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人間は不思議なものだ。自分が元気なときは、ウェザーリポートやU2などハードな音楽を聴きたくなるし、聴いていてますます元気になるが、自分が心底疲れてしまった時には、やっぱり静かな音楽、ハワイ音楽や、ハワイ音楽でもとりわけ心に優しい音楽を聴きたくなる。元気なときには、ちょっと物足りない、とおもっちゃうような音楽でも。ぼくは、このブログでは、今まで極力ネガティブなことは書かないようにしてきた。(一回だけ、飛行機の中で倒れた話を書いたけれども)というのは、ひとはそれぞれ、いろいろ大変な事情を抱えておりみんな、それをなんとかやりくりしたり、折り合いをつけて生きていると思うから。それぞれの背負ったものは、他人からはなんでもない事と思うかもしれない。しかし、背負っている個々人にとっては、それぞれが、その問題が一番重要なわけで、その本当の大変さは、本人にしかわからないと思うからだ。Aさんにとって、大変なことは、他人の目から見たらたいしたことじゃないかもしっれない。でも、Aさんにとっては、それは場合によっては生きるか死ぬかくらいに深刻なことかもしれない。例えば、介護であったり育児であったり、本人の病気であったり。仕事であったり。人間関係であったり。今でこそマスコミで取り上げられているけれども、いじめやドメスティック・バイオレンスであったり。ひとになかなか言えない、打ち明けられない状況の中で、きっとみんな、それぞれの事情を背負いながら生きているんだと思う。だから、ぼくはなるべくネガティブなことは書かないで来た。でも、やっぱり自分にもキャパシティというものがあったのだ。気をはってやっていたが、ついにダウンしてしまった。原因は過労と心労。個人のことなので、詳しくは書かないけれども過労の原因は仕事の量心労の原因は家族の病気で、今は無性にハワイ・ヒーリング・ミュージックが聴きたくて聴いている。Nick Castillo & Ozzie KotaniというアーティストのHawai'i National Park Seriesの『The Sounds of Hawai'ian Hana Hou』というCDハワイの鳥の鳴き声や海岸に打ち寄せる静かな波の音。そこに、スラック・キー・ギターの音。優しい女性のボーカル。元気なときには、ただ聞き流しているだけのサウンドだけれども、今は、鳥の鳴き声、波の音。その一音一音が心にしみわたっって来る。スラックキー・ギターのゆったりとしたリズムと音色。ハワイのカイルアの民宿に泊まって、毎朝、日の出前に海岸に行ってみた朝焼けの景色。あの、この世のものとは思えないほど美しい景色を思い出す。ハワイに行ったことがない人でも、自分の知っている鳥の鳴き声や海岸を思い出しながら聴けばいいと思う。心が弱った今は、じっとその一音一音をじっくりと味わいながら、優しい自然に取り囲まれた自分を想像しながら、そっと自分を癒している。オススメです、というのは変な話だけれども、もしも、みんのなかでもそういう状況があるひとがいたら、聴いてみてください。きっと疲れた心がふわっと少しはほぐれると思うから。そんな時には、少し自分を甘やかしてもいいんじゃないかと思う。
2007年01月22日
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歴史に「もしも」はないが、やっぱり「もしも」を考えてしまう。正月あけの仕事はじめの日にアール・ゴア(米 民主党元副大統領で、共和党現ブッシュ大統領との大統領選挙で破れた)が書いた環境に関する書籍『不都合な真実』を見つけて、これはいい本だと思ってすぐに買った。不都合な真実不都合な真実地球温暖化や環境問題について、非常に分かりやすく、ビジュアルで見てすぐわかるように、地球温暖化によってこのほんの20年ぐらいの間に、いかに地球の環境が悪化しているかが一目でわかるように書いてある。これだけのデータや写真をよく集めたと思うが、大統領選挙に敗れてから、ゴア氏はこんな活動を地道にやっていたんだなぁ、と思う。別に偽善者ぶるわけではないが、ぼくはこの問題を忘れないように、この書籍を手元において、おりにふれて、ぺらぺらと見ている。読まなくても、見るだけでよくわかるように出来ている本なので、関心のあるかたはぜひ読んでみて欲しいと思う。大統領選挙でアール・ゴアが、ブッシュにもしあの時勝っていたら。9.11のNY同時多発テロは起こっただろうか?もちろん、アルカイダはじっくりとテロのチャンスをうかがっていたわけだから、起こったかもしれない。しかし、一方で、米政府はテロの可能性を察知しながら、わざとほうっておいた、という説もある。テロへの戦争を正当化するには、テロが起こってもいい、そのほうが世論を味方につけるから。そうブッシュ政権が考えていたふしがある。あれだけの大規模なテロがおこるとは想定外だったかもしれないけれども。では、イラク戦争は起こっただろうか?これは、かなりの確率で、起こっていなかった、と思う。9.11があったにしても、無理やりアルカイダとイラクを結びつけて、先制攻撃をするというようなことは、民主党政権はしなかったと思う。地球温暖化にたいする取り組みは?アメリカの地球温暖化に対する取り組みは、全く違ったものになっていたのではないか?歴史にもしもはないが、やっぱり非常に残念に思う。昨日、TBSの筑紫さんのニュース23で、アール・ゴア氏が出演していたらしいが、残念ながら残業で見逃してしまった。彼は、どんな話をしていたのだろうか。どなたかご存知の方がいらっしゃったら教えてください。それにしても、「歴史にもしも」はない、というのが非常に悔やまれる。
2007年01月17日
