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台湾の2.28事件に寄せて 以前から台湾の友人と話しながら考えていましたが、朝鮮戦争前夜の、済州4.3事件と今日記念日の台湾での2.28事件が色んな面で類似点があると思っています。2.28事件出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E3%83%BB%E4%BA%8C%E5%85%AB%E4%BA%8B%E4%BB%B6--- 白色テロ --- 白色テロとは、毛沢東の共産党による「赤色テロ」に対して、蒋介石の国民党によるテロを指す。第二次大戦後、毛沢東に追われた蒋介石軍200万人以上が台湾に流入。この、いわゆる「外省人」たちは、傍若無人な振る舞いを繰り返した。 これに対し、ついに1947年2月28日、「本省人」たちの怒りが爆発。台湾全土にまたがる衝突に発展し、蒋介石はこれを武力により鎮圧した。これが228事件と言われるもので、1万とも2万ともいわれる犠牲者が出た。当時、「本省人」の人口は約450万人であったから、殺された人が2万人とすると、約0.5%。現在の日本で同じ比率だと約50万人。それ程大きな大弾圧事件であった。 228事件後も、「外省人」率いる国民党は徹底した政治的迫害「白色テロ」を続け、事件後に布かれた戒厳令は38年間も継続した。この「白色テロ」を通じて、特に親日の知識階級は徹底して抹殺された。台湾の人々はこのような苦難と悲しみを乗り越えて今日の繁栄を築いてきた。 また、かっての親日派の指導層は殆ど抹殺されてしまったにも拘わらず、多くの方々は親日の感情を抱かれている。この方々に日本政府は何をもって報いるというのか。台湾の声より、 投稿【2.28事件に寄せて】 近藤 明理 先日の東京マラソンのとき、台湾選手を応援するために飯田橋の沿道に立った。そのとき、三万人という数を実感した。幅広い道路を埋め尽くして、人々が続々と走りぬけるのに一時間二十分ほどかかった。 二二八事件のとき、それと同じだけの罪もない台湾人を蒋介石軍は情け容赦なく惨殺したのだ。その残虐さは想像を超えている。 わたしの伯父、王育霖も突然、連行されたまま帰ってこなかった。検察官として中国人の汚職を取り締まったのが殺された理由だったと推察されている。台湾の将来を担って立つべき気概と実力のある青年達の層が台湾からごっそり無くなったのだ。 二二八事件は決して忘れてはならない事件である。なぜなら、その事件の原因も結果もいまだに解決していないからだ。 六十年前、異民族の支配からの脱却を願い、自らの自治を求めた台湾人の願いは、李登輝、陳水扁という台湾出身の総統を民主的に選出したことで半分は達せられたが、いまだに当時の中華民国憲法の下にある。新しい台湾の憲法を作らなければ、台湾人の国とは言えない。 さらに、「中国と統一したい」と考えているような政治家を選ぶ民衆がいまだにいるということは、二二八事件とその後の長期間の政府によるテロや言論統制の結果が台湾にまだ残っていることを示している。台湾はまだ中華民国の呪縛の中にある。台湾という「国のあり方」を考えるためにも、二二八事件は決して忘れてはならないと思う。国民新聞140962 「先住民族、本省人、外省人」文化、民族性に優劣はない フリー記者・山田智美 「君は先住民族なのだから、本当の台湾人だね」 と、最近、台湾へ移り住んで来たオーストラリア人に尋ねられたタイヤル族の友は、少しとまどっていたが「僕達は原住民で、台湾人というのは平地人のことです」と答えた。 オーストラリア人は意外そうな表情を見せた。彼の解釈では、原住民はさしずめネイティブ・タイワニーズ、平地人はハン・タイワニーズとでも分けられるのだろうと想像していたからだ。 原住民にとって「台湾人」といったら平地に住むbinびん(門+虫)南系の本省人を指す。日本統治時代、日本人がbin南系の平地人のことを台湾人(客家人を含むこともある)、客家はっか系の平地人のことを客家人、原住民のことを高砂族と区別して呼んでいたことの名残りでもある。俗に台湾語というのはbin南語を指す。 日本で一般的に知られている事情は、本省人と外省人との政治的な対立という構図だが、こちらで生活していると、台湾における対立の構図はもっと深いことが分かる。対立という言葉が強すぎるならば、無関心から来る互いへの無理解と偏見という言葉に置き換えられる。【Page 補足】 --- 本省人と外省人 --- 本省人とは、中華民国政府の移転以前から台湾に住んでいた人々。 台湾人口の80%~90%。外省人とは、中華民国政府が台湾に移転してから台湾に移住してきた国民党関係者や資本家などで、政治・経済などを独占してきた。台湾人口の10%から20%。原住民は平地人のことをあまり信用していない。自分達を騙しバカにしていると思っている。アミ族やブヌン族等は平地人のことを「パイラン」と呼ぶ。パイランとは台湾語で「悪い人間」という意味である。平地人は原住民のことを台湾語で「ホワナー」(蕃人の意味)と呼び、民度の後れた人達だと思っている。原住民は酒好き、というのも良くないイメージをもたらしている。 bin南系と客家系の本省人の間にも溝がある。客家系は圧倒的多数のbin南系に良い土地をとられて山間に追われ、苦しい開墾の歴史を辿ってきた。bin南系からはその質素勤勉の生活態度を「ケチ」と蔑まれてきた。 こうした対立は残念ながら、未だに続いている。お互い面と向かって表に出すことはないが、観念やイメージの中に根強くある。果たして民族性の優劣とは存在するものだろうか。それぞれが別々の祖先の歴史を持ち、独特の文化を持っているだけである。 台東に住む原住民、プユマ族の村で地元の友人とバイクを走らせていた。友人はある小さな商店でバイクを停め、「外省人~、買い物に来たわよ」と大声で店の中に声をかけた。面と向かって外省人なんて言うなんてと驚いたが、タブーを自然なこととして受け入れている大らかさがそこにあった。 外省人も第二世代、三世代となり、本省人との混血も進んでいる。白色テロで肉親が犠牲になったある本省人の家では、子供は絶対に外省人とは結婚させないと決めていたが、今では外省人の嫁や婿が家族の一員になっている。 台湾の人々はタブーの中に生きている。そのタブーを、対立ではなく共存というかたちで生きていって欲しいと願う。
2007.02.28
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ユダヤ人の生活規範:「タルムード」の教え ユダヤ人の生活規範:「タルムード」の教え janjan-blogより転載教育改革はユダヤ「タルムード」の教えを手本に 教育基本法改正案が先の臨時国会で可決・成立し、ノーベル賞学者の野依氏を座長とした教育再生会議などは今後、果たしていじめや学力低下問題などに有効な手立てを見出せるのだろうか。 ところでユダヤ人は世界人口の0.25%だが、ノーベル賞受賞者700人のうちユダヤ人はなんと20%を占めている。(日本人は世界人口の2%で受賞者は0.2% / なお【ユダヤ人とは、ユダヤ教を信仰する者(宗教集団)、もしくはユダヤ人を親にもつ者(民族集団)という2つの捉え方がある。中世以前は前者の捉え方がなされていたが、19世紀の国民国家出現以降は後者の捉え方が優勢である】(ウィキペディア)) また旧くは、キリストやマルクス、ハイネ、アインシュタイン、オッペンハイマー、チャプリン、近年ではキッシンジャー、スピルバーグなど独創的人材を多数輩出してきた。なぜユダヤ人はこのように優秀なのか。実はユダヤ人の生活規範「タルムード」の教えに、その秘密が隠されていると言われている。それは次の様なものだ。 1)笑いなさい、 2)他人とは違うものを発見せよ、 3)権威を憎み、権威になるべからず、 4)逆境こそチャンスと考えよ、 5)カネより時間を大切にせよ、 6)まずは元手がいらないことから始める、 7)相手の話は自分の話の2倍聞け、 8)生涯にわたって学び続けよ 9)カネは奪われるが知識は奪われない、 10)知識より知恵を重視せよ。 このようにユダヤ人は2000年前から教育を重視し「異教徒の迫害を受けても金は盗られるが教育は生きている限り誰も奪えない」と考えている。子供の頃からこんな躾がされているユダヤ人が優秀なのはナットクだ。日本の政治家や役所、教育者らもユダヤ人のように「人を育てるのに何が重要か」といった、本質に迫る教育を検討して欲しいものだ。 (妹尾晶夫)
2007.02.26
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世界の街角から MYCOMより第3回ソウルでのある会合 =河内孝 2007/2/26= ソウルの街をさっそうと歩く女性達は、訪れる度に美しくなる。もともと日本人よりスタイルが良い。加えてファッションとお化粧には惜しまずに投資する。この数年はそれに、「ブランド志向」が加わった。ただこのところのウオン高、円安でレートは1円70ウオン台。私達は長い間、1円100ウオンに慣れていたから財布が三割がた薄くなった感じだ。これは日本人旅行者にとって有難くない。そのソウルで昨年暮れ面白い会合を持った。「一週間後に中国共産党の幹部が休暇でソウルに行く。ついては是非、韓国野党ハンナラ党の幹部を紹介して欲しい」と言う話が飛び込んできたのだ。「野党の外交責任者」という注文に関心を引かれた。中国も支持率が10%以下に落ち込んだノムヒョン政権の状態を見て、今年暮れの大統領選挙をにらみ政権交代の可能性を感じているのだろう。そのときどのような変化が韓国外交政策に起こるのか、を瀬踏みしたいのだろう、と思った。旧友に頼み、ハンナラ党党首のパククネさん(朴元大統領の令嬢)の側近の一人を紹介してもらった。偶然ながら、我々の会合の二日後、パククネ党首が北京を訪れる予定であることは、ソウルに入ってから知った。お互い都合の良いタイミングだったようで感謝されたのは、面映かった。零下4度に冷え込みキムチチゲが旨くなる一夜、会合の場所は、ぐっとくだけた「全羅道郷土料理屋」を選んだ。毎日新聞が提携している朝鮮日報幹部が良く使うソウル市内の「高級居酒屋」で、上海出身の幹部は焼肉より海鮮料理を好むと思ったからだ。こういう時にいつも思い知らされるのだが、中国人も韓国人も、「個人的な意見」と断りつつも率直に思いもたけをぶちまける。日本人は、えてして、「そちら様のご意見は?」とやってしまう。これでは相手が、「なんだ、お前は自分の考えはないのか」と馬鹿にして自分の言い分を長々と開陳するのを聞かされる羽目となる。同様に、欧米を含めて日本からの賓客に会った外国指導者がいつも漏らす不満の一つは、「役人の書いた作文を長々と読むなら役人と話した方がよい。時間の無駄になる」という点だ。のっけから焼酎をがぶがぶやったこの席では、そんな心配は全くなかった。ハンナラ党の幹部がこう口火を切った。「中国が(北朝鮮が崩壊して)資本主義国と国境を接する事態を避けたいという気持ちは分かる。だから我々が政権を取ったら、仮に金正日体制が崩壊しても共産主義北朝鮮と平和共存する。見通しうる将来まで共産主義北朝鮮の存在を認める」。率直な発言に中国共産党幹部は、驚きを隠せないようだった。しかしこの段階では本音を見せない。「北朝鮮は独立国であり、われわれの友好国である。国の将来について内政干渉するつもりはない」。私は意地悪くこう言った。