春の雨に、春の天気は、とつぶやいていた。
彼岸も過ぎて
毎年よ彼岸の人に寒いのは 子規
身命といふ語しみじみ彼岸過 風生
身命、しんみょう、体と命を感じた日々だった。
高裁もライブドアを支持、新株予約差し止めで決着、の見出しが大きい。
新株予約権を高裁が認めなかった決定を、ライブドアの3度目の勝利とはやすメディアは、その報道内容に何を意図するのか、中日新聞トップの支持の語にも驚いた。
堀江さんはたしかにフジテレビに影響を持つニッポン放送株を取得し、経営を左右する域にに手が届いた。
想定はそこまでだろう、業務提携を構想してのことだと思うが、頭の良い人だ、という感想を率直に持つ。
野球にはせ参じたときも、ストから始まったころの動きを誰しも評価したとは思えない報道内容に、この日のあることは予測できたか。
社会参画の立場が変わったのである。
資本論理を市場論理に変える時がきた。
亀頭コートは、そう読んだのか。
まさに、あまりにいろいろと起こるので、環境といい、社会といい、グローバルといい、この時代が変わった。
自分が経てきた時間と、今を生きる時間とがなにかしら違うのだから、老いの繰言を言うようになるのだろう。
精神的な穏やかさを肉体的な静まりとともに迎える人生の晩れ方があるなら、それに越したことはない。
ただ見届ける智恵と、それに加えうる何かがあるなら、それはなんだろうか、表現に詰まることになる。
世代をふためぐりすると、見えなくていいものが見えて、分からなくてもいいことがわかって、そのように思えて、きっと錯覚のうちにものを見たような、わかったような気がして、それで何かを言おうとするのだろう。
自然の災害を立て続けに見せつけられて、そこに言いうる、加えうる何ほどの力もなかったことを思うと、変わらず人間は抗いがたい動きの中で生きているのだろう。
自分のところだけが安心でなにごともなくて、などということはあり得ない、明日はわが身などのことばも、うそ寒くなるような、時間も距離も狭まった出来事だらけである。
地震が見せつける、暴風や豪雨、豪雪が及ぼす、この人力のはかなさは、どれほどに文明が進めてきた構築をも、まるで、井のままに、意のままに、ことごとく打ち砕いていく。
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