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ジャズ・サックス奏者、マイケル・ブレッカーがなくなった。白血病だという。(正確には「骨髄異型性症候群」という病気が悪化すると白血病になるのだそうだ)享年57歳。マイケル・ブレッカーは、兄でトランペット奏者のランディ・ブレッカーと一緒に、「ブレッカー・ブラザーズ」というユニットを結成、ロック的なハードなフュージョン・サウンドを確立し、80年代のフュージョン・シーンをリードした。【ブレッカー・ブラザーズの『ヘヴィ・メタル・ビ・バップ 』名盤です】ヘヴィ・メタル・ビ・バップ / ブレッカー・ブラザーズヘヴィ・メタル・ビ・バップ当時、ライブに行ったとき(確かベースはマーカス・ミラー)、熱心なファンが多く、みんなの拍手に即され、4回か5回もアンコールをおこなった。フュージョン・サックス・プレイヤーとしてカリスマ的な存在感をしめし、日本のサックス・プレイヤーはこぞって彼のプレイを研究した。ギタリストまで、彼のフレージングに影響を受けた。そんな、マイケルは、渡辺香津美の「トチカ」に参加したり、ステップス(後のステップス・アヘッド)に参加するなど、ジャズ・フュージョンの地平を切り開いてきた。ところが、サックスをプレイするときに、のど、首の筋肉を外側に伸ばし空気をためてプレーするスタイルが、彼の筋肉を痛め、その吹き方では、今後サックスがプレイできなくなる、とドクター・ストップがかかり、プレイ・スタイルを変える。一時は、エレクトリック・サックスなども使っていたが、近年は、ロックよりもジャズの本流回帰のプレイをしていた。だから最近の彼はフュージョン・プレイヤーではなく、いつのまにかジャズ・プレイヤーに変わって言った。昨年、村上春樹の小説の題名に使われている音楽を、いろいろなジャズ・プレイヤー、フュージョン・プレイヤーが集まって作った企画アルバムがあったが、某大型CD展では、「マイケル・ブレッカー復活!」と紹介されていた。これは、おおうそで、マイケル・ブレッカーが闘病生活で入院する前の、おそらく最後のレコーディングだったはずだ。すでに闘病中であったが、共演するプレイヤーだけでなく、音楽プロデューサーも彼の病気を知らなかったようだ。大変な病気にかかっていながら、スタジオで録音するときには、そんなそぶりもみせず、若手のプレイヤーを励ましていいたというからすごい精神力だ。マイケル・ブレッカーについて詳しく紹介する前に、彼はなくなってしまった。これでまたひとり、僕の好きなアーティストがなくなってしまった。ご冥福をお祈りする。
2007年01月15日
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TBSの『華麗なる一族』の予告のCMでさんざん、イーグルスの「デスペラード」をやっていたから、テーマ曲に使われるかと思って見ていたらまだ、全然「デスペラード」をやらないじゃないか。エンディング・テーマでやるのかなぁ。山崎豊子の原作だから、古い話じゃないか、と思ったけれども、鉄鋼、銀行、企業買収とかなんとかいっているので、まあ、小さい会社が大きい会社を買収しえるという今のM&A時代にまあ、つながってはいるから、まあ面白いか。でも、デスペラードまだやってくれないから、今は他のことしながらキムタクの台詞とかが、ラジオ状態のように聞いていて、ときどき画面見てるだけになっちゃった。これからアイロンかけなきゃなんないしなあ。前にブログにも書いたことあるけれども、イーグルスの「デスペラード」は、僕の大好きな曲で、曲のメッセージとしては、簡単にいえば、自分の夢を追いかけて一人でハードに戦い続けている男に対して、「そんなに生き急ぐな、手遅れにならないうちに、今は一回こっちに来て休みなさい」夢、自由、ハードな生き方、孤独、男に対して誰かの愛、今は夢はひとまずおいておいて、休めそんなメッセージ。だから、このドラマにあっているともいえるんだけれども。この曲、ウクレレのアマチュア・イベントで弾き語りソロを弾いた曲。しばらく歌ってないけれども、また歌いたくなったなぁ。なんだ、終わっちゃたぞ。デスペラードでてこないじゃん!!
2007年01月14日
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ドビッシーの「月の光(Clarie de Lune)」をウクレレで弾けるか?今日から、練習を始めてみました。「月の光」をウクレレで演奏したのを聴いたのは、ウクレレの神様、オータさんことハーブ・オータのCDでの演奏しかないが、他に誰かも弾いていましたっけ?ジェイクも弾くのかなぁ。ドビッシーの「月の光」は、好きな曲で、中学生の頃かなぁ、ピアノの楽譜をみて出だしだけ少し弾けるようになったけれども、途中で雰囲気がちゃんとでなくて、あきらめてやめちゃったことがあるけれども。今更ながらなんだけれども、「月の光」って8分の9拍子なんですねえ。それから、ウクレレは4弦しかないのに、5弦あるように弾いているんですね、オータさんは。よく、こんな難しい曲を、はじめて自分で解釈してウクレレ用に弾き方を考えて演奏したと思います。師匠からは、この曲を弾くのに最低1年はかかると言われました。他にも、この曲を弾きこなすのに3年かかる、っていう曲が1年以上たっても、全然、うまくならないのに。「月の光」って、昔、富田勲がシンセサイザーで弾いていた気がするなあ。アナログ・レコード持っていたはずだ。でも、アナログ・レコード・プレイヤー今はもう持っていないから聴けないけれども。オータさんの「月の光」を聴きこむのと、クラシックのピアニストの「月の光」を聴くのと、どっちが勉強になるだろうか?でも、ドビッシーを得意としているピアニストって誰だ?ホロビッツとか、ポリーニとかブーニンとかいるけれども、みんなドビッシーの曲が得意、というかマッチしているピアニストではない気がするし。そもそもレコーディングがあるのかなぁ。どなたかクラシックに詳しい方、ドビッシーの「月の光」を聴くには、誰のピアノを聴いたらいいんでしょうか。オススメがあったら教えてください☆さて、パスタは1年で、「月の光」をウクレレで弾けるようになるかどうか??
