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3月1~2日 スキー旅行 パパ、今までの半分くらいのすべりで「いっぱいいっぱい」 と言ってはいたが、2日目は4人一緒に滑れた。 かなり滑れるようになった昇ではあるが慎重派。 スピード狂の夕衣とは大違い。 夕衣が「昇くん、遅いーーー」と言うと にこにこしながら「いいのいいの。ゆっくりゆっくり!安全運転~」 と言いながら滑ってた。4月26日 パパの友人の定例会仲間がほぼ全員集まってくれて 快気祝いをしてくれた。 昇も連れていった。2学年上の男の子がいたので 二人で、よく遊んでいた。 皆は二次会のカラオケに。 パパはそこまでの体力はまだないので(お酒もまだ飲めていない) 皆より一足先に帰ったが、それでもとても楽しそうで そんなパパを見るのが私としては嬉しかった。 5月2日~6日 義父母・パパの妹家族と出雲旅行。 出雲大社は超混みで、参拝のための行列が出来ていた。 義父母が、思ったより元気そうなパパを見て 安心してくれたことが何よりでした。5月17日 パパと昇 はじめての東京ドームでの野球観戦。 野球大好きの昇は大喜び。 その喜びぶりに、パパは帰ってすぐ、次の試合のチケットとりをしていた。5月24日 またまた野球観戦。 こういう日の夕飯が心配ではあるのだが、おにぎりや ちょっとつまめるものを作って持って行ってもらっているが 山のように持っていったおにぎり、昇がほとんど食べたと言っていた。6月には入り、パパの職場にて、昼食と間食のおにぎりをとる場所がなくなった。昼食だけで、夕飯までもたせることが出来ないのでそれが心配。6月6日の検診では、血液検査結果を聞く。100点満点と言われた。特に、栄養状態の数値が驚くほどいいと言われ、それは私はうれしかった。胃がないことにより、普通の人よりも、ビタミンやカルシウムが不足してそれにより、合併症になりやすいらしい。鉄分も常に不足状態のようだ。なので、食事のバランスはとても気をつかっている。お種人参と(友達からすすめられた)スピルリナ(がんにならないための食生活という本に載っていた)という健康補助食品も飲むようにしている。高価なものは続かないので無理だけど手の届く範囲での出来る限りのことはやりたいと思っている。6月7日~8日 昇とパパで、伊勢旅行。 夕衣が友達を何人か泊めるというので、パパが 自分が居ない方が、気も使わないでいいだろう という事で、急きょ男二人旅をすることに。 最初は近場と思っていたのが 「新幹線に乗りたい気分」←昇ではなくパパが。 というので、伊勢神宮と、鳥羽水族館へ。 この時、伊勢神宮いいなぁ~~と私が うらやましがったので、その後、パパと二人で 行く事になったわけです。7月4日 検診 「これからはもう少し、仕事を遅くまで頑張りましょう」 と先生に言われたらしい。 今までのように無理しないように、と行き続けると その範囲でしか身体を動かせなくなってしまうから、とのこと。 これはリハビリ中のパパのような人には全般言える事だろうが 健康体の人にも言えることかも・・・。 適度に無理することも、時には人間必要かな、と思ったりした。7月19~20日 パパと二人で伊勢旅行。暑かったがとてもよかった。 夕衣と昇は二人で留守番(一日目は夕衣のカレシもきてくれた) また二人で旅行したい。8月の休みはポケモンスタンプラリー三昧。7月・8月と水分のとり方に苦労をする。とり過ぎると、必ず下痢になるのであまりとらないようにするのだが、そうすると、軽い熱中症のようになる。とらないわけにはいかないが、思うようにはとれない。時々「なんでもいいからゴクゴク飲みたい」と言っていた。ゴクゴクは飲めないので、飲んだ気がしないそうだ。喉は渇くのに・・・この夏、これは見ていてつらそうだった。9月13~14日 テニス仲間と群馬にてテニス合宿。区の施設を利用して。 昇も連れて行った。昇はもう大人と一緒にダブルスに参加できる。 たまにボールの勢いに負けることもあるが そこそこ、一緒に試合していても、試合がなりたっている。 パパをもうすぐ追い越すかも。 もちろん私はとうに追い越された。