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2024.01.20
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一時期にSNSで盛り上がっていた反出生主義論。
あれはあれで、まぁ気持ちはわかる。


生に対して逆行的なanti-procreationismがあれば、生に対して消極的なun-procreationismという思考もあるのではないか。
生を苦痛とは捉えないが、生に対して積極的ではない。
生きることに逆行的ではないが、生殖に対して消極的である。
少子化を推奨するわけではなく、自死に積極的なわけでもなく、自分の生を全うしようとする意志はあるが、積極的に生産的な行動をするわけではない。
そんなun-procreationismが多いのではないか。


自分の社会的意義を考えたときに、「納税機」「労働力」でしかないという考えに至る。
自分の社会的価値を考えたときに、「社会を維持するための全としての個」であると考える。



そもそも、人間というのは社会の歯車でしかない。
それを昭和の末期から平成にかけて、ゆとりなお花畑論が横行し、「人間は社会の歯車ではない」「生きているだけで素晴らしい存在」などという妄言を社会に浸透させ、挙句の果てに「自分探し」などという矛盾を生んだ。
そこから原点に還り、「ひとは社会の歯車でしかない」というところに帰結した。だがしかし、その帰結に誤った虚しさを伴ったために、「労働し納税する機械」と卑下してしまった。卑下する必要はなく、それが適正な価値であるにも関わらずだ。


自分という存在が、存在するだけで価値があり、その生を楽しむことが正しいのであれば、妊娠,出産,子育てというリスクを背負わされる必要はなく、ただ自分の価値を高めることに終始して良いことになる。
自分という存在が、社会の歯車でしかなく、労働し納税する機械であるならば、妊娠,出産,子育ては歯車の再生産でしかなく、自らの財産を投資してまで寄与する必要はない。


非出生主義を否定し、少子化対策を行うならば、「妊娠,出産,子育てはリスクを伴わない」「「妊娠,出産,子育ては親という自分の社会的価値を高める」という思想or環境を創りあげることだろう。しかし、それが可能だとは思えない。





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最終更新日  2024.01.26 11:28:19
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