「私から見れば今の状態は中国にとって決して悪くないのではないか。北を説得できるのは中国だけだ。6カ国協議のお座敷を提供できるのも中国だけだ。"核実験を怒っている"などと伝えられているが本当はまんざらでもないのでは」。これには共産党幹部が本音で反発した。「我々が持っている北への影響力がさほど強くないことを認めるのは、あまり嬉しくはないのだ。状況をもて遊ぶなどとんでもないことだ」。そして興味深いエピソードを紹介してくれた。一昨年、金正日が中国政府の勧めで上海を訪れたとき、北朝鮮側は、「100%の安全保障」を求めたと言うのだ。あまりくどいので、「中国に滞在する限り120%の安全を保証する。しかし我々の領域外のことは責任を持てない」と答えたらやっと来た、と笑った。彼はその先のことは言わなかったが同席した全員が中国の帰途、特別列車が北朝鮮内に入った直後、なぞの大爆発事故があったことを知っていた。彼は、このエピソードを紹介することで何が言いたかったのだろうか。推理(1) 金正日と軍部の関係が必ずしも良くない(あんな火薬量を調達して爆破させられるのは軍しかない)ことを示唆した。推理(2) 中国もいつでも「事故を起こすぐらいのことは出来る」ことを示唆した。本音は見えない。しかし、私はこの話を聞いた瞬間、満州事件の遠因となったとなった日本軍部による列車爆破、張作霖事件を思い出した。彼らは少なくともあの当時と同じような緊張感のなかで様々な駆け引きを続けているのだ。ひるがえって日本。拉致問題の非人道性を訴えるのは当然だ。しかし、これが進まないと核も何も話し合わない、という安倍政権のスタンスは、こうしたしたたかな連中には通じないだろうな、と思った。ちなみに韓国の友人のアドバイスは、「三方一両損」だった。米国は、「ならず者扱い」を控え話し合いに入る(入ったようだ)。韓国は北に過剰な期待を持たせる太陽政策を改める。そして日本は、拉致問題の解決を主張しながらも核問題などについも話しあう姿勢を見せる。これは、今の世論の雰囲気では不可能だろうか。
2007.02.26
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東アジア2000年の歴史地図 日本・韓国・北朝鮮・中国の関係を考える上で、ある程度の歴史の知識があれば、今起こっている問題がわかりやすくなることがあります。 東アジア2000年の歴史地図のソフトがあります。日本・中国・朝鮮半島にどのような国があったのかが一目で判る便利なソフトです。このソフトのおもしろいところは、国の盛衰がアニメで表示されるところです。時代によって国が広くなったり狭くなったりする様子がわかります。 Vectorで無料配布されています。 歴史地図2000 2.0http://www.vector.co.jp/soft/win95/edu/se372457.html たとえば、韓国と中国の間で問題となっている「高句麗問題」がなぜ起こるのかが、このソフトでわかるのでないでしょうか。日本の弥生時代に存在した高句麗は現在の中国・北朝鮮・韓国にまたがる国家であったことが、このソフトでわかります。
2007.02.25
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韓国映画の輸出が急減した。 韓流映画、海外で「寒流」 中央日報 2007/01/19 2005年7599万ドルだった韓国映画の海外輸出規模は昨年2451万ドルで、およそ68%も減った。前年度の3分の1にも達していない。 映画振興委員会(以下映振委)が18日、こうした内容の「2006年韓国映画産業決算」資料を発表した。これによると昨年の韓国映画輸出本数は208作品。2005年の202作品に比べ大きな違いはない。 問題は輸出単価だった。1編当たりの輸出価格が2005年は37万6000ドルだが、昨年は11万7000ドルに落ち込んだ。タイを除いたすべての国で輸出額が減った。特に日本への輸出が82.2%の減少率を記録した。これはこれまで日本で公開された韓国映画が続々興行に失敗しており、ある低度予測されたことだ。 映振委は「韓流スターたちのチケットパワーに対する期待感とこれによる高価輸出、両国取引の慣行の違いから発生する対立、公開規模と上映方法の合理性などがこれまで公に挙論されてきた問題」と指摘している。 一方、国内市場で韓国映画のシェアは上がった。ソウル地域基準で60.3%に達した。映振委が統計を出し始めた1999年以来、最高値だ。韓国映画制作本数も大きく増えた。2006年に作られた韓国映画は計110本。前年より26.4%も増えた。このうち108本が公開された。これら映画の1本当たりの制作費は40.2億ウォン。このうち制作費10億ウォン未満の低予算映画を除いた商業映画(83編)の平均制作費は51.1億ウォンと集計された。2005年の48.8億ウォンより4.7%(2.3億ウォン)増加している。 李后男(イ・フナム)記者
2007.02.24
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日本の戦争責任資料センター 御中 AML ml転載 上田知事の歴史認識を問う県民連絡会 石垣敏夫 日本軍「慰安婦」問題に関する声明 日本の戦争責任資料センター jwrc@mua.biglobe.ne.jp 03-3204-7477(発信 楠)日本の戦争責任資料センター事務局です。 日本の戦争責任資料センター(荒井信一・茨城大学名誉教授ら)は23日、 日本軍「慰安婦」問題に関して、今日の研究水準と歴史的な事実を踏まえて 問題の解決に資する行動をとるよう呼びかけた声明を発表しました。 日本軍「慰安婦」問題については、米国下院や韓国国会で日本政府に公式 謝罪を求める決議案が提出され、審議が行なわれている最中で、日本の国会 においても質疑が交わされ、日本政府および与党関係者による米国議会へ働 きかけがなされています。 日本軍「慰安婦」問題に関する声明 現在、アメリカ議会下院において、日本軍「慰安婦」問題に関する決議案 (H.Res.121)の審議が行なわれている。これに関連し日本国内で、麻生太郎外務大臣をはじめ政府・自民党の関係者から、日本軍「慰安婦」問題に関する基本的な事実を否認しようとする発言が続いている。また、これまで日本政府が、1ヵ月当たり6万ドルもの巨費でロビイストを雇い、日本軍「慰安婦」決議をめぐるアメリカ議会の審議に影響を与えようとしてきた事実なども、各種報道機関によって伝えられてきた。 こうした事態を放置しておくと、歴史的事実が歪曲されるだけでなく、日本社会の国際的な信用を大きく失墜させることになりかねない。決議案の提案議員たちが強調するのも、決議の採択が日米関係の強固な結びつきをそこなうどころか、むしろ日本軍「慰安婦」決議による「慰安婦」問題の解決促進が、東アジアの平和にとってよい影響をおよぼすだろうという期待である。 上記のような日本政府・与党の動きを憂慮し、私たちは、すでに明らかになっている以下の事実を改めて確認し、日本政府および関係者が適切な行動をとるよう要請する。1,日本軍「慰安婦」制度に関する旧陸海軍や政府関係資料は、すでに数多く開示されている。これら資料によればこの制度は、旧日本陸海軍が自らの必要のために創設したものであり、慰安所の開設、建物の提供、使用規則・料金などを軍が決定・施行し、運営においても軍が監督・統制した。個々の「慰安婦」について、軍はその状況をよく把握していた。2,「従軍慰安婦」という言葉が当時なかったという理由で、「慰安婦」の存在自体を否定しようとする議論がなされている。しかし当時の軍の文書においても慰安婦」「軍慰安所従業婦」「軍慰安所」などの言葉が使われていた。従って、日本軍部隊のために設置された慰安所に拘束された女性を、「従軍慰安婦」あるいは日本軍「慰安婦」という言葉で表すことは、「慰安婦」という用語自体のもつ問題性を別にすれば、何ら問題ではない。3,日本軍「慰安婦」とされた女性たちのうち、当時日本の植民地であった朝鮮・台湾の女性たちは、売買され、だまされたりなどして国外へ連れていかれ、慰安所で本人の意思に反して使役された。これは、人身売買や誘拐罪、また当時の刑法でも国外誘拐罪・国外移送罪と呼ばれる犯罪に該当した。その実行は、主として植民地の総督府または軍の選定した業者などが直接行なったが、占領地で慰安所を設置した軍も、人身売買や誘拐などの事実を知っていたと考えられる。4,日本軍「慰安婦」とされた女性たちのうち、中国・東南アジア・太平洋地域の女性たち(インドネシアで抑留されたオランダ人女性を含む)は、人身売買だけでなく、地域の有力者から人身御供として提供され、あるいは日本軍や日本軍支配下の官憲によって拉致されて慰安所に入れられるケースもあり、本人の意思に反して強制使役された。慰安所を設置した占領地の軍が、これらの事実を知らなかったとは考えられない。5,日本軍「慰安婦」とされた女性たちの中には、相当高い比率で未成年の少女たちがいた。未成年の少女の場合、慰安所での使役は強制でなく本人の自由意志による、と主張することは、当時日本が加盟していた婦人・児童の売買禁止に関する国際諸条約に照らしても、困難である。6,戦前の日本にあった公娼制度が、人身売買と自由拘束を内容とする性奴隷制であったことは、研究上広く認識されている。公娼とされた女性たちに居住の自由はなかった。廃業の自由と外出の自由は法令上認められていたが、その事実は当人に知らされず、また行使しようとしても妨害を受けた。裁判を起すことができた場合も、前借金を返さなければならないという判決を受けて廃業できず、その苦界から脱出することができなかった。7,日本軍「慰安婦」制度は、居住の自由はもちろん、廃業の自由や外出の自由すら女性たちに認めておらず、慰安所での使役を拒否する自由をまったく認めていなかった。故郷から遠く離れた占領地に連れて行かれたケースでは、交通路はすべて軍が管理しており、逃亡することは不可能だった。公娼制度を事実上の性奴隷制度とすれば、日本軍「慰安婦」制度は、より徹底した、露骨な性奴隷制度であった。8,被害女性たちへの「強制」の問題を、官憲による暴力的「拉致」のみに限定し、強制はなかったという主張もみられるが、これは人身売買や「だまし」による国外誘拐罪、国外移送罪など刑法上の犯罪を不問に付し、業者の行為や女性たちの移送が軍あるいは警察の統制下にあったという事実を見ようとしない、視野狭窄の議論である。なお、慰安所でのいたましい生活の中で、自殺に追い込まれたり、心中を強要されたり、病気に罹患したり、戦火に巻き込まれるなどして死亡した女性たちが少なくなかったことも指摘しておきたい。9,日本政府は、日本軍「慰安婦」問題についてすでに謝罪していると弁明している。たしかに「アジア女性基金」を受け取る元「慰安婦」の方々に、その時々の総理大臣が署名し、「心からおわびと反省の気持ちを申し上げます」と記した手紙が渡された。しかし、この手紙は、法的責任と賠償責任を否認した上で、「道義的な責任」しか認めていない。日本政府の用語法で「道義的な責任」とは、法的責任への否認を暗に含んだ軽い責任を意味する。いったん「内閣総理大臣の手紙」を受け取ったのち、表面的な謝罪にすぎないことに気づき、元「慰安婦」が日本大使館に手紙を突き返した事例も報告されている。10,上記「内閣総理大臣の手紙」は、「おわびと反省の気持ちを踏まえ、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝える」とも記している。しかし、かつて中学校歴史教科書のすべてに記載されていた日本軍「慰安婦」の記述は、現行の教科書からすべてなくなった。当時の文部科学大臣はこれをみて、教科書から「慰安婦」の記述が「減ってきたのは本当によかった」と述べた。また安倍晋三首相をはじめ現在の政府・自民党の要職についている少なくない政治家が、当時、歴史教科書から日本軍「慰安婦」の記述を削除させ、あるいはそうした記述のある教科書を学校で使わないようにさせる活動をおこなってきたことは周知の事実である。日本政府は、「内閣総理大臣の手紙」で表明した約束さえ履行していないのである。 私たちは、上記の事項が正しく認識され、日本軍「慰安婦」問題が根本的に解決されることを強く願うものである。 2007年2月23日日本の戦争責任資料センター 共同代表 荒井信一(茨城大学名誉教授) 吉見義明(中央大学教授) 藍谷邦雄(弁護士) 川田文子(文筆家) 事務局長 上杉 聰(関西大学講師) 編集長 吉田 裕(一橋大学教授) 研究事務局長 林 博史(関東学院大学教授) <転載をお願いします>
