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2017.06.05
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日本の「境界不明瞭な異文化交流」「あいまいな異民族共存」「あやふやな異教徒受容」って、古代中国の影響な気がするけど、どうなんだろうか。

古代中国の思想的な影響って意味では、隋・唐の文化影響ってことになる。
そして、そのあやふやであいまいな意味合いでは、韓国もやはり古代中国の影響圏にいるんだろう。

※ネトウヨ的視点は、今回は無し。

唐の時代の中国では、外国人が政府の要職に就くことが可能だった。
阿倍 仲麻呂の例もあるが、唐では異人も異文化も吞み込んでいた。
朝貢・冊封といった外交手段が、境界を越えて呑み込んでいく外交であり、文化だった。
呑み込みつつも支配するのではなく、併吞し境界そのものをも呑み込んで同化していく。

西欧の植民地支配では、相手を滅ぼし、打ちのめす。

しかし、古代中国の文化圏における併呑では、打ちのめすのではなく呑み込む。
南米の原住民による国家は、西欧諸国に討ち滅ぼされた。
古代中国は、原住民による国家を存続させ、異民族も重用した。

日本帝国時代のアジアへの進出が、欧米諸国による帝国主義的植民地支配と異なるのは、中国文化圏の影響だろう。
中国文化圏での進出とは、隷属させることではなく、同化していくことだ。
これは、欧米諸国の異民族交流とは明らかに異なる。
アメリカ合衆国は、以前に「人種のるつぼ」と表現されていたが、彼らは同化せずに空間を共有することから「人種のサラダボウル」と表現されるようになった。
カナダは人種のモザイクと呼ばれ、テロ禍にみまわれている英国もまた人種のモザイクと言われている。

欧米諸国のいう「寛容」「共存」とは、「異民族を異民族として受け容れる」「異文化を異文化として受け容れる」ことだ。
日本の異文化への受け容れとは、日本化してしまう-Japanismだ。
異文化を日本風にして日本に受け容れることを批判する向きもあった-異文化を捻じ曲げる,異文化への敬意がない,originalへの冒涜などだ。

しかし、この立ち位置の不確かさこそが、「日本的寛容」ではないのか。

欧米的な寛容-彼と我を明確に区別し、異物を異物として受け容れる-は、差別やテロの温床になるのではないか。
ナチズムもユダヤ迫害も、欧州にそれを生みだす種子があり、それを育てる土壌があったのではないか。

東洋的な寛容-いまや中国では失われたが、彼と我の境界を曖昧にし、異物を同化させていく-こそが、21世紀に求められる寛容なのではないか。





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最終更新日  2017.06.05 23:22:14
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