現実魂願はそこに無く魂・心の底から湧き出すもの途上の心への反応は進化への変化を示す本当の満足を求めて更に上を目指す魂の違和感が無くなるまで選択の間違いを正しながらギャップを埋めてゆく素直で謙虚な本心で大因 中果 再起因 大果至らない部分を改善して潜在意識を思い出す常日頃の闘いは自分とのもので、彷徨う自分の甘さに負けないように克己に努めるが思うような成果には至れていない自分がいる。世の中の反応はいつも望むようなものでなく、必然的に与えられる現実はまだまだ至らないもので分相応、足るを知っていても理想には程遠い。守られ救われながら生かされてきた恩恵に感謝しながら、何とか報いたいと思っていても願うパターンに入ってこない。邪気、煩悩、カルマ、感情の抑制に努めていても見え隠れしているものが出てきてしまう至らない自分を責めながら、甘さから抜けきれない自分を戒める毎日が続いている。迫害に出遭う自分の未熟を恥じながら交流の場に臨むがどこかに迫害の眼が出てくる自分を思えば、自分を責める場には行かないようにしようと思ってしまう。修正するほど遠くなってゆく大果に向かって愚かな歩みをしている自分。それでも救われ生かされている自分は、結局はこういう宿命を頂いていると思うようにするしかない。 2026年7月20日 琢
2026年07月20日
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第一印象は過去の影響を受けていてかたよりも入っている外見だけでなく都合の良い見方をしないこと中身は交友と共に明かされる間違ったレッテルを貼らないこと付き合ってみなければ分からない逆に自分も見られているもので中身を整えておくこと好みだけの評価は危険なことで進化の過程で断じられない心は時と共に変化するもので点と点を線にして面で関わることから信頼関係の構築が有る通過点のどの部分も魂の意識に刻まれてゆく人やものの分別は時と共に変化しているもので、ある一点を見て判断するのは危険なことだろう。信じることは大切なことで、その場その時の都合で利用すれば交友もその場その時だけのものになって消えてゆく。永い付き合いを求めればその場限りの関わり方をしないことだろう。関わりは出会い、出来事、事態から始まってゆくが、自分の都合優先や責任転嫁で自己保存をすれば消える因縁になってしまう。因縁果報は自然の摂理の一つだが、すべての意味を理解できなければ念じて花を咲かせることはできないだろう。一本の雑草や一匹のありんこにも意味が有るもので、それぞれがどこかの役に立っている。自分はいなくても世の中は何も変わらないと思うことが多いが、すべてのものに意味の無いものは無く、一所懸命の背中を観て励まされているものも多いだろう。本当の歓びは他の癒しになること、励みになること、救済になることで手ごたえを感じて自分を無にして他に尽くすところに有るのだろう。そのすべてが意識に刻印されてゆくことになる。 2026年7月19日 琢
2026年07月19日
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自分のバイオリズム、この世のバイオリズムその曲線は過去から人や自分がつくり出すもの良いことは重ねて起きるが悪いことも重なって来る不運と思うか自業自得と思うかその原因は外でもない自分に有る障碍や試練は改善の呼びかけで必然的に仕組まれる次から次へと起きるもの素直に受けて改めておくこと不機嫌をバラまくことなく秘かに自分を整えること改善の努力と共に明運力がはたらくことで好転作用が始まる不思議なことは多いもので、何でも続いて起こって来るのは自分を促す必然の仕組みで、自己改善の呼びかけと思っておく方が良いだろう。自分は悪くない、直すところが無いと自己正当化したり自己顕示して逃げ回っている人は深化向上が止まった人と言える。利己的、自己中心的在り方は見捨てられて孤立してゆくことになる。孤独の恐ろしさを知っておくことも勉強の一つだが、共生社会では自分だけ思い通りに生きることが出来ないもので、自分の至らないところや欠点の修正の場がこの忍土の世なのだろう。摩擦、争いを起こさない自分創り、仮我から善我を育んで他の役に立つ自分に成ることで与えられる現実が望むものになってゆく。愛、菩提心が善行に励む原動力になってゆく。心の安定、祈り、信仰、宗教の導きがどのような法を説こうともすべてに通じるものは愛だろう。サービスと違うおもてなしには代償を求めない愛、真心、心の温もりで包むことから良いことが連なって起きてくることになるのだろう。 2026年7月18日 琢
