2025年11月21日
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カテゴリ: 記録
  4)作家・原田康子作品の舞台&創出地 目梨<menash 東方>文学・舞台・作家群=釧路の街の魅力ABCD26題―2-240217

 本日は「釧路の街の魅力」と題してお話をさせていただいています。
スライドの二枚目には、「.目梨<menash 東方>文学・舞台・作家群」と書いて置きました。釧路港を軸にした港マチで、三つ目の柱に据えた物語の世界に目をむかます。キーワードは、世に「北方文学」とか、「文学の北方性」と申す領域があります。
そこを<少しナナメ>に構えることになりますが、そこは「日いずる地=日の本」領域で、少し冒険をしてみたい。そのように考えました。
根室国の知床半島の付け根に羅臼町という自治体があります。このマチは「目梨郡」、つまり「アイヌ語 メナシ menash 東の」に、「目梨」の漢字をあてています。

●スライド2は「<日出る港マチ>の文化・知恵・物語」=「物語」に注目します。
私は釧路観光コンベンション協会さんの「観光講座」にもお付き合いさせてもらっています。2015年の観光講座では「24)佐賀県人脈と原田文学」という話をしてみました。
原田康子さんの代表作『挽歌』については、永田秀郎さんに『「北海文学」の航跡 作家原田康子「挽歌」のナビゲーション』(言海書房 2003年)があります。また盛厚三さんに『挽歌物語<作家原田康子とその時代>』(釧路市 2011年)が発表されています。
そこで私は、原田さんの晩年の作品になってしまった『海霧 Umigiri』(新潮社 2002年)に注目しています。

●スライド2にある「24)佐賀県人脈と原田文学」の話です。「海霧」で愉しむ方法?。
原田さんの『海霧』では、一番、最初に釧路駅に集合してもらいました。『海霧 Umigiri』の最終章に、「」。
まだ、幼かった康子さんが東京から釧路に初めて帰ってきた時の一節が記載されています。それで「お帰りなさい、康子さん」というわけで、私たちは旧釧路停車場跡に迎えに行きました、ですよ。その足で、川上町にあった原田留五郎宅に向かいました。
川上町の旧旭小学校前にあったお宅こそ、原田さんの実家。そこから「教育大学釧路校の位置へ通学したんだよネ~」、と。「釧路ぶぶる1st 原田康子作品の舞台&創出地 220714」

●原田康子作『海霧 Umigiri』を手にしながら、マチなかを歩く。そんな試みを。
ハイハイ。彼女が学んだ釧路市立高等女学校へは、その時は出来上がって間もない「初代久寿里橋を渡った、はず」。とかなんとか、そこはそれぞれ勝手に想像しながら、歩くのですよ。そんなこと試みてみました。2022年7月14日午前のことです。
なんでまたそんな、突飛なことを。実は前段があるのです。その年、6月4日に釧路市立中央図書館で木村浩章さんと私で、小松伸六さんに因む講演会がありまして。そこで私から、「地域に文学マップ」や「映画のロケーション地」を紹介する図面は、発行されている。しかし、その図面は観光客向けと決め込んでいて、市民はさっぱり利用しない。そういうお話を私はさせていただいたのです。





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最終更新日  2025年11月30日 14時23分50秒コメント(0) | コメントを書く


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