2007.02.24
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判決! 2・23京都地裁 在日韓国・朝鮮人高齢者年金訴訟判決 (続報) http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/46807292.html 不当判決!! 2・23京都地裁 在日韓国・朝鮮人高齢者年金訴訟判決 (続報) 本日午前10時、京都地方裁判所101大法廷で在日無年金高齢者裁判の判決言渡しがありました。弁護団は30分の時間枠を要請していましたが、結果は「原告らの請求をいずれも棄却する 訴訟費用は原告らの負担とする 」 という主文のみのまさしく「秒殺」の判決でした。傍聴席が満席となり裁判所の門前で待機していましたが、すぐに「不当判決」の垂れ幕を掲げた事務局メンバーが出てきました。正直いって一切期待していなかったつもりでしたが、悔しさと情けなさに涙が出てきました。戦前・戦中と「日本人」として義務を課しておいて、戦後は「日本人」ではないと一方的に放り出し、さんざん辛酸をなめさせて補償もせず、人並みの老後を保障もせず、死ぬまで働けというのか。今目の前にある現実を救済する術はいくらでもあるだろうにと。判決後の報告集会で80歳~87歳の原告は、命のある限りとことん戦い抜くと口々におっしゃいました。本当に命をかけた闘いであり時間との競争です。早速明日から控訴に向けた準備にはいります。多くのみなさんのお力添えをお願いします。判決全文はA4版42ページに及び、アップには時間がかかりますのでご了承ください。判決の内容を事務局メンバーがまとめたものを以下に貼り付けます。(転送・転載可)山下寛裁判長・衣斐瑞穂裁判官・脇村真治裁判官には「判決要旨」もご準備いただけませんでした。在日韓国・朝鮮人高齢者の年金訴訟第一審(京都地裁)判決要旨 2007年2月23日 京都地方裁判所第2民事部原告らの請求をいずれも棄却する訴訟費用は原告らの負担とする■ 国際人権規約に違反していないA規約は、自動執行力は持たない。裁判規範性もない。 ・・・平成元年3月2日最高裁判決 「政治的責任の宣明にすぎない」B規約は、自動執行力はある。裁判規範性もある。国籍も26条の「他の地位」にあたるから、国籍を理由とする差別は許されない。 ただし、差異を全てなくして全て同じに扱うことを求めているのではなく、異なる扱いも一定の限度で許容している。 そして、社会保障制度については 立法府に裁量権がある。 外国人については、社会保障の責任はまず、その者らの本国にある。 だから、『限られた財源の下で福祉的給付を行なうに際し、在留外国人に比して日本国民を優先的に取り扱うことを立法府の裁量の範囲内として許容していると解される』(『』は原文通り) 在日韓国・朝鮮人の歴史的経緯・ 社会保障は社会構成員に対して実施されるべき面はあるが、それがすぐに在留外国人も日本国民と同一の社会保障を受ける権利を有していることにはならない。・ 在日韓国・朝鮮人が本国から何の救済も受けていないとしても、それがすぐに日本が在日韓国・朝鮮人に対して日本国民と同一の社会保障を与える法的義務があるという根拠にならない。・ 在日韓国・朝鮮人が日本国籍を喪失したこと自体が無効とは言えないから、日本国民と同一の社会保障を与える法的義務があるという根拠にならない。・ また、税金を払っているとしても、そのことが日本国民と同一の社会保障を与える法的義務にはならない。・ 昭和60年改正まで国民年金から除外され、任意加入もできなかったとしても、それがすぐに日本国民と同一の社会保障を与える根拠にはならない。 経過措置を作るか作らないかは裁量の範囲内。・ 国籍条項は国際人権規約、憲法に違反していないから、それを是正する必要はない。・ 難民条約批准にあわせた改正であり、在日外国人に経過措置を作らなかったとしても、立法裁量からの逸脱ではない。・ 『在留外国人に比して日本国民を優先的に取り扱うことは締約国の裁量事項』だから、日本国民には経過措置を作り、在日外国人には経過措置を作らないのも、同じ裁量の範囲内。 故に国際人権規約には違反しない。■ 憲法に違反しない憲法の基本的人権の保障は、日本国民だけではなく、在留外国人にも及ぶもの。それは14条(平等原則)も同じ。ただし、14条は「絶対的平等」ではなく、『合理的理由のない差別を禁止する趣旨のもの』であり、合理的根拠に基づく区別は許される。国民年金は一部国庫負担であるから、立法府が広範な裁量権をもっている。外国人の社会保障の責任はまずその本国にあるから、『その限られた財源の下で福祉的給付を行なうにあたり、日本国民を在留外国人より優先的に扱うことも許される』故に外国人を除外したことは憲法に違反しない。経過措置を作らなかったことも同じ理由で違反にならない。■ 国際慣習法に違反しない世界人権宣言は国連の考えを表明したものに過ぎず、法的拘束力を持つものではない。故に国籍条項が国際人権宣言に違反すると言えない。■ 国家賠償法に違反しない国籍条項も、経過措置を作らなかったことも、国際人権規約にも憲法にも違反していないから、立法不作為にもならない。在日韓国・朝鮮人高齢者の年金訴訟を支える会京都市南区東九条北松ノ木町12NPO法人 京都コリアン生活センター エルファ内TEL 075-693-2550 FAX 075-693-2555http://zainichi-nenkin.hp.infoseek.co.jp/
2007.02.23
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まったけ日記227ー日韓両国の都合で絶滅した『ニホンアシカ』ー ニホンアシカは、日本沿岸で繁殖する唯一のアシカ科動物であり、アザラシやトド、オットセイのように冬に回遊してくるのではなく年間を通じて生息していた。 太平洋側では九州沿岸から北海道やクリル列島、カムチャートカ半島まで、日本海(=東海、以下は日本海とする)側では韓半島沿岸から南サハリンまで生息し、特に日本海側に多かった。日本列島沿岸や周辺の島々で繁殖、特に伊豆諸島や日本海の竹島(=韓国名・独島、以下は竹島とする)が主要な繁殖地であった。かつては日本全国に分布しその痕跡は、アシカ島や岩、根(又はトド)等という地名として残っており、三浦半島や伊豆半島、御前崎にも地名が見える。 伊豆諸島の新島郷土館にはアシカを捕獲する鉄製の銛(モリ)が残されている。 【絶滅の経過】 少なくとも1900年ごろまでは、東京湾や相模湾沿岸にも姿を現していたと考えられるが、それ以後は、急速に衰退した。 なお、ニホンアシカは現在、環境省のレッドリストでは絶滅危惧IA類となっている。 これは、現在においてニホンアシカの生存が確認されているということではなく、最終目撃例から50年が経過していないことによる。ニホンアシカ絶滅への道【太平洋沿岸のニホンアシカ】 1720年頃から以降、冬の滞在期間中に浦賀奉行所(現 神奈川県横須賀市)の役人によるニホンアシカ狩りが約100年以上に渡って行われたが、捕獲量は不明である。 明治以降は、漁業技術の発達によってニホンアシカが網を破るなどの被害が出始めてから駆除が始められた。 明治中期頃から、既にニホンアシカを東京湾周辺で見られなくなり、1909年の記録にでは、既にアシカの住んでいる形跡がなくなった。 明治後期には、銚子以南から伊豆諸島までは絶滅した。【竹島のニホンアシカ】 日本海の竹島にも多数のニホンアシカが生息していたが、1900年頃より本格的なニホンアシカ猟が始まった。1940年代までに約16,500頭のアシカが捕獲されたという記録が残っている。 1950年代中期までは、近隣の韓国漁民によって毎年10頭ほどのニホンアシカを食用や油をとるために捕獲されていた。 1958年には、最後の繁殖地となる竹島周辺に200から500頭が生存すると報告されたが、その竹島が最後の繁殖地となり、1972年まで繁殖が確認されている。1975年に竹島で見られたのが最後の目撃例となる。 以後、生息の情報は得られておらず、竹島のニホンアシカの絶滅はほぼ確実と思われる。 竹島を実効支配してきた大韓民国によって保護がとられなかったことが最終的原因として絶滅につながったものと考えられる。 衰退・絶滅の原因は前述の通り、鯨の様に魚を捕食する為に駆除された事と乱獲が日本各地に生息していた個体群を絶滅に追いやり、竹島にのみ棲息している事が明らかになった時点においても、特別な保護政策が取られるどころか乱獲が続いて激減していたところに、更に竹島周辺の韓国軍や米軍の演習による環境破壊が影響していると思われる。 1895年ごろから、竹島では隠岐諸島の漁民によって、皮と脂を採るために、アシカが捕えられていた。このアシカ猟は、1900年代初頭から本格的に行われるようになり、平均して年に1,300から400頭が獲られた。その後、個体数の減少とともに捕獲数も減少し、1935年ごろには年間20から50頭まで落ち込んだことから、やがてアシカ猟は行われなくなった。ただし、小さな規模では、1958年まで捕獲が行われていたという。【出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』】竹島のニホンアシカは日本人が乱獲し、韓国政府が保護政策を行わなかった!近代日韓両国のニンゲンの都合で絶滅させられたのだ! 但し、ニホンアシカは、ニホンオオカミと同様に未だに生存説が消えない。 理由は韓半島北部や千島列島やロシア領カムチャツカやサハリン島南部など生存している可能性が高い地域の詳しい調査をしていないからである。再発見を祈念してやまない。今日の独り言 北朝鮮でアムールトラが再発見されたとのこと w(☆o◎)w 参考サイトhttp://www.biodic.go.jp/rdb_fts/rdb_fts_frm.htmlhttp://www.geocities.jp/zetumetu2005/soro-nihonasika.htmお時間がありましたら…。まったけ日記58ー絶滅危惧種・その名も「キョウトゴキブリ」ーhttp://blogs.yahoo.co.jp/f4_ttm/2480620.htmlまったけ日記136―メダカ再発見 in 亀岡ー http://blogs.yahoo.co.jp/f4_ttm/18942584.htmlまったけ日記142ーアユモドキを知っていますか? http://blogs.yahoo.co.jp/f4_ttm/19543782.htmlまったけ日記150ーアユモドキの棲む水田生態系の調査ーhttp://blogs.yahoo.co.jp/f4_ttm/20743611.htmlまったけ日記151ーオニバスの花が咲く池ーhttp://blogs.yahoo.co.jp/f4_ttm/20810725.htmlまったけ日記162ー京都府レッドデータブック「キョウトゴキブリ」ーhttp://blogs.yahoo.co.jp/f4_ttm/21618958.htmlまったけ日記226ーホオジロザメの天敵は人間!ー http://blogs.yahoo.co.jp/f4_ttm/28266349.html京都亀岡国際秘宝館・本館 http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html 転載元: 『京都亀岡国際秘宝館』館長のまったけ日記