2026年07月18日
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体調はバイオリズムが有って心とつながっている体力に自信が有ったものが不調を受け止める時間がいる一時的なものや一生のもの不安の原因は増えてゆく時と共に慣れてゆくしかない老朽化は有るもので時と共に変化してゆく全盛期と今の自覚歳相応の自覚をしておくこと心とのバランスを保つこと気力が萎えれば立っていられなくなってしまう気力が失せないように慣れること、喚起すること足るを知り、分相応を心に魂は成長してゆく少年から青年にかけてのときは何でもできないことは無いと思っている。その自信も有るが歳と共に、時の変化と共に諸行無常で世界の流れも変わってゆき、魂に限界が無くても体は有限のものと自覚しておくことだろう。まだ若いつもりでも無理をすれば超えた限界が戻せなくなってゆく。戻るのに時間が長くなってゆくことの自覚が出来ていること。さらに超えればもう二度と元に戻れなくなってゆく。魂、心、体と気力のバランスを保っておくことだろう。不調時には躊躇なく病院で検査すること、心の安定が重要なことで、常に穏やかな心を求めて煩悩、カルマの抑制に努め、感情の抑制にも努めることで心と体のバランスを乱さないことへの心掛けに努めることだろう。気力、挑戦意欲の充実は大切なものだが、老朽化する体の流れを受け止めて正常な判断が出来ることが望ましい。魂は深化成長と共に輝きを増してゆくが、体調と心は下降線をたどることになる。その持戒が必要だろう。 2026年7月17日 琢
2026年07月17日
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魂は智慧の宝庫霊魂不滅の法則が有る名前も年齢も無く転生を繰り返す未完成のもの菩薩や如来の領域を求めて何度も転生している魂には意識の蔵が有って心に記憶したもののすべてが刻まれている人は肉体舟に魂が乗ったものでこの可変の忍土で修行に励みゼロから人生を初めて潜在する意識を思い出す旅で魂願を果たそうと勝解、念、定、慧から魂の階位を高めてゆくその途上で自分を知ってその使命に気付いてゆく一転生一条件の下で生きることで得たものを心・魂に刻んで潜在意識に有るものを思い出してゆく。ああ体験で、ああこういうことだったのかの思いを重ねながら意識の蔵に有る解答に気付くことになる。自分が何ものでどんな使命を持って生まれてきたのかを思い出してゆくことになる。仮我から始めて善我を育み、本当の自分・真我を遠望しながら修業に励むことになる。善行を積むことで徳積みをして本心・魂の歓び、満足を得て、他の役に立つ自分に自信をつけてゆくことになる。人は守られ救われて生かされているもので、救済、癒しに歓びを感じることが必然のことになっている。ザビエルが感じた日本民族は、人が良く親切でやさしい、貧乏でも品格を持っている。おもてなしには心の温もりが真心で伝わってゆく、相手の身になって考え、思いやりや気配りができる民族なのだろう。単なるサービスとは違うもので、心の温もりを感じさせるものがおもてなしの心に成っている。感謝して報いようとする心が為すべきことを発見させて生き甲斐を感じるところに使命を感じてゆくのだろう。 2026年7月16日 琢
2026年07月16日
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必ず来る時その時は誰にも分らず行けるところまで行くしかない諸行無常、生老病死同じ時を過ごすなら今を明るく機嫌よく生きる考えてもわからないことは托身し穏やかな心を求めてすべてを神仏に委ね召されるときまで感謝して報恩に向かう歳と共にその時は来る有りのままに、在るがままにさらりさらりと小川の流れのようにしなやかな歩みは全うすることになる還暦を超え、古希、喜寿を超え,続けて来た自分との葛藤、ひたひたと迫ってくるものを意識しながら我が道を行くしかない。自分だけの為に生きるか、無になって他に尽くすか、どちらかと言えば悔いは後者の中に少なくなってゆく。人は自己満足で生きてゆくことが多く、人智を尽くして人智を超えることで得る歓びや満足が有る。その時がいつ来るかに惑わされることなく、いつ召されてもいいような自分でありたいと願うことになる。覚悟が出来ているようでも、その瞬間を考えてしまうことが多い。誰でも死に顔が綺麗で在りたいと願っているが、至らない部分、整えて来なかった部分を思えば執着は残ってしまうと思っても致し方の無いことで、自分を無にしなければ得られないものが多く、善行を積むことでしかその思考から解放されることは無いだろう。案ずるより産むが易しというが、その時は時と共に過ぎてゆくことになるだけのことなのだろう。守られ生かされてきた恩恵に感謝して、無意識に報いようとすること以外に考えないことなのだろう。何かの役に立っていることを願うしかない。 2026年7月15日 琢
