2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全25件 (25件中 1-25件目)
1

先ほど、コメント、掲示板を停止し、無事、楽天を卒業する事が出来ました。お世話になりました方々有難う御座いました。 これからは、次の準備に時間を頂きたいので、今までのように皆様の所へ頻繁にお邪魔させて頂く事が出来ないかも知れませんが、時々お邪魔させて頂きますのでどうぞ宜しくお願い申し上げます。
2007年02月11日

時間が経つのは早いもので、楽天を卒業する時間が刻一刻と迫って来ております。ここで更新するのも、後2~3曲も取り上げさせて頂く位でしょうか・・卒業ソングが続いていますが、今回はさだまさしさんの『つゆのあとさき』を取り上げさせて頂いて就寝させて頂きます。 『一人歩きを始める 今日は君の卒業式♪』この楽曲は1977(昭和52)年7月25日に発売されたさださんの2枚目のソロアルバム『風見鶏』の2曲目に収録された楽曲です。歌の内容は男女の別れを『卒業式』に例えたものです。文豪、永井荷風先生の小説のタイトルと同じですが、小説とは関係なくタイトルだけを拝借したものと思われます。さださんのアルバム『風見鶏』のこの楽曲のライナー・ノーツに別れを卒業に例えた理由を『 卒業という響きはどうしようもないひとつの区切りと、分岐点を示し、又、同時に、決定的な脱皮を求められる、悲しいような、そして弾むような音色です。卒業に例えた理由はそれだけです 』と説明されておられます。『ごめんなさいと一言 わすれないと一言♪』確かに単なる別れとは違い『卒業』と言う響きはさださんの言われるよなニュアンスが感じられますよね。そして『 破局に際して男性が示す最后の誠意は、後悔も未練も、或いは怒りまでも包み込んで見せる悲しいポーズであり、言い換えれば、寛容と言う美辞でありましょう。トパーズ色の風は少しばかり浮気です。 』と続けられています。この楽曲が発売された時、さださんは25歳でした。私も今でこそ、この楽曲のライナー・ノーツに書かれた意味が理解できているつもりではいますが、25歳の時にここまでの事を考えられたかと問われれば疑問です。ましてや、このアルバムを購入した時私は14歳でしたから、言葉面をとらえて大人になった気になっていたように思います。『別れ行く時も花びらの中 君は最後までやさしかった♪』 歌詞の内容からすると、時期は3~4月を思わせる歌詞になっているのですが、タイトルは『つゆのあとさき 』ですから梅雨の前後と言う事は初夏に近い時期ですよね。実話を基に作られたのかどうかは判りませんが、14歳で初めて聴いた時から、違和感を持っていました。この楽曲も残念ながら、試聴はないのですが、プレ王でFUNA-1様と言う方がコピーされています。同じくプレ王でsigetaku様と言う方がMIDIを出されています。歌はないのですが、オリジナル・カラオケかと思うほどよくコピーされています。お二方とも素晴らしいです。
2007年02月10日

今日は午後3時頃まで雨が降り続いていたのですが、小雨と言うか霧雨のような雨で、雨が降っても、水不足の解消にはならなそうです。さて、気付けば自分で卒業の期限を区切ったカウンター「300000」まで500を切りました。このぺースだと明日の昼頃には達成しそうなのですが、私の都合もありますので、明日の夜の12時過ぎ(2/10から2/11に変わる時間です)にトラバ、コメント、掲示板などを止めてここは休館にしようと思います。また、移転先が決まり、準備が整いましたらこちらにてお知らせをさせて頂きますのでその時はどうぞ宜しくお願いします。今日は斉藤由貴さんの『卒業』を取り上げたいと思います。 『制服の胸のボタンを 下級生にねだられ♪』この楽曲は1985(昭和60)年2月21日に発売された斉藤由貴さんのデビューシングルに収録された楽曲です。この楽曲のB面は『青春』と言う楽曲で両面とも作詞が松本隆さん、作曲が筒美京平さんによる作品でした。この楽曲はシングルチャ-トで最高位6位を獲得され27万枚を売り上げる大ヒットとなりました。この楽曲は斉藤由貴さんも出演されていた、明星食品「青春という名のラーメン」のCM曲としても使われていました。この楽曲のプロモーション用に制作されたテレホンカードは、プレミアがつき30万円と言う価格がついた事でも当時話題になったのを記憶しています。 このテレホンカードはNTTになるまえの電電公社時代のものだったようです。『離れても電話するよと 小指差し出して言うけど♪』現在は携帯電話が主流になってしまい、公衆電話もかなり減少していますから、テレホンカード自体余り見かけなくなりました。その後このテレホンカードの相場がどうなったか調べた所こちらのサイト様に『当時の最高値50万を記録した後、現在は6~10万円前後の値段に落ち着いている』と書かれていました。落ちたとは言え、未だに良いお値段がするのですね。この楽曲の発売された同じ年の1985(昭和60)年1月21日に尾崎豊さんが、同じタイトルの楽曲を発売され、1985(昭和60)年2月27日に菊池桃子さんが『卒業-GRADUATION-』と言うタイトルのシングルが発売されて話題になりました。何れの楽曲にしても、その後、卒業シーズンが近づくとラジオでよく流れていました。『ああ卒業式で泣かないとと冷たい人と言われそう♪』この楽曲は松下萌子さんと乙葉さんがカバーされているのですが、試聴した限りでは、乙葉さんの歌われ方の方がオリジナルの斉藤由貴さんに近いような気がしました。松下萌子さんのはこちらから、乙葉さんのはあちらから少しだけですが試聴が出来ます。斉藤由貴さんの試聴はここから、youtubeの動画では、明星食品「青春という名のラーメン」のCMがそちらから、歌われている動画がそこから観る事が出来ます。
2007年02月09日

日付も変わった事ですので寝る前に柏原芳恵さんの『春なのに』を取り上げて就寝したいと思います。 『卒業だけが 理由でしょうか 会えなくなるねと♪』この楽曲は1983(昭和58)年 1月11日に発売された柏原芳恵さんの14枚目のシングルと、1983(昭和58)年2月10日に発売されたアルバム『春なのに 』に収録された楽曲です。このシングルのB面は 『渚便り 』と言う楽曲で両面とも中島みゆきさん作詞・作曲による作品です。この楽曲はシングルチャートの最高6位を獲得され、33.4万枚を売り上げるヒットとなりました。この楽曲は1986(昭和61)年 2月25日にシングルカセットとして、1994(平成 6年 )年 2月25日にCDシングルとして何度か出されているようです。後半の2つが2月下旬に発売されていると言う事は卒業シーズンを意識されているのですよね。 『卒業しても 白い喫茶店 今までどおりに♪』この楽曲は1989(平成元)年11月15日に発売された中島みゆきさんのアルバム『回帰熱』の中で中島みゆきさん自身もセルフ・カバーされています。この楽曲に出て来る男性は、主人公の女性を恋愛対象とは考えていなかったのでしょうね。女性側は男性側も好意を持ってくれていると思っていたのでしょうね。今は卒業の時に制服のボタンを貰うと言う事は行われているのでしょうかね。人気がある男子生徒は卒業式が終わるまでに制服のボタンと言うボタンが無くなっていた同級生もいました。私は全然そう言う経験がありません。それも悲しいものがありますよね。貰われた女性側は大事にとられているのでしょうかね。『記念にください ボタンをひとつ青い空に捨てます♪ 』柏原芳恵さんのはこちらから中島みゆきさんのはあちらから少しだけですが試聴が出来ます。
2007年02月09日

