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2022.05.26
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子どもたちが全員で会いに来てくれるだなんて、父親としては嬉しいねぇ。


夜桜百サンは、突然、太陽を殺そうとして「六実にも、大事な誰かを喪うという父さんの気持ちを分かって欲しかった」みたいなことをしない。
娘の愛する旦那を殺そうとするような、浅い愛情ではなく、もっと深いところで子供たちを愛しているはずだから。


百サンは、愛する奥様を生き返らせたら、家族で過ごすひとときの団らんのあとで、自分が死んでしまっても良いくらいに思ってるんだ。子供たちの愛する母親を復活させたなら、その罪は自分ひとりで背負うくらいの覚悟がある。
百サンの気持ちが理解できないのは、本当の愛情を知らない可哀想なひとたちだ。自分よりも大切な愛するものの存在を知っているような幸福な人生をおくっていれば、百サンの行動は理解できるし支持できるのが当然で当たり前。百さんの行動は愛情深い人間がとってしまう自然な行為。
子どもが父親を理解しようとしなかったり、受け容れられなかったりするのは、親離れのために父親が味わう痛みだけれど、それも子どもたちがいずれ父親になる日がくれば理解できるようになる。
出産のときの母親の痛みが、父親の味わう子どもからの無理解、拒絶、拒否なのだから、子どもたちが父親を理解しようとしないことは責めたりしない。父親の味わう痛みとして受け容れよう。
家族みんなが幸せになることこそが、百サンの望みで、それ以外のものは求めていないんだ。子どもたちは未熟だから、本当の幸福がわからないんだ。だから、百サンは、父親として、子どもたちに本当の幸福を教えてあげようとしているんじゃないか。
百サンだって、不要な殺人なんかしたくないんだよ、でも家族の幸福のために必要だからやってるんじゃないか。子ども夫婦と一緒に、夫婦で食事をしただけなのに、何が問題だっていうんだ。





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最終更新日  2022.05.30 17:02:03
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