2026年07月15日
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聞く余地、話す余地を残す人と接するとき余裕が無いときは話しは一方的で聞く耳が無い他の意見は貴重なもので別の考え方を教えてくれる生い立ち育ちにはそれぞれ違った条件制約が有って一般に通用しないものも有る自己正当化は他の遠慮を促し我慢の上で成り立っている恩着せや押し付けは嫌な貸し付けになって和を乱すことになる人との交友には心にゆとりが必要で聞く余地、話す余地を残すことで友好が保たれてゆく。自分だけの常識を正当化せず、常識の違いを受け入れることで心の領域をひろくすることになる。誰もが思い通りになることは無く、共生社会では自分一人の都合優先は摩擦、争い、孤立の元になってゆく。心は常に裕でひろい視野に立って配慮することが求められている。過ぎ去った過去は戻せないが過去の自分の行いが現在の自分に与えられた現実になっていて、未来を好転させるにはその原因を正して自分を整えておくことで好転作用が始まってゆく。その原因探しには聞く余地、話す余地を常に残して対応する必要が有るだろう。人や社会は自分を映し出す鏡のようなもので、その場その時の心が反応という形で自分に返って来てそれが与えられた現実になっている。常に穏やかな心で余裕のある心でありたい、聞き上手になること、感情の抑制に努めて受け入れる余地を残しておくことだろう。赦す心のゆとりをもって和を広げてゆくことだろう。 2026年7月14日 琢
2026年07月14日
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愛は大きな恩恵で愛ですべてが生かされている出会いの縁は稀有なことで愛に守られ救われているその恩恵に感謝して報恩に向かうことから目覚めてゆくことが多い悪霊の世界に感謝は無く迷うときは感謝して祈ること取りつかれることは無い自分に負けないこととらわれを払拭して意地を張ることなく未生の妄想や錯覚に動じることなく決めた道を信じて歩む愛の中心軸は揺ぎ無く原点に戻って勝解すれば迷いから覚醒できるものごとの判断は表層を見極めて深層を辿ることで時と共に根底に流れる愛に目覚めることになる。その場その時の出来事も変化して円環的思考は原点回帰から真髄は明らかに成ってゆく。殻を破ってみれば、何故かが観えてきて正常な判断が出来てゆく。表層をこねくり回すことで何が何だか見えなくなってゆく。絡まり合った糸は時と共に元に戻されてゆくだろう。待ってみることも智慧の一つで、その間に自分に負けないことだろう。すべてがその時のとらわれと気が付けば自ずと解きほぐされてゆくだろう。間違った信念を正し、既成概念・固定観念から抜け出して人のせいにせずに自己正当化で保身に走らないことに努めれば、勝解が出来て覚醒が始まってゆく。多くの思想や宗教の元に流れるものが愛と気付けば迷いや理不尽も消えてゆく。その時考えた末路も時の変化と共に形を変えてゆくことになるだろう。托身して時の変化を待つことも老かいな智慧なのかもしれない。 2026年7月13日 琢
2026年07月13日
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自覚症状が無くても身体のどこかに疾患が有れば体調のバランスが変で不安に覆われてゆくどんなに体力が有っても何かが違う感じがして具体的症状が出るまで医者に行こうとしない検査結果を待つとき最悪の事態を考えて恐怖感に覆われて日々弱い生き方しかできずに妄想や錯覚で歩けなくなる不安の表情は観ればわかるもので早期の対応が自助になる注射で痛い目に遭った幼い頃の記憶が消毒の臭いに敏感になって病院を恐れるようになってゆく。大人に成れば大病の恐れを心に抱いて歩むことが多くなってゆく。いつもと違う体の異常には敏感になるが病院に行かないことが多く、不安はさらに大きくなって怯えることになってゆく。自分がそうだったがその勇気が出ずに声が出にくい期間が長くなって大きな病院で喉頭がんの宣告を受けてしまった。放射線治療の結果救われたが5年間の定期検診が始まって、その途上で次の大腸がんが見つかって外科で開腹手術を受けて救われて以来、定期検診の途上で別の疾患が発見されたりで、これまでに10回も救われて、そのうちガンが4回も有って、今は生きているというよりも生かされている恩恵に感謝の日々が続いている。心のどこかにまだ解放できない自分がいて定期検診のたびに冷や汗をかいている。この段階に至って今の自分は変化が有ればすぐに検査をして救われている。慣れることはありがたいものだと思う。人は救済の為に守られ、生かされているのだろうというのが今の結論になっている。他に尽くすときは自分が無く、役に立つことが歓びに成っているのが生かされている証のように思う。 2026年7月12日 琢