2007年01月09日
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ウクレレ・プレイヤー、ジェイク・シマブクロがホノルル・マラシンに初参加したというので、朝からテレビ放送を楽しみに待ちわびて、見てみました。思ったよりもジェイクの出演シーンが多かったですよ。番組は、桜井幸子が一眼レフカメラを持って、フルマラソンの中継や、参加者に話しを聞くというもの。彼女自身は、マラソン以外にも野生のイルカをみにボートで出かけ、シーカヤックに乗り換えて本当に真近にイルカのそばまでいって、幸せそうでした。さて、ジェイクは、ホノルル・マラソンの前夜祭でウクレレ演奏したそうで、その時の映像も少し映っていました。ジェイクがなぜ、ホノルル・マラソンに参加したか。ジェイクはツアーで日本やアメリカ本土に行っていて、1年に3ヶ月しかハワイにいないんですって。そんなに忙しかったんですね。それで、ハワイの大切な友達や家族との絆を深めるため、故郷のハワイを愛するためにぜひホノルル・マラソンを走ってみたかったそうです。桜井幸子が、途中でボランティアの少年たちに混じって、ランナーにお水を渡していたところに、ジェイクが走ってきました。「わお~」といって、元気です。完走したら、ディナー一緒にしようね、と桜井幸子と約束。また走っていきました。実は、桜井幸子、マラソン前にスタジオにジェイクをたずねていたんですね。ジェイクのカマカのカスタムメイドのウクレレを結構フォーカスして写していて、ジェイクが、日本では昨年公開された映画『フラガール』の音楽監督をやったことなんかを紹介していました。バックには、でも映画では使われなかった日本語版の「フラガール」がかかっていました。ホノルル・マラソンって、コースをちゃんとみたことなかったんですが、朝の5時にアラモアナを出発して→ワイキキ→ダイヤモンドヘッド→カラニオア・ハイウェイ(でしたっけ)を一直線→ハワイカイで折り返し地点→再びカラニオア・ハイウェイ→カハラ→ダイヤモンドヘッド→カピニオラパークでゴールと、けっこう思ったよりもたくさん走るんですね。トップ・ランナーたちは、2時間2-30分でゴールしてしまいますので、まだあたりが暗いうちにゴールしてしまいますが、普通の参加者は、途中から日が昇って急激に温度が上がり、太陽が直接あたるので、かなりきついようです。レースの途中で、日の出が見られるマラソンも世界で珍しいそうです。ホノルル・マラソンは「過酷で優しい」マラソンと言われているそうですが、過酷というのは、この気温と太陽に原因があるようです。ジェイクは、スタジオで桜井幸子に会ったときは、フルマラソンに参加するのが「こわい」と日本語で言っていましたが、どうしてどして結構余力をあましてゴール。ハワイのPositive Powerを感じたよ。You should do it once in a life.「一生に一度は参加してみるべきだよ」と言っていました。ゴールしてからも、「ファワォ~」って言ってました。疲れているだろうけれども元気です。ハワイにプチ滞在中のKさんが教えてくれましたが、そのあと、ジェイクは1時間のライブをちゃんとやったそうですよ。凄い元気。ジェイク以外では、俳優・タレントの永井大(まさる)28歳が、お父さんの雅夫さん55歳と一緒に肩を組んでゴールしたい、という夢を持って走っていました。というのは、16年前、長野の親子マラソンで、当時12歳の永井大とお父さんが一緒に走り、くじけそうになる大くんを、「決してあきらめるな」といって最後まで一緒に走り、手をつないでゴールした記憶があったからです。大きく成長した自分をみせたくて、親子の絆をより深くしたくて、もう一度一緒にゴールしたい。そんな夢をいだきながら走っていました。永井大のお父さんは普通の会社員ですが、空手の指導をしており、体力つくりを普段からやっているひとでした。最初は、お父さんが、空手で痛めたひざの古傷が痛み出し、遅れそうになるのですが、じっと我慢で走り続けます。今度は、息子の大くんおほうが遅れだします。仕事の合間の練習で1ヶ月しか調整していなかったということで、とうとう途中で歩き出してしまいます。お父さんはすでに1km先に行ってしまいました。スタッフがお父さんに「息子さんがだいぶ遅れてしまいましたね」と声をかけると、「大丈夫、ゴールで待っているから」とのこと。1km後ろの息子大にスタッフがこれを伝えると、心ひそかに父親と一緒にゴールしたいと思っていたのに、その夢がはたせないかもしれない、とまた走り出します。一方、TBSアナウンサーの久保田智子さんは、昨年に続く参加。昨年は、目標の時間をきってゴールしたのに悔し涙を流してしまいました。「最後の10kmぐらい、歩いてしまった。歩いたというのは自分にとって負けたみたいだ」と涙の意味を語っていました。今年は、仕事の合間に4ヶ月練習を積んでの参加。今度こそ、途中でとまらないで走り続けよう。しかし、予想外のことが起きてしまいました。ホノルル・マラソン、例年の島を吹き抜ける風が吹かず気温はぐんぐん上昇。水補給が十分でなかったのか、彼女の足が痙攣し始めてしまいました。ついに痛さに耐えられず、救急コーナーで氷で膝を冷やします。また、走り出したのもつかの間、最後のくだりで、今度は腿の後ろ側に負荷がかかって、またもやストップか。ところが、後ろから来た日本人ランナーが、「あと10kmきったよ、さあ行こう!」アメリカ人のランナーが「Keep doing, カモン!」と、励ましてくれるのです。久保田アナ、最後は前回のタイムを短縮してゴール。沿道の応援、ボランティアの笑顔、一緒に走るランナーたちに励まされてのゴール。(大変だったけど)「ホノルル・マラソン大好き~!」の一言。よくがんばりました。父親の背中を見て育った永井大、ホノルル・マラソンで、父親の背中を見失ってしまいました。ところが、ゴール手前100mで、父親がこちらを向いて息子を待っていました。父親も同じ気持ちだったようです。「大丈夫、大丈夫」といいながら息子に併走し、最後はしっかり親子が手をつないでのゴール。「時間(タイム)より、二人でゴールすることが目標だったから」と。「フルマラソンの過程で、いろいろな波が来て、それは人生もおなじようなことだと思うけれども、その波をどうやって調整していくか、まだまだ28歳の若造のぼくは、そう簡単には親父を超えられないなぁ」と永井大。ホノルルマラソンは何か五感で感じるものがあるとも。それぞれの思い、それぞれの目標を持って走ったフルマラソン。そんなゴールシーンを見ていて、桜井幸子は、なぜ、地上の楽園ハワイでフルマラソンを走る必要があるのか。と自問します。それは、ゴールしたひとが、単なる達成感以上のものを感じるからだと思う、と言っていました。ハワイの偉大なスピリット、すなわちハワイの自然や人間のアロハスピリットにふれ、ゴールした瞬間、人生の小さな悩みやモヤモヤが浄化されて、自分が生まれ変わった、と感じることができるからじゃないか。それが、地上の楽園ハワイでフルマラソンを走る理由だと。ハワイの青い空と藍い海、緑の山々、その自然が与えてくれるパワー。それは時に過酷なマラソンの環境を作るけれども、くじけそうな気持ちを後押ししてくれるのは、ハワイのひとびとの笑顔と優しさ、アロハ・スピリットそんなものが、いっぱい画面から伝わってきて、やっぱりハワイはいいなぁ、行きたいなぁ、という気持ちになりました。みていてとてもすがすがしい気持ちになる番組でした。今度、10kmウォークに参加するかなぁ。前、ブログで、ウクレレをもって10kmウォークに参加し、最後にゴールするときは、みんなでウクレレを演奏しながらゴールしよう、そんなことを書いたことがあったけれども、その時、何人かの人が賛同してくれたっけなぁ。いつになったら実現できるかな。みなさん、どうですか、いつか一緒にやりますか?
