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ガーベラ@ Re:幸福を人と分かち合えば、それは減るどころか更に増大するのです 初コメントお邪魔致します少なからずや…自…
H4O@ Re:どう思いますか?(10/24) 病院だけのせいにするのはおかしいのでは…
まさみ2240 @ 日本脳炎 三年前のワクチン積極勧奨中止のきっかけ…
Jan 15, 2009
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プロ野球の選手、監督として活躍した留萌市出身の若松勉氏が、

道産子で初めて野球殿堂入りした。

 プロ入り後、三十八年間でたどり着いた野球人としての頂点だ。

 心から祝福してあげたい。

 いくつもの記録で球史に名を刻み、球界に貢献した活躍ぶりを振

り返れば、この栄誉も当然だろう。

 身長一六八センチの若松氏は、現役時代に「小さな大打者」と言

われた。

 通算打率三割一分九厘は、球界二番目の記録として今も輝く。



まさに打撃職人の名にふさわしい。

 五十年前、若松氏が子どものころ、北海道は雪国の「野球後進地」

と見られていた。

 そこからプロに入り、球界屈指の打者となった。

 その歩みぶりが、多くの道民に感動を与え、今も子どもたちに野球

への夢を届けていると言っていい。

 ただ、それは人知れず努力を積み重ねてきた結果だということを覚

えておきたい。

 現役引退後、若松氏はインタビューにこう答えている。

 「わたしの技術は、体で覚えたもの。バットを振って振って振りま

くる練習しかなかった」



からの誘いを最初は断ったという。

 プロ選手としては不利な条件を、人に倍する練習で克服してきた。

 北海道で野球を続ける後輩への助言として、若松氏は「『も』では

なく『しか』と言い続ける人間になってほしい」と強調している。

 本塁打を「何本も打った」と言うのでなく、「何本しか打っていな



 芯の強さがほしいということだろう。

 北海道関係者の殿堂入りは、函館太洋倶楽部の名捕手久慈次郎、

旭川育ちで巨人のエース、ビクトル・スタルヒンらに続く。

 若松氏にとどまらず、こうした名前と肩を並べる選手が北海道から

もっと出てきてほしい。

 若松氏は、三十年前に知人から贈られた言葉「万球一会(ばんきゅ

ういちえ)」を座右の銘にしている。

 「何万もの球を打ち返して今のわたしがある」と。

 一球ずつ集中して、ひたすら繰り返した練習が、大きな成果につな

がったとの思いだ。

 努力すれば夢はかなえられる。

 若松氏の誇りとする「道産子の粘り強さ」が役立つところだ。

 日本ハムファイターズの北海道移転を実現させ、ファン優先を貫い

た日ハム初代オーナーの故大社義規(おおこそよしのり)氏も殿堂入

りが決まった。

 二人の殿堂入りを、北海道の野球を飛躍させる契機にしていただき

たい。






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Last updated  Jan 15, 2009 07:22:33 PM
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