2007.02.22
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キンチを考えた朝鮮半島。キムチを世界ブランドにした日本 キムチは、主原料である塩漬白菜に様々な薬味(粉唐辛子、にんにく、しょうが、ねぎ、大根など)を混合して漬け込み、製品の保存性と熟成度を確保するため低温で乳酸を生成させ発酵させた製品です。 人類は農耕生活を始めたときから主食となった穀物の栄養バランスを補うため、ビタミンとミネラルが豊富な野菜を食べるようになりましたが、野菜の生産が難しい寒い冬にも利用できる塩蔵という貯蔵方法が自然発生的に開発されました。韓国には7世紀から塩蔵に始まる、長いキムチの歴史があります。 【Korean Traditional KIMCHI写真連載】
2007.02.21
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英国人から見た韓国 「文化になじむのは苦労したが……」 自己中心主義が少ない生き方 英国人から見た韓国 「文化になじむのは苦労したが……」 こういう光景は、韓国ではよく見かける(写真はイメージ、ロイター) 私が英国にいたころ、地理上で想像できるのは、東はロシアまで。バイカル湖のすぐ手前で止まっていた。中国は物語に出てくる場所で、韓国と言えば地図で見つけられないほどだった。なので、ソウルで暮らすことになるとはまったく思っていなかった。私にとって外国旅行と言えば、イタリアやフランス、スペインに行くことであり、世界の反対側にではなかった。 2005年8月に韓国へ到着したとき、私は観光客の中でも、特に「やる気のない」訪問者の1人だったかもしれない。しかし、私には来なくてはならない理由があった。それは私のパートナーが韓国人だからだ。本当はパリやマドリードに行きたかったが、ボーイフレンドに会わないなんて、考えられないことだったのだ。 当初の予定では1年間の滞在で、それ以上は長くならないはずだった。しかし、ボーイフレンドの故郷が好きになってしまい、もっと長くいたくなった(こういうケースはよくあることだが)。 個人的なもしくは仕事などの理由で外国に住むようになった場合、その文化そのものへの興味、あるいは「旅行したい気持ち」が盛り上がってやってきた場合に比べて、適応がやや難しいのではないだろうか。 私は韓国の歴史や韓国語に興味を持ってソウルにやってきた、若い米国人たちが書いたブログを読んだ。同じ思いを持つことができなかった。その代わり、強いホームシックになってしまった。雨と泥にまみれた、英国の田舎道について考えてばかりいた。 英国にいたころ、私は「韓国の生活に絶対に適応できないよ。韓国での暮らしはあなたには異質すぎる」と言われていた。私もそう思ったが、かつては奇妙で受け入れられないと思ったことが、今では心地よく、なじみあるものに思える。個人主義でプライバシーが重要視される英国と比べて、韓国ではグループとしての幸せがはるかに大きな重要性を持つ。 韓国では、結婚式や葬式、自分の子供たちの誕生パーティーに職場の全同僚を呼ぶことは、ごく当たり前のことだ。韓国の結婚式では、花嫁や花婿の上司が、カップルが誓いを立てる直前、短いスピーチをするのが珍しくはない。英国人からすると、非常に奇妙な習慣に思える。 ランチタイムになると、職場の同僚たちは一緒に昼ごはんを食べる。全員が同じもの食べ、同じものを飲む。仕事が終わったら、グループとしての連帯感を維持するために、週に1~2回、食事や飲みに出掛ける。「韓国では、同僚は友人や隣人のようなものだよ」とボーイフレンドの同僚が教えてくれた。 私はこうした習慣を、かつては奇妙で窒息しそうだと感じたものだ。英国でも同僚同士で付き合いはする。実際、多くの人が工場や会社で結婚相手を見つけたり、友人になったりする。しかし、英国は韓国のような儒教を中心とする国ではないし、仕事仲間を家族に近い存在として扱う考え方はない。 2006年、私がオーマイニュースで働きだしたとき、このような「韓国式」のやり方が、私の心配事だった。幸いにも、思いやりのある上司が米国のスタッフのように家で勤務することを許可してくれ、文化の違いを気にしないで仕事をすることができた。 私は、ボーイフレンドが働く会社に、自分のコンピューターを頻繁に持っていき、そこで働く。これができるのも、同僚に対して韓国人が英国人よりも打ち解けた態度で接するからだ。もし英国で、誰かが韓国人のガールフレンドを職場に連れてきたら、同僚たちはとても変な表情をして、厳しいコメントが出るだろう。私は、ボーイフレンドの職場で、人がどのように意思疎通をするのかを見て、韓国の会社生活の良い面を次第に認識するようになった。 韓国では、職場では誰も「孤独」を感じることはない。1人でいることを感じることはできると思うが、それは決して「孤独」ではない。結婚式や子供の誕生パーティーが開かれるたびに、会社の同僚たちがゲストとして参加し、パーティーはにぎやかで、幸せな場となる。 英国では働く仲間同士が、ときとして互いをよく知らないこともあり、親族を亡くした場合などこれを隠すので、さまざまな感情障害が起きる。韓国では、同僚たちが葬式に参加するので、隠すのは難しい。 私は、同僚たちに対する忠誠心や団結力を高めるために、週に2回飲みに出掛ける必要はないと思う。でも、ボーイフレンドの会社の同僚たちを見ると、これが本当に役立っていることが理解できる。 私は韓国に「閉ざされた心」でやってきた。共同体主義よりも個人主義が優れている、と確信していた。この国は、私がここで説明した以上のたくさんの生き方があることを教えてくれた。グループの幸福に価値を置くことには、大きくプラスに作用すること、自己中心主義を少なくした生き方などを学んだ。 私はもうすぐ30歳。個人の空間やプライバシーを大切にする英国人の考え方や、何を食べるかくらいは自分で決めるが、譲歩もできると思っている。クレア・ジョージ 2007-02-16 (オーマイニュース英語版から〔2月1日掲載〕)
2007.02.20
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明日は旧正月=少し、旧暦の話を 旧暦の1ケ月は29日または30日新月から次の新月までの月の満ち欠け周期は約29.5日。このため旧暦の1ヶ月には29日の月(小の月)と30日の月(大の月)があり、両者がおおむね交互に並びます。 旧暦も通常のカレンダー(グレゴリオ暦)同様、12ヶ月で1年を数えますが、29.5日×12ヶ月=354日となり、旧暦の1年は太陽の動きをもとにした実際の1年(365日)より11日だけ短くなってしまいます。 このままでは何年か経過すると月と季節が大きくズレてしまうため、旧暦では19年に7度(ほぼ3年に1度)、閏月(うるうづき)を加えて1年を13ヶ月とすることで、その誤差を調整しています。ちなみに2006年には閏月があり(7月と8月の間に閏7月が加えられた)、1年は13ヶ月となっています。 2007年の旧暦1月1日(旧正月)は通常のカレンダー(グレゴリオ暦)の2007年2月18日にあたります。そして新月を迎えるたびに月が替わり、12回の新月を経たあとのグレゴリオ暦2008年2月7日が翌年の旧暦1月1日となります。 二十四節気と雑節旧暦の1年は太陽暦の1年と比べて11日ほど短いため、旧暦の日付と実際の季節との間にはズレが生じてしまいます。そこで季節をより正確に知るために設けられたのが、二十四節気です。二十四節気は1年365日を24等分した約15日ごとの各日に名前を与えたもので、時期ごとの自然現象が表されています。春分や秋分、夏至、冬至などがこれにあたります。また二十四節気のほか、季節の移り変わりをより的確に知るために設けられたのが、土用や節分、彼岸などの雑節です。 二十四節気、雑節のそれぞれの意味とグレゴリオ暦による日付との対応は以下のとおりです春 立春(りっしゅん) 2月4日頃。春の気配が初めて感じられる日。雨水(うすい) 2月19日頃。雪が雨にかわり、雪解けがはじまる日。啓蟄(けいちつ) 3月6日頃。冬眠していた虫が穴を出て動き出す時期。春分(しゅんぶん) 3月21日頃。昼と夜の長さが同じになる日。清明(せいめい) 4月5日頃。花が咲き万物が清く朗らかに見える時期。穀雨(こくう) 4月20日頃。春の雨が穀物を潤す時期。夏 立夏(りっか) 5月6日頃。夏がはじまる日。小満(しょうまん) 5月21日頃。万物が成長して一定の大きさに育つ時期。芒種(ぼうしゅ) 6月6日頃。稲や麦など穂の出る穀物の種を蒔く時期。夏至(げし) 6月21日頃。昼が1年で最も長い日。小暑(しょうしょ) 7月7日頃。暑さがだんだんと強くなっていく時期。大暑(たいしょ) 7月23日頃。暑さが最も厳しくなる時期。秋 立秋(りっしゅう) 8月8日頃。秋に入る日。処暑(しょしょ) 8月23日頃。暑さが終わる時期。白露(はくろ) 9月8日頃。大気が冷え、草花に露が白く降りる時期。秋分(しゅうぶん) 9月23日頃。昼の長さと夜の長さが同じになる日。寒露(かんろ) 10月8日頃。草木に降りる露が冷たく感じられる時期。霜降(そうこう) 10月23日頃。霜が降りはじめる時期。冬 立冬(りっとう) 11月7日頃。冬のはじまり。小雪(しょうせつ) 11月22日。小雪がちらつきはじめる時期。大雪(たいせつ) 12月7日頃。雪が本格的に降り積もる時期。冬至(とうじ) 12月22日頃。昼が1年で最も短い日。小寒(しょうかん) 1月5日頃。寒の入り。寒さのはじまる時期。大寒(だいかん) 1月20日頃。寒さが最も厳しくなる時期。雑節 土用(どよう) 立春・立夏・立秋・立冬前の18日間。節分(せつぶん) 立春の前日。彼岸(ひがん) 春分・秋分の3日前。八十八夜(はちじゅうはちや) 立春から数えて88日目。入梅(にゅうばい) 梅雨に入る頃。半夏生(はんげしょう) 夏至から11日目。半夏(ハンゲ)という植物の生える頃。二百十日(にひゃくとおか) 立春から数えて210日目。台風に備える頃。
2007.02.19
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新年快楽:恭喜發財!
