July 3, 2024
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カテゴリ: 気になるTV番組
2024年NHK大河ドラマ 『光る君へ』 の感想です。

この回では私は2つの場面が気になりました。
1つは、左大臣・藤原道長(柄本佑さん)の一の姫の
彰子(見上愛さん)の入内をめぐって、道長は周囲の
人々からさまざまな意見を聞くことになりました。

この彰子はいかにも不器用そうなおとなしい姫君で、
運命の皮肉というか、その地位に一番ふさわしくない
と皆が思ってしまう人がそこに就いてしまう、という


この先、本人に資質がなく崩れていくのか、あるいは
予想外に見事な働きをするのか。
まあ史実で良い方に展開していくとわかっているので
彰子に関しては安心ですが。

また道長の嫡妻の源倫子(黒木華さん)は、はじめの
ほうこそ彰子の入内に大反対をしていたけど、母から
意見されて考え、気がつけば倫子の中では彰子は入内
することになっていて、そして頼りない娘が帝の后の
地位にふさわしくなるよう陰で支える決意をします。
大人物(道長)を支える妻(倫子)は、本気になったら
揺らがない強さがありますね。


藤原宣孝(佐々木蔵之介さん)の強い求愛を受けて結婚
して、はじめのうちはうまくいっていたようでした。
でも何かの出来事をきっかけに、特に非常事態があると、
相手の見方が大きく変わることもあるのですよね。

貧しい子供たちを汚らわしいと嫌う姿は、下々にも優し

などデリカシーもなければ反省もない。
まひろの中で宣孝に対して少しずつ違和感が出てきます。

宣孝はまひろに「甘えてこい」と言いますが、そもそも
まひろのように貧しい子供たちに施しをしたり、男からの
高価なプレゼントに考えをめぐらして単純に喜ばない女は、
男が喜ぶ甘え方はできないと思います。
(華美に身を飾ることが好きな女は、甘えて宣孝好みの
女になっていくと思います。否、あるいは珍しい書物でも
手に入れて贈ってたら、まひろは喜んで宣孝に飛びついて
甘えてきたかも。)

宣孝にとって手に入れた後のまひろは、自分はこういう
女を妾にしていると自慢して歩くアクセサリーの一つに
なった感じですね。
そしてまひろは、予期せず石山寺で道長と再会に。
次回の展開が楽しみであります。

こちらで歴史家の先生がドラマのお役立ち情報出して
くださってます。

  ⇒ ⇒  こちら

こちらでは様々な意見がでていて参考になります。
 ⇒ ⇒  #光る君へ


長徳4年(998)10月、日食と大地震が同日に都を襲い、天災が続きました。
帝(一条天皇)は陰陽師の安倍晴明(ユースケ・サンタマリアさん)からの「天文
密奏」を受け、帝は政を疎かにしている自分のせいなのかと気にかけていました。
一方で左大臣の藤原道長(柄本佑さん)は被災した民の対策に追われつつ、大雨が
まだ続く空を見てこの先はどうなるのかと憂いていました。
そして道長は密かに晴明を訪ね、どうすれば天災が収まるのかを問いました。
晴明の出した答えは、天地の気の流れを変える、そのために道長の一の姫・彰子を
入内させることと言い、道長はおとなし過ぎる彰子の性格では入内は無理だと反論
しましたが晴明は、これは彰子が背負った宿命と力強く言いました。



晴明から言われたことに納得がいかない道長は、女院で実姉の藤原詮子(吉田羊
さん)に相談しました。
すると詮子からは、道長も身を切る覚悟を持つように言われました。
詮子から見れば道長は、公卿たちの最高位にいる今の地位は道長自身があくせくと
策を弄して手に入れたものでもない、今までがうまくいき過ぎていたと。
さらに彰子はまだ子供だけどそれが自分の使命ならばやり抜くだろう、道長は娘を
守ることを理由に自分が苦手な宮中の力争いから逃げている、と続けました。
頼りにしていた人たちから次々と裏切られながらも宮中で生き抜いてきた詮子から
したら、やっと道長も血を流す時がきたと思えるものでした。
そして朝廷の混乱と天変地異が収まるなら彰子を入内させるよう道長に言いました。



