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yukina♪

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October 8, 2005
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カテゴリ: みにすとーりぃ


さまざまな明かりが目立ち始めた街の中、
頼まれた買い物をして、事務所に戻る道を急いでいた。
私はいま、デザイン事務所でアルバイトをしている。
事務所は、約一ヶ月後に控えたイベントの準備で大忙しだった。
先生の立ち上げたブランドは、、
最も注目されている新ブランドとなりつつあった。
今度のイベントでも、
スペースこそそんなに多くはもらえなかったものの、

80%近くの人が、購入したいブランド、と答えていた。
今日も会場であれこれと作業をして、
さっき事務所に戻り、ティータイムにしようとしたところ、
茶葉がないことに気づき、買い物を頼まれたのだった。
先生はいつもゆったりと構えた性格で、
どんなに忙しくても、
毎日の仕事の区切りには必ずみんなでお茶を飲んで談笑し、
みんながなごやかな気分になったところで解散する。
あまりの作業量の多さでトゲトゲしてしまっている気持ちも、
穏やかにしてしまう先生の、場の演出力はさすがだった。

前から自転車がきて、

仕事帰りの車なのか、交通量が多く、
自転車も車道を通るのは危なそうだ。
このあたりから歩道もだんだんと少し狭くなっている。
よりによって、一番狭い場所あたりで前から自転車がきた。
乗っていた男性は何を思ったか、自転車から降り、

変な人。
しかも通れそうな感じなのに自転車を私に当ててくる。
気のせいかな、と思ったけれど、
ますます押し付けてくるので、
さすがに少し睨み付けてやろうと顔を向けた。
驚いたことに相手は笑った。
にっこりと嬉しそうに笑った。
なぜか懐かしい部分がキュンとした。
あ。
この人、知ってる。
最近ドラマでも時々みかける、俳優のTさんだ。
ちょっとひるんだ隙に、
目の前には2枚のチケットが差し出されていた。
「これ、一緒に観に行こう。君と一緒に観たい。」
どうやら映画のチケットらしい。
タイトルは。。。
え?
そこにあったのは、ある細菌の名前だった。
こんな映画あったの?というか、普通こんな映画に誘う?
あれ?

「お。またTが女ひっかけてるぞ。」
前からきていた数人の男性のうちの一人が、
大声で言うのが耳に入り、
我に返った私は、チケットは受け取らず、
その場から逃げ去るように事務所まで走った。

急に思い出していた。
大学で私がとったゼミの教授の研究室。
そこにTさんはいた。
言葉少ない人だったけれど、
その容姿は一人だけ浮いたように目立っていた。
研究室は広く、
教授の下で研究している先生方は、
それぞれに少しずつ違うテーマで研究していて、
テーマごとに小部屋に区切られていた。
Tさんは私とは違う部屋にいたので余計に話さなかった。
クリーンベンチや遠心器、オートクレーブなど、
器具の一部を共用していて、
「空きました」と声をかけに行ったり、
試薬を取りに行ったときにチラリと部屋を覗き、
その姿を見つけては、ドギドキしていた。
あんなに憧れていたのに、どうして忘れていたのだろう。
どうしてあのTさんだと、今まで気づかなかったのだろう。

ティータイムが終われば私のバイトは終わる。
「明後日の夜、開いてる?」
家に帰るなり母に尋ねられた。

予定通り、
Tさんが進行を勤める深夜番組の収録現場に来ていた。
母がこの番組が好きで、観客に応募していたらしい。
収録中、ずっと私はTさんのことばかり見ていた。
本当にあのTさんだろうか?
ほとんど表情がなく、淡々と進行させていく。
カメラに向けて作る笑みも、冷たく硬い鋼鉄のようだ。
母がこっそりと耳打ちした。
「あの人、すごい自信家なんだろうね。」
そうだった。
あの研究室にいたころとは全然違う。
あのときは、言葉は少なかったけれど、
もっと温かみのある優しい表情をしていた。
卒業するころには、
よくお昼ご飯を食べに行く前に声をかけてくれた。
いつも照れくさそうに笑っていて、
こちらもつられて笑顔になってしまった。
Tさんが笑うのを見ると私も幸せな気分がした。
あのTさんが俳優になって、いま目の前にいる。

まるで別人だ。


大変なことになった。
先生の人気を妬んだ老舗ブランドのデザイナーが、
スタッフを数人、引き抜いてしまったのだ。
しかも多数の作品と一緒に。
イベントは目前。
ぽっかりと空いたスペースを前に、
残ったみんなは一瞬沈黙してしまった。
それでもとりあえず何とかしなければいけない。
その日はティータイム後も気分はパッとしないまま、
それぞれがそれぞれの場所に戻っていった。
ただのアルバイトの私は帰路についた。
なんて無力なんだろう。
イベントは成功するのだろうか。。。
ぼーっと歩いていると、目の端に誰かの姿が映った。
Tさんだった。
ほんのチラッとだったのに、
遠くのほうの交差点にいたのに、
こんなにたくさん人がいるのに、
Tさんだけが目に入った。
急に自分がとても嫌になって、早足になった。
(いま会いたくない。)