2007.02.18
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アメリカのアジア支配と沖縄 沖縄県のアメリカ海兵隊キャンプ・シュワブ近くの海で 日本初!ジュゴンとウミガメの2ショット 2/12http://www.news24.jp/77273.html米兵 県民に銃口向ける 琉球朝日放送 07年02月13日 (火曜日)13日午前、宜野座村でアメリカ海兵隊の水陸両用車が訓練中に故障し、救援を待つアメリカ兵が国道を走る一般車両に向けて銃を構えるという異常な事態がありました。故障のため、入り江付近に立ち往生する形になったのはキャンプシュワブに所属する水陸両用車。川の上流にある演習場に向かう途中に動けなくなったと見られ、道路脇の歩道や芝生を占領した兵士たちは水陸両用車を守るような格好で一斉に銃を構えました。県民に恐怖を与えていると記者が投げかけたところ、海兵隊員の一人は「理解はしている」とだけ答え、銃を一般道に向けて構える理由については答えませんでした。水陸両用車は結局午後4時過ぎに牽引される形で現場から撤去されましたが、国道脇の茂みにアメリカ兵が隠れ、銃口を県民が運転する車に向けるという事態は、占領意識をあらわにしたあるまじき行為といえます。長いスパンでこの様な訓練や実績が積み重ねられ、朝鮮半島の米軍撤退のスケジュールなの中、沖縄がアジアの前線基地、指令本部になっている実情をマスコミは断片的に伝えようとしてるんでしょうか?同盟軍として、その国の国民を守るべきアメリカ軍が韓国においても、市民に銃口を向ける、走行車両で市民をひき殺す、交際中の女性を惨殺する等々の事件は後を断ちません。ソウルの繁華街で「ヤンキーゴーホーム!」を叫び、ヨンサンからピョンテックへの基地移転反対は日に日にその勢いを増しています。ピョンテックや沖縄が決して他人事では無いんだと思う記事でした。 アメリカのアジア支配と沖縄 2001年6月5日 田中 宇 下地島(しもじしま)は、沖縄本島から南西へ約300キロ離れた宮古島の近くにある。1979年、この島にユニークな空港が作られた。ジェット旅客機を操縦するパイロットたちが訓練を受けるための空港である。当時、飛行機の旅が一般化し始めてたが、ジェット機のパイロットが訓練できる空港が日本国内になく、訓練はアメリカで行われていた。下地島空港は、そうした状況を改善するために作られた。 下地島は、隣の伊良部島とほぼ地続きの状態で、このふたつの島は、砂浜やダイビングに適したサンゴ礁、亜熱帯のジャングルなどに恵まれている。しかし、観光客がこの島を訪れるには、飛行機ではなく宮古島からの船を使うしかない。下地島空港を発着するのは訓練機だけで、定期便の旅客機が飛んでいないからだ。1994年までは定期便が飛んでいたが、利用客が少ないため廃止されてしまった。下地島空港は、航空関係者専用の地味な存在であった。(下地島空港の概況) ▼重要報告書に登場した「シモジシマ」 その下地島空港が今、アメリカのアジア支配強化の渦の中に巻き込まれ始めている。ことの始まりは今年4月28日、突如として米軍の軍用機とヘリコプターの部隊が空港に飛来したことだった。ヘリ部隊は、沖縄の普天間基地を飛び立ち、フィリピンとの合同軍事演習に向かう途中、給油のために下地島空港に着陸した。(琉球新報の記事)(沖縄タイムスの記事) アメリカとフィリピンの合同軍事演習は昨年も行われている。昨年は、下地島から150キロほど離れた石垣島に、演習に向かう途中の米軍ヘリ部隊が給油のために立ち寄っている。沖縄県は、緊急時以外に米軍機が県内の民間空港を使わないよう要請しており、それを無視した着陸には、昨年も今年も地元から怒りの声があがった。しかし、米軍は自分たちに対する沖縄の人々からの反発の強まりに配慮して、今回の着陸については沖縄県に対して初めて事前通告した(これまでは直前に空港管制塔に通告するだけの強行着陸だった)。 去年から始まった年中行事にも思える米軍ヘリ部隊の着陸であったが、実はもっと深い意味があることがやがて分かった。5月15日、アメリカ国防総省系のシンクタンク「ランド研究所」が発表した報告書「アメリカとアジア」の中に「シモジシマ」の名前が登場したからだった。 (共同通信の記事) (報告書の英語の原文) 報告書を書いた中心人物は、その後ブッシュ大統領の軍事顧問(国家安全保障会議メンバー)としてホワイトハウス入りしており、この報告書はアメリカ政府の政策決定のたたき台として使われていることがうかがえる。 この報告書では、北朝鮮の脅威が減る可能性がある一方、アジアでの支配力を強めた中国が台湾を攻撃する可能性が増えていると指摘し、中国が台湾を攻めた場合の米軍の反撃をより効果的なものにするため、台湾海峡に近い場所に米軍の前線基地(forward operation locations)を新設することを提案している。フィリピンやベトナムに米軍機が離発着できる基地を新設することに加え、「米軍機が下地島をはじめとする琉球列島の各空港を軍事利用できるようにする」という提案が盛り込まれていた。 (報告書では台湾海峡有事のほか、インドネシアやパキスタンが内戦に陥った場合に米軍が軍事介入できるよう、東南アジアや南アジアの米空軍拠点を強化することも盛り込まれている) ▼台湾有事に備えた前線基地になる沖縄西部 琉球列島には、すでに沖縄本島に普天間や嘉手納という米軍の飛行場がある。それなのに新たに下地島などの民間空港を軍事基地として使おうとする背景には、下地島や石垣島といった沖縄県西部(先島諸島)は、沖縄本島に比べてずっと台湾に近いという地理的な事情がある。 台湾北部から先島諸島まで400キロ前後だが、沖縄本島まではその倍ぐらいの距離がある。中国空軍機が台湾を侵略した場合、米軍機がなるべく早く反撃するには、沖縄本島より先島諸島から出撃した方が効果があるというわけだ。しかもジャンボ機の離着陸訓練用に作られた下地島の空港は、この地域では唯一3000メートルの滑走路を持っている(他の空港は1500メートル以下)。輸送機を含む軍用機の離着陸には都合がいい。 報告書では、沖縄で基地に反対する感情が高まっていることをふまえ、先島諸島に前線基地を作るのと引き替えに沖縄本島に駐留している海兵隊を縮小するという方法もある、と具体的な提案までしている。 ランド研究所が報告書を発表した2日後、フィリピンでの合同軍事演習に参加したヘリ部隊が沖縄本島に戻る途中、再び下地島空港に飛来して給油した。最初の着陸のとき、下地島の関係者は「なぜここを使うのか分からない」と困惑したが、2度目の着陸のときは、もはやアメリカ側の意図は明らかだった。(琉球新報の記事) さらにその5日後には、沖縄にいるアメリカの総領事が下地島空港を視察し、地元の伊良部町を訪問している。(宮古毎日新聞の記事) 総領事は、米軍の計画と自分の視察とはたまたま時期が重なっただけで関係ないと強調したが、それを信じるにはタイミングが絶妙すぎる。むしろ、米軍機の飛来を受け、ランド研究所の報告書を読んだ後で、地域の人々がどの程度米軍に反対しているか視察したとみるのが妥当だろう。 ▼自衛隊誘致との微妙な関係 もうひとつ、タイミングが絶妙すぎたことがある。空港がある伊良部町では、2年ほど前から空港に自衛隊の訓練基地を誘致する計画を進めてきたのだが、米軍が飛来するほんの10日前に、伊良部町議会が臨時議会を召集し、満場一致で誘致を決議したことである。これは、民間機用の訓練飛行場である下地島空港を自衛隊にも使ってもらうことで、地元に入るお金を増やそうとする計画だ。(琉球新報の記事)(宮古毎日新聞の記事) この計画は、町長らが2年も前から根回ししてきた案件だった。それなのに臨時議会を開いて急いで決めねばならなかったところに、アメリカの動きに合わせたのではないか、との疑念が湧く。 また、地元自治体が誘致し、自衛隊がそれを「前向きに検討する」という形式が貫かれているが、この地域が中国や台湾の領海に接している国境地帯であることから考えると、むしろこの計画は、地元より自衛隊の方が強く希望しているはずのものだ。基地反対の動きをかわすため、地元自治体からの要請を受けて自衛隊が動くかたちにしたのではないかとも思われる。 ▼中国包囲網の一部としての沖縄 アメリカと中国の関係が悪化したのは今年に入ってからのことだが、実はアメリカは2年ほど前から、中国に対する軍事包囲網を作り始めている。1990年に冷戦が終わった後、米軍が東アジアに駐留している必要性が低くなり、たとえばフィリピンでは大きな米軍基地が相次いでフィリピン側に返還され、基地が閉鎖された。1999年に入って北朝鮮とアメリカとの交渉が進んだときは、沖縄の米軍基地も縮小すべきだという意見が日米双方で増えた。 この軍縮の動きを止めたのが、アメリカの政界でわき上がってきた中国脅威論だった。「中国がアジアでの支配力を強化し、アメリカを追い出そうとしている」という見方である。この考え方に基づき、たとえば1995年以来やめていたフィリピンとアメリカの合同軍事演習が昨年から再開されている。 とはいえ、日米関係を含めたアメリカの東アジア軍事戦略については、曖昧な点が多い。「中国とアメリカの対立が深まった原因は米中どちらにあるのか」「日本政府はアメリカの軍事戦略に対してどの程度ついていくつもりがあるのか」といったことだ。 下地島空港がある伊良部町では「自衛隊は歓迎しても米軍は絶対反対だ」という世論らしい(宮古毎日新聞の記事)。しかし、アメリカが「それなら自衛隊が中国の攻撃から台湾を守れるよう、日本の憲法を変えてくれ」と日本に言ってきて、日本政府がそれに答えたとしたらどうなるか。 さらには「中国は日本など周辺諸国にとって脅威である」という見方そのものが、事実とは微妙に食い違う、アメリカ側で描かれた視点だとしたら、アメリカの戦略に乗ることが日本にとって「安全保障」になるのか。それとも、逆に自ら日本を危険な状態に陥れる「安全放棄」になるのか。
2007.02.17
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「韓国の東海岸(日本海)江原道(38度線付近)の東江川のヨンウオル(寧月)の風景」 これから、チョッとユニークな風景画像をご紹介しますこれは川面のある湖畔の風景ですが、一年にたった一日だけ、太陽光線のある特定の角度であたった時だけに写る風景ですチョッと首を左側に傾けて見てみてください何か特別なシーンが見えましたか?では更に画像を縦にしてみます...信じがたい不思議な光景...現象です... 転載元: ドバイで商売 -Personal version この記事のURL: http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/46913344.html
2007.02.16
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サッカーJリーグ 柏レイソルズFW 李が日本国籍取得、五輪の秘密兵器 この記事のURL: http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/46748683.html 柏キャンプでシュート練習をする李忠成(撮影・為田聡史) 柏FW李が日本国籍取得、五輪秘密兵器 スポニチ2007/02/10北京五輪出場を目指す、サッカーのU-22(22歳以下)日本代表に「秘密兵器」が誕生した。在日韓国人4世の柏FW李忠成(21)が9日、日本国籍を取得した。ルーツとなる韓国で代表を目指す道もあったが、生まれ育った日本で夢に向かって進むことを決断。昨年9月22日の申請から約5カ月を経て、認可された。この日の同代表の北京五輪2次予選メンバーには選出されなかったが、追加招集される見通しだ。新しい力を加えて反町ジャパンが、五輪切符をつかむ。 待ちに待った吉報に、安堵(あんど)感でいっぱいになった。柏の鹿児島合宿に参加中の李は、午前練習後にチーム広報から、日本国籍取得の認可が下りたことを告げられた。当初、見込んでいた1月末をすぎても連絡がなく、気をもんでいた。「ホッとした。延び延びになって2月は気持ちを切り替えていた。その矢先の出来事だった」と、ほおを緩めた。李「僕は日本生まれの日本育ち。これから生きていく上で、日本の社会で骨をうずめるための決断です。」 この結論に至るまで、悩みに悩み抜いた。東京ユース時代、同世代のMF梶山が日本、呉章銀が韓国代表に招集される中、国籍が決まらない状況に苦しんだ。在日韓国人として韓国代表への夢もあった。04年にアジアユースを控えたU-19韓国代表候補に選出。だがルーツの国でありながら言葉が通じないジレンマに陥り、ホームシックにもかかった。W杯ドイツ大会に出場したFW朴主永ともプレーし「力の差は感じなかった」と手応えがありながら最終的には落選した。 悔しさを抱いて乗った帰りの飛行機で父鉄泰さんに思いを告げた。「やっぱり日本がいい」。昨年7月に鉄泰さんが渡韓。韓国代表コーチで影響力のある洪明甫氏に関係者を通じプレーを収めたビデオを渡し、日本国籍取得の意向を伝えた。だが反応はなく、9月に国籍取得申請に踏み切った。 正確な左足シュート、182センチの長身を生かしたポストプレー、そしてDFの裏を突くスピード。昨年はJ2で31試合8得点の成績を残し、反町監督が視察した7月神戸戦でも得点を挙げ、高評価を決定づけた。晴れて日本人になったこの日、くしくもU-22代表の発表があったが、現段階で招集されなかった。だが協会関係者によれば、18日からの熊本合宿中の追加招集に備えることを、李サイドに伝えている。「代表は特別なもので目標」と話す李が、日本代表の一員になる日は近い。 変わりゆく運命に対する覚悟がある。韓国メディアの中には日韓の歴史的背景から批判的な報道もある。「韓国も僕にとって大事な国。でも覚悟の上です。理解してもらいたいというより、これからどう頑張るかで人の道を示せばいい」。新たな人生の船出の日に、名前も変わった。「イ・チュンソン」から「り・ただなり」へ。日本人・李が日本サッカーのために戦う。【広重竜太郎】[2007年2月10日8時41分 紙面から]fwapyのコメント:民族や国籍と言う狭間で苦悩する在日です。しかし、着実に本名で、コリアンージャパニズとして社会の表舞台で活躍する在日の若者が増えてるのは間違いありません。先日アップしましたhttp://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/44210442.html 日本ハムの森本 ヒチョリに続くホンワカする記事でした。・・・