2026年07月12日
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落胆した時に立てなくなる立つ力が有っても気力が失せて腰が抜けたように人は立てなくなってしまう心の作用はこういうもので病名を告げられればその病人に成ってしまう自己暗示も有るだろうが疾患は医療が治すその間に有るものは心の不安、恐怖感でそれが心の迷いになってゆく信仰は心の安定のためのもので祈りが心を安定させる神仏や信心は心の中に有るもの求めるのは何ごとにも動じない不動心だろう人の心は常にうごめくもので、自信がないほど不安、恐怖感に覆われて自分に負けてしまう。強い心、強い意志を持つこと、その為に限界を尽くしてできることを増やし、至らない部分の修正をして自分を整えてゆくのが人間だろう。それでも揺ぎ無い信念を求めて心の中に信仰、神仏を置くことで祈りで心の安定を求めてゆくのだろう。過去のとらわれを滅し、間違った信念を正し、既成概念、固定観念を打破して、人のせいで責任転嫁をしないことで殻を破って一皮剥けた自分に成ってゆく。理想を信念として神仏に祈り、迷いを払拭して明るい未来を描いてゆく。未生の妄想や錯覚に覆われても揺ぎ無い中心軸を持っておくこと、不動心を求めてやまないのが日ごろの自分だろう。病も元はと言えば気から与えられた現実で、深化した医療に托身して気力だけは失わないように強い意志を貫くことだろう。ベッドの上でもまだまだできることはたくさん有るもので、気力さえ失わなければ悔いの無い歩みが出来るだろう。凝り固まったものを捨てて、硬くなった殻を破ることで一皮剥けた自分に成ることだろう。 2026年7月11日 琢
2026年07月11日
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人の意見には体験上の正当性が有る受けて身に付けた智慧は成ったもの、超えたものが勝解したもので念、定、慧のものとして共有、共鳴、共振するものその響働で大きな成果を生む単なる知識だけのものでなく他に応用できるもの自己顕示、自己正当化をせずに柔軟に受け止めることで赦す心が芽生えて和に広がりが出来る視野の広い配慮が出来てくる挑戦すること、何でもやってみることで作意、触、受、想、思から体験して身に付けた智慧、勝解して心に念、定、慧したものの共有から広がりが出来てきて、他人の痛みや歓びの共有が出来てゆく。悩みを抱えた心を癒すことが出来て救済に中ることから本心・魂の歓びを感じ、心の満足を得ることが出来る。共鳴、共振して響働することで他の役に立つ成果を得ることが出来る。生まれ育ちの違いが有ってもその常識の違いを受け入れることで心の領域が広がってゆき、奥行きの深さが懐の深さになって赦す心が芽生えて和が広がってゆく。狭い心をひろくしてひろい視野から配慮することで自分を無にして他の為に尽くすことから人の役に立つ自分に成って行けて、そこに生き甲斐を感じるようになってゆく。そこで自分の為すべきことの自覚が出来てゆき不動心を得ることが出来るようになってゆくのだろう。 2026年7月10日 琢
2026年07月10日
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出会う場が有り挨拶を交わすようになり関わりを以て語り合う会う約束をするには連絡交換をするその一連の縁が開化の元になる進化向上の始まりになって和顔愛語が心を開かせて因縁側での交流に和が生まれてくる友情が育まれれば強い絆で結ばれて智慧の共有をすることで共鳴、共振と共に可能性が広がってゆくクラス分けで出会い、同類の小集団の出会い、趣味や嗜好での出会い、仕事上での出会いなど人の交流の場で必然的な関わりが出来てゆく。そのすべてが前世からの関わりの再結が仕組まれているという。魂には願いが有って、意識の蔵に刻まれているという。自分が何ものか、どんな使命を持って生まれてきたかが分からず、多くの体験を積むこと、智慧を身に付けることから自分を知ることで自分と合った道を歩むようになってゆく。それが自分発見の旅と言われ、魂願は、魂の修復と成長、関わりの再結、出来なかった願いの成就、内外への照らしで真念一貫、不逃避、忘己利他、一隅を照らす、真理を求めて逃げることなく人の為の光と成れで、それが生き甲斐になって他を癒し救済に励むようになってゆく。そこが本心・魂の歓びに成っていて使命の自覚が出来てゆくのだろう。 2026年7月9日 琢