有難い事に楽天の卒業宣言をした日から、アクセス数がかなり伸びて来まして。日付が変わり昨日は最高の800アクセスを超える日となりました。別にアクセス数を競っている訳ではないのですが、それだけ沢山の方が私の拙ブログへおいで頂けるのは有難いことです。さて、いつもですと曲紹介をさせて頂くのですが、上のジャケット写真は某ハードオフで購入したものなのですが、私の探し方が悪いのか全然検索に引っかかって来ません。楽曲のタイトルは、『ブレンド・コーヒー』と言う楽曲で歌われていたのは『トロワ』と言う男性3人グループのようです。ジャケットの裏には『79-3』と標記されていますので発売されたのはどうやら1979(昭和54)年 3月のようです。A面が『ブレンド・コーヒー』と言う楽曲でB面が『Bye Bye Love』と言う楽曲です。両面とも作詞が竜 真知子さん、作曲が穂口雄右さんによる作品のようです。これだけだと判り難いので、本当はいけないことかも知れませんが、A面の『ブレンド・コーヒー』の1番の歌詞だけ下に引用させて頂きました。 桜並木の 珈琲ハウスは 話し好きな 学生のたまり場 くるりと丸めた 卒業証書で 笑いながら 肩を後ろから あなたは叩いた 明日あなたは 故郷へ帰る 学生時代に 名残もないように まるで 部屋を引き払う気軽さで 想い出とも さよならですか ブレンド・コーヒー とけた角砂糖 ひとつは恋心 ひとつはさびしさ見覚えがあるような、無いような・・・そんな感じの楽曲です。何かご存知の方居られましたら、お手数ですがどうぞ情報を宜しくお願いします。
2007年02月09日

今日は晴れのお天気でしたが、風が冷たく感じました。天気予報によると今日夜半から雨が降り出して明日の昼頃まで降る予報です。水不足が深刻になりだしましたから、雨も降って貰わないと困りますよね。今日は昨晩しのぶ7165さんから頂いたリクエストで南野陽子さんの『思いのままに』と言う楽曲を私への応援メッセージソングとして選曲して頂きましたので取り上げさせて頂きたいと思います。注)今日の画像は写真素材[フォトライブラリー]様からお借りしたもので、著作権等は撮影された方にあります。無題転載などは固くお断り致します。。『受話器の向こうであなたは 力なくつぶやく♪』この楽曲は1990(平成2)年年8月1日に発売された南野陽子さんの19枚目のシングル『耳をすましてごらん』のカップリング曲として収録された楽曲で、作詞が平出よしかつさん、作曲が亀井登志夫さんによる作品です。この楽曲は1990(平成2)年8月25日~8月26日に日本テレビ系列で放映された第13回24時間テレビ「愛は地球を救う」のメッセージ・ソングでもありました。因みにA面の『耳をすましてごらん』は、作詞が山田太一さん、作曲が湯浅譲二さんによる作品で、こちらは1990(平成2)年8月25日~8月26日に日本テレビ系列で放映された第13回24時間テレビ「愛は地球を救う」の中で放映されたスペシャルドラマ『いつかみた青い空』の主題歌で、この楽曲の収録されたシングルCDはオリコン最高順位7位を獲得され 6.7万枚売上げたようです。『せつなさを 後幾つ胸にすれば 僕たちは♪』A面の『耳をすましてごらん』と言う楽曲は、1972(昭和47)年7月21日に発売された本田路津子さんのシングルに収録された楽曲のカバーです。オリジナルの本田路津子さんが歌われた『耳をすましてごらん』は1972(昭和47)年4月3日から翌1973(昭和47)年3月31日にかけてNHK朝の連続テレビ小説で放映された『藍より青く』 の主題歌としても使われヒットしました。本田路津子さんの『耳をすましてごらん』は、1973(昭和47)年2月10日に松竹系で公開された映画『藍より青く』 の主題歌としても使われシングルチャートの最高11位を獲得をされ、21.5万枚を売り上げるヒットとなりました。『藍より青く』 は作詞をされた山田太一さんの原作の作品です。私的には山田太一さん原作と聞くと「ふぞろいの林檎たち」が一番に頭に浮かびます。『思いのままに生きよう いつでもそばに私がいるから♪』南野陽子さんの『思いのままに』とカップリング曲の『耳をすましてごらん』 はこちらとそちらから少しだけですが試聴が出来ます。あちらでは24時間テレビ「愛は地球を救う」でこの楽曲を歌われている南野陽子さんの画像が掲載されています。本田路津子さんの『耳をすましてごらん 』はこことそこで少しだけですが試聴が出来ます しのぶ7165さん応援メッセージソング有難う御座います。^^ナンノさんめっちゃかわいかったッス♪。おぉ~と今日も偽しのぶさんが出てきてしまいました。^^
2007年02月08日

今日もこんな時間になっているのに意地だけで更新しております。・・・ラジオで聴いたシリーズで(いつそんなシリーズができたんだか・・)柏原芳恵さんの『夢一夜』を寝る前に更新しておきます。 注)今日の画像はwebに使える写真素材 clef様からお借りしたもので、著作権等は撮影された方にあります。無題転載などは固くお断り致します。。『素肌に片袖 通しただけで 色とりどりに 脱ぎ散らかした♪』この楽曲は2007(平成19)年 1月11日に発売されたカバーアルバム『encore~アンコール~』の2曲目に収録された楽曲で作詞が阿木耀子さん、作曲が南こうせつさんによる作品です。説明する必要もないでしょうが、この楽曲は1978(昭和53)年10月25日に発売された南こうせつさんのシングルのカバー曲です。オリジナルである南こうせつさんが歌われたこの楽曲は、1978(昭和53)年の資生堂冬のキャンペーンソングとしても使われ、シングルチャートの最高3位を獲得され、45.1万枚を売り上げるヒットとなりました。柏原芳恵さんの歌われた方は初めて聴いたのですが、アレンジから全て変えられていました。 『ああ 夢一夜 一夜限りに咲く花のよう 匂い立つ♪』この楽曲が収録されたカバーアルバム『encore~アンコール~』には全部で13曲が収録されています。収録曲は1、ふれあい(中村雅俊)、2夢一夜(南こうせつ)、3シクラメンのかほり(布施明)、4ソネット(村下孝蔵)、5Yes-No(オフコース)、6止まった時計(ASKA)、7めまい(小椋佳)、8学生街の喫茶店(GARO)9酒と泪と男と女(河島英五)、10時の過ぎゆくままに(沢田研二)、11RUN(長渕剛)、12帰らざる日々(アリス)、13つめたい部屋の世界地図(井上陽水)(括弧内はオリジナル歌手で敬称は省略させて頂いています。)どの曲も何れ劣らぬ名曲揃いですよね。『ああ 夢一夜 一夜限りと 言いきかせては 紅をひく ♪』残念ながら柏原芳恵さんの歌われる試聴サイトは見つける事ができませんでした。歌は南こうせつさんとはまた違った色気で、良かったのですが、アレンジが余り良くないように思いました。せやけど芳恵さんやっぱエエわ~(●^o^●)。最高~!!Chu!(^3^)-☆おぉっと芳恵さんの歌を紹介したら、しのぶさんになってしまいました。^^新天地で芳恵さんとナンノさんの楽曲を紹介する時はしのちゃんの名前でしてこうかなぁ。しのぶさんに怒られそうですね。この時間になると頭がおかしくなってしまいます。怒られる前に謝っておきます。ごめんなさい。オリジナル南こうせつさんのはこちらから少しだけ聴くことが出来ます。ではおやすみなさい。
2007年02月08日

