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陰鬱として寒々とした漁村での、キリスト教系牧師一家のお話である。
厳格で禁欲的な父親の死後、二人の姉妹が細々と礼拝を守っていたが、信者たちは老いて愚痴っぽく、互いにいがみ合って罵り合うしまつ。
ある晩、嵐の中をフランス人女性がやってきて、家政婦をすることになる。彼女の名前がバベット。
年務めたころ、宝くじに当たって
1
万フランという大金を手にした。そのお金を使って、牧師の生誕
100
年の祝賀晩餐会を開きたいと申し出る。
「そんなお金があれば、楽に暮らせるでしょうに」
姉妹の一人の宗教者らしからぬ世俗的なセリフが、さりげなく印象的だった。
バベットは
3
日の休暇をもらい、その間に村人が見たこともないような食材や年代物の高級ワインを用意する。
1
万フラン全額を使って!
招待された信者たちは誰もが貧しく、粗末な食事に甘んじて暮らしていたので、どんなに嬉しかろうと思うのだが、誰も喜びを表さない。
「食事の事は話題にするな」「舌は神を称えるためにある」というわけだ。宗教は、時に人間の素直な喜びや楽しみさえゆがめる、精神の枷になるものだと私は感じた。
おいしい食事に驚きながら、誰もその食事を作ってくれたバベットに思いを致さない。食事の席で「互いを愛せ」と言いながら、互いとは誰か、自分たちのために料理を作ってくれているバベットを、その「互い」から疎外していることに気づかない独善的な宗教観にも皮肉なものを感じた。
食事が終わってみれば、礼拝で罵り合っていた仲間たちが和解し、互いに許し合うようになっている。これも「おいしい食事は(宗教よりも)人間の心を満たす力がある」と言っているようである。
私は宗教を否定はしないが、ちょっとつつかれるとヒステリックになって議論にならない宗教者の包容力のなさや、独善的な偽善性を好きにはなれない。
この晩餐会で高級フレンチのフルコースを堪能した老信者たちは、その後人生観が変わっただろうか。もちろん芸術家を自称するバベットは、そんなことを期待していなかっただろう。彼女はただおいしいものをご馳走して、みんなに幸福感を味わってほしかっただけだから。
私はこの一見ほのぼのとした映画に、静かだが宗教者に対する強烈な批判を感じないわけにいかなかった。
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