2007.02.15
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この記事のURL: http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/46807292.html 【ご案内】2・23京都地裁 在日韓国・朝鮮人高齢者年金訴訟判決在日韓国・朝鮮人高齢者の年金訴訟を支える会来る2月23日(金)午後10時より京都地裁第101法廷において在日韓国・朝鮮人高齢者の年金訴訟の判決言い渡しが行われます。一人でも多くのみなさんのご参加をお待ちしています。以下支える会のビラから貼り付けました(転送歓迎) 在日韓国・朝鮮人高齢者の年金訴訟 2/23判決へ!「これまでこんなに一生懸命働き続けてきたのですから、人並みの老後を送りたいのです。」(Aさん)「まわりにはたくさんの同胞がいます。私と同じぐらいの年齢になっても、年金を受けられないので、お風呂に行くのにも子どもからお金をもらって通っているというような人たちです。」(Bさん)「今、一世のオモニ、アボジたちがたくさん苦しんでいます。そういうような人にも助けてやってください。」(Cさん)「日本でずっと働いてきて、税金もずっと納めてきたのに、今でも年金ももらえないので、この年でも仕事をしています」(Dさん)「私が差別を受け、苦労したことはなん何の証拠もありません。私がしゃべることを信じてもらうしかありません。」(Eさん) この、オモニたちの訴えを、日本の裁判所はちゃんと受け止めてくれるのだろうか?同じ在日無年金障害者たちの訴えを、京都地裁は、大阪高裁は「外国人より自国民優先」「司法の関知するところではない」と、無情にもしりぞけてきた。 大阪で闘っている在日無年金高齢者たちの訴えも、大阪地裁、大阪高裁と突き放されてきた。無年金障害者たちへの救済法からも在日無年金障害者は閉め出され、在日無年金高齢者たちは最初から除外されている。この救済法に在日無年金者も含めてほしいという請願を昨年約4万名の賛同署名と共に国会へ提出したが、審議すらされなかった。 なぜ何故ここまで拒絶されねばならないのだろう? 在日韓国・朝鮮人の多くは、かつての日本の植民地支配のために、本国で生活できなくなってやむを得ず日本に渡ってきた人々と、その子孫である。日本の敗戦後も、もはや帰れる場を持たず、そのまま日本でずっと働きつづけてきた。 それこそ身を粉にして働きつづけ、税金も納め、約百万人と言われる在日韓国・朝鮮人たちは日本社会の一員として貢献してきた。それなのに、年金はなく、70歳、80歳になっても生きるために働きつづけている人々がいる。働きつづけ、身体を壊し、在日無年金高齢者たちは次々と亡くなられている。 この人々に年金を保障してほしい、人並みの老後をおくれるようにしてほしい・・・という訴えが、何故ここまで拒絶されねばならないのだろう? 在日無年金問題は、実は矛盾だらけである。 「在日外国人」のなか中でアメリカ人だけは年金制度への加入が認められてきた. 同じ在日外国人高齢者・障害者でも、年齢によって年金をもらえるもの者、もらえないもの者が分けられてしまっている。そして、日本で長年苦労してきた人々がもらえないのに、一方では日本に来たばかりの外国人はもらっている。更に一方では、保険料どころか税金すらはら払ってきていない日本人が、「日本人」であるというだけで年金を保障されている。在日無年金外国人は、例え日本に帰化して「日本人」になったとしても、それでもなお年金はもらえないのである。在日無年金高齢者・障害者に対してなお年金保障を拒絶する理由などはどこにもないのである。 国連も日本政府に対して、「在日無年金問題の早期解決」を勧告した。韓国政府も、ずっと日本政府に対して「早期解決」を要請してきている。何よりも日本の中から多くの人々が(日本人も含め)数十年にわたって「解決」を求めてきている。 私たちも、韓国を訪問し韓国政府にも訴え、そして、今年も決してあきらめずに請願署名を集めている。また今年は福岡でも同じ在日無年金高齢者たちの訴訟が提訴される予定である。 こうした中で、京都地裁は、在日無年金高齢者たちの血を吐くような思いの訴えに対して、はたしてどのような判決を示すのであろう?差別判決を決して許さないためにも、2月23日午前10時、京都地裁第101号法廷へ!在日韓国・朝鮮人高齢者の年金訴訟を支える会 京都市南区東九条北松ノ木町12 NPO法人京都コリアン生活センター・エルファ内TEL 075―693―2550 FAX 075―693―2555
2007.02.15
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北朝鮮だけが「憎むべき敵」か? この記事のURL: http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/46944303.html この国の北朝鮮バッシングは病的だとも思える。 もちろん、北朝鮮の独裁政治体制は問題だし、経済状況も最悪だ。拉致問題の解決も急がれるべきだろう。 拉致事件の犠牲者やその遺族の方にとって、その(限りなく犯人と思われる)容疑者である北朝鮮当局が「憎むべき敵」であることは論を待たない。彼らが自らの立場や感情を公の場で発露するのは問題ないし、むしろ必要だろう。 しかし、例えば、自動車の欠陥のために起きた事故の犠牲者やその遺族にとって、その自動車を製造したメーカーは「憎むべき敵」だ。また、国が安全と認めた薬品をつかったところHIVに感染したしまった人々にとって、厚生労働省は「憎むべき敵」となるだろう。その構図は拉致問題と変わるところがない。 どうして、マスコミは北朝鮮についてだけ、拉致被害者の感情を自分のことのように同情・共感するように国民に強いるのだろうか? どうして、マスコミは欠陥自動車を作った企業や国民の安全を守らない官庁を国民共通の「憎むべき敵」として象徴しないのだろう? どうして、拉致問題とは何の関係もない在日コリアンは北朝鮮がらみで様々な嫌がらせを受けるのに、加害企業や国家公務員の家族に対しては、それが起こらないのだろう? 転載元: とだ たくみのブログ
2007.02.14
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この記事のURL: http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/46813918.html 大阪・長居公園のテント強制撤去にパリで抗議行動 パリ中心部にある大阪市パリ事務所の窓から横断幕を掲げるフランスの市民団体メンバー=12日(共同)大阪・長居公園のテント強制撤去にパリで抗議行動 サンケイ新聞 (2007/02/13)先日UPした事件の関連記事がありました。http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/46585018.html 大阪市の長居公園でホームレスのテントが強制撤去されたことに抗議するため、パリの市民団体メンバーやパリ在住の日本人ら約20人が12日、大阪市パリ事務所を訪れ、同事務所の一室を一時占拠。窓から「大阪の野宿者と連帯を」と記した横断幕を掲げるなどの示威行動を行った。 フランスでは最近、ホームレスの住宅確保が重要な社会テーマとして関心を集めている。 示威行動の参加者らは「野宿者の排除を二度と行わないでください」と日本語とフランス語で書かれた抗議文を同事務所に渡した。同事務所は抗議文を大阪市に送ると約束したが「企業誘致が事務所の役割」などとして話し合いには応じず、地元警察が退去を求めた。 参加者の1人で、自らもホームレス経験があるアルジェリア人の男性(36)は「日本のような偉大な国にたくさんのホームレスが(社会から)置き去りにされているのは奇妙だ」と話した。(共同)驚く大阪市関係者 「まさかパリで抗議行動が起きるとは」。大阪市東住吉区の長居公園でホームレスのテントが強制撤去されてから1週間。3連休最後の12日夜、一報を聞いた大阪市の関係者は一様に驚きの声を上げた。 パリ事務所を所管する市経済局幹部の自宅に連絡が入ったのは、同日午後9時すぎ。「20人ぐらいが事務所を占拠している。間もなく退去しそうだ」と現地から連絡を受けた。事務所は経済局から派遣された職員2人と現地スタッフ2人が勤務。「詳しいことは分からない。情報収集しているところだ」といら立ちを隠さない。 大阪市は今月5日、長居公園のホームレスのテントや小屋を行政代執行法に基づき強制撤去した。公園を管轄する市ゆとりとみどり振興局の幹部は「パリで抗議行動が起こるなんて意外だ。驚いている。あす今後の対応を協議する」と話した。
2007.02.13
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慰安婦:米下院聴聞会で韓国人とオランダ人女性が証言へ http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/46806610.html 2007/02/09 朝鮮日報/朝鮮日報JNS 米国下院で今月15日に開催される日本軍従軍慰安婦をめぐる聴聞会に、元従軍慰安婦の白人女性が元従軍慰安婦の韓国人女性二人とともに証人として出席する。米議会で従軍慰安婦の聴聞会が開催されるのは今回が初めてで、これは、最近日系3世のマイク・ホンダ議員が提出した従軍慰安婦関連の決議案に基づく内容の一環という。今回の聴聞会は、下院外交委員会傘下のアジア太平洋小委員会が主催する。 同聴聞会に出席するオランダ人のヤン・ルフ・オヘルネ(85)さんは、太平洋戦争当時インドネシアのジャワ島に住んでいたが、日本軍によって家族とともに従軍慰安婦として連行された。当時19歳だったオヘルネさんは、日本軍からさまざまな恥辱を受け、何度も暴行に遭いながらも生き残り、戦後は慰安婦だったという事実を隠して結婚した。 オヘルネさんが初めて過去について語ったのは、1992年に日本の東京で開かれた国際戦争犯罪聴聞会のときだった。理由は、従軍慰安婦の韓国人女性がテレビを通じて懸命に訴えている姿を見て勇気を得たからだという。 白人女性として初めて従軍慰安婦問題を告発したオヘルネさんはそれ以降、『50年間の沈黙』という本を書いたほか、世界各国で開かれた従軍慰安婦関連の聴聞会や告発行事などを通じて日本の過去の行為を暴露し、反省と謝罪を求めてきた。 今回の聴聞会では、韓国人の元慰安婦イ・ヨンスさん、キム・グンジャさんとともに、決議案を提出したホンダ議員、ワシントン従軍慰安婦対策協議会のソ・オクチャ会長、アジア政策ポイントのミンディ・コトゥラー所長らも証言台に立つ。 米議会には従軍慰安婦関連の決議案がすでに何度も提出されており、昨年は下院常任委で可決されたものの、これを阻止しようとする日本のロビー活動により本会議での採決が霧散していた。 ところが、今回は、従軍慰安婦問題に積極的な民主党のナンシー・ペロシ氏が下院議長を務めるほか、アジア太平洋小委のエニ・ファレオマベング委員長の支持も得ているため、これまでとは違って可決される可能性が高いとの見方が強まっている。 これに対し日本は、同決議案の可決を阻むために元下院議長を交渉役として雇うなど、大々的なロビー活動を展開しているという。ワシントン=許容範(ホ・ヨンボム)特派員
2007.02.12