今日も一日春を思わせるお天気でした。車を走らせているとラジオから強烈な歌詞の歌が流れてきました。大信田礼子さんの『同棲時代』と言う楽曲らしいいです。 『ふたりはいつも傷つけあって くらした♪』この楽曲は1973(昭和48)年2月21日に発売されたシングルに収録された楽曲です。この楽曲は作詞が上村一夫さん、作曲が都倉俊一 さんによる作品だったようです。この楽曲のB面は『今日子と次郎』と言う楽曲でこちらは、作詞が石坂まさをさん、作曲が 都倉俊一さんによる作品だったようです。 この楽曲は1973(昭和48)年4月14日に松竹系列で公開された映画『同棲時代―今日子と次郎―』の主題歌にも使われ、歌われた大信田礼子さんもご出演されていたようです。因みに映画の主人公 飛鳥今日子役は由美かおるさんが、江夏次郎役は仲雅美さんが演じられ、大信田礼子さんはスナックのママ役だったようです。 『寒い部屋でまぼろしを見てくらした♪』この楽曲が主題歌となった映画『同棲時代―今日子と次郎―』は、漫画アクションと言う雑誌に1972(昭和47)年3月2日3号から1973(昭和48)年11月8日号まで連載された劇画『同棲時代』が原作となっており、この作品は作詞をされた上村一夫さんの書かれたものだったようです。劇画『同棲時代』の作者でもある、上村一夫さんは1985(昭和60)年11月に下咽頭腫瘍で入院され、翌年の1986(昭和61)年1月11日に45歳と言う若さでお亡くなりになられているようです。私自身はこの原作も映画も拝見した事がないのですが、公式サイトで作品を拝見するとレトロ感溢れる作品を描かれていたようですね。『よろこびにふるえた愛のくらし 同棲時代♪』 昼間に聴くにはかなり強烈な歌詞なのですが、夜聴いても強烈でした・・歌と歌の間に入るナレーションもかなり強烈なものがあります。このナレーションはあちらから、楽曲はこちらとそちらから少しだけ試聴が出来ます。同棲時代(中)
2007年02月07日
何度避けるための対策をしても、アドレスをわざわざ変えて張りにくる悪質なトラバに呆れ果て、先ほど何度目かのトラバ停止を行いました。今週末でここも閉館の予定なのに・・・何処かおかしいとしか思えないです。・・・
2007年02月07日

日付が変わりまして、昨晩は沢山のコメントを頂きまして有難う御座います。まだ、手続きはしておりませんが、移転先も絞れて来ました。移転先は『日記記入率』が表示されないようなので、ここを閉館後のんびりと準備に移ろうと考えております。無ければ気にならないものがある為にプレッシャーになってしまう事ありますよね。今日は昨日手に入れた ウイッシュの『御案内』を取り上げたいと思います。 注)今日の画像は写真素材[フォトライブラリー]様からお借りしたもので、著作権等は撮影された方にあります。無題転載などは固くお断り致します。。『今日 お葬式をします どうぞ 涙は流さないで♪』この楽曲は 1972(昭和47年)9月に発売された、ウイッシュのデビューシングルに収録された楽曲です。この楽曲は伊豆丸礼子さん作詞・作曲による作品です。このシングルのB面は『風はきまぐれ』と言う楽曲で、こちらは作詞がやなせたかしさん、作曲が吉井影興さんによる作品だったようです。B面の『風はきまぐれ』の作詞がやなせたかしさんになっているのですが、やなせたかしさんと言うとあのアンパンマンの作者のやなせさんなのでしょうか?アンパンマンの作者のやなせさんはあの『手のひらを太陽に』の作詞者でもあるそうなので、可能性は充分考えられるのですが、同一人物かどうかまでは判りませんでした。『おかんは秋の木の葉を2枚 そっとくるみましょう♪』この楽曲を歌われたウイッシュと言うグループは、伊豆丸礼子さんと伊豆丸幸子さんの二人の姉妹によるグループだったようです。お姉さんの伊豆丸礼子さんが大学入学後、地元のアマチュアグループ「フォークメイツ」に参加されていて、その後、妹さんの伊豆丸幸子さんと一緒にこのグループを組まれたようです。ウイッシュは1972(昭和47)年10月8日 に合歓の郷野外ホールで行われた第4回 ポピュラーソングコンテスト(当時は「ポピュラーソングコンテスト'72」という名称) に『街角』と言う楽曲で出場されているのですが、このシングルはその年の9月に発売されていますから、出場前にデビューされたようです。『白い煙は 悲しすぎます どこかの小川へ流しましょう♪』グループ解散後、お姉さんの伊豆丸礼子さんはその後結婚され、現在、沢れい子さんと言うお名前で活動されているようです。妹の幸子さんは地元に帰られた後、ラジオのパーソナリティー、CMソングのレコーディングやジャズライブなどを経られて、現在は広告関係の会社に勤務の傍らヴォイストレーニングを続けられ、イベント企画・プロデュースと活躍中だそうです。こちらのサイト様の下の方にこの楽曲の歌詞が書かれています。試聴はあちらで少しだけ出来ます。
2007年02月07日

昨晩、木の葉坂まひるさんの記事を拝見していると棒ラーメンの話題が書かれていました。九州、福岡のマルタイさんの『棒ラーメン』はス-パーで見た事があるけれど、他のメ-カ-のは見た事がないなと思っていて、隣の市にある某愛媛県に本社があるス-パーさんに寄ってみると3種類棒ラーメンが置かれていました。一つ目はマルタイさんの『棒ラーメン』です。二つ目は、木の葉坂まひるさんが食べたいと言われている安葉製粉製麺さんの『万長ラーメン』です。 で、最後が岡本製麺さんの 徳島らーめんです。 マルタイさんのしか食べた事がないのですが、それぞれ特徴があるみたいですね。マルタイさん以外は自社サイトをお持ちでないようですが、ネット販売すれば売れそうなのですが、欲がないのでしょうかね。何なら私が作らせて頂いても良いのですけどね。^^こう言うのは面白そうです。
2007年02月06日
先日の2月5日の記事で書かせて頂いたように、カウンターの「300000」を以って休館させて頂こうと考えております。その時には時間を予め区切り、トラバ、コメント、掲示板を閉鎖させて頂く予定です。その後の引越し先など決まりましたら、逐次、日記にて更新させて頂く予定です。2003年8月14日にここを開設させて頂きましたが、年々質が低下しているように感じますので、この際卒業をして、新天地を求める決意を致しました。今後の予定は未定ですが、一応ここは、デター保存の為、閉鎖後もトラバ、コメント、掲示板を閉鎖した状態で暫く残しておくつもりです。ここ1週間のアクセスがアベレージで600ですので、カウンターの「300000」に達するのは今週もこのぺースなら今週末と言う事になりそうです。新天地ではデーターを整理した形で索引をつけて分類したぺージを作成していく予定です。長らくお世話になった方、ここ最近からお世話になった方有難う御座いました。
2007年02月06日