2007年01月08日
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年末12/31と1/1にかけてのバンコクの連続爆弾テロにぼくは本当に驚いた。昨年秋、クーデターがあったにもかかわらず、プミポン国王の存在で、無血でクーデターが解決し、タクシン首相がロンドンにいわば亡命、暫定政権がすぐに成立した。タイという国は、一度も植民地になったことがなく、国王の存在がいわば安全装置として、クーデターが起きても、うまく解決し政権交代が行われる安定した国だと思っていたからだ。世界中の大都市の中で、ぼくの頭の中では中国の大都市とバンコクは、少なくともテロに関しては安全な場所、と認識していたからだ。NYやロンドンはやっぱり一番テロの標的になる可能性が高く、つねに厳戒態勢にあると思うし、東京も、小泉前首相がいちはやくブッシュ政権のテロへの戦争を支持したことにより、非常にリスクの高い場所になってしまった、と思っていた。それが、なぜあんなに平穏を愛するタイでおこってしまったのか。年明け、仕事始めにぼくが最初にしたのはバンコクへの国際電話だった。まず、日本人で現地で会社を起業した友人に電話をした。ぼくのつとめる会社のバンコク・オフィスは、所詮大きな会社の駐在員で、そこまでタイ現地の事情に通じていると思えないので、現地で起業した人間のほうが深く現地の事情に敏感だと思ったからだ。しかし、彼は携帯電話に出てこない。日本が、正月明けすぐに3連休になるのを知ってのことか、休みを決め込んでいる。そこで、タイ人の友人に電話をしてみた。彼女も外資企業につとめていたが最近起業したひとだ。まず、彼女が爆弾テロに影響を受けず、無事であったことを喜んだ。ちょうど年末年始はタイの北部に旅行に行っていたそうだ。そこで、今回のテロの犯人、犯行グループは誰だと思うか聞いてみた。タイ南部で今でもくすぶるイスラム勢力の犯行か? それともタクシン前政権支持者か?それとも全く別のグループか?ぼくは、イスラム反政府グループの犯行であることを一番おそれていた。アメリカがイラクに突っ込んでしまって以来、世界は本当に、欧米先進国 対 ビンラディン率いるイスラム武装組織、の戦争 という図式が拡大し、世界中のイスラム武装組織が、それぞれの場所でテロを計画・実行しているのではないか、と思っているからだ。フィリピンしかり、インドネシアしかり。現に昨年インドネシアのジャカルタに出張したときは、アメリカ系ホテルに宿泊することを敬遠した。数ヶ月前にアメリカ系ホテルでやはり爆弾テロがあったからだ。ジャカルタのこの犯行が、直接アルカイダに結びつくとは言い切れないが、世界中のイスラム武装組織がアルカイダに心理的共感を得ているのは確かだろうと思う。イスラム教は、ぼくのにわか勉強でも、もともと戦争、殺戮、テロを支持しない、他宗教に寛容な宗教で、今でも大多数のイスラム信者はそうであるとおもうのだが、アメリカの無謀なイラク侵攻が、世界中の状況を悪くしてしまったと思う。さて、バンコクの爆弾テロは誰の仕業か?タイ人の友人の即座の返事は、タクシン支持勢力だという。暫定政権に揺さぶりをかけているのだと。まだ、正式に犯行グループが特定されたわけではない。でも、これはぼくにはにわかには信じがたかった。だって、タクシンにとってバンコクでテロを起こして何か得なことがあるんだろうか?それで、爆弾テロの場所を聞いてみた。アメリカ系ホテルとか、外資企業の多く入ったオフィスビルとかが標的にされたのではないのか?しかし友人のこたえはNOだ。爆弾テロが起こった8箇所は、- Victory Monument- Sukhumvit 62 Road- Seacon Square , Department Store at Srinakarin Road- Gaysorn Plaza, Rajchaprasong intersection- Central World Plaza, Rajchaprasong intersection- Klongtoey district, Rama4 Road- Care-Lai, border of Bangkok and Nonthaburi provinceもう一箇所は、覚えていないのであとで教えてくれるそうだが、ホテル、オフィスビルは一箇所もないという。多くの場所は、ショッピングモールなど多くの人が集まる場所で、外国人をとくに標的にしたとはいいきれず、タイ人もたくさん集まる場所だという。それに、爆弾も、ショッピングモールの中ではなく、モールの外のゴミ箱の中などで、それほど(すなわちアルカイダのような)手の込んだ犯行ではないことから、これはイスラム反政府勢力の犯行ではなく、タクシン前政権支持者の犯行だと思う、とのこと。ぼくは、それほどバンコクに土地勘があるわけではないが、確かになんとかプラザとかなんとかスクェアなどショッピング・モール、ショッピング・コンプレックスが標的になっているし、あとは、バンコクと他の県の県境などだというから、外国人標的のジャカルタのホテル爆弾テロとは性格が違うような気もする。そもそも、インドネシアは世界最大人口を有するイスラム教国家だし、タイとはだいぶ事情が違うのかもしれない。しかし、タクシン派が犯行グループだとすると、これはこれで、まだこの先何をするのかわからず、不気味だ。ビジネスマン出身の現実主義者のタクシンがそんなことをロンドンから指示するとは思えないのだが。。。タクシン自身が指示を出しているというよりは、タクシン政権下で特権、優遇されていた層で、暫定政権設立後、冷や飯を食っている連中がやっていることなのか。いずれにしてもはやく犯行グループが特定され、逮捕され、その支持基盤が崩壊してほしいものだ。微笑みの国、タイにやっぱりテロは似つかわしくない。今年も、バンコク出張が予定されているだけに、やっぱり気が気ではないと思う。ほんとうに、世界中の情勢が流動化し、ここだから安全だという場所が、だんだんなくなっているのは本当に恐ろしいことだと思う。
2007年01月06日