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合言葉は《ノー!ハプサ/合祀は嫌》 共に進もう!共生のアジアへ 修正 削除 移動 合言葉はノー!ハプサ!共に進もう!共生のアジアへ [AML 11987]より転載2月26日に韓国人遺族が靖国神社に対し、「合祀取消」訴訟を提訴します!=== 提訴行動、報告集会&「ノー!ハプサ」結成の集いへの参加をお願いします! ===昨年8月15日に靖国神社参拝を強行した小泉前首相は、韓国・中国などアジアからの批判に対して「心の問題だ」と言い放ちました。しかし、戦時中は日本軍人として最前線に動員され命を落としながら、戦後は「外国人」としてすべての援護事業から排除される一方、侵略者と一緒に靖国神社に勝手に合祀されている韓国人遺族の引き裂かれた「心の問題」はどうなるのでしょう。これを無視し、踏みにじることが許されるのでしょう。「合祀したのは靖国神社」「国の靖国神社への情報提供は通常の照会事務」と切り捨てた東京地裁。ドキュメンタリー映画「あんにょん・サヨナラ」の主人公でもある李煕子(イ・ヒジャ)さんをはじめとした在韓軍人軍属裁判原告を中心に遺族らは新たに原告団を作り、靖国神社に対して霊璽簿からの犠牲者の氏名の削除等、合祀の取消を求めて、2月26日に東京地裁に提訴します。靖国神社の合祀問題は日本のゆがんだ戦後処理の象徴であり、日本人自身の問題です。私たちは「ノー!ハプサ」(ハプサは合祀の韓国語読み)を日韓共通の合言葉に、「支援」ではなく、ともに進み、この問題を解決したいと思います。韓国人遺族とともに2月26日の提訴行動を取り組みましょう。そして、報告集会&「ノー!ハプサ」結成の集いに参加してください。:26日当日のスケジュール1時 東京地方裁判所前集合 デモンストレーション後に提訴4時 記者会見(司法記者クラブ)6時 報告集会&「ノー!ハプサ」結成の集い 豊島区民センター・音楽室 ◆サルプリ ◆提訴報告(弁護団) ◆原告の訴え ◆「ノー!ハプサ」結成宣言 参加費:1000円(学生500円)☆スタッフ募集中です!韓国語翻訳、通訳、イベント企画、 ホームページ作成、宣伝など手伝って!☆裁判提訴のためのカンパをお願いします! 郵便振替口座 00270-3-133157 ノー!ハプサ「ノー!ハプサ」結成準備会連絡先:090-9204-7607(山本) 090-2466-5184(矢野) e-mail:nohapsa@yahoo.co.jp 在韓軍人軍属裁判を支援する会 古川 雅基メール:gun2@r9.dion.ne.jpGUNGUNのHP:http://www.gun-gun.jpあんにょん・サヨナラHP:http://www.annyongsayonara.net/ブログ:http://plaza.rakuten.co.jp/annyongsayonara/
2007.02.11
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【要請】許すな!制裁・在日コリアンへの人権侵害 http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/46752386.html 3・1朝鮮独立運動88周年 今こそ対話で平和の実現を!3・3集会=許すな!制裁・在日コリアンへの人権侵害=小泉政権を引き継いだ安倍新政権は、公然と任期内の改憲を掲げ、昨年末には教育基本法改悪、防衛省昇格と自衛隊の海外派遣を本来任務とする法律を通過させました。また一歩「戦争のできる国」への道が強まりました。これらの動きは、世界的規模の米軍再編や米ブッシュ政権によるイラク侵略戦争への無条件支持と追随、そして対北朝鮮強硬策、在日コリアンへの弾圧や人権侵害と表裏一体です。北朝鮮の核実験発表で、安倍政権はここぞとばかりに好戦的態度を示し独自制裁まで強行しています。朝鮮半島の非核化と平和の鍵は、半世紀以上にも及ぶ米朝間の停戦(準戦時状態)を終わらせ、対話により米朝・日朝国交樹立を実現していく以外に道はありません。安倍政権の下でいまどういう事態が進行しているのか、これに対していま平和実現への課題とは-ともに考え、東北アジアの平和のために声を挙げよう。 日時 3月3日(土)午後6時開場/午後6時半開会 場所 文京区民センター(3A)[地下鉄三田線・大江戸線「春日」下車すぐ、丸の内線「後楽園」下車3分【講演】東北アジア情勢と平和実現への課題 武藤一羊さん(ピープルズプラン研究所) 在日コリアンへの人権侵害・弾圧実態 人権団体から(要請中) 【報告】NHK番組改ざん問題裁判控訴審判決について 西野瑠美子さん(VAWW-NETジャパン) 平和・国際教育で中学教諭を不当解雇-都教委との闘い 増田都子さん(不当解雇と闘う当該者) 都による土地取り上げに抗する枝川朝鮮学校の闘い 支援団体から(要請中) 大統領選を控えた韓国の動向について 宋世一さん(在日韓国民主統一連合)ほか 韓国民衆歌謡 ノレの会 【参加費(資料代込)700円】 主催 「3・1」集会実行委員会 連絡先 日韓民衆連帯全国ネットワーク(03-5684-0194) 基地はいらない!女たちの全国ネット(03-5670-4837) 「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW-NETジャパン)(03-3818-5903) 新しい反安保行動をつくる実行委員会5(03-5275-5989) 許すな!憲法改悪・市民連絡会(03-3221-4668) 在日韓国民主統一連合(03-3862-6881) 北朝鮮人道支援ネットワーク(ハンク・ネット)(090-1398-6807)(郵便送付先 東京都文京区小石川1-1-10-105 日韓ネット気付) 転載元: ロシア・CIS・チェチェン
2007.02.10
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〔日韓で歴史副読本〕 教員ら10年かけ製作、来月出版 http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/46694693.html 中日新聞2007/02/09【ソウル=福田要】日本と韓国の歴史認識の溝を埋めようと、両国の歴史研究者や教員が10年がかりで製作した高校生向けの副読本が3月1日、日韓で同時出版される。先史から現代までを網羅した交流史を共通の教材とする試みは前例がなく注目を集めそうだ。 出版されるのは「日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史」。東京学芸大とソウル市立大の研究者を中心に36人が執筆を分担したが、すべての内容について徹底的に討論して修正を重ね、共通の歴史認識に基づく一つの文章に練り上げた。両論併記も、あえて避けた。 例えば、豊臣秀吉の朝鮮出兵について、韓国側から「責任を秀吉一人に負わせるのは疑問」との指摘が出て、名称は「日本の朝鮮侵略」に。 1910年の日韓併合については、それまでの経過を詳述。合法、非合法の評価は避けた。また、戦前の朝鮮半島での日本人を加害者、侵略者という視点だけで描かず、貴重な建造物の保護を主張した民芸運動の柳宗悦らの活躍も紹介。韓国の歴史教科書で触れる機会が少なかった在日韓国人や市民運動にもページをさいた。一般書籍としても市販される。 企画当初から製作に携わるソウル市立大の鄭在貞(チョン・ジェジョン)教授(55)は「これまでの両国教科書とは違う内容になった。2つの国が事実に基づいて一緒に歴史を語り、書くことができるという実例を、嫌韓論や反日論を唱える人々に示したい」と話している。
2007.02.09
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東京の在日朝鮮人留学生らが起草/3.1運動に影響 独立宣言を起草した留学生と2.8独立宣言書2.8独立宣言とは、1919年2月8日、東京の在日朝鮮人留学生たちによってなされた朝鮮独立宣言のことです。 宣言書には、日本の朝鮮植民地支配の不当性と民族自決の要求が掲げられており、もし日本がこの要求に応じないならば、わが民族は日本に対して永遠の血戦を宣言するという堅い決意が表明されていました。 言論活動に限定されていた留学生運動が直接的な独立運動へと発展した契機は、米大統領ウィルソンの民族自決14ヵ条原則の発表と、これに刺激を受けた在米同胞代表が独立を提訴するためパリ平和会議に派遣されることになったという記事でした。 これに素早く反応した学生たちは19年1月6日、新年雄弁大会の場で、今が独立運動を進める適当な時機であると判断して「朝鮮青年独立団」を結成、独立宣言大会の準備にかかります。独立宣言書を早稲田大学学生だった李光洙が起草し、独立団の委員であった宋継白が宣言書を携えて朝鮮本土に伝え、運動資金を集めてきます。この資金を使って「独立宣言書」と「民族大会召集請願書」が印刷されます。 2月8日午前、独立団の委員たちはこれらの印刷物を国会議員、各大臣、各国大使、公使に郵送します。午後には東京神田のYMCA会館においておよそ400人の男女留学生が集まり、大会が開催されました。開催が宣言され学生たちの演説の後、白寛洙が独立宣言書を感動のあまり声を震わせながら読み上げました。すると参加者は激しい興奮に包まれ、会場には拍手と「大韓独立万歳」の喚声が鳴り響きました。しかしこの大会は、その場を監視していた警官の弾圧にあい、多くの学生が検挙され幕を閉じます。 2・8独立宣言は本国の学生や民衆に大きな刺激を与え、その直後に起こった3・1独立運動に大きな影響を及ぼしました。
2007.02.08
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「大阪市・長居公園行政代執行に対する研究者声明」への賛同のお願い あーねさんのところで、「大阪市・長居公園行政代執行に対する研究者声明」への賛同のお願い(とりわけ研究者の皆様方へ)が掲載されてます。賛同される方はhttp://akubi.tdiary.net/20070126.html私たち若手研究者は、このたび執り行われようとしている長居公園テント村に対する強制撤去に対し、以下のような声明文を提案いたしました。私たちといたしましては、野宿問題にかかわっておられる研究者の方々のみならず、さまざまな研究分野でご活躍され、この問題に関心を寄せておられる方々にもご賛同をいただければと願っております。賛同していただける方は、以下の手続きで賛同の旨、送信していただければ幸いです。なにとぞよろしくお願い申し上げます。ウェブサイトから[わたしも賛同する]*なお、声明書はお書きいただいた賛同書とともになんらかのかたちで大阪市に提出し、またウェブやビラ、マスメディアなど、機会がありましたらさまざまな媒体に公表していく予定です。その際にはご記入いただいたお名前・所属等・メッセージが公表される可能性がありますが(メールアドレスは決して公表いたしません)、この点、何卒ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。 転載元: 英文 ダウジング翻訳のメモ
2007.02.04
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http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/46484292.html ↑yahooで色んな意見を頂いてます。もし、時間がありましたら、覗いてみてください。そして、yahooに出来ましたらコメントを頂けたら・・・・。在日として、そして、一市民として・・・・一昨日の【べっけん】の”とってもあいごー”さんからの転載記事についてのコメントを書いて見ました。誤解があってはいけないんで、一応、前置きしておきます。決してこの場で、反北、総連パッシングをする気はありません。一人の、在日として、在日の人権や権利を声高に訴えたい!、その反面、北からの脱北の支援をすると言う、自分の中では”人権”と言う、ひとつのキーワードが成り立ってはいますが、自分自身の中で起こっている、「よじれ」現象。”在日”として考えたら結果として自分自身が空に唾を吐いてるかもしれません。 在日韓国・朝鮮人は、日本の植民地支配という歴史』的な経緯によって日本で暮らすようになりました。80年以上の長きに渡り、この社会で色々な差別の中にあっても、人間としての尊厳と、民族としての誇りを守り、必死の思いで生き続けてきました。行政の不条理や社会的差別を受けながらも、なお在日韓国・朝鮮人として国際政治や南北政府の動向に翻弄されながらも、人としての”誇り”だけをなくすまいと歯を食いしばって生きてきました。日本社会の中にあって、「在日」の存在そのものが、多民族、多文化共生の社会の大きな力になると信じ、日本社会が差別のない平和な社会になる事を願って生きてきました。 それは、決して歴史への”恨=ハン”だけではありません。又、日本社会に対して植民地支配の歴史を語り続ける事によって、その事実を真摯に反省し、それを元に、同じ市民として共に暮らせる社会を築こうと常に働きかけてきました。それは「歴史の反省」こそが、差別のない平和な社会づくりに繋がると信じてきたからです。