日付けも換わりましたので、今日がお誕生日の福山雅治さんの『追憶の雨の中』を取り上げたいと思います。 注)今日の画像は写真素材[フォトライブラリー]様からお借りしたもので、著作権等は撮影された方にあります。無題転載などは固くお断り致します。。『泣いている空に今も浮かび出すRainy Day始まりの風景が♪』この楽曲は1990(平成2)年3月21日に発売された、福山雅治さんのデビューシングルに収録された楽曲で作詞、作曲は福山雅治さんご自身による作品だったようです。この楽曲のB面は『かなしみは』と言う楽曲で、こちらは作詞が福山雅治さんと白浜久さん、作曲が白浜久さんによる作品だったようです。福山雅治さんは1988(昭和63)年 に行われた「アミューズ・10ムービーズオーディション」に合格され、1988(昭和63)年 11月26日に松竹映画『ほんの5g』で俳優デビューをされています。俳優さんが歌を歌われると言うのは珍しい事ではないのですが、作詞、作曲までこなされる方は少ないように思われます。『小瓶の中で砂に埋もれているSilver Ring 誰にも言えないけど♪』曲調はリズム感のあるロック系のラブ・ソングでした。初期の福山雅治さんの作品には多いパタ-ンだったような気がします。個人的には1995(平成7)年 2月6日発売の『HELLO』とか1995(平成7)年10月9日発売の『Message』をスナックのカラオケで良く歌っていました。楽曲のタイトルで思い出したのですが、現在こちらでは降水量が少なくて、このままで行くと冬場の渇水になるようです。随分、前に夏場の渇水があり、その時は海水から真水を作るプラントを作るとか言っていたのですが、渇水が収まるとそのまま何もせずです。起りやす土地柄なのにどうして最悪の事態に普段から備えないのか不思議で仕方がないです。『駆け抜ける雨の中君の声もかき消され2人の愛も流されてく♪』福山 雅治さんは1969(昭和44)年2月6日のお誕生日のようですから、今日で38歳になられるようです。お誕生日おめでとう御座います。これからも歌やドラマに頑張って頂きたいです。下のCDジャケットの福山さんデビュー当時だったからか、全然イメージが違いますね。福山雅治さんの『追憶の雨の中』こちらから少しだけですが試聴が出来ます。
2007年02月06日

今日車を走らせていると、ラジオから新沼謙治さんの『嫁に来ないか』が流れて来ました。録音か生放送かまでは、確認していませんでした、何処かの地方で地元の方を集めての放送のようでした。帰宅して新沼謙治さんのサイトを検索すると、名前がローマ字標記になっているのを見つけ新沼謙治さんも改名されたのかと思って良くみたら、新沼謙治さんではなく、 『新沼GENJI』でした。・・・ORZ・・・注)今日の画像は写真素材[フォトライブラリー]様からお借りしたもので、著作権等は撮影された方にあります。無題転載などは固くお断り致します。。『嫁に来ないか ぼくのところへさくら色した君がほしいよ♪』この楽曲は1976(昭和51)年6月1日に発売された新沼謙治さんのセカンド・シングルに収録された楽曲です。この楽曲のB面は『 白百合の詩』と言う楽曲で、両面とも作詞が阿久 悠さん、 作曲が川口 真さんによる作品だったようです。この楽曲はシングルチャートの最高31位を獲得され、15.3万枚1を売り上げるヒットとなりました。この楽曲のヒットで、 新沼謙治さんは1976(昭和51)年12月31日にNHKホールで行われた 第27回NHK紅白歌合戦に初出場され、同日、帝国劇場で行われた第18回日本レコード大賞では、新人賞を獲得されています。この楽曲がデビュー曲だと思っていたのですが、1976(昭和51)年2月1日に発売された『おもいで岬」がデビュー曲だったようです。『嫁に来ないか ぼくのところへ財布はたいて指輪買ったよ♪』この楽曲が発売された年は私は中学生だったのですが、ネットを調べていると、この楽曲でプロポーズをされたと言う方が居られました。かなり、ヒットしましたから、この楽曲を歌ってプロポーズされた、プロポーズをしたという方はかなり多かったのではないでしょうかね。都会の方は判りませんが、当時地方での結婚式と言えば、自宅か神社で行い、近くの料亭のような場所で宴会をしていたパターンが多かったように思います。今のように結婚式場も殆どありませんでしたから、でも、この楽曲に歌われているように式と言う式も挙げられず結婚された方も多かったのではないでしょうかね。『嫁に嫁に来ないか からだ からだひとつで♪』マスコミなどでは、経済的事情で結婚しない、出来ないと言う若い方が増えていると聞きますが、確かに同じように貧乏だとしても、この時代と現在とでは全然その不安感と言うものが違うでしょうね。結婚する事が良い事悪い事は議論の分かれるところでしょうが、若者たちの不安感は大きなツケとなって将来の日本にかかってくる事は間違いないと思われます。 最近の若者云々と如何にも若者の責任かのように言われている方多いですが、誰がそんな若者にしたのでしょうかね。・・・新沼謙治さんの『 嫁に来ないか』はこちらから少しだけですが試聴が出来ます。
2007年02月05日

