ウエブサイトから取りうる材料を構成してのやり取りに過ぎないが、日ごろこのような問題をほとんど考えることのない分野だけに学びの姿勢があって議論の展開を追った。
準備には2週間をかけただろうか、パワポを用意していたのでそれなりに意識するところがあったかに思える。
肯定サイドが18票、否定サイドが10票となり、審判の判定も肯定を良しとした。
ディベートは連続して4週行うが、テーマの選択から議論させるので出来上がるまで3週間の準備は要る。
教育用の4人制を採用して人前で意見発表を決められたルールのもとでやる、たとえば立論は6分、反駁は4分といった時間を決めたゲーム、発表練習である。
それでもテーマは身近なところで問題解決を図ろうとするものもあり、たとえばナースキャップは必要である、といったふうに。
人の意見の受け売り、切り売りにならないことを注意して、パフォーマンスも若干取り入れて証拠提示を行う。
論点は派遣が法律による正当性とその役割の分析、それでは国際社会での立場はどうなるかと、派遣ありきで進められ、ついで、戦闘行為、戦争への参加であることを強調すると、現地の支援が必要であり、同盟軍に従う国があること言う。
軍隊は政府直属であると言う議論も出て、安全な戦闘地域の境界を言い出したあたりに、日本政府の見解のあやふやさ、コイズミサンを呼んで答弁するしかないな、などと、それこそ世界情勢と現実進行における政府の曖昧さ、軍隊なのか自衛隊か、多国籍軍なのか、参加軍隊であるだけなのか、を、若者が議論して受け継がなければならない政治の意見の不透明さ、その現状が現れた。
イラクの復興内容についても政府発表と繰られたマスコミの一方的な報道を取るしか仕方がない分析に、日本軍が現地住人に歓迎されている証拠を無理やり作る論駁には、マスコミとそれを受け入れた社会とが重なって見えた。
議論は憲法違反行為とイラク特措法のないがしろに主張をおく明確さがあらわれ始めて、聴衆が受け止め、そして審判が傾いた。
どれだけ装備をしていても、それだからこそふさわしいと理屈をつける軍の武器の携行などたまったものではないが、詭弁にもにた派遣理由付けで、一国の命運をしょった隊員である軍人たちが、危険な地域に軍隊を派遣してするほどの業務であるのか、ないのか、結論がない自衛隊の活動に見える矛盾は、時間が経てば経つほど、日本がやってきたこと、やること、それはさかのぼった歴史にも証明された、国民の判断が押しやられたところでの行為が見えてきて、それをまた繰り返していることを、わたしたちは知るのである。
日本軍人が1人でも殺傷されたなら、それは誰にどのように報告されるのか、国民のためだったのか、イラク人のためで、その名誉はどうたたえられて、また国が干渉できなくなるとする理由をもつ名誉戦士の霊だけを祭ってしまう、お決まりのコースをたどってしまうのか、小泉さんなら、そこに奉ることを意図も簡単にしてのけるだろうから、その問題が発生しない、いや、問題になり続けているのに、いまの戦争で起こっていないこと、民間人の日本人死者をよそめにしたまま、何も起こっていないかのごとく軍人使者がないことをこれよしと、派遣を続ける姿勢だけの曖昧さは国民の判断を失わせてしまっている……
となにやら、聞いている間に、思いをめぐらしてしまった。
国益、石油の利益導入、連合の軍に所属する体裁は、果たしてどれほどの真実があるのか、その議論をつくしていないと、結局、また日本は自己主張をすることができない傀儡国のように存在をし続ける、歴史に多くその手法を実現してきた日本の統一として君臨している権力である。
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