もうすぐ駅の入り口というところで、
サッと後ろから自転車で追い抜き、
入り口のそばでひらりと降りて、
端にぴたっと自転車を放置した女性がいた。
大学で同じ教室だったSちゃんだった。
いつものことだけれど、
たったいま自転車で来たとは思えないほどの、
あまりのさり気なさに、一瞬見とれてしまった。
でもなんとなくキョロキョロしている。
「どうかしたの?」
と声をかけると、
「あ。これなんだけど。いま落ちてたの。」
と両手で何かを大切そうに差し出した。
コンタクトレンズだった。
透明なそのレンズはプルプルとしていて、
少し見入ってしまった。
「どうしよう。」
Sちゃんは、いつ見ても小さくて柔らかそうで、
人形のような整った顔をしていて、とても可憐だ。
「コンタクトレンズ落とした人はいませんか?」
なんて、大きな声で尋ねることなどできない。
いや、決してしようとしない。
それはいつも私がやってきた役目だ。
「大丈夫。このレンズなら、きっと使い捨てだよ。
 落とした人も探していないと思う。」
急に胸がざわざわしてきて、慌てて言った。
そうだ、はやく立ち去らなくては。
「本当に?」
大きくて、美しい池の水をたたえたような、
うるうるとした瞳でじっと見つめられた。
この瞳に、何人の男性が虚しい恋をしてきたことだろう。
そう知りながらも、
自分の冷酷さと身勝手さを、
目の前に突きつけられたような気がして、
胸がチクリと痛んだ。

「Sちゃん。待った?」
背後からTさんの声がした。
びくっとしたけれど、振り返らず、
目線も合わせないようにしていた。
Sちゃんはパッと嬉しそうな顔になり、
Tさんに見えないように、
コンタクトレンズをあっさりと足元に捨てた。
「わざわざごめんね。
 大好きなSちゃんに相談があったんだ。
 さ、行こう。」
私には全然気づいていない様子だ。
そのままこちらも気づかないふりで、
こっそり立ち去ろうとしたとき、
ぐっと強く手首をつかまれた。
「君も来る?」

どうしてついて来てしまったんだろう。
Tさんの後を、
Sちゃんと二人並んでついて歩いていた。
三人ともずっと黙ったままだった。
駅の裏をくねくねと入った所らしく、
表と違って静かで街灯の色も違い、
ちょっと別世界に来たような感じだった。
「ここ、ここ。」
ふいにTさんはそう言って、
一軒のお店の中にさっさと入ってしまった。
Sちゃんは、
おしゃれで明るい感じのお店や、華やかな場所が好きなので、
こういう所は好みではない。
大きな木を斜めに切ってそのまま使ったような扉の前で、
入ろうかどうか迷っているようだった。
すぐに扉が開いて、
「どうしたの? 早くおいで。」
と、TさんがSちゃんの肩に軽く手をかけてから腕を引いた。
扉は重いらしく、
もう一方の手で閉まらないように押さえている。
無理矢理のように店内に引き込まれていくSちゃんは、
あの大きな瞳でTさんを見あげた。
いかにも困ったような、
でも嬉しそうな表情がありありと浮かんでいた。
その目を見たとき、
言われるままについて来てしまった自分をとても恨んだ。
バカみたい。
いったん閉まった扉の前で、勢いよく踵を返して駅に向かった。
道がわからないので、がむしゃらに歩いた。
バカみたい!

ようやく駅に辿り着いたときは、少しホッとした。
普段は苦手な喧騒までもが嬉しい。
駅の改札を通ろうと、パスケースを取り出すと、
そこに2枚のチケットとメモのようなものが、
くしゃくしゃに押し込まれていた。
一体いつの間に。。。
この映画ならSちゃんでも一緒に観られるだろうに、
どうして私?
メモにはこれだけ書いてあった。
「ずっとずっと君に逢いたかった。」
急速に顔がほころんでいくのが、自分でもわかった。
人気の出始めた俳優が、
一人でこんな街中をうろうろと歩いていたのも、
いろんな女性に声をかけていたのも、
Sちゃんを呼び出したのも、
歩道での不自然な行動も、
そのときのとても嬉しそうな笑顔も、
不思議な懐かしさでキュンとなった私の心も、
全部私の中で繋がっていった。
なんて不器用な人なんだろう。
あのころと少しも変わってなんていない。
むしろ変わったのは私のほうだった。
ニヤニヤしてみえるのだろうか。
駅員さんや、通り過ぎる人が不審そうな目で見ている。
そんなことはいいんだ。別に。これが私だ。

もう明らかに私は微笑んでいる。
イベントのことだって、むやみに心配だけしても仕方がない。
できることを精一杯手伝おう。
発車ベルが聞こえてきて、
大きな川の流れのような人ごみの中に飛び込んでいった。





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最終更新日  October 9, 2005 04:58:59 AM
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