一昨日辺りから日記を書く時間帯を少々変えて12時をまわって書いているのですが、日記記入率が一旦100%になるのですが、夕方5時頃になると99.9%に戻ってしまうのです。「そんなの気にしなければ良いじゃない」と言うご意見もあるかも知れませんが、 100%維持しているに99.9%表示されるのが納得出来ないのですよね。前々回の管理画面から前回の管理画面に変わった時、100%表示だったものが、今回の管理画面改悪で、また99.9%表示に戻ってしまいました。精神衛生上余り良くないし、折りしもカウンターももうじき「300000」に届くので、これを機に他のブログに引越しするか、やめようかと思っています。そう思ったのは、日記記入率だけでなく、この所の変なトラバ、コメントやセキュリティーの甘い楽天さんに嫌気がさしただけでなく、昨年の嫌な出来事が尾を引いているからなのです。それら諸々で書く気力がなくなりかけております。楽しむ為のものが苦痛になりつつあるので、カウンターが「300000」になる前に結論を出そうかと考えております。日付も変わったので、2月5日分で書こうと思います。2月5日は西郷輝彦さんのお誕生日らしいので、西郷輝彦さんの『君だけを』を取り上げたいと思います。 注)今日の画像は写真素材[フォトライブラリー]様からお借りしたもので、著作権等は撮影された方にあります。無題転載などは固くお断り致します。。『いつでも いつでも 君だけを 夢にみている♪』この楽曲は1964(昭和39)年 2月15日にクラウン・レコードから発売された、西郷輝彦さんのデビューシングルに収録された楽曲です。この楽曲のB面は『ひとりぽっち』と言う楽曲で両面とも作詞が水島哲さん、作曲が北原じゅんさんによる作品だったようです。当時のクラウン・レコードは前年の1963(昭和38)年 に出来たばかりの会社で、西郷輝彦さんはクラウン・レコードが社運を賭けて売り出した新人だったようです。西郷輝彦さんはこの後、同年 4月15日に『チャペルに続く白い道』、同年 6月1日に『星空のあいつ』、同年8月1日に『十七才のこの胸に』と『青空の下夢がいっぱい』を、同年10月15日に『君と歌ったアベマリア』、同年11月1日に『ジングルベル』、同年12月1日に『我が青春』とシングルを発売されていたようです。人気が出て売れたと言ってもデビューされた年に8枚のシングルを出されたと言うのは凄いですね。『君の素敵な 黒い髪 雨に濡れてた 長い髪♪』西郷輝彦さんはこの年の11月14日に東映系列で公開された映画『十七才のこの胸に』で映画デビューもされています。同年の8月1日に発売されたシングル『十七才のこの胸に』が主題歌で映画も主演と言うのですから凄いことですよね。西郷輝彦さんはこの年の12月26日に日比谷公会堂で行われた第6回日本レコード大賞において、デビュー曲の『君だけを 』と 『十七才のこの胸に』でレコード大賞新人賞も受賞されています『君だけを』の作曲をされた北原じゅんさんは西郷輝彦さんをイメージしてわずか5分でこの楽曲を作り上げたそうです。この楽曲のヒットで、西郷輝彦さんは先にデビューされていた、橋幸夫さんや舟木一夫さんらとともに『御三家』と呼ばれるようになったそうです。けっして、運命論者ではないのですが、才能がある方と言うのは運命に導かれるように成功されているように思います。『ふたつ並んだ あの星も いつも仲良く ♪』西郷輝彦さんは1947(昭和22年)2月5日のお生まれのようですから、今日で60歳になられるようです。お誕生日おめでとう御座います。西郷輝彦さんの『君だけを』はこちらで少しだけですが試聴ができます。
2007年02月05日

今日は比較的温暖な一日でしたが、何方かが悪口を言われているのかくしゃみが止まりません。今日もお誕生日シリーズと言う事で今日がお誕生日の水越けいこ さんの『しあわせをありがとう』を取り上げさせて頂きたいと思います。 注)今日の画像は写真素材[フォトライブラリー]様からお借りしたもので、著作権等は撮影された方にあります。無題転載などは固くお断り致します。。『ゆらゆらゆらと影法師 ふらりふらり歩きどおし♪』この楽曲は1978(昭和53)年6月21日に発売 発売された水越けいこさんのソロ・デビューシングルに収録された楽曲です。この楽曲のB面は『星の子守歌』と言う楽曲です。この楽曲の収録されたこのシングルは両面とも作詞、作曲が伊藤 薫さんによる作品だったようです。水越けいこ さんは高校卒業後OLを経られて、サンミュージックにスカウトされ1975(昭和50)年9月25日に発売された『道祖神のある坂道で』と言う楽曲でフォーク・デュオ「姫だるま」としてデビューされています。フォーク・デュオ「姫だるま」は、水越けいこ さんと奥谷美保子さんの女性二人によるグループでした。『木綿針がささるような 別れの言葉もう一度♪』その後、フォーク・デュオ「姫だるま」は1977(昭和52)年3月で解散され、その後、水越けいこ さんは、TBS系列で放映された朝の情報番組『8時の空』で田中星児さんと共にレギュラー司会をされ、田中星児さんとのデュエットの楽曲を出されていたようです。異色のデュエットと言う感じですよね。 その楽曲は1977(昭和52)年10月5日に発売されたシングル『空よ雲よ小さな風よ』と1977(昭和52)年10月25日に発売されたアルバム『8時の空』で両方とも田中星児さんとのデュエットだったようです。そして、1978(昭和53)年6月21日にこの楽曲でソロ・デビューされたようです 『やさしさをありがとう 心から思っています♪』水越けいこ さんは1954(昭和29) 年2月4日 のお生まれだそうですから今日で53歳になられるのですね。お誕生日おめでとう御座います。これからもご活躍を楽しみにしています。水越けいこ さんの『しあわせをありがとう』はこちらから少しだけですが試聴が出来ます。
2007年02月04日

さて、日付も変わりました所で、この間某オークションで入手致しました伊豆田洋之さんのシングルの最後となりました。ラストは『笑顔ひとつぶん』と言う楽曲です。注)今日の画像は写真素材[フォトライブラリー]様からお借りしたもので、著作権等は撮影された方にあります。無題転載などは固くお断り致します。。『夜更けの電話 はしゃぐ声 無理な強がり すぐに判る♪』この楽曲は1993(平成5)年4月10日に発売されたシングルに収録された楽曲です。この楽曲は作詞が鈴木計見さん、 作曲が伊豆田洋之さんによる作品だったようです。このシングルCDのカップリンク曲は『DREAMY GIRL 』と言う楽曲でこちらは 作詞が鈴木雄大さん、 作曲が伊豆田洋之さんによる作品だったようです。この楽曲は1993(平成5)年4月5日~5月6日にNHKで放送されたドラマ新銀河『トーキョー国盗り物語』の主題歌 として使われたようです。この楽曲が主題歌になったドラマ『トーキョー国盗り物語』は、林真理子さんの同名の小説が原作で、 沢口靖子さんが主人公を演じられていたようです。『笑顔ひとつぶん 君を守りたい そう君が信じてる夢なら届くさ♪』リクエストを頂き某オ-クションでCDシングルの三枚を入手して今回3曲を取り上げさせて頂いたのですが、どの楽曲も都会的な格好良さがある楽曲ばかりで良い楽曲でした。個人的にはその中でも、このシングルが一番良かったように思いました。カップリング曲も良かったです。今回取り上げさせて頂いた3曲とも1993(平成5)年に発売されたもので、CMソングであったり、ドラマの主題歌であったり、全てタイアップ曲だったようなのですが、何故か当時は聞いた記憶がありません。確かに当時もテレビとかは殆ど見れない位忙しかったのですが、流行の音楽だけはチェックしていたつもりだったのですけどね『いつか風のように笑える日が来る君を守り続ける僕のやり方で♪』この楽曲も、試聴サイトも歌詞もネットで見れるところを探し出す事が出来ませんでした。今回取り上げさせて頂いた3曲ともCDが廃盤になっているようで、楽曲の良さを少しでもお伝えしたかったのですが、残念です。これで伊豆田洋之さんのプチ特集は最後ですが、またCDとかを入手したら取り上げさせて頂くかも知れません。
2007年02月04日

