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久しぶりの書籍の紹介です。わたしの一番お世話になった本の中の一冊。左近淑先生は日本の旧約学会の会長や東京神学大学の学長をされた方。最初に部分で、詩篇研究の歴史が語られています。この部分だけでも詩篇に対する深い理解が与えられることでしょう。クラウスベスターマンの構造主義的な詩篇解釈を高く評価しています。新教出版社から出ています。
2007.03.06
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わたしの書斎に眠れる(?)本の数々を紹介したいと思ってこの項目を設けました。まず第一は「余はいかにしてキリスト信徒となりし乎」です。この本は内村鑑三35歳のときに英文で出版しました。副題は「ある異教徒の回心」となっています。この本は著者が1861年、高崎藩士、内村宜之(よしゆき)の長男として江戸の小石川に生まれたところから、札幌農学校の第二期生として北海道で青年期を送り、そこで北海道の大自然の中に成長し、キリスト教と出会って行くさまが生き生きと記されています。卒業後、北海道開拓使御用掛の官吏となるが、さまざまな霊的な危機に出会い、やがて、キリスト教の真髄を求めて渡米しします。ペンシルバニアの知恵遅れの施設での働き、そこからマサチューセッツのアマスト大学に学びます。貧しい、厳しい大学生活の中で、ついにシーリー総長の助言の中で十字架の贖いの信仰に達します。その時は1896年(明治19年26歳)3月8日。彼は全身全霊を持ってこの十字架のキリストの贖いに答えてゆく信仰の決意をします。アマスト大学卒業後、彼は一時ハートフォード神学校に学びますが、神学校生活になじめず、また、不眠に悩まされて、ついに帰国するに至りました。家族のものに帰りつくところまででこの書は閉じられます。 この書物には、明治期の青年の姿、いや、江戸時代の武士が、キリスト教世界に接し、さまざまな疑問や問題とぶつかりながら、苦悩の結果、十字架の贖いと言う救いの核心に触れ、「キリストと世界と日本のために」歩み始める原点が、するどく、ユーモアをもって描かれています。
2007.01.29
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