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とりあえず一式あると。


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1年間まきっぱに耐えました


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使用中まきっぱでどこまでいけるか。

Comments

mkunini2 @ Re[1]:2014年9月6日 丹沢湖・玄倉川(09/06) ネットの記事なんて便所の落書きと思われ…
mkunini2 @ Re[3]:1月中旬 リヴァスポット早戸川(01/20) まず俺がテンカラ大好きだっつー記事読ん…
きんたん@ Re:1月中旬 リヴァスポット早戸川(01/20) 随分前の記事に失礼します。 自分はルアー…
2011.04.07
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カテゴリ: カテゴリ未分類
郷土史はマイナーで地味ーな分野なのだが、
今回の震災でとても重要な学問だな、と再認識している。

というのは、本来であれば自分の街の歴史を知るというのは
自分のおじいちゃんやおばあちゃんから聞いて、とか
ご近所のご老人から聞いて、というのがまず基本にあるわけだが、
そういう血縁、地縁、ご近所づきあいは凄まじい勢いで失われているから。

もし知っていれば、その土地に昔、田畑があったとか、池があった沼があった、
埋め立て地だった、岩盤が弱いんだ、なんて歴史がわかり、前の地震で
あそこまで津波がきたとかわかるわけで。


貞観地震もあった。

自分の住んでいる街の歴史を知るだけで、災害対策になるのなら
これはぜひブームになってほしい学問である。
まあ戦国武将を美男子にするようなことはでいないので、やっぱり地味なのだけど。

んで、地元の人にとっては当たり前、ということも
引っ越してきた人にはわからないし、私のように沿岸部を釣り歩いている人間にも
わからないことばかり、というわけで、趣味で調べていた文献の引用等を
これからアップしていこうと思う。

怖くなるのだが、地震大国の日本ではこんな歴史はたくさんある。
どこへ行っても逃げられない。
海には津波、平野は地割れや地震火事に地盤沈下、山は崩れる。


カッコは私の感想や補足。
旧暦とかごっちゃです。

新稿 三浦半島通史
半島史研究会編
安池尋逝幸監修

P.285
田浦町 海岸沿いの被害が大きく、ほとんど家屋全壊し、山際では全埋没もあったが、火災は発生していない。土地が60センチ隆起。
浦賀町 90センチ隆起
葉山村 1.5メートル隆起
逗子 海岸1.2メートル隆起
北下浦 砂地が1.5m陥没、公道も90センチ陥没
南下浦 海水面1.5~1.8m干上がる
初声 土地1ヘクタール崩壊
長井 海岸1.2~1.5m隆起
西浦 海岸1.4m隆起
久里浜 土地90センチ隆起
三崎 護岸370m崩壊 小さな津波発生 海岸1.5m隆起 以前と比べて干潮状態
武山村 海岸1.2m隆起

地震による津波被害が少なかった。
土地の隆起は三浦半島全体では同一ではないよう。西側が大きく隆起。
昭和4年(1929年)7月27日にも大地震があったが被害軽微。


神奈川県史
通史編 7
近代・現代(4)
からも、関東大震災の記述。
P.13
震源地に近かった神奈川県は東京以上の激震。
津波まで襲来。
震源地に近い小田原は家屋の倒壊・消失が90%。

P.180
関東大震災を境に小田原は衰退。
小田原は深海漁業だが、震災後不漁。
↓
神奈川県史
通史6 近代・現代(3)
p.402によると、小田原沖は海底が急に400尋(1ヒロが1.5~1.8mだから600mあたりかね)ほどになる。沖ギスほかムツ、アコウ、オオヅシ、アブラウオが獲れる。もっとも中心はマグロ。ただし小田原海岸は波が高く、船貯まりのない砂浜で着岸はむずかしい。
(小田原でマグロ漁が中心だったとは思わなかったなあ)

通史7に戻ると、
(関東大震災が)海底に一大変化をもたらした。
100尋ほどの深さにある従来の漁礁は漁獲が減り、従来の漁具では不適当になり流失が相次いだ。
(今回の震災も海底が大きく動きましたね、震源地は横25m×縦3mくらい動いていたとか)


関東大震災史
神奈川編
P.700
フランス大使の娘は逗子で海水浴中幾度となく高波に襲われて断崖に衝突したが、不思議にも一命をとりとめた。

P.734
横須賀市は丘が多く、いたるところで崖崩れ。
夜に津波襲来の誤報。

P.737
三浦半島一帯はすべて被害が甚大。
三崎町はわずかの住宅を残してほとんどつぶれて焼失。死傷者人口の6分。
地震のため海底隆起して城ケ島と地続きになったといわれた。地震後5日その状態だっがた、海水が増してきて、20日過ぎには4尺(1尺=30cmとしたら1.2mですか)ばかりの水深になった。最初は少なくとも30尺(9m!?)以上土地が隆起していたといわれている。