田村神社さんの節分祭では地元ラジオ局の生放送中継もされていました。上の画像がそうなのですが、写真中央の神主さんのような格好をされた男性は菅原道真公のつもりのようです。『さぬき桃太郎物語』と書かれていますが、桃太郎と菅原道真公との関係は何なのでしょうかね。その答えは下の画像にあるたて看板に書かれています。桃太郎と言えば岡山の桃太郎伝説が有名なのですが、香川県にも桃太郎伝説があります。上のたて看板には『菅原道真と桃太郎の物語』と題されて下の内容が書かれていました。菅原道真公は大化の改新により制定された国司制度により第四十二代讃岐国司の時(八八六~八九〇)となりました。そして 国府(坂出市府中)で政務を執り官舎の有岡館(現在の滝宮天満宮)と橋爪館(高松市上天神)を行き来しておりました。道真と笠居郷の平雅具氏そして北岡城主(中間郷)の秦久利氏は飯田郷の高月池で舟を浮かべ、弦張山(浄願寺山)にかかる月を眺め、連歌などを行っていました。桃太郎の物語は、菅原道真公が平賀の住人の平雅具氏から伝承を聞いて作ったようです。橋本仙太郎(香川郡中間村出身)の研究による桃太郎の作者が菅原道真公だったと言うのですが・・・この横には関連した立て看板がふたつあります。そのうちひとつが『犬島(岡山市犬島)桃太郎の家来(水軍)の出身地』とタイトルのつけられたもの岡山市の沖合いにある犬島には犬石と呼ばれる巨岩がある。菅原道真が九州の大宰府に流される途中、船が嵐に会って島陰に避難した。風のうなりに混じって犬の遠吠えのような鳴き声が聞こえ、ふと見上げると大岩が鳴いている様だった。嵐がおさまり船出の時も別れを惜しむように鳴く岩の姿がまるで犬だったという。今でも犬石明神として大切にお祀りされています。桃太郎伝説にも伝わっている。桃太郎の家来となった犬は航海術にたけていて鬼ヶ島動きを見張るなど鬼退治に功があった。犬はほうびとして島をもらい、それが「犬島」と呼ばれるようになったという。そして最後が『鬼無の柊』とタイトルの付けられたものです。鬼無の鬼山の東麓には、柊鬼谷(平鬼谷)がある。鬼が婦人を追い、柊鬼(俗にオニノメツキ)の林で木の葉の針で自分の目を突き、尚も婦人を追った故事から「盲鬼」の遊戯が始る。また、節分に鰯の首を撥ねて柊の枝に挿しこれを戸口に挿して「鬼は外、福は内」といり豆を戸外にまいて、早くから戸を閉める風習もこの故事からと思われる。鰯は陸に上がるとすぐ死に、海賊も上陸すると柊で目を突き、鰯のように首が飛ぶという意味がある。鬼無から鬼ヶ島は丑寅の鬼門にあたる。鬼無では、東北風を「鬼北」(鬼が来たと言う意味)という。知恵熱が出るのか思うほど勉強になりました。
2007年02月03日

今日2月3日が『ジュディ・オングの日』と言うのは先ほどの記事で書かせて頂いたのですが、その他には『大岡越前の日』でもあるそうです。でも、普通は節分の日と言う事で、田村神社さんの節分祭に行って来ました。沢山の方で境内は賑わっていました。ここの節分祭の特徴は下の画像にあるような人型の紙を一枚百円で買い身体にすりつけ、息を三回かけて厄をはらって貰うと言うものです。この紙に名前と年齢を書き、下にある大きな鬼の面に糊で貼っていきます。節分祭りですから鬼さんも来ています。赤鬼と青鬼(緑鬼)です。この神社はさぬき七福神のひとつですから七福神も勢ぞろいしていました。人が多すぎて写真は七福神の弁天様だけです。で、節分祭ですから、豆まきもあります。今年は あおい輝彦さんがゲストでした。裃を付けられ頭を下げ挨拶されているのがあおい輝彦さんです。小さすぎて判りませんよね。これならお判り頂けるでしょうか。芸能人の方の場合、写真とか何か言われるのでしょうかね。拙い場合は後ほど消します。で、上の画像があおい輝彦さんから投げて頂いた豆です。
2007年02月03日

今日もよく冷え込む一日でした。今日2月3日は『ジュディ・オングの日』だそうです。と言っても日本の話ではなく、アメリカのネバダ州の話だそうです。ジュディ・オングさんが1990(平成2)年にラスベガスにてショーを開かれ、文化の掛け橋として活躍したことを記念しネバダ州知事により、1990(平成2)年に2月3日を「ジュディ・オングデイ」と制定されたそうです。と言う事ですので、ジュディ・オングさんの『ひとひらの雪 』を取り上げたいと思います注)今日の画像は写真素材[フォトライブラリー]様からお借りしたもので、著作権等は撮影された方にあります。無題転載などは固くお断り致します。。『可哀相だわ 一緒に泣かせて♪』この楽曲は1985(昭和60)年 8月22日に発売されたシングルに収録された楽曲です。この楽曲は、作詞が阿木燿子さん作曲が佐藤隆 さんによる作品だったようです。このシングルのカップリング曲は『セゾン・ド・ラムール』と言う楽曲でこちらは、作詞が岩里祐穂さん、作曲が小杉保夫さんによる作品だったようです。 この楽曲は1985(昭和60)年9月14日に東映系列で公開された映画『ひとひらの雪』の主題歌として使われたようです。 この楽曲が主題歌となった映画『ひとひらの雪』は渡辺淳一さんの同名の小説を映画化されたものだったようです。映画の内容は不倫を描いたもののようです。『女も愛の巡礼ね祭壇の前に額づいて♪』この楽曲の発売された1985(昭和60)年 は、1983(昭和58)年から放送が開始された不倫をテーマにしたテレビドラマの『金曜日の妻たちへ』の第三弾『金曜日の妻たちへIII 恋におちて』が放映され、映画やドラマでも不倫をテーマにしたものが多かったように思います。『不倫』とは、本来は、倫理から外れたこと、人の道から外れたことを意味する言葉であったようですが、時代の変化により、 結婚制度から逸脱した男女関係の意味で使用されるのが通常となったようです。確かに現在は後者の意味でしか使われませんよね。『消えてしまうの ひとひらの雪ね♪』時代とともに恋愛観、結婚観も変わるのは仕方が無い事なのでしょうが、恋愛に限らず倫理観のない動物的な、動物以下かも知れない方が増えているように思うのは私だけなのでしょうかね・・・、ジュディ・オングさんの『ひとひらの雪 』はこちらから少しだけですが試聴が出来ます。
2007年02月03日

