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死んだ蠅は香料作りの香油を腐らせ、臭くする。 僅かな愚行は知恵や名誉より高くつく。コヘレト10:1「高慢、金銭、異性、偶像礼拝の誘惑から守られ、 主の導きを聞き分け、主の導きに正しく従って いくことができるように、もしずれたら、 すみやかに矯正してくださるように」。 教会では祈りのカードを用いて教会の課題や求道者の救いのために早天祈祷会で祈り会で執り成し続けているが、当教会出身のT牧師先生の祈りの課題にはこのように記されている。T先生ご本人の祈祷依頼である。何とも真実な、祈りこまれた祈祷課題だと思う。サタンの誘惑は人間の弱みに付け込む。まずそれは1、性の誘惑、2、金銭にまつわる誘惑。そして3、高ぶりに関わる問題。さらにもう一つ4、偶像礼拝の誘惑であるという。 どんなにすばらしい働きをなしても、このサタンの誘惑に乗ったら、すべては消えてしまう。死んだハエが香料を腐らせ、この愚行で、すべての労苦と栄誉は跡形もなく消えてしまう。主よ、憐れみたまえ!
2007.07.13
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今年は特に聖書に親しむ年としたいと願っています。聖書は不思議ですね。何回読んでも豊かな恵みが湧いてきます。誕生日に読んだ聖句に一つ。「どこにいますのか、わたしの造り主なる神 夜、歌を与える方」ヨブ記35:9
2007.02.12
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あけましておめでとうございます!いよいよ新しい2007年が始まりましたね!わたしは2 主の教えを愛しその教えを昼も夜も口ずさむ人。3 その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。詩編1:2,3が与えられての出発です。今年は「聖書にしっかりと聞く」と言う年にしたいと願っています!年末年始は忙しくして更新もままなりませんでした。今年も主にあってよろしくお願いします!
2007.01.02
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今日の早天祈祷会の聖句はすばらしかった!8 あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。9 それは、あなたがたが信仰の実りとして魂の救いを受けているからです。 ペトロの第一の手紙1:8,9 イエス様に会って親しく導いていただいたペトロのは、行くところ行くところで、生前のキリストにあったこともないのに主イエスを愛し、今見なくても信じている人々、しかも「言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれてい」る人々に会ったのですね。その時の驚きと不思議さがにじんでいると感じました。「それは信仰の結果である、魂の救いを受けているからです!」こんな罪深いおろかな者のために十字架にかかられた主イエス様のあがないの業!聖霊様の充満!ハレルヤ最高の聖句を感謝します。今日は関西にいる伝道師をしている息子も早天祈祷会で共に祈れて感謝でしたね!
2006.11.09
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レジメを作りましたので、載せます。聖霊に満たされたクリスチャンとして生きると、涙を流して祈った方もおられました。(少し長すぎかな)《ロマ書研究44》 「キリストの霊に生かされる」 2006.10.4ローマ8:4-11 【 聖書のテキストと概略 】 ロマ書の学びも8章にはいり2回目です。ドイツの敬虔派の代表的人物、シュームペーターは、このように言ったと言います。「ロマ書は聖書の中のダイヤの指輪のようです。そしてロマ書8章はそのダイヤの一番強く輝く最高の箇所です」。何回か言いましたように、ロマ書の第一の主題は、「個人の魂の救い」です。これが1-8章の主題です。概略的に言えば個人の魂の救いは2つに分けられています。1-5章が「信仰義認」です。そして、6-8章が「聖化」という主題になります。6章は「罪からの解放」7章は「律法からの解放」8章は「聖霊による勝利の生涯」という主題です。8章の特徴は「聖霊」と言う言葉が急減に増加することです。8章全体は、以下のように区分できます(松木祐三による)。 1- 4節 救いのみ業 5-11節 肉による生活と霊による生活 12-17節 世継ぎである神の子18-25節 栄光の前の苦難 26-27節 聖霊による助け28-39節 救いの確かさ【メッセージのポイント】1)8:4 それは、肉ではなく霊に従って歩むわたしたちの内に、律法の要求が満たされるためでした。5 肉に従って歩む者は、肉に属することを考え、霊に従って歩む者は、霊に属することを考えます。6 肉の思いは死であり、霊の思いは命と平和であります。(4-6節) ⇒ 肉の思いは死、聖霊の思いは命と平安! 「肉」と言う言葉は、人間の生まれながらの性質を指しています。尾山令二訳では「生まれながらの古い人」と訳されています。