2026年07月09日
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目に見えるものは交換できるが見えないものは何にも換え難い人の心はお金で買えず金での支配はできず見えるものしか信じないのは唯物主義で刹那的、利己的にさせ冷え切った道を歩むことになる人の温もりは見るものでなく本心で感じる恩恵で見えないものは泉のように湧き出すもの無形のものは盗むことが出来ないその分別をつけることだろう発明は見えない発想からのものアイデアは湧き出るものだろう最も虚しく感じるときはお金やものの獲得で価値判断をされるときで、勝ち組、負け組での判断は小さく短期的思考によることが多く二見でのとらわれは虚しさを刻むことになる。見えるものしか信じないのは20世紀の遺物で唯物的、刹那的、利己的な間違いを起こしやすく、ものへのとらわれは虚しさを感じさせることになってゆく。お金さえあれば何でも買える勝者と錯覚する人が多くなって、貧しさで身を売るようなものだろう。発展途上のときはものの獲得に命を懸けることが多かったが国が豊かになるに従ってもっと大切なものを探すようになってゆく。心眼を開くことで見えないものの大切さが観えて来るようになるのだろう。自分の心までは売ることはできないという強い意志が国をゆたかにして、見えないものからすべてが始まってゆくことに気付くことになるのだろう。発明が文明を開いてゆくことになるがアイデアを湧き出すことで便利なものがつくり出されてゆく。見えない発想から観える製品が出来上がってゆく、それが発明品だろう。 2026年7月8日 琢
2026年07月08日
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順風のときは何もかも順調だが調子に乗れば有頂天になって傲慢、身勝手、都合優先になり気が付けば逆風になっている我の抑制をしなければオセロゲームのようにすべて裏に成ってしまう努力の積み重ねで得た信用も一瞬の油断で暗運力がはたらき始めて崖から転げ落ちてしまういつも素直で謙虚であること調子に乗らないこと持戒が必要だろう十界は地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天、声聞、縁覚、菩薩、如来・仏で霊魂のランクを示すが、努力を怠れば六道輪廻と言って地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天・有頂天の六道から抜け出せないまま人生を終えることになるという。修業・菩薩行を重ねることでこの世では自分を変えてゆくことが出来てランクアップが出来るという。魂には意識の蔵が有ってすべての心の体験が刻まれていて、前世からの引継ぎ事項・宿題もその意識に潜在しているが、生まれたときにはゼロから始めることになって経験を積みながらそれを思い出してゆくこと、魂願成就でランクアップすることになるという。あの世は不変、この世は可変と言われ、あの世は重力・抵抗が無く変わることが出来ないが、この世だけは摩擦が多く共生のための智慧を身に付けて自分を変えることが出来るという。順風でも調子に乗らないこと、自分の甘さに負けずに克己に努めることで強い意志を保つことから心に念じた花を咲かせることが出来るという。 2026年7月7日 琢
2026年07月07日