ちょっと仮眠のつもりで寝たら、先ほど目が覚めてしまいました・・・また寝ますが、取りあえず1曲更新しておきます。伊豆田洋之さんの『いつの日か君がいる』を取り上げたいと思います。 注)今日の画像は写真素材[フォトライブラリー]様からお借りしたもので、著作権等は撮影された方にあります。無題転載などは固くお断り致します。。『愛を知った君はいない 街の片隅に止まった季節も♪』この楽曲は1993(平成5)年9月22日に発売されたシングルに収録された楽曲です。この楽曲は作詞が津島健太 さん、 作曲が伊豆田洋之さんによる作品だったようです。このシングルCDのカップリンク曲は『君が見えない 』と言う楽曲でこちらは 作詞が尾上文 さん、 作曲が伊豆田洋之さんによる作品だったようです。この楽曲は1993(平成5)年4月~9月にフジテレビ系列で放送されたバラエティ番組『大石恵三』の第2クールのエンディング・テーマソングとして使われたようです。因みに第1クールのエンディング・テーマソングはパール兄弟 の『SUNDAY NIGHTはIN THE PARK』と言う楽曲だったようです。『愛を知った君の声で 同じ気持ちならすぐに伝えたい♪』昨日取り上げさせて頂いた『冬の南風』同様、都会的で洗練されたラブ・ソングでとても良い楽曲だとは思うのですが、インパクトが弱いと言うか印象に残り難いと言う印象は否めません。歌唱力と言い、曲のセンスと言いもっとメジャーなポジションにおられてもおかしくないと思うだけに残念な気がします。現在は音楽の多様化、聴く方の趣味の多様化などにより大きなヒットが出難い時代なので、音楽で大ヒットを出すのは困難な時代かも知れませんが、良い楽曲や素晴らしい才能を持たれた方が余り知られていないのは残念で仕方がないように思います。『いつの日か君がいる やわらなか時の中で置き去りにしてきた♪』残念ながらこの楽曲を試聴できるサイトは見つけ出す事が出来ませんでした。著作権で作られた方や歌われた方の権利を守る事は大切だと思いますが、音楽で大ヒットが出なくなった時期と、著作権云々の問題が言われ出した時期と重なるように思うのは私だけなのでしょうかね。ブログで音楽を取り上げさせて頂くようになってよく思うのですが、楽曲の良さを知って貰おうと思えば、聴いて貰ったりする事はとても大切なファクターだと考える訳です。勿論、全部そのまま聴いて貰ったりすればCDの売れ行きに影響があるでしょうが、1番だけとか少しだけとか決めて頂いてその範囲で個人がネットで発信できれば良いプロモーションになると思うのですが、どんなものなのでしょうかね?後、廃盤になったりでは聴くのが困難な楽曲はもう少し緩和して頂ければ、その中から再びヒットが生まれる可能性もある訳で、権利を守ろうとすればするほど宝の持ち腐れを増やすような気もします。何処かのレコード会社さん、個人がネットで発信し易いシステム構築して頂けないでしょうか?
2007年02月03日

今日はかなりの地域で雪が降ったようですね。こちらでは冷え込むものの雪は地域によっては降ったようですが、私の行動範囲では雪は見ませんでした。明日も冷え込むようですね。今日2月2日は『バスガールの日』だそうです。ですので今日はコロムビア・ローズさんの『東京のバスガール』を取り上げたいと思います。 注)今日の画像は使える写真ギャラリーSothei様からお借りしたもので、著作権等は撮影された方にあります。無題転載などは固くお断り致します。『若い希望も 恋もある ビルの街から 山の手へ♪』この楽曲は1957(昭和32)年9月に発売されたシングルに収録された楽曲です。この楽曲は作詞が丘 灯至夫さん、作曲が上原げんとさんによる作品だったようです。この楽曲は発売された時は、俳優の宝田明さんの歌われた『港に灯がつけば』のB面に収録されていたようです。昔は一枚のシングルのA面、B面に別々の方が別々の楽曲を入れられていたのですね。『東京のバスガール』で検索すると沢山出て来るのですが『港に灯がつけば』で検索するとヒット数はかなり少なくなり、詳細が判りませんでした。A面が売れずB面がヒットすると言うのはよくあることですが、歌われた方が違う場合辛いものがあるかも知れないです。 『昨日こころに とめた方 今日はきれいな 人つれて♪』この楽曲を歌われたコロムビア・ローズさんは、ご本名が斉藤まつ枝さんと言う方のようです。コロムビア・ローズさんは3人居られ現在は3代目のコロムビア・ローズさんが名前を襲名されているようです。因みに2代目は宗紀子さん、3代目が野村美菜さんだそうです。現在の3代目コロムビア・ローズさんは昨年の6月21日に『夢のバスガール』と言う楽曲を発売されているようです。こちらは作詩が秋元 康さん、 作曲が水森英夫さんによる作品のようです。初代の『東京のバスガール』が路線バスの女性車掌さんの事を指されているのに対して3代目の『夢のバスガール』はバスガイドさんの事をさされているようです。 『それでも東京の バスガール 発車オーライ♪』3代目コロムビア・ローズさんが歌われる『夢のバスガール』はこちらとそちらから、初代コロムビア・ローズさんの歌われる『東京のバスガール』はあちらとここから少しだけですが試聴が出来ます
2007年02月02日

上の写真は先日立ち寄った、徳島県三好市の大歩危峡の写真です。大歩危峡のあるこの場所の祖谷剣山地域は、日本三大秘境のひとつで、日本三大奇橋のひとつかずら橋がある所で有名なだけでなく、平家落人伝説の残る地域のひとつでもあります。 上の画像は祖谷剣山地域にある、ホテルかずら橋さんのボンネット・バスです。駐車場に停めていたのを無断で撮影して来ました。かずら橋の画像もあれば良かったのですが、この日は立ち寄らなかった為ありません。この場所から徳島市よりの方に戻り大歩危峡まんなかさんの裏を通り暫く走るとそこには児啼爺の石像があります。 上の画像がその石像で、2001(平成13)年に建立されたもので、児啼爺はこの地方出身の妖怪である事を後世に残すために建立されたようです。この石像の横には京極夏彦さんが原文を書かれたと思われる『児啼爺の碑』も設置されています。 上の画像がその『児啼爺の碑』で、下のように書かれていました。(一部、変換出来ない文字は変えてあります)児啼爺の碑 京極夏彦書日本民族学の父 柳田國男(明治八年~昭和三十七年)が昭和十三年に「妖怪名彙」で紹介した「コナキヂヂ(児啼爺)」は徳島県山間部に伝わる妖怪である。昭和四十一年以降、漫画家水木しげるが柳田の記載に姿形を与え、テレビアニメーション等の「ゲゲゲの鬼太郎」に登場させたことで広く全国に知られた。「コナキヂヂ 阿波の山分の村々で山奥に居るといふ怪 形は爺だといふが赤児の啼聲をする。或いは赤児の形に化けて山中で啼いているともいふのはこしらへ話らしい。人が哀れ思って抱上げると俄かに重く放さうとしてもしがみ付いて離れず、しまひにはその人の命を取る(中略)。木屋平の村でゴギャ啼キが来るといつて子供を嚇すのも、この児啼爺のことをいふらしい。ゴギャゴギャと啼いて山中をうろつく(後略)」(柳田國男「妖怪名彙」、民族学誌「民間伝承」昭和十三年六月号初出) 柳田門下生で慶応義塾学生であった香川県の武田明(大正二年~平成四年)は、昭和十三年十一月の民間伝承」誌の「山村語彙」に「阿波三好郡三名村字平での聴書「コナキジジ 子供の泣聲を真似る怪」と記述している。三名村字平(現・山城町上名平=かんみょう・たいら)では「コナキジジィが「泣く子を欲しい」と連れにくる」 「山に居った!」などの叱り文句に使われ、アザミ峠に至る山に居る老人姿の妖怪とされたと、幼少時に叱られた人々の記憶にかろうじて残るのみである。(松本実=大正四年生まれ、上名津屋。平田五郎=昭和四年生まれ、上名平。平田辰一=昭和八年生まれ、上名柿野尾。平成十一年~十二年談)なお、泣き声、赤子姿や重くなるという妖怪は現在では「オギャナキ」などの名で木沢村岩倉や祖谷などの剣山周辺の多くの町村に伝わる。かくして、児啼爺は山城町上名平などで語られていた徳島県山間部の妖怪であることを、さらに後世に伝え残すために像を建立し、ここに記す。2001年十一月吉日 藤川谷の会 この横には湧き水?が出ていて石像を撮影している間にも何人かの方が来られて容器持参で水を容器に詰めて居られました。 この先の川側をみるとそこにはなんと鬼太郎ハウスがありました!!中に誰かいるようです。誰なのでしょうか? 女性らしき姿が見えます。杯で何かを飲まれているようなのですが、何方なのでしょうかね。 この先の藤の里公園と名付けられた小さな休憩場には地元の小学生が作られたと思われる妖怪が並んでいます。 何故か藤娘までいます。この藤娘見た記憶があるのですが、何かでここに昔立ち寄った事があるのか、別の場所なのかはっきりしません。最近、何故かこの風景以前にも見た記憶があると言うこと多くなったような気がするのですが、何処かおかしくなってしまったのでしょうかね。日記を書き終えてもこの感覚があるのです。 上の写真がラピス大歩危さんと言うところで買った『妖怪コーヒー』です。ここには他の妖怪グッズも販売されておりました。
2007年02月02日