戦後、レッドパージによる朝鮮連盟解散を受けて、その主流が朝鮮総連、そして、その左翼思想に反旗を翻して出来た民団組織、個々には色んな問題を抱えてはいても、当時の軍事独裁国家である韓国政府を支持できない6割以上の在日がこの”在日朝鮮人”の基本的な権利と財産を守るのが主たる目的とした組織の傘下に集まったのも、しごく当然の成り行きだったと思います。そして、その傘下組織の在日の多くが朝鮮総連の組織に加入し、在日として、この社会の逆風の中、生きてきたと思います。一方で北朝鮮の広報機関となってしまった組織が、まじめな大部分の在日の知らない所で変貌を遂げながら、北の政権の御用機関と化してしまった所に問題の根の深さがあると思います。北朝鮮政府が「拉致疑惑」を一貫して否定し、むしろ、「拉致疑惑」は日本側の完全な”でっち上げ”とまで言い張ってきました。又、朝鮮総連も”でっち上げ”と声を大にして主張してきたのも事実です。結果的に、この両者は社会を欺いてきたことになり、その責任は重大です。一方、在日社会の多くも、日本社会と同じく”拉致問題”には、ほとんど関心を示してこなかったのも否めません。それ以上に、問題は、北朝鮮(政府)が拉致事件を「不正常な関係にある中で生じたこと」を理由に軽視し、朝鮮国営通信に至っては日本の植民地支配の事例を上げながら拉致事件を正当化する宣伝まで行っていた事実です。 また、在日社会の中でも、植民地支配を引き合いに出して拉致事件を論じる人がいます。植民地支配の歴史研鑽は、それを語り継ぎながら、今の市民社会を明日に向かって豊かにするために用いるものであって、北朝鮮の蛮行を隠蔽するために引き合いに出すものではないはずです。今の日本社会では、こうした言動や態度が「開き直り」としか理解されないことを悟るべきです。 そして、同じように北朝鮮(政府が)”開き直り”の論拠を、日本の「過去の清算」に置いている点でしょう。彼等は「日本は過去の植民地支配を反省したというが、”責任者処罰、謝罪、真相解明、国家賠償”など、全て曖昧にしてきた」と事あるごとに声高に言い放って来ました。今回の拉致事件で、北朝鮮側も、これを真似て、「真相解明」などを曖昧にしようとしているのはあきらかです。 しかし、植民地支配の辛酸な過去の被害を受けてきた民族だからこそ、拉致事件は誠実に「謝罪と真相解明」をし、そして国家賠償をするのは当然の事です。拉致事件の「完全解決」で、未来に禍根を残さぬようするのが、北の政権と、それに組織として裏で手を貸した総連そのものが厳しく断罪されるべきだと思います。 北朝鮮による「拉致事件」が白日の下にさらされた今日、在日社会がこのまま沈黙を続けることが許されるのでしょうか?私はこの機に乗じて、捜査当局による人権を無視した「別件」での過剰なまでの”総連パッシング”には当然、抗議し憤りを覚えます。それより、私が危惧するのは一、聞こえてこない”総連組織”による日本社会への謝罪と反省。二、その犯罪を知らなかった、黙認してた、その暴走を結果として許してしまったであろう、傘下組織の人々の中央に対する抗議の声のひ弱さ。三、”総連パッシングは”結果として”在日パッシング”であるとわかりながらも、動けないで黙認を続け、”人権侵害”のコメントすら出せない民団四、内政干渉?の批判が怖いのか、「在日の人権に対して留意されたし」と暗に、プレッシャーすら、かけられない韓国政府私を含めて、今一度、在日が、自分自身を見直し、今、何が出来るのか、何をしなければならないのかを自問自答する、大切な時期ではないかかと思っています。韓流ブームは、決して嫌韓の流れを遮ることは出来なかったし、日本の世論が、今までの様に”在日社会”を応援したり同情してはくれません。ともすれば、その長い間の同情こそが、今回の事件を引き起こし、収集のつかない、反省の無い組織にしてしまったのかも知れません。無条件に”北”を支持し、総連を支持してきたであろう、左翼や労働運動の団体も、今こそ、自分たちの反省を含め、愛すればこそ”総連批判”をすべきではないでしょうか?北の楽園と、宣伝して帰らせた、日本の政府、日赤、そして報道、マスコミ各社は、今、北パッシングに躍起となっていますが、彼らは、自己批判をしたのでしょうか?今になって、「”拉致”は国家犯罪だ。」とわめいていますが、20年前から、民団や被害者家族はその事実を語っています。その時期、日本政府や自民党、野党までもが、そして日本社会そのものが、この事件そのものに感心を示さず、耳を傾けようともしなかったのも事実です。他者を批判する前に、各人が己の非を恥じ、自己批判し、素直に詫びる謙虚な気持ちから新しい出発が、そして、市民の太い連帯が又、出来あがり、それが強い塊となって、捜査当局の不当な人権侵害に抗議する世論となるであろうと思っています。そして、人権侵害を声高に唱える日本政府は、「別件=べっけん」逮捕の繰り返しをし、果たして「人権」を語る事が出来る程、在日外国人としてこの地に生活している人々の「人権」守っていると言えるのでしょうか?そしてその行為を放置している、マスコミは、北の人権侵害、総連パッシングの報道に明け暮れ、足元で起きている人権侵害が見えてるのでしょうか?しかし、私たち在日が、第一に抗議するべきは、長年、多くの犠牲の上に培ってきた在日社会の存在そのものを卑しめ、変質してしまった”総連”そのものでしょう。この”拉致”と言う問題が人権問題であるからこそ、この1世紀近く戦って来た”人権”問題がすべて水の泡に化してしまったと言う現実は大きな歴史の汚点であることに間違いはありません。今こそ、本国志向ではない、”在日”の為の組織に衣替えしないと、その存続に明日は無いでしょう。今、日本社会の世論の動向を見ながら行われてる、国家権力による「何をしてもスルー!」の、「別件」捜査が繰り返されてる現状を組織存続の危機では無く、在日社会そのものの存亡にかかわってると言う認識を皆が持つべきでしょう。日本の世論を敵に回した在日社会が反省せず、過去と同じスタンスで”被害者意識”で居続ける限り、心ある、在日は今以上に風化の一途を辿るでしょう。ここで、日本社会に対して目に見える形での、努力、変化を見せつけない限り、文化活動や市民運動すら、在日の社会活動そのものが、戦前の様な”肩身の狭い”行動の制約を受けかねないかもしれません。最後に、現在の北朝鮮の指導者達は、果たして、日本の過去を糾弾し、日朝国交回復を論ずる資格なんかあるんでしょうか?・・・拉致事件被害者、家族の”悲痛な叫び”は、まさに植民地時代にわが民族が上げた”悲痛な叫び”であり、その痛みは在日韓国・朝鮮人が一番よく知ってるはずです。以下の発言は、数少ない総連組織から出された謝罪のコメントです。「金正日総書記が拉致事件を認めたことにより、これまでの報道、論調そのものが過ち、誤報であったことが明らかになった。「読者に迷惑を与えたことを率直に反省している・・・いくら祖国の報道を信じ、それに依拠してきたとはいえ、先入観に基づいて展開した編集部独自の検証記事などはジャーナリストとしてあるまじき行為だった」(朝鮮新報:朝鮮総連の機関紙) 「拉致問題が事実であったことは私たちにとって青天の霹靂であり、大きな衝撃を受けざるを得ませんでした。すべての総連の職員と在日同胞もこの予想だにしなかった現実に直面し、言葉を失っています・・・私たちは今、この厳しい事実を前にして言い表せない悩みと痛みを抱きながら『拉致問題はありえない』と明言してきたことに深い自責の念を禁じえません・・・ 総連組織をよりどころに生活してこられたすべての同胞のみなさまに甚大なる衝撃と苦しみを与えたことに対し、朝鮮総連愛知県本部常任委員会として心からのおわびを申し上げます。かさねて、朝鮮総連の活動を理解し、支持してくださった親愛なる日本のご友人のみなさまと、拉致の被害に遭われた方やその家族のご心痛に思いをはせるとき、申し上げる言葉もありません。また、亡くなられたと発表された方やその家族・・・心より深い哀悼の意を表する次第であります」(朝鮮総連愛知県本部常任委員会)「在日韓国・朝鮮人の中にも、植民地支配を引き合いに出して、拉致事件を論じる人があるが、憂慮すべきことだ。被植民地支配の歴史は、未来を豊かにするために用いるものであって、北朝鮮の蛮行を隠蔽するために用いるものではない」(在日コリアンのある市民団体声明)
2007.02.02
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〔べっけん〕http://blogs.yahoo.co.jp/fwapy7777/46471001.html 長期的なビジョンを持てない為政者は、結局わが国を糞まみれの国にしてしまいます。「車庫とばし」とかいう罪は、これだけ大掛かりな捜査の大義名分になりえるのでしょうか?デモンストレーション or 役人のアリバイ工作?捜査当局、就中その責任者はおしっこを漏らすぐらビビって、(自分が責任を追い切れないことが)怖くて怖くて仕方なくて常軌を欠いているでしょう。権力にある人間は、いとも簡単に獣の命になり下がります。人間を手段化して、組織を維持しようとするおぞましさに気づきません。(他に厳しく自分には常に寛容、いや、自己保身のために平気で犠牲者をつくる!)幼いこどもたちの心情など、彼らの眼中にはないのでしょう。権力に追従するマスコミは彼らと同じ穴に棲むインキンタムシです。未来を担う目に「汚い国」を演出して平気で正義ぶる。偽善者たちの所業は万死に値します。実名消します(全然必要ない!)「車庫飛ばし」容疑で朝鮮総連支部委員長ら2人逮捕2007年01月28日19時58分 排ガス規制を逃れるため、ディーゼル車の「使用の本拠地」を偽って登録したとして、大阪府警警備部は28日、金属商店経営の■■■■(本名■■■■63)=大阪市■■■■■■■■■=と、知人で在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)大津支部委員長の■■■(■■■■■■■)(68)=大津市■■■=の両容疑者を電磁的公正証書原本不実記録などの疑いで逮捕した。府警は同日、同支部など関係先5カ所を家宅捜索した。 調べでは、■■容疑者は昨年8月、自動車窒素酸化物・粒子状物質削減法(NOx・PM法)の排ガス基準を満たさない業務用トラックの使用本拠地を、大阪市内から規制地域外の大津市内の■容疑者宅と偽り、滋賀運輸支局に登録した疑い。 トラックは大津市の滋賀朝鮮初級学校を運営する滋賀朝鮮学園の敷地内の駐車場を保管場所としていたが、実際には生野区内の■■容疑者宅に置いていた。■容疑者は「(■■容疑者に)頼まれた」と容疑を大筋で認めているという。 同学校には、同日朝から府警の捜査員が家宅捜索に入った。保護者ら約100人が学校近くで抗議活動をし、一時騒然となった。■■■(■■■■■■)校長(51)は「(駐車場を)どう使っていたかは詳しく知らない。だが、教育の場に入ってくることが許されていいのか。配慮がない」と話した。asahi.com排ガス規制逃れ、朝鮮総連大津支部委員長ら2人逮捕 排ガス規制を逃れるため、トラックの使用本拠地を虚偽登録したとして、大阪府警外事課と生野署は28日、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)大津支部委員長・■■■(■■■■■■■)容疑者(68)(大津市■■■)ら2人を電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで逮捕し、同支部など関係先5か所を捜索した。 このほか逮捕されたのは、韓国籍の商店経営・■■■(■■■■■■■■)容疑者(63)(大阪市生野区)。 調べでは、■容疑者は、NOx・PM法の排ガス基準を満たさないトラックを大阪市生野区の自分の店で使っていたのに、昨年8月、「使用本拠地」が■容疑者の自宅にあるように装い、滋賀運輸支局に虚偽の登録をした疑い。(2007年1月28日17時22分 読売新聞)総連支部委員長ら2人逮捕 排ガス規制逃れ、虚偽登録 大阪府警外事課などは28日、排ガス規制を逃れるためトラックを使う場所を偽ったとして、電磁的公正証書原本不実記録容疑などで大津市昭和町、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)大津支部委員長■■■(68)と大阪市生野区■■■、くず鉄商■■■(63)の両容疑者を逮捕、大津支部や大津市の滋賀朝鮮学園を家宅捜索した。 調べでは、両容疑者は大阪市が自動車窒素酸化物(NOX)・粒子状物質(PM)法規制区域に入り、金容疑者の仕事用3トントラックが使えなくなったため、昨年8月、使用本拠地を全容疑者の自宅、車庫を同学園駐車場に移したと偽り、滋賀運輸支局に登録した疑い。 ■容疑者は実際には自宅兼職場にトラックを止め、大阪府内を中心に営業に使っていたらしい。■容疑者は容疑を認め、「■容疑者に頼まれてやった」と供述しているといい、府警は2人の関係や学園側の関与を調べている。(共同)(2007年01月28日 19時51分) 転載元: ■とってもあいごー●
2007.02.02
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