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日々小さなロマンを見つけダメなことにも挑戦してみる明るい心で楽しくなることを探し取り組んでみればそこにロマンが観えて来る大きなロマンを心に秘めてコツコツと歩んでゆけば明るい光が観えてきてうれしくなってくる常に希望を失わず前向きに歩けば道は必ず開けてくる少年のように目を輝かせて青春を謳歌することで歳を忘れさせてくれるサムエルウルマンの青春を思えば年齢に関係なく気を若く保つことが出来る。青春とは年齢を言うのではなく常に心にロマンを抱いて歩んでゆけば謳歌することが出来てくる。常に好奇心を失わず、楽しいことを探してゆけば新たな光が観えて来る。前向きな心は明るさが有って常にロマンを求めて歩んでゆけば楽しいことばかりが観えてきてウキウキした心になってゆく。聖少女ポリアンナのアニメでは”いいこと探し”をすることで毎日が明るく楽しいことが観えて来る。マイナス思考で歩んでゆけば暗い心になるばかりで与えられる現実も暗いものになってゆく。心にはいつも明るい希望を失わずにいいこと探しをすることで青春を謳歌することが出来るようになって若さを保つことが出来てくる。短気を起こさずに浩然の気を求めてのびのびと安らかな心境を求めてゆけば、そのような明るい自分に成ってゆくことになるだろう。気の持ちようで人は明るくなることが出来る。その工夫を怠らないことだろう。 2026年7月6日 琢
2026年07月06日
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誓ったことを実践する行為と持戒の取り組み日々の勤行として日々の癖の様にして義務感は無く前向きに明るく機嫌良く義務感には圧迫感が有り先送りをすればストレスを溜める日々の積み重ねは重いものでやると誓ったことは考えずに無意識に行う一回や二回の忘れが放棄や諦めに変わってゆく自分の甘さに負けないように持続を自然体にして持戒を要として願いの成就に向かう銭湯の湯は言うばかりでやるべきことをしないことを言うが、大きな願いを立てれば自分の心に誓いを立てて、これはやります、これはしませんの行為の実践をすること。自分に誓ったことをしないのは約束を破ったことになると戒めておくことだろう。日々の勤行をすることは、何も考えることなく慣れることで癖にすることの取り組みをすることになる。日課のように朝起きたときから始めてゆくことだろう。義務と思えば気が重くなってしまうのでストレスを溜めることになる。知識も誓いも実践することで身に付いてゆくもので無意識の持続が大きな成果を生むことになる。一度や二度の抜けは大したことにならないと思うのは大きな間違いで放棄、諦めの元になってゆくことが多い。どんな状況下でも日々の勤行を続けることに克己の有無や甘さに負けて他の信頼を損なうことにもなってゆく。為すべきことを為すことは自信にもなってゆくもので日々の積み重ねの重さを知ることにもなるだろう。念ずれば花開くということの裏には日々の心掛けの大切さ、それが有ってはじめて歓喜の瞬間を得ることが出来るのだろう。 2026年7月5日 琢
2026年07月05日
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緊張感の体験を積むほど人は強くなる学んで試験を受けるとき検査を受けるとき病の診断を受けるとき最悪のシナリオも視野に結果を受け止める圧迫感に押しつぶされないようにどんな結果が出ようと受けて念じ次に備える覚悟で何ごとにも動じずに迫るものを受け留め泰然自若として堂々と先を読んで対応をする揺るぎ無い中心軸と共に作意 触 受 想 思から勝解 念 定 慧八識・アラヤに刻印する試験や検査結果の診断を受けるときにあれやこれやと想像しながら不安な心で待つことは長く感じる嫌なときだが、その苦を何度も超えるほど次第に慣れてくることも有って腹が座ってくることになる。落ち着きのない心、乱れそうな心、末路を想像する心、恐怖感を何度も超えることで何ごとにも動じることの無い、揺ぎ無い中心軸と共に過去の自分を振り返って相応の覚悟を決める。結果は過去の行いから生ずるもので、何故その結果かを考えてその原因を改善し、自分を整えておくことでその先に進んでゆくことになる。その過程、経過のすべては魂の意識に刻まれてゆく。智慧は体験して身に付けたもので体幹に入っていて自然体で好転させる力になるものだろう。受信、思考、発信でその反応が返ってくることになる。自分を整えておくことで準備が出来てゆくもので、その結果は経験と共に好転することになる。受験結果も健康診断も日頃からの準備如何で結果は自分が知っているもので、悔いの無い覚悟は定まってゆくのだろう。 2026年7月4日 琢
2026年07月04日