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ウクレレ・プレイヤーのジェイク・シマブクロが、昨年の12月10日(日)に開催された第34回JALホノルルマラソンで、フルマラソンに初挑戦していた!知らなかったぁ。ホノルルマラソンが34回目というのも、ええ、もうそんなに続いているのと驚いたが、ジェイクが出場しているとは思わなかった。愛するハワイと日本の架け橋になるべく、彼もがんばっていますねえ。で、調べてみると、今のホノルルマラソンはオアフ島(3903名)ハワイ島(192名)マウイ(66名)カウアイ(68名)モロカイ(4名)ラナイ(4名)とあくまで完走者だと思うが4169名が、ハワイの各島で走ったようだ。エントリーが28,635名でそのうち日本人が17,905名もいるのだからすごいことだ。完走者リストとの差はなんなのか、10kmのコースもあるので全体の合計で、かつ途中棄権者を含んでいるだろうけれども、そんなに参加していたのか。オアフ島の最終ゴール者(つまり3903番目のひと)は、61歳の女性で13時間22分15 秒だから、朝5時スタートで、ゴールは夕方の6時22分ということだから、13時間以上もオアフの炎天下を走った、というだけでも敬服に値する。すばらしいなぁ。ジェイクはどのくらいの時間で走ったのかというと、完走者リストを探してみると、Jake Shimabukuro Honolulu HI 30 M 05:24:27(clip time) 05:24:29(clock time) と出ている。ハワイ州ホノルル、30歳男性、5時間24分27秒ということだ。5時間以上走るのも大変だし、フルマラソンがはじめてだというから、よくがんばったなぁ、と思う。長谷川理恵は今年も参加しているんだろうかと思って探してみると、Eri Hayakawa Tokyo 25歳 F女性 02:32:31 総合13位とある。え~~、すげ~じゃないか!2時間台で走るんだ、と思ってみるとこのひとは早川英里[えり]選手で、全くの別人。2時間32分31秒で女子フルマラソン3位 総合13位。英語のサイトで見てたからアルファベットで「長谷川」と「早川」、「理恵」と「英里」を間違えちゃったじゃない。全然違う人じゃない。なんだ、日本語のサイトには(日本人にとっての)有名人の記録がちゃんと別のところに出ているじゃないか。はやく言ってくれよなぁ。それによると、長谷川 理恵 33歳 モデル 3時間24分28秒で昨年の3時間35分49秒の記録を10分以上短縮したじゃない。よかったね。女子34位 総合408位だって。女子34位は結構すごいんじゃないのかなぁ。ジェイクも有名人として載っていて男子6,576位、総合10,145位だというけれども、完走者3903名で、最後のひとのタイムが13時間を越えているから初出場でよくがんばったと思う。拍手、ぱちぱちぱち。優勝者は男子1位:アンベッセ・トロッサ、29歳 エチオピア 2時間13分42秒女子1位:リュボフ・デニソワ 35歳 ロシア 2時間27分19分だそうだ。ちなみに、1月8日(月曜日)の朝9:55からTBSで、このホノルルマラソンの様子が放送されるそうだから、ジェイク好きな人も、ハワイ好きのひとも、長谷川理恵が好きなひとも、興味のあるひとはみてみては。ぼくも、祝日だからといって寝坊しないで見ようっと。
2007年01月05日
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ウェザー・リポートでジャコ・パストリアス(b)と完璧なリズム隊を組んでいたピーター・アースキン。実は、ぼくは彼にお酒をおごってもらって飲んだことがある。NYというのは、驚くほどミュージシャンとお客の距離が近い。ジャズ・クラブでの空間的な距離もそうだが心理的な距離も近い。ピーター・アースキンはウェザーリポートに加入する前、実はビッグバンド・ジャズのドラムスを叩いていたのだが、ウェザー・リポートの加入から脱退後は多彩な活動をしている。【1981年ウェザーリポートで来日したピーターアースキン】【最近のピーター】マイク・マイニエリ(vib)がリーダーのステップス・アヘッドでの活躍のほか、ジャコ・パストリアスのビッグバンドへの参加。ウェザーリポートの最後のアルバム「This is This」への再加入。ウェザーリポート解散後のウェザーアップデイトでのドラムス。ボブ・ジェイムスのアルバム、ボブ・ミンツァーのコンボへの参加など精力的だった。マイケル・ブレッカー(ts)、マイクスターン(g)、小曽根まこと(p)やジョニー・ミッチャル(vo)のCDにも参加しているちょうどそんな時、彼がたしかジョン・アバンクロンビー(g)マーク・ジョンソン(b)とのトリオでNYの、今はなき「ファット・チューズデイ」というジャズ・クラブに出演して、演奏が終わったあと、ぼくはピーター・アースキンに声をかけた。すると、彼は気さくに「ちょっとバーカウンターで待っててくれ。ちょっとトイレに行ってくるから。戻ってきたら酒をおごるよ」日本でも、ハワイ音楽の世界ではこうしたファンとミュージシャンの親密な関係はありえるかもしれない。しかし、あの天下のウェザーリポートにいたピーター・アースキンが「酒をおごってあげるからちょっと待ってて」だなんて。歓喜したぼくは、その後、彼と音楽や彼の家族の話をした。その時、ぼくは「日本では、ドラムスでは、あなたとオマー・ハキムとスティーブ・ガッド、ベースではジャコとヴィクター・ベイリーが人気があるんですよ」と言った。ピーターは「ありがとうい」と言った後、「ジャコはもちろん、ヴィクター・ベオリーがどんなに優れたベーシストであるかを語った。それから、オマーハキムのドラムスのプレイも凄いね、」という話をした。しかし、スティーブ・ガッドについて、彼は一言も話さなかった。お世辞でも、彼は凄いよね、とは言わなかったのだ。この時、ぼくはうすうす感じていた。スティーブ・ガッドはあらゆるタイプの音楽をこなし、日本ではドラムスの神様といわれるほどのひとだが、残念ながら彼のキャリアのメインは、セッション・マンなのだ。呼ばれるままにスタジオに行き、簡単な説明を受けると、はい、といって素晴らしいドラムスを叩いて、それでは、と帰っていくという。自分が叩いたドラムスが後でどう加工されるか、編集されるかほとんど知らずに。もちろん、「スタッフ」や「ガッド・ギャング」など、スタジオ・ミュージシャンが集まって自己主張したアルバムもあるし、スタッフはフュージョン・ブームの牽引車でもあった。でも、ぼくは、なんとなく、ピーター・アースキンに限らず、ジャズ界の中にあって、パーマネントなグループや自分のソロを沢山出す仕事をメインにやっている人と、場合によっては誰か分からない日本のタレントのバックであっても、スタジオ録音をしているセッション・マンとの間に、大きな意識の差、というか格の違いの意識みたいなものがあるんじゃないかナァ、と感じたのだ。もちろん、ピーターはといぇも気さくで人柄もいいし、僕自身、スティーブ・ガッドはやはり素晴らしいドラマーだとは思うけれども、ジャズ・ファン、音楽ファンには、うかがいしれない格の違いがどうも存在するのかな、と思った。ピーターの人柄がいいことは疑うべくもなかった。だいたい、「ちょっとトイレに行って来るから待っててね」なんて気安くファンに言ってお酒をおごってくれるなんて、人柄がよくなければ出来るものではない。また、彼は自分の家族について話をしてくれて、どうもその話では奥さんは日本人だという。また娘が生まれて可愛いんだよ、なんていうことを話していた。ぼくの思い違いかなとも思って調べてみると、奥さんは「ムツコ」という日本人。Mutsyと呼んでいるようだ。娘さんはMayaさん。今では、彼女も大きくなってピーターの音楽的インスピレーションに新しい情報を持って刺激してくれるようだ。最近のピーターの活動は、今年の1月に、マイク・マイニエリとステップス・アヘッド 20周年記念のライブをやるようだし、2月には、パリ(フランス)、コペンハーゲン(デンマーク)、ミラノ他(イタリア)などで、ジョン・スコフィールド(g)、ビル・フリーゼン、マーク・ジョンソン(b)とのユアーに出るようだ。今でも第一線で活躍しているのが嬉しい。さて、そのピーター・アースキンがジャコと最高のリズムセクションを築いていた時のアルバム、ナイト・パッセージ「Night Passage」(1980年)とデビュー時と同じバンド名をタイトルにしたウェザー・リポート/’81ウェザー・リポート’81’81 / ウェザー・リポート「Weather Report」(1981年)4ビートも取りれた「Night Passage」はウェザーリポートの最高傑作といわれている一方、「Weather Report」では、ジャコの存在感が薄くなり、ウェインショータの存在感が再浮上するなか、ファンとしてはその究極の完成度へついていけなくなったひとも多い、ときくが僕は、このアルバムもインプロヴィゼイションやインタープレイが迫力の大傑作の一枚であると思う。オススメである。
2007年01月04日
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その1から続く歴代のベーシストは、初代のミロスラフ・ヴィトウスエレクトリック・ベースで独自のサウンドをつくりスタンリー・クラークとならび評価されてしかるべきアルフォンソ・ジョンソンそして天才的なベースの革命児、ジャコ・パストリアスジャコの後をついで、一歩もひけをとらなかったヴィクター・ベイリーウェザーリポートでは、ジャコのみが高く評価されて、前後のアルフォンソ・ジョンソンとヴィクター・ベイリーは、箇所王評価されているが彼らはもっと評価されていいと思う。【送料無料選択可!】フォアキャスト: トゥモロウ [DVD付限定盤] / ウェザー・リポートフォアキャスト・トゥモロウ【Aポイント付】ウェザー・リポート Weather Report / フォアキャスト:トゥモロウ【DVD付初回...《送料無料》ウェザー・リポート/フォアキャスト:トゥモロウ(完全生産限定盤)(CD)ウェザー・リポート/フォアキャスト:トゥモロウ(DVD付)フォアキャスト:トゥモロウ(DVD付) / ウェザー・リポートジャコのすごさは、今後また紹介するつもりだが、今度は主要な歴代のドラムスを並べると、アルフィンス・ムゾーンンドゥーグ・レオン・チャンスラー(サンタナ・バンドから抜擢)ナラーダ・マイケル・ウォルデン(後にプロデューサーとして活躍)チェスター・トンプソン(後にGENESIS、フィルコリンズのツアーに欠かせないドラマーに、フィルとのツゥイン・ドラムスは有名)アレックス・アクーニァ(もともとパーカッショニストとして参加していたが「Heavy Weather」ではドラムスとして参加。名盤をリズムささえている)その後、ピーターアースキン(ジャコとの黄金のリズム・セクションを形成)オマーハキム(後にスティングのバンドで大活躍)と、ドラムスも相当なツワモノガ歴代そろっている。パーカッショニストにいたっては、もっと多彩でアイアート・モレイラ(ブラジル音楽とジャズの橋渡しをしたひと)ドン・アライアスアレックス・アクーニァマノロ・バドレーナロバート・トーマス JRミノ・シネルなど、それぞれ個性豊かで多彩な色とリズムを表現できるひとたちばかりだ。ウェザーリポートまたは、その後のウェザーアップデイト、ザヴィヌル・シンジケートでこうした多くのパーカッショニストの演奏をライブでたくさん見ているので、たいていのパーカッションの演奏、ソロ演奏はあんまり驚かないことが多い。じゃあ、ウェザーリポートの歴史の中で、どのアルバムを聴いたらいいか、と興味のあるかたもいるとおもうので、ご紹介すると「Blak Market」(1976年)「Heavy Weather」(1977年)「8:30」(ライブ盤)(1979年)「Night Passage」(1980年)と、どうしてもやっぱりジャコがいた頃のCDにかたよってしまう。「Blak Market」は、アルフォンス・ジョンソンとジャコが半々でベースを弾いているが、「Heavy Weather」ではジャコが完全参加、「8:30」(ライブ盤)と「Night Passage」では、ジャコとピーターアイスキンの最強のリズム・セクションが聴ける。しかし、ヴィクター・ベイリーとオマーハキムのリズムセクションもすてがたく、彼らが参加しているのは「Prosession」(1983年)と「Domino Theory」(1984年)ウェザーリポートは、ウェイン・ショーターが脱退し、1986年の「This is This」を最後に解散してしまうが、その後も、ジョーザビヌルは、ショーターの抜けた穴をギタリストでカバーし、ウェザーアップデイト、ザヴィヌル・シンジケートで彼の考える、ますます複合的なマルチカルチャーなリズムと音楽の世界を追求している。1971年から1986年まで、ジャズ界に君臨し、ジャズ、フュージョン、ロックの歴史に多大な影響を与えたウェザーリポート、僕が一番好きな音楽のひとつだけれども、この膨大な業績をどうやって紹介しようかと考えていたところ、昨年末、すばらしいBOX CDとDVDのセットが発売された。「Weather Report:Forecast: Tomorrow」だ。3枚のCDに、ウェザーの歴史をほぼカヴァーした210分、約3時間半の代表曲と、1978年9月28日のドイツ・オフェンバッハでの2時間を超すライブ映像のDVDが収録されている。このライブ映像は、ジョーザヴィヌルウェインショータージャコパストリアスピーターアースキンの黄金期のメンバーによるもので、ピーターアースキンによると、このメンバーでのライブをプロのカメラマンが撮った唯一の映像だそうだ。1ヶ月にわたるヨーロッパツアーの最中ででバンドの調子は絶好調であり、この後のアメリカツアーを収録したのが、グラミー賞受賞のライブ盤「8:30」だというだけに、大変貴重な映像だと思う。3枚のCDとDVDのセット、「Weather Report:Forecast: Tomorrow」は、ウェザーリポートの歴史を時系列で振り返ってみようというひとにも、これからウェザーリポートの音楽に触れてみたい、というひとにもとてもいいBOX SETであると思う。なお、某雑誌にこのDVDに収められているときの演奏は「8:30」のときよりずっといい、とピーターアースキンがライナーノーツに書いてある、と書かれているがこれは全くの間違い。1986年の、ウェザーリポート解散後、ウェザーアップデイトのツアー時に、このDVDと同時期にピーターの父親が撮影したビデオに、ジョーザビヌルが「あの頃(1978年のツアーの時)のほうが、おれたちよっぽどいい演奏をしていたな」と言っているのが映っていたということである。じっくりと味わってもらいたい音楽である。
2007年01月03日
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史上最強のコンボ、僕は今でもウェザーリポートのことをそう思っている。今まであまりお話してこなかった、僕が一番好きな音楽の数々をこれから、少しづつ紹介しようと思う。最初は、さまざまな音楽に大きな影響を与えた「ウェザーリポート」だ。【送料無料選択可!】フォアキャスト: トゥモロウ [DVD付限定盤] / ウェザー・リポートフォアキャスト・トゥモロウ【Aポイント付】ウェザー・リポート Weather Report / フォアキャスト:トゥモロウ【DVD付初回...《送料無料》ウェザー・リポート/フォアキャスト:トゥモロウ(完全生産限定盤)(CD)ウェザー・リポート/フォアキャスト:トゥモロウ(DVD付)フォアキャスト:トゥモロウ(DVD付) / ウェザー・リポートもともとロック少年だったぼくは、YES、キングクリムゾン、ピンクフロイドなどいわゆるプログレッシブ・ロックが最高の音楽だと思っていた。プログレが全盛期を過ぎ、少し寂しい思いをしていたときに、ジャスサイドからロックの要素やエレクトリック・サウンドをを取り入れた音楽が聴こえてきた。。ジョン・マクラフリン(g)のマハビシュヌ・オーケストラチック・コリア(p, key)のリターン・トゥ・フォーエバーそしてジョーザビヌル(elp, key)とウェイン・ショーター(ss,as,ts)のウェザーリポートそこには共通点があった。ジョン・マクラフリンチック・コリアジョーザビヌルとウェイン・ショーターそれに、ヘッドハンターズで独自のファンク・サウンドを確立していたハービー・ハンコック(key)を含めて、全員がマイスル・デイヴィスの門下生、「ビッチェス・ブリュー」の頃の音楽から派生、独自にそれぞれの音楽性を開花し始めていたジャズ・メンたちだった。プログレッシブ・ロックのメッセージ性、演奏力の高さ、音楽の構造美などが好きだったぼくは、だからロックサイドからウェザーリポートに出会った。それも時代を少しさかのぼる形で。最初に聴いたウェザーリポートのアルバムは「Black Market」(1976年)その頃、ウェザーといえばすでに「Heavy Weather」(1977年)も出ており、冒頭曲の「Birdland」が大ヒットしていたのだから、まず「Heavy Weather」を買えばよかったのかもしれない。しかし、レコード屋さんでさんざん迷って買ったのは「Black Market」だった。ウェザーリポートの歴史を振り返ると、その後のサウンドの転換点になったのは「Black Market」であったことがわかるので、僕の買い物はある意味正解だったのかもしれない。しかし、「Black Market」を聴いた僕の最初の印象は、音と音のあいだに空間がありすぎるとうものだだった。ロックのディストーションやオーバードライブしたギターの音に慣れていた僕には、なにかちょっと区間が埋っていない、という印象だったのだ。そもそも、ELPをのぞけば、ギターのいないユニットというのはロック・バンドにあんまり存在していなかった。それがユニットとして存立することの驚きと、ジャズにしてはかなりエレクトロニクスを全面的に取り入れているということ、さらに、ロックでシンセを使う場合、オーケストレーションを豊かにするために使うことが多いいがジョー・ザビヌルのシンセの使い方は、なにか人が話しているような、鳥がさえずっているような、そんな音を表現するために使っていることに驚いた。というような、なんとも幼稚な反応だった。しかし、ほかのアルバムも買いよく聴くにつれて、ぼくの印象は変わって行った。そのころ、日本でも渡辺貞夫(ss, as)、渡辺香津美(g)、カシオペア、スクウェアなどのちにJ-フュージョンといわれる音楽がいっせいに立ち上がっていく頃だった。リーリトナーやアル・ディメオラ、ラリーカールトンが、ロックの3大ギタリストに変わって、友達たちが話題にし始めた頃だ。いままで聴いて来たプログレを中心としたロック、それから日本や海外のフュージョンと呼ばれだした音楽、それにラジオなどで聴くアース・ウィンド&ファイアなどのブラック・ミュージックそうしたものの中で、どれともちがっており、演奏力、インプロビゼーション、想像力をかきたてる音楽世界、グルーブ、混沌とした音の塊がいつしか美しい音に変わっていくダイナミズム、何をとってもウェザーリポートは別格、フュージョンという枠におさまりきらない、とてつもない音楽ユニットであることがわかってきた。それは、来日公演を見に行った時に決定的になった。よく、ロックの世界では、レコーディングではうまく演奏できても、ライブでは再現できない、すなわち多重録音などの技術を使って再現できない音楽を作ることはまあ、あたりまえだった。その中では、比較的プログレのバンドはステージでもレコードと同じように演奏できるということはあったが、ウェザーリポートのライブは、レコードの演奏を上回る、ライブでした体験できない熱気や、グルーグ、興奮をもたらしてくれたのだ。ウェザーリポートは、そのほかにも多くのものへぼくの関心をむけてくれた。ひとつは、インプロビゼーション。これは、ロックのギター・ソロとは比較にならないほど、その場の雰囲気で毎回変わる即興性、アドリブというものの魅力を教えてくれた。もちろんジャズ・ファンにとっては当たり前のことだったかもしれないが、今、当時よりもさらに幅広い音楽を聴くようになった僕にとっても、ソロ奏者のアドリブというような即興性ではなく、バンドユニット全体がうねるような音の塊を作り出し、そのうねりそのものが即興性によって生み出されていく、そんなものは今もって聴いたことがない。いわば、例えばなくなったジェームズ・ブラウンのJBサウンドが生み出す、強靭なリズムの反復により生み出されるグルーブと、ジャズの即興性があわさって生まれてきたようなサウンド。それがウェザーリポートの音楽だった。もうひとつは、ジョーザヴィヌルが、ウェザーリポートのツアーで出会った世界各地のいろいろなひとびとや音楽を吸収・取り入れた、ラテンのリズムやアフリカ各地のリズムが生み出す強力なポリリズム。90年代あたまにかけて、世界中にひろがるいわゆる「ワールドミュージック」への関心。そういうものをウェザーリポートは先取りする形で、ぼくに教えていてくれた。そして、オーストリアからアメリカへの移民であるジョーザヴヌルの、おそらくは音楽による「ユートピア思想」とでも言えるような世界観、理想的な世界のひとびとの交流と営み、そんなものを感じ、もともとプログレの「ユートピア理念」が好きだったぼくには、心の中で最高のバンドとして位置づけられるようになった。この「理想郷」のすがたは、観念的なものでも宇宙的なものでもなく、例えば、歴史上のカルタゴにたいに、あらゆる肌の色をした人種、民族が集まってくる市場、ローマ人もアラブ人もアフリカ系のひとも、それぞれの特産物や商品をもって集まってくる青空マーケットのような存在、ぼくはそんな風に感じ、この「理想郷」は今の時代にこそ必要な考え方なのではないかとますます夢中になった。ウェザーリポートは、どちらかというとロジカル・構築型のジョー・ザヴィヌルと、感覚的にザヴィヌルの意図する音世界を感じ取って、一瞬のうちにさらにひろく宇宙にまで音世界を広げてくれる天才肌のウェインショーターの双頭バンドとして長らく存在したのだが、1971年に生まれたこのユニットは最初は、ミロスラフ・ヴィトウスというアコースティック・ベース奏者とのトライアングルを形作るユニットだったようだ。その頃のサウンドもまた素晴らしい演奏だが、まだどちらかというと、マイルズ・バンドでの実験をさらに発展させようとするところがあり、その後のウェザーリポートの方向性を指し示していない。ウェザーリポートがその方向性を示唆したのは、1973年の「Sweetnighter」というアルバムで、ミロスラフ・ヴィトウスに加えて、エレクトリック・ベース奏者を招きいれた「125th Street Congress(125丁目の出来事)」という曲からだと思う。そして、アルバム全体がその方向に向けて動き出したのが、先の「Black Market」だ。即興性とウェインショータや時にジョーザヴヌルが奏でる美しいメロディをささえるために、非常に演奏力のあるリズム・セクションを必要としていた。(その2に続く)
2007年01月03日
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ジェイクの弟、ブルース・シマブクロが家に友達を呼んでバーベキューをしている様子が、ケーブルTVの旅チャネルで放送されていたらしい。ぼくは、残念ながら寝ていて見逃してしまったが、両親はテレビを見ていて、あっと思ったそうだ。最初はまず、ウクレレ工房のKo'olau Guitar and 'Ukuleleが写ったらしい。ぼくは、自分のウクレレのカスタム・メイドを日本からオーダーしたあと、ハワイに行ったときに工房をたずねて、中の様子を見せてもらった。その時、レンタカーを運転して両親もつれていったので、覚えていたらしい。Ko'olauの工房の場所はその後、近くに移ったはずだが、工房の中の様子は前とほとんど同じようだった、と言っていた。その後、Ko'olauとエンドースメント契約しているブルースが出てきて、ソリッド・タイプのウクレレを作ってもらい「わあ、こんな高そうなウクレレ、もったいないなぁ」とブルースが言って、ペケペケと弾いたらしい。見たかったなあ。Ko'olauのウクレレは、最近ますます高くなっているけれども、カスタム・メイドは定評があり非常に質のいいウクレレを作っているので。社長のジョン・キタキスが案内したようだ。さて、その後、ブルースの家(ということはジェイクの家?)に友達が集まって、バーベキューを楽しみ、ガレージのようなところで、みんなで楽器を持ってジャム・セッションのように演奏していたらしい。残念ながらジェイクは登場しなかったらしいが、その場面も見たかったなぁ。ジェイクとブスールは同じ家に住んでいるんでしょう?違うのかなぁ。どんな家だったんだろう。両親は、ビデオを撮ってくれるなんて気の利いたことはやってくれなかったので、話を聞くばかり。ケーブルTVの旅チャネルのハワイ特集。これからも続くみたいだが、もうKo'olauとブルースは出て来ないみたいだ。残念、見逃しちゃった。おとその飲みすぎで昼寝しちゃったのかなぁ(笑)いつのまにか寝ていたから。
2007年01月02日
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あけましておめでとうございます。昨年も、多くのみなさんが遊びに来てくれて、素敵なコメントをいっぱい書いていただきありがとうございます。こうしてブログを続けてこられたのも、みなさんのおかげです。今年も、自分が聴いたり体験したりして感動したこと、驚いたこと、楽しかったこと、嬉しかったこと、へんだなと思ったこと、そんなことをいっぱい書いていければなぁ、と思います。1年の計は元旦にあり、といいますが、今年も、素晴らしい音楽にかこまれて、私もみんなも充実した1年が遅れればいいなぁと思います。感動したり、大好きだったりする音楽は沢山あるんですが、なかなか全部みなさんにご紹介する時間がないのが歯がゆいところです。特に、一番自分が好きなアーティストのことを、実はまだあんまりご紹介できていないのが心残りです。一番好きなアーティストをご紹介するとなると、つい力が入ってしまって、おいそれとは簡単に書けないのが悩みどころです。今年はまず、ウェザー・リポートとジャコ・パストリアスU2ピンクフロイド・トリビュート渡辺貞夫と渡辺香津美ビートルズおすすめハワイ音楽などご紹介できればいいなぁ、と思います。もちろん音楽が中心ではありますが、映画や小説、ドラマ、スポーツ海外の出張先の出来事などもどんどん書いていきたいと思います。年末年始早々、タイのバンコクで連続爆発テロが起きたのは、ちょっと他人事ではなく、心配です。今年もバンコク出張の予定がありますので。日本の社会も世界の情勢も、決して平安ではありませんが、そんな時だからこそ、身近の出来事に楽しみと喜びを見つけ、感謝し、自分の出来るところからでも平和と愛の満ちた生活にしていきたいと思います。そのために音楽が出来ることって沢山あると思います。そんな思いを込めて、みなさん、今年もよろしくお願いします♪
2007年01月01日
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