先ほども変なトラバを連続してはられた方が居られまして、削除するのが大変ウザかったです。仕事でされているのか何か判りませんが、却って逆効果だと言う事すら理解出来ないのでしょうね・・・ネットと言う世界はバーチャルな世界だと言われますが、その先には血の通った人間が存在する訳で、相手がどう思うかと言うコミュニュケーションが上手くとれなければそれはリアルな世界同様上手く行かないのですから・・・逆の立場に立たないと見えて来ないもの多いです。さて、昨年の2006年11月23日の記事で伊豆田洋之さんの楽曲を取り上げさせて頂いたのですが、コメントを頂きましたKiraraさんからリクエスト頂きまして、先日某オ-クションでシングルCDをやっと手に入れましたので、今日は伊豆田洋之さんの『冬の南風』を取り上げさせて頂こうと思います。Kiraraさん遅くなり申し訳けありませんでした。 注)今日の画像は写真素材[フォトライブラリー]様からお借りしたもので、著作権等は撮影された方にあります。無題転載などは固くお断り致します。『いま 君をみている 冬の街で時間(とき)がとまる♪』この楽曲は1993(平成5)年11月1日に発売されたシングルに収録された楽曲です。この楽曲は作詞が鈴木計見 さん、 作曲が伊豆田洋之さんによる作品だったようです。このシングルCDのカップリンク曲は『雪がとけるころ』と言う楽曲でこちらは 作詞がEPO さん、 作曲が伊豆田洋之さんによる作品だったようです。CDのジャケットにも書かれているのですが、この楽曲は’93~’94 サッポロビール「冬物語」CMソング だったようです。 歌詞からすると冬の街で、昔別れた?彼女に偶然再会して、再び愛が始ったと言う内容のラブ・ソングのようです。歌詞を読む限りでは再開した二人に蟠りのようなものは感じられません。 『僕は君を思い続ける 新しい再会(であい)を忘れない♪』 サッポロビール「冬物語」CMソングと言えば1991(平成3)年11月10日に発売された槇原敬之さんの『冬がはじまるよ』が一番最初で、1992(平成4)年11月4日に発売された高野寛さん&田島貴男さんの『Winter's Tale~冬物語~』が2番目で伊豆田洋之さんの『冬の南風』が3曲目だったようです サッポロビール「冬物語」のCMは現在でもその時期になるとされている様なのですが、1999(平成11)年11月26日に発売されたCHARAさんとYUKIさんの『愛の火 3つ オレンジ』を最後に全部で9曲あったようなのですが、CMソング は無くなったようです。CMの傾向がかわったのでしょうかね。『冬の南風が僕らを抱きしめる 瞳きらめかせたあの日の君がいる♪』こちらのサイト様の このぺージでこの楽曲を少しだけ聴く事が出来ます。一番上のタイトルをクリックしてお聴き下さい。色々他にも試聴サイトを探したのですが、全然見当たりませんでした。個人のサイト様なのでどうしようかと思ったのですが、一応リンクフリーと言う事のようなので、勝手にリンクさせて頂きました。
2007年02月01日

今日から2月に突入した訳ですが、今日はかなり冷え込む一日でしたね。明日も冷え込むのでしょうかね。急激な温度変化は体調を崩しやすくなりますので、くれぐれも体調にお気をつけ下さい。今日2月1日も沢山の有名人の方がお誕生日を向かえらたようです。その中で今日は俳優の中村雅俊さんに代表して頂きまして、『ふれあい』を取り上げたいと思います。注)今日の画像は写真素材[フォトライブラリー]様からお借りしたもので、著作権等は撮影された方にあります。無題転載などは固くお断り致します。『悲しみに 出会うたび あの人を 思い出す♪』この楽曲は1974(昭和49)年7月1日に発売された、中村雅俊さんのデビューシングルに収録された楽曲です。この楽曲のB面は『青春貴族』と言う楽曲で、両面とも作詞が山川啓介さん、作曲がいずみたくさんによる作品で、両方とも1974(昭和49年)4月9日~9月29日 に日本テレビ系列で放映されたテレビドラマ『われら青春!』の挿入歌として使われヒットしました。この楽曲は2006年01月18日の日記でも一度取り上げさせて頂いるので、今回が2回目と言う事になります。この楽曲はシングルチャートの1位を獲得され、126.5万枚を売り上げる大ヒットとなりました。中村雅俊さんはこの後、本業の俳優として数々のドラマや映画に活躍されるだけでなく、歌手としても数々のヒットと飛ばし続け現在に至られています。『空しさに 悩む日は あの人を 誘いたい♪』この楽曲は2007(平成19)年1月11日に発売された柏原芳恵さんのカバーアルバム『アンコール』で芳恵さんがカバーされているのですが、残念ながら試聴サイトを見つけ出す事が出来なかったので、買うかレンタルで聴いてみたいところです。この楽曲だけでなく良い歌ばかりカバーされているようなので楽しみですね。この楽曲は倍賞千恵子さんもカバーされているようです。オリジナルのギターの伴奏が良くてこの楽曲も中学の時に練習したような記憶があります。今考えてみると、当時は中学生ですから、この歌の持つ意味も言葉だけの上面だけで理解したつもりでいたような気がします。『ひとはみな 一人では 生きてゆけない ものだから♪』中村雅俊さんは1951(昭和26) 年2月1日 のお生まれですから今日で56歳になられるのですね。お誕生日おめでとう御座います。これからも俳優に歌手に頑張って頂きたいものです。こちらで、New Versionも聴けるのですが、個人的にはアコギの伴奏が素晴らしいあちらの方が好きですね。われら青春! DVD-BOX【VPBX-11983】=>20%OFF!われら青春! DVD-BOX
2007年02月01日
全25件 (25件中 1-25件目)
1