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凄いことは常識的に有り得ないことだが別の目で見れば大したことでない常識の違いを思えば見て思うこと、観て想うことその違いは知らなければ分からないもの自分の目標にするもの表現は難しいもので言葉で伝え難いもの理論的には可能なこともある人には程遠いものそういう感動が大切なもので目標の無いものには何の感動も湧かないかも知れない人それぞれ生い立ち育ちの基盤からくる常識の違いが小さなものが大きく見えたり、大きなものが些細に見えたり、よく見る光景で育ったもの、めったに観ない光景に驚いたり、感動にも個人差が有るだろう。東京で見る蝉はアブラゼミが多く、クマゼミは全く見ないのに大阪ではほとんどの蝉がクマゼミの大合唱だったりのように地域によって全く違う光景に出遭うことが多い。時期によってツクツクボウシやヒグラシが鳴くが大阪ではほとんどそれが無い。人間も地域によっては全く違う文化、文明の元で育つものだろう。その常識の違いを受け入れた心の領域は広く、一点だけで育てば見識も狭くなっている。地球規模での人の交流を思えば柔軟でひろい心の方が通用する部分が広くなってゆく。成せる技も地域差が大きな影響を与えることになる。奇跡も普通のことで驚くほどのことでもないところもあるかもしれない。誰もが目的意識・強い意志を以て目標に向かって邁進することになっている。その過程で深化向上してゆくことになる。やる前には凄いことでも出来るように成れば大したものでもなくなってゆくのだろう。 2026年7月3日 琢
2026年07月03日
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同じことをするにもその場その時の状況が違うその心境を察するには相応の教養が必要発する言葉は言霊、言の葉と言われ日本は言霊の幸はふ國、祐くる國心の流れは直接的なもの、時代背景、立ち場の背景この三つを考慮に入れて真の意味をくみ取る恋の歌一首にも深い言霊の意味が有る言わないことを美徳とする国・日本は察し合うことが出来る心に浮かぶ情景を言葉にするには相当の観察力と時と場の状況を背景にした心境の表現力が必要になってくる。5・7・5の一句、5・7・5・7・7の一首にはその人の立ち位置に立たなければ本当の意味を読み取ることはできない。日本は言わないことを美徳とする国で言葉を言霊、言の葉と言って言霊の幸はふ國、祐くる國と言って自然の摂理、生きとし生きるものすべての意味を考慮に入れて一句、一首に潜在するすべての意味を読み取り察する必要が有る。深い教養が必要になってくる。漢字、ひらがな、カタカナの現代語、古語の表現法を学んでおく必要が有る。その由来を知っておく必要が出てくることになる。古事記、日本書紀の研究も必要になるだろう。一句や一首の短い言葉の中に深い意味が入っているので一冊の本が出来てしまうだろう。フランシスコ・ザビエルは、この国の人たちは親切で人が良く貧乏でも品格を持っていると本国に手紙を送ったという。小さな島国と言っても深い歴史、文化、文明が有って世界遺産も多く、東京オリンピック以来、情報通が増えて世界の人々の注目を浴びている。 2026年7月2日 琢
2026年07月02日
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ぶれずに貫くことどんな事態が起きようと目標を失わず曲げて正当化をしない強い意志と決意その元は魂から発するもの思考に一貫性を持たせ金太郎飴のようにどこを切っても同じもの不安、恐怖感に負けて弱い心で対応すれば結果に悔いが残ってしまう堂々と泰然自若として信念と意志を貫くことそこに疑問は湧かないだろう誰にも求められることはやること為すことに一本通っていることで、強い意志をころころ曲げないこと、明るく安定感が有ること、どこを切っても同じ顔が出る金太郎飴のように貫かれていることだろう。会うたびに違う主義に信頼を寄せることが無くなるように、本音と建前のギャップが無いように、本心・魂の願いに沿った歩みをすることが大切なことだろう。何ごとにも動じることが無く、中心軸が動くことの無いものであること、そこに明るさと持続性が有るものに人の心は安堵する。その場その時の自分の心に自信が持てずに言うことがすぐに変わってしまう人についてゆく人はいなくなってゆく。堂々として常に真念と強い意志を貫いている人は信用できる人で他の期待が寄せられ、それに応えて歓びを与えることでそれが自分の歓びにもなっていることを知るようになる。自分に負けないことだろう。自分に負ければ思ったより悲惨な現実を与えられることになる。周りに不安を感じさせない自分であることだろう。 2026年7月1日 琢
2026年07月01日
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