晴明の予言と詮子の助言で彰子を入内させようと気持ちが固まりつつあった道長
でしたが、道長の子供たちが詮子の前に出たとき、はつらつとする嫡男の田鶴に
比べて彰子はおとなしく頼りなげで、詮子も同じ思いで彰子を見ていました。
彰子の入内を嫡妻の源倫子(黒木華さん)に話した道長でしたが、それは倫子に
相談したというより決定事項の伝達で、倫子は激しく怒りました。
倫子はその後で母の藤原穆子に愚痴を聞いてもらい、そして穆子は娘の言い分を
一通り聞いた後で優しく自分の考えを述べました。
「入内したからとて不幸になるとは限らない。中宮がひょっこり亡くなったら?
何がどうなるかはやってみないと分からない。帝は今は中宮に首ったけだけど
そのうち飽きるかも。(若い彰子が愛しくなるかも)」
怒り心頭だった倫子でしたが、母・穆子の助言には納得していました。



天変地異が終わるを願って内裏では改元の話が出ていて、また公卿たちの間では
定子は陰で「傾国の中宮」と言われ、評判は良くありませんでした。
同時に公卿たちは左大臣・道長の姫が入内すればとの期待も上がっていました。
そんな頃、道長の嫡男・田鶴(小林篤弘くん)が母・倫子に、姉の彰子のことで
ふと思ったことを訊ねました。
姉のことを「ぼんやり者。琴の覚えも悪くて師匠が怒っている。」と率直過ぎる
言い方をする田鶴を倫子はたしなめます。
「姉上のことをそのように言ってはいけない。田鶴がこの家と父上の跡を継ぐ
大事な嫡男であるように、姉上は帝の后となる尊い姫なのです!」
「彰子は帝の后!」ーー倫子はいつの間にか意識が変わっていました。



道長は彰子に入内のことについて訊いてみたのですが、彰子は我が身のことで
あっても何も考えていないのか「仰せのままに」と答えるだけでした。
道長はこの姫を入内させてよいものかと再び悩みました。
一方、帝は天変地異で民の命が奪われ苦しんでいるのは自分の不徳だと責任を
感じていましたが、その気持ちが向かう先は譲位して政から離れ中宮・定子と
静かに暮らしたい、というものでした。
蔵人頭の藤原行成(渡辺大知さん)は「たとえ譲位しても今のまま中宮を寵愛
し続ければ、中宮も脩子の立場も危うくなる。譲位せず政に専念する姿を皆に
示して欲しい。さらに帝に皇子がないと父・円融院の血筋が途絶えてしまう。」
と進言しました。
この進言は道長が行成に頼んだもので、帝の心はまだ寵愛におぼれているけど
これで一歩進んだと、道長はこれからも頼むと行成を励ましていました。



年が明け、改元されて長保元年(999)となりました。
しかし帝の定子への寵愛は衰えることなく、あろうことか出家した中宮・定子を
職御曹司から密かに内裏に呼び寄せていました。
そして定子はやがて懐妊、陰陽師の晴明は今年の11月頃に「皇子」が誕生する
と予言しました。
内親王ではなく皇子が生まれるとなると道長も迷っていられず、かと言って
呪詛という汚い手は使いたくないので、彰子の入内を定子の産み月の11月に
ぶつけると決め、晴明に良い日取りを出すよう命じました。
そして11月1日を彰子の入内の日と決め、倫子に伝えました。
倫子はならば定子を呪詛して欲しいと言いましたが、道長は「そのような事を
しなくても彰子が内裏も帝も清める。」と力強く言いきりました。
道長の考えが己の栄華のためではなく内裏と帝のためにあるとわかった倫子は
「私も肝を据える。中宮の邪気を払いのけ、内裏に彰子のあでやかな後宮を
作るために私も命を懸ける。」と道長に言いきりました。