9月21日 パパと二人で映画観に行く。二人で映画館はいつが最後か わからないくらい昔のこと。 絶対途中で寝るだろうと思っていたがパパ、しっかり起きていた、えらい。9月27日 昇の運動会。去年運動会が仕事でダメになったことから 全ての歯車が狂った、とパパが言っていたことが。 だからかはわからないけど、今年は早くから場所取りをして いい場所で一日見ることが出来た。パパも満足そうでした。9月28日 パパの誕生会。パパ久々に日本酒を飲む。意外と平気だ、と ちょっと調子にのっている感じ。10月5日 東京ドーム野球観戦。 7月・8月も3回ほど行っていたと思うけど何日か わからなくなってしまった。この日はデーゲームだった。10月10日 検診(CTの結果が出た。 肺に影があると言われたが、心配ないものらしい。 肺に転移の兆候は今のところなし・・ほっとする) この日、義父が東京に来た。敬神功労賞とやらをいただいたので・・。 一泊だがうちに泊まっていただいた。嬉しかった。 義父は自分のことより、パパの肺の検査結果ばかり気にしていた。 結果を聞いて安心して帰っていかれた。 10月12~13日 福井へ私の父の墓参りと、温泉へ家族4人で。 やっと墓参りに来れた。 昇、はじめてのパターゴルフにはまった。 温泉と宿がとてもよかった。10月19日 テニスサークル仲間と飲み会。 ウーロンはいを結構飲んだと言っていい感じに酔って 帰ってきた。 手術後、はじめて外で飲んできた。 弱くなった、とかはないらしい。 ビールはもう飲めないけど(炭酸はもうダメなのです) 日本酒や焼酎ならいけそう・・・よかった~ 私もとても嬉しい。胃穿孔手術からは1年たち、胃の全摘手術からも、もうすぐ1年。検診はまだ月に1度。前回の検診時、パパの前の人がパパと同じ手術で手術日はパパより後なのにもう2ヶ月に一度のペースになっていたとのこと。(待っている場所から中の声、聞こえるらしい)「やっぱり摘出前に穴が開いたから、俺はまだ月1なのかな~」とパパ。「じゃあよかったじゃん?月1で診てもらえている方が、安心だよ」と言うと「そっか」と言ってはいたが私もパパもやはりそこは常に気になっている。気になってるけど気にしても仕方ないので、一日一日出来る事をこなしていくしかない。今の私の何より嬉しいひと時は お笑い番組を見て大笑いをしているパパを見る時。この時いつも、退院後、何をしても苦しそうにしていた頃のあの感情を思い出して本当に嬉しくなる。「あー笑ってる笑ってる」と思う。そして、こんな事が一番嬉しい事になる自分にちょっとびっくりしたりもする。こちらのブログは今日で記載を終わりにしますがガンサバイバーとしてのパパの闘いは、まだまだはじまったばかり。これから何が起こるかはわかりませんがこの1年のこちらのブログへの記録は今後の私とパパの糧となることは間違いないと思います。何より感謝なのは、どんな時もどんな状況でも静かに冷静に穏やかに事実を受け止めて逆に私を支えてくれたパパに。。。。感謝です。そしてたくさんの長い記録を読んで下さった皆さんに心から感謝します。ありがとうございました。
2008.10.31
1日の朝、お雑煮とおせちで家族4人そろってのお正月を久しぶりに迎える。いつもは、男子は島根、女子は東京にてお正月を迎えているので。パパはおとそをおちょこ2杯ほどと、お刺身に挑戦。おせちで食べられたものは煮物の人参・里芋・栗きんとん・お雑煮を少し煮物は普通の何倍も柔らかく、おもちは、キッチンばさみで細かくした。やっと1歳近くの子どもくらいは食べられるようになったかな、という感じ。4人で初詣をしたが、行列が出来ていて、1時間ほど並んで待ったのでその間、倒れやしないだろうかと、気が気ではなかった。そんな元旦をすごし3日には、テニスにボーリングとスポーツで過ごしたお正月でした。1月は7日から仕事復帰。当分は10時~16時勤務で。お弁当作りが少し大変になった。なにしろ冷食を入れられないお弁当って最近はほとんど作ってなかったから。この頃パパはよく物が食道に詰まって死ぬ思いをしていた。普通物が詰まったらお茶や飲み物を飲んで流すけどパパの場合は、お茶や飲み物も『詰まる』のでそれをすると余計症状が悪化する。