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September 23, 2026
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カテゴリ: 気になるTV番組
2026年NHK大河ドラマ
『豊臣兄弟!』 のあらすじ及び感想日記です。

今回の話で興味深かったのは、秀吉(池松壮亮さん)が関白に
なるために近衛龍山(前野朋哉さん)を説得するシーンです。
龍山にいきなり猶子にしてくれと言っても話が通るわけない
から、秀吉の持つ財力をふんだんに周りの公家たちに配って、
まず周りを味方にしておきました。
そして御所の修繕や造営で帝からも覚えがめでたい者になり、
龍山の抱える諸事情や心情を揺さぶって、最後は交渉を成立
させて関白の座を得ました。

御所の修繕ということで、ふと思い出したのが織田信長の父・
織田信秀です。
信秀には肥沃な尾張と熱田や津島の交易で得た富がありました。
応仁の乱(1467~1477)以降、財政難で荒廃したままの京の
朝廷に信秀は莫大な金額を献上して助けてきました。
それにより尾張のいち戦国大名にすぎなかった信秀は朝廷と
つながりを持ち、信秀亡き後に織田家を継いだ信長も、父に
倣って朝廷との関係を大事にしてきました。
そしてその信長のやることを傍でずっと見てきた秀吉もまた、
信長に倣って財力を朝廷に投資して目的を果たしました。

戦国時代では、戦う武将はクローズアップされるけど、金の
ない朝廷は影が薄いものです。
でも「朝廷のもつ権威」というのは、戦国武将たちにとって
政治的に大きな力を持っていたのだなとドラマで感じました。

もう一つ面白かったのは、華やかな薄紅色の女ものの着物を
好む長宗我部元親(磯部寛之さん)の話です。
亡き織田信長が京で盛大な馬揃えを行ったとき(1581年、
第25回 )、馬揃えを見に行った小一郎(仲野太賀さん)は
京の町で元親と出会いました。
そのときのやりとりで、二人が再会したときに何らかの伏線
回収はあるだろうと思ったけど、まさかあの女ものの着物が
元親を表現するとは、という感じでした。

気が付けばもう9月の後半です。
この『豊臣兄弟!』も残りあと2カ月半になりました。
まもなく羽柴から豊臣に変わりますね。
終盤がどう展開していくのか、楽しみです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

天正12年(1584)11月、羽柴秀吉(池松壮亮さん)と織田
信雄・徳川家康(松下洸平さん)が激突した小牧・長久手の戦は、
信雄が秀吉と和睦したことにより戦う大義名分を失った家康は
秀吉と和議を結ぶことになりました。
家康は庶子で次男の於義伊(立花利仁さん)を秀吉の養子として
大坂城に送りましたが、秀吉の人質であることにも変わりない
於義伊は、父・家康から言付かった挨拶を秀吉に伝えていても
怯えは隠せませんでした。
家康はそのころ遠江の浜松城(静岡県浜松市)で、こたびの戦で
徳川方に付いて動いた紀州・越中・四国の大名たちを秀吉は討伐
しなければならないから疲弊するだろう、そのときに再び秀吉を
攻める、と計算していました。
しかし秀吉と弟・羽柴美濃守秀長(小一郎;仲野太賀さん)も
於義伊を優しく迎えながらも、いつかはまた徳川とけりをつけ
なければならない、そのときのためにも羽柴はもっと力を持つ
必要がある、と考えていました。

そのころ阿波の白地城(徳島県三好市)では、悲願の四国一統を
目前にした長宗我部元親(磯部寛之さん)が秀吉からの書状を
受け取っていました。
阿波・讃岐・伊予を返上すれば土佐一国を安堵する、と書かれた
書状を読んで怒り心頭になる嫡男の長宗我部信親(林裕太さん)
でしたが、重臣の谷忠澄(堀部圭亮さん)は冷静でした。
羽柴はすでにあの折に徳川方についた紀州の雑賀と根来を討伐
している、次はこの長宗我部だ、と考えていました。
領主・元親はかつて織田信長に言われた侮辱的な言葉を思い出し、
織田の次は羽柴かと簡単には従わない姿勢を見せていました。

秀吉は紀州攻めから戻った家臣たちをねぎらいつつに、すぐ次の
四国征伐があることを皆に伝えていました。
軍師の黒田官兵衛(倉悠貴さん)は元親からの「土佐と伊予の
2か国の安堵が条件、それならば阿波と讃岐は差し出して羽柴に
従う。」という返答を伝えました。
小一郎は元親の心情を理解しつつも、羽柴が四国を制した暁には
伊予は毛利が治めることが毛利が羽柴に味方するための取り決め
だから長宗我部に伊予は渡せない、と説明しました。
秀吉は長宗我部と一戦を交えるより他はないと決断し、弟・秀長
(小一郎)に四国攻めの総大将を命じました。

小一郎は重臣たちを集めて軍議を開きました。
四国は海に囲まれ険しき山も多い天然の要害、しかも自分たち
には地の利がない、と説明する軍師の官兵衛に小一郎は、ならば
瀬戸内の海を埋め尽くすほどの船1000艘を用意して一気に
攻め込む、という考えを示しました。
予想をはるかに超える船の数に驚く皆に小一郎は、こたび羽柴の
家臣として召し抱えた紀伊湊の代官の吉川平助(松岡広大さん)
を呼びました。
かつては船奉行で商人たちにも顔が利くという平助です。
早速、和泉と紀伊の船は根こそぎかき集めてくると言う平助を
小一郎は心強く思い、船が足りなければ造ることも含め重臣たち
それぞれに役割を命じました。
秀吉と小一郎は各地の征伐にあたってあらゆる道筋を考えていて、
そのころ秀吉はとても大事な所要で内々で京を訪れていました。

秀吉は京の妙顕寺城(京都市中京区)にいて、千宗易(吉岡秀隆
さん)の仲立ちで近衛家の前当主・近衛龍山(前野朋哉さん)と
会っていました。
身分によって人の扱いが全然違うことが骨身にしみている秀吉は、
公家の中でも五摂家の出でなければなれない関白の座を狙って
いて、近衛龍山の猶子になろうと考えていました。
自分と歳が近い秀吉を猶子にするのを龍山は嫌がりました。
でも秀吉は、今の自分なら財力で公家たちを動かせる、さらには
御所の修繕や新たな御殿の造営などで帝からもお褒めを受けて
いる、実質的に朝廷を守っているのは自分だと。
そして龍山に、自分が関白になって天下一統を成し遂げた暁には
龍山の子に関白の座を譲る、と龍山を説得しました。
互いに足りないものがあり、互いを羨ましく思う龍山は、秀吉に
協力することをを約束しました。

天正13年(1585)6月、大量の船を用意した小一郎は瀬戸内を
渡って阿波・伊予・讃岐の三方から四国攻めを開始しました。
予想をはるかに超える羽柴軍の襲来を見た元親は白地城に退いて
籠城することにし、重臣の谷忠澄は阿波の一宮城(徳島県徳島市)
に残ると申し出ました。
讃岐(香川県)と伊予(愛媛県)の諸城は次々と陥落し、木津城
(徳島県鳴門市)も陥落、羽柴の猛攻撃が続きました。
忠澄のいる一宮城に入った小一郎は死を覚悟していた忠澄に元親
との仲立ちを頼み、忠澄も受け入れました。
白地城に入った忠澄は主・