道長は彰子の入内を帝に申し入れ、帝は定子の産み月という時期もあって即答は
できませんでしたが、自分のせいで道長に苦労をかけたことやこの先も道長に
舅としての力添えを期待して、彰子の入内を許可しました。
道長と倫子は大君・藤原彰子(見上愛さん)の裳着の儀を盛大に行い、腰結の
役を道長の姉で女院(であり帝の実母)の詮子に頼みました。
参列した皆からの祝意を受け、道長は「これも神仏の守護と、皆のおかげだ。」
と厚く礼を述べ、道長と倫子は皆に深く頭を下げました。



儀式の後で道長を支える公卿たちはそれぞれに思いを述べていました。
源俊賢(妹・明子が道長の妾;本田大輔さん)は見事な式であったとただただ
感嘆し、若い頃から道長と一緒に御所で働いてきた藤原斉信(金田哲さん)は
「一番ボ~ッとしていた道長が左大臣で自分たちはいまだ参議とは。」と少し
不満げな感じでした。
斉信と同じく若い頃から一緒だった藤原公任(町田啓太さん)は「道長は己の
ためだけに生きていない。そこが自分たちとは違う。道長にはかなわぬ。」と
素直に道長のすごさを褒め、藤原行成も同感でした。
ただ定子の兄の伊周は道長の動きを警戒していました。



さて、まひろ(吉高由里子さん)ですが藤原宣孝(佐々木蔵之介さん)の求愛を
受け入れて結婚し、幸せな生活を送っていました。
ただ大水や地震の後で民の暮らしは困窮していて都にはおなかを空かせた子供
たちがあふれ、可哀そうに思ったまひろは親のいない子供たちに食べ物を分け
与えてやっていました。
そこに宣孝が来たのですが宣孝はそんな子供たちを汚らわしいと一蹴、まひろ
には贅沢をさせてくれるけど、まひろは嬉しい気持ちになりませんでした。
さらに宣孝は、まひろが自分にくれた恋文をあちこちで見せていると自慢げに
語り、それは自分にとって恥辱であるとまひろは強く抗議しました。
しかし宣孝は全く反省がないのでまひろは、今まで送った文を全部自分に返す
よう言い、この日は宣孝を追い返しました。



後日、まひろの弟の藤原惟規が大学寮から家に戻り、惟規はまひろに、宣孝が新たに
若い女を囲ったようだと報告、まひろは文を見せびらかしていることも含めて
宣孝に対する怒りがだんだんと大きくなっていきました。
そして宣孝との間で「許す・許さない」といった文が何度か続いた後、ある日
宣孝は絹の反物を持ってまひろのところにやって来ました。
でもその反物にも、また言い争いになったときに謝罪した宣孝の言葉にも心が
こもっていないことをまひろはわかっていました。
だから宣孝が自分に甘えてこいと言ってもそんな気にもなれず、さらに宣孝が
道長とのことに絡めて皮肉を言ったので、まひろの怒りは爆発しました。
手元にあった火桶の灰を宣孝の顔にぶつけ、怒りと共に立ち去りました。
それ以降、宣孝はまひろのところに来なくなってしまいました。



宣孝に対する気持ちの整理がつかないまま日がたち、そんなまひろのを見ていと
(弟・惟規の乳母)は、夫婦なら自分が悪くなくても自分から折れて寄り添う
ことも大切だと言い、宣孝にお詫びの文を書くよう進言しました。
ただ宣孝からの返事はまひろが期待したようなものでなかったので、まひろは
気分転換も兼ねて、家の皆で石山寺に詣でようと提案しました。
(宣孝が来なくなる=経済的に困る、ということもあったと思います)
特に越前から乙丸についてきたきぬは石山寺に行けると大喜びで、一家揃って
石山詣でに旅立ちました。
皆が寝静まった深夜、まひろはお堂で一人静かに御仏に祈っていました。
するとお堂の扉が開いて長身の公家が入ってきて、それはなんと道長でした。






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Last updated  July 3, 2024 12:46:29 AM


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