そういう時は若干体をたおして、物が少しずつ落ちていくのを待つしかない。「弁当のごはんで詰まった」というメールが何度かきた。それからは、ご飯をつめる前に、箸でよーくほぐしてから入れるようにした。食事時にも『う・・』と言って、上を向いて苦しそうにしていた。最初の頃は、「大丈夫?」とちょいおろおろしたけどそのうち「また詰まったんだね~」と余裕でいられるようになった。ストンと落ちると、また食べはじめるで待つしかないのだ。ただ、これが落ちないと救急車もので、煙突そうじのように上からえいえいっと押し込んで落とすそうです。勤務は外回りはまだ無理だろうということで、内勤のみだがしばらくぶりの緊張感とまだ本調子ではないためか帰ってくると、ものすごく疲れていて腰や肩をもんでほしいと言う。パパにそんなことを言われたのは結婚して以来はじめて。よっぽどだるいのだろう、と思う。歯の治療も本格的にはじまる。1月半ば頃に下の歯が歯磨き中に1本抜けて(グラグラしてたので)上も下もすきっぱになって、ひどいもんでした。結局部分入れ歯は避けられず、そのために歯医者には足しげく通った。1月22日に島根で、親戚のお通夜があったためにパパひとりで帰る。お世話になったおじさんで、楽しい人だったので私も淋しい。3泊して戻って来た。お義母さんがいるので食事はそれほど心配しなかった。「かぼちゃの皮残したら、残すなって言われた」って言ってたけど(笑)まだちょっと皮はハードでしょう。1月27日はじめてのラジウム温熱治療。治療後は、帰ってから、眠りこけていた。初の温熱ドームはこたえたらしい。再発予防にと思い、はじめた温熱。効果があるのかどうかはわからないけど何もしないよりはましだと思いはじめた。2月21日から10時~17時勤務に。少し長くなったので心配になる。胃という貯蔵庫がないのでエネルギーをためておけず空腹状態になると、体に力が入らずめまいがしたり、膝がガクガクとなり立っていられなくなる。気が遠くなることも。胃の手術をした人の『ダンピング症状』という後遺症のひとつです。ただパパの場合は、逆流という症状がなかったのでまだたすかった。おにぎりを間食用に持っていってはいるが、帰ってくる6時頃までもつのかどうかがとても心配だった。帰り道で倒れたらどうしようと思った。帰宅直後「限界だーーフラフラするー」と言いながらとりあえず何かを食べたりしていた。飴などをポケットに欠かせなくなった。ひとつ口に入れるだけで少しは違うようだ。1月の末に妹が上京してきた。2月にはまだ方向性が決まっていなかったのでよく遊びにきてくれてにぎやかだった。パパに足つぼマッサージをしてくれた。やはり「胃」の部分にはなんの反応もなくなったとのこと。当たり前といえば当たり前だけど、人間の体って不思議だ。検診は1月5日 血液検査の結果を聞くほとんど正常値だが、肝機能に変化ありと言われる。次にエコー検査でみてみましょうとのこと。「何が食べたい?」と聞かれ「チャーハンとか餃子とかが・・」と言うと「「餃子はそろそろいいと思うよー」と言われる。(その日の晩御飯は餃子に)腫瘍マーカーは動いておらず、再発の可能性はないと言われほっとする。2月は1日が検診エコーで肝脂肪の兆候ありと言われる。体重の減少を気にして、脂肪分は気にせずカットしていなかったからか。食事で今後気をつけていこうと思う。とりあえずは、仕事を休むこともなく、検査結果もクリアしつつなんとかなんとか過ごした1月・2月でした。家ではパパはもっぱら遊びの計画をたてていた。3月のスキー。GWの、じじぱぱ達との温泉旅行。毎日毎日せっせと旅行計画をたてていました。相変わらずこういうことが大好きなパパです。私のことだけど2月1日に妹と「笑っていいとも」観覧した。「そーですねー!」と叫んできた。100人中一人が出たので、タモさんのイラストが書いてあるミニタオルをもらってきた。一人が出ると、皆にこんなのがもらえるんだーと知りだから、あんなに盛り上がるのかーと思いました。西野がな~んかうざかった(笑)
2008.10.04
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