「生まれながらの古い人」のままでは歩みは、自己中心で、傲慢で恐ろしい結果を招いてしまいます。その究極は死です。しかし、自分の罪を悔い改めて、神様に立ち返り、洗礼の恵みを受けてクリスチャンになって、聖霊なる神様の導きの中にあるなら、その究極は「命と平安」です。不信仰時代の自分の姿を思い出し、そのみじめな不安と敗北の時代をしっかりと心に収め、救われた後の主にある平安と命を感謝しましょう。2)8:7 なぜなら、肉の思いに従う者は、神に敵対しており、神の律法に従っていないからです。従いえないのです。8 肉の支配下にある者は、神に喜ばれるはずがありません。9 神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。 (7-9節) ⇒ キリストの霊を持たない者は、キリストに属していない!肉の思いに従った古い時代、即ち不信仰時代の自己中心のみじめな罪の生活は、神の律法、神を愛し、人を愛する生活からは程遠いものでした。そのような生活を求めることも忘れ、また、する力もありませんでした。肉の力、古い時代の生活態度、即ち神をも畏れず、人をも愛そうとしないで傲慢に生きた罪の支配下にあったときには当然、神様に喜んでいただけるようなところではありませんでした。心の内側に主イエスキリストを迎え、新しい人生に入っていなければ、キリストに属しているとはいえません、とはっきり語っています。 「キリストの霊を持たない者は、キリストに属していない」と言う言葉は強烈です。キリストの霊は聖霊と言い換えてもいいでしょう。聖霊なる神様を心のうちに迎えて、神の霊の支配に生きることの大切さを強調しています。これは1コリント3章でも、語られています。クリスチャンには二種類のクリスチャンがいる。肉に属するクリスチャンと霊に属するクリスチャンだとパウロ先生は言っています。聖霊に満たされたクリスチャン、即ち、自分の罪を認め、十字架の贖いを信じ、キリストを心に迎え、罪から新しい命に復活し、天国の確信に生きつつ、主の再臨の前に立つ、使徒信条で語られているようなクリスチャンの姿がここに浮き彫りにされます。3)8:10 キリストがあなたがたの内におられるならば、体は罪によって死んでいても、“霊”は義によって命となっています。11 もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。(10,11節)⇒ 聖霊によって死ぬべき身体を生かさせる!パウロはここで、聖霊によってわたしどもは復活の恵みにあずかるということまで語っています。主の復活の命に預かって生きるクリスチャンの生涯は、肉体の復活をも含むのだといいます。「聖霊によって死ぬべき身体をも生かす」のです。ホーリネスの伝統を持つ先輩達は、この聖句を癒しのテキストとして用いました。ABシンプソンの癒しの体験は感動的です。彼は優秀な人物で30代で用いられましたが、後半で燃え尽きてしまって、大きな病気になり、死を待つばかりとなってしまいました。でも彼は癒しの集会で、癒しを体験して、「新生・聖化・神癒・再臨」のメッセージを取り次ぐ器となりました。その時に彼はこの11節を引いたといわれます。癒され復活の命に預かるわたしたちは、この地上においても、魂も肉体も恵みのうちに既に置かれているのです。 わたしどもはまず、自分のすくわれる前のみじめな状況を思い起こしましょう。そして、主イエスを救い主として受け入れる前の自分の罪と死に支配された姿を思い起こしましょう。そのようなわたしどもを主はあわれんで、十字架にかかりわれらの罪を贖いとりくださいました。更にわたしどもの内側に聖霊なる神様を満たして、永遠のみくにへと導いてくださったのです。今日も、われらの家族や友人や求道者の救いを共に祈りる者としていただきましょう。ハレルヤ!【祈り】 主よ、われらを十字架に上であがなってくださったことを感謝いたします。それのみか、聖霊なる神様を地上に遣わし、御聖霊によってわたしどもに勝利を与えてくださいました。どうぞみ言葉のように我らを御霊によって潔め分かち、御霊によって「命と平安をみたし」てください。そして、聖霊によって「キリストへの帰属意識を明確にし」てくださり、聖霊によって「死ぬべき体を生かしてください」。「命の御霊の法則が、罪と死の法則からわたしどもを解放してくださった!」 というように、わたしものの生涯全てを、その豊かな命と勝利の中に歩み行かせてください。主イエスキリストの御名によって祈ります。
2006.10.04
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朝6時からの早天祈祷会でへブライ書10章36節を読みました。「神の御心を行って約束されたものを受けるためには、忍耐が必要なのです」。「約束のものを受けよ!」という聖書の言葉が新鮮でした。聖書の信仰は、かなり具体的に、報酬とか、報いとか、約束された祝福を受けなさい、と言うのがありますね。日本社会への大いなるリバイバル(1000名教会とか日本1000万救霊)のような、神の約束がなるために、御心を行いながら(=信仰と祈りと愛と奉仕)それを喜びつつ担いたいと強く感じました。聖書の言葉はいいですね!