(文献を見ていると、ある文献とある文献で矛盾していることがある。それもまた興味深い。きっと地元の人が読めばいろいろ訂正したくなるだろう。それもまた面白い)

鎌倉の御用邸もつぶれた。
材木座の御別邸に山階宮妃佐紀子女王殿下(20歳)がいた。身重で、医学博士と侍女が一緒にいたが、みな亡くなった。

P.740
鎌倉はひどい自身のうえに火事と津波に襲われた。
材木座・由比ヶ浜では地震後1時間で7,8町(1町=約109m。だから800mくらいですか。昔の単位も覚えていく)の沖合まで干潟になった。土地の漁師が「大津波がくるぞ」と騒ぐ間もなく、沖から山のような怒濤が真黒に押し寄せてきた。材木座の人は山に逃れていたが、由比ヶ浜ではだいぶ死者がでた。
津波で流失した戸数は77戸。

p.741
片瀬町もほとんど全滅した。
江ノ島は一時海中に陥没して姿を消したなどと伝えられたが、誤り。倒壊8戸、死者4名のみ。桟橋が流出し、行方不明50名を出した。(これ、別の文献では誤報だったそうですが…)

由比ヶ浜、材木座、七里ガ浜等の海岸は約10町沖まで遠浅になり、江ノ島は1メートルも隆起。

p.742
逗子の小坪は津波のため84戸流出。葉山の御用邸幅約7尺の地割れ。さらに津波が押し寄せが被害は少なかった。

鵠沼、茅ヶ崎も被害甚大。海岸の別荘はすべて「つぶれた」。
厚木には沖積層があり、大亀裂を生じた。

P.744
国府津も地震はひどかったが、家は半壊が多く、被害戸数も全町の4割。

小田原は全滅した。全くの無となった。
道路に大亀裂。御用邸もあったが崩壊。寛子女王(18歳)も死亡。
酒匂川の橋も墜落・埋没した。三尺以上の地割れや、6尺ぐらいの埋没もある。
山津波があり、根府川では170~180戸が海中に陥没、列車も陥没。

箱根一帯は一時全滅と伝えられたが、実際の被害は少なかった。
滝が崩落。橋の崩落、山崩れ。

小田原・真鶴の土地は5尺から6尺隆起した。


静岡県史
通史編5
近現代一

P.771
(関東大震災で)
静岡県下でもっとも大きな被害を被った田方・賀茂・駿東、

静岡県史
別編2
自然災害史

巻頭11
安政東海地震(安政元年11月4日(1854年12月23日))、の津波に襲われた下田港(絵がある)
巻頭17
関東大震災の津波前の熱海と津波後の熱海
(写真がある。海岸の木自体が変わっている)

第一章
P.4
駿河湾と相模湾が急深であるのは西南日本の沖合にある海溝状の南海トラフ、続く駿河トラフ、日本海溝に続く相模トラフのためである。駿河湾は湾奥でも水深900m、湾口で水深2400m。東京湾や伊勢湾は湾口30mだ。そのため海岸は狭く、平滑。
また、伊豆半島は全体が山である。中小河川しかなくリアス式海岸となる。もともと急峻だったのではなく1700万年前から隆起をはじめいまも続いている。

伊豆半島には天城山ほか多くの火山が分布。

P.15
昭和5年の北伊豆自身では震源近くの田方が震度5~7.北伊豆自身は1000年周期。

P.16
リアス式海岸は地震のさいに津波が大きくなる。
チリ地震津波や南海地震では御前崎や下田に津波が押し寄せた。
静岡県下全域が山なので、山崩れは多い。

P.21
静岡県は現在も地殻変動の大きい地域である。

P.122
関東大震災では房総半島から伊豆半島の東岸まで津波が襲った。熱海・網代・下田に津波が襲った。熱海・伊東では家屋倒壊。

p。142
稲取では港の水が空っぽになったあと津波がきた。さらに山から見下ろすと港から水が引いて行き、東町から向井まで歩いていけそうだった。海岸にいるとだんだん上昇する海水をみて変だと気づき、津波に気付いた。寄せてくる波はじわじわとしているが、引く波は一度にすべて引きずり込んでしまう。稲取の流出家屋は19軒。




三浦市古文書調査報告書 第一集
相州三浦郡三戸村(前田家)文書 上巻
三浦市教育委員会
p10
1703年南関東大地震。三戸の海辺にあった蔵が流される。津波の前に米は高台に避難。あとでその米を近隣の村に送り助ける。

p17
1855年関東大地震・津波。上宮田の市民センター付近にあった陣屋が全損。船の被害大きい。

1851年 汐くらみ、10月6日ごろから海水が泥水のようになり海産物に被害。


郷土史ハンドブック…三浦半島の歴史探訪
郷土史研究会
p12
関東大震災、三崎港 干潟になる
p18
1923年 関東大震災で大被害

p.28
初声にある「七面大明神」の石碑はかつて入江湾にあった波島(はしま)にまつられていた塔。
波島は江ノ島のように陸につながっていた島。昭和40年代に埋め立てられて移された。
地元には伝説があり「昔、大嵐のとき波島に大蛇が流れ着き、その蛇を見たものは病気になるといわれた。その蛇を祀るため七面堂を建てた

(このへん関係ないけど、興味深いのでメモしたのをそのままコピペしてます)

p53
長者ヶ崎(下山口) 葉山の岬。地盤が軟弱。「大崩」(おおくずれ)と呼ばれる。



三浦半島
その風土と歴史を訪ねて
辻井善弥

p11
久里浜の内川新田は水害が多い
p14
内川新田は泉水堀りができる。砂地の畑を1メートル掘ると水がでる。
p16
内川新田はうなぎが多かった。
春になると川にのぼってくる。
秋には川を下って海へいく。
冬はうなぎが深く「ヌタ」の中にもぐっているので、掻いて捕った。

p26
走水は地下水に恵まれている。
今も井戸がある。
p31
鴨居の観音寺の十一面観音は、かつて灯台のある観音崎にまつられていた。
観音崎にはかつて鵜が群れですんでいて、洞窟に大蛇がすんでいた。船が沖に出ると大蛇が舟をくつがえした。
p33
鴨居は鯛と蛸つりが有名で、どちらも一本つりで捕る。
鯛の場合は漁師はえさにこだわる。イソギンチャクを使うこともある。もっともよいえさは白エビ。
p37
三浦半島の地殻は活発に活動。地震の巣「相模トラフ」が三浦半島にとりまいている。
p97
剣崎には小山と呼ばれる丘がある。関東大震災で地盤が隆起するまでは「島」だった。
ここにはかつて伝説があり、大蛇が住んでいて、付近の船(千石船ですら)転覆しかねない、といわれていた。剣神社はその大蛇をまつったもの。
p99
雨崎には大蛇がすんでいたという伝説がある。
酒樽ほどの大蛇は、雨崎と房州を行き来し、海上で巨大な鎌首をもたげ、白波を立てて走る大蛇をみたときは漁師は熱病にうなされた。
とくに五月雨のころは大蛇(浅間様と呼ぶ)が通るので雨崎には行くな、といわれていた。
p104
三崎の漁業は江戸時代から活発になる(近いから)。江戸時代は沿岸漁業。大正時代に動力船が主力に。


潮風と八十八年
加藤熊吉
p16
今の西野小公園のあたりに魚市場があって、そこから海を観察した。三崎の港の水がどんどん沖へ引いていった。見る範囲では被害が出るような津波はなかった。
 三崎と伊豆大島の中間より少し西へ寄った地点が震源地らしい。
当時震源地のあたりを航海していた人によると地震が発生したとき、海の中が黄色くなり、下のほうから海水がわくわかう盛り上がっているように感じた。

地震のあとは大小の余震があって、津波が不安で高台に避難した人がいたが、自分は大丈夫だと思い、海外の低地にある家へかえった。しかし地盤が軟弱なので家は壊れていて、物置で寝た。

潮がひいた三崎の水道ではトコブシなどを採っている人がいた。干上がった海底にイソメのような生き物がたくさんいた。その後、少しずつ海水が流入し、20日から30日で元に戻った。

後で考えると地震の前兆があった。前日から東京の方角に向かって、今まで見たことのないような気持ちの悪い入道雲が出ていた。従兄弟とそのことを話したのをはっきり覚えている。

p40
関東大震災で海外の港は地盤が1m50cmも隆起した。
底が浅くなり、船溜りとして使うのが不便になった。
→工事して海底を掘削した。






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Last updated  2011.04.07 09:20:19
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