2006.08.03
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わたしは何と言うみじめな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、誰がわたしを救ってくれるでしょうか。ローマ信徒への手紙7:24今日の聖書研究会ではローマ信徒への手紙の学びの第32回目、「パウロの嘆きについて」学びます。強烈な告白ですね・・。今準備中なのですが、あまりに強烈なので、ブログで一息。フーッ!人間の現実を鋭く見つめていますね・・・・。
2006.08.02
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あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。新約聖書1コリント10:13 この言葉はすばらしいですね。昨日、半徹夜祈祷会で共に読んだ聖書の言葉です。その集会である方が言いました。「わたしは今、入院中です。わたしのルームメイトはとても苦しいところを通ってきた方です。家族が自死し、心の傷が癒されず、死にたい、死にたい、といつも言うので、一緒にこの言葉を読んであげたばかりでした。」わたしたちの生涯には「試練」と言われるものがありますね。ある人にとってはこの「試練」が病気であったり、失恋であったり、人間関係のつまずきであったり、この方のように愛する方との死別だったりします。その場に立っていることのできないような、崩れ落ちてしまうような悲痛な体験もあるんですね。でも、ここでは「あなたを襲った試練で耐えられないようなものはなかったと言われる。神は真実で、あなたを耐えられないような試練に遭わせることがないばかりか、試練と共に逃れの道も備えてくださるのだ」、と書いてある言葉に、出席者一同、深い感銘を受け、慰めを受けました。「逃れの道」これはある翻訳では「脱出の道」となっていますが、不思議な解決の道を「真実な神」が備えてくださるのですね。わたしも数年前に、眠れない、精神的な不安定なところを通った時がありました。でも、脱出の道を備えられました。
2006.07.22
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これらの出来事は、わたしたちを戒める前例として起こったのです。 1コリント10章6節聖書の中には3面鏡と言われるものと、4面鑑と言われるものがあります。金曜日の半徹夜祈祷会で1コリントを読んでいますが、先日の箇所は心に響きました。「前例」と訳されている言葉はトゥポスで、それは「跡」を意味します。文語訳はこれを「鑑(かがみ)」と訳しました。旧約の荒野で滅んだ人々は新約の神の民の反面鑑であるというのです。ここでは次の四つが悪の代表としてあげられています。まず偶像礼拝。2つ目は姦淫。3番目はキリストを試みること。これは不信仰を意味するのでしょう。そして4番目は不平、つぶやきのことです。偶像礼拝と姦淫は十戒でも厳しく戒められています。これは滅びを意味するものです。不信仰は、人生を不安定にします。そしてつぶやきは主にある共同体を失望と無気力に陥らせてしまいます。この4つの悪から遠ざかりつつ、信仰の道をしっかり踏みしめてゆきましょう。3面鏡は言うまでもなく、1テサロニケ5章16-18節「いつも喜び、絶えず祈り、全てのこと感謝せよ」です。
2006.07.15
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早天祈祷会で今新約聖書のへブライ書を学んでいます。現在9章です。 今日読んだ箇所は、旧約時代の神の幕屋のところで、至聖所の内容で本当に恵まれました。至聖所は1辺9メートルの立方体でそこには何もないが、金の香壇と純金の神の箱が置かれていた。神の箱の中にはマナの入った金のつぼと芽の出たアロンの杖と十戒の石の板が入っていたという。その箱の蓋のところが贖罪所となっていた。聖書の主題がここにはぎっしり詰まっている。1〉罪の許し。2〉神の臨在。3〉神の言葉。4)神へ祈り。5)真実な信仰、あるいは神の選び。6)神の律法・・・。7〉それも純金でまわりを覆う。わたしども献身と真実の証し・・・・・短い時間の黙想でしたが、天来の恵みに満たされました。
2006.07.06
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日曜日は感謝ですね。今日の話は「新生ーザアカイの場合」と言う話でした。久しぶりにザアカイさんの話で、・・・・10年ぶりぐらいかな・・・感激しました。「今日、あなたの家に泊まりたい」「今日、この家に救いが来た」と「今日、今日」と言う言葉が心に残りましたね。主イエス様をうけいれると、今!きょう!新しい生涯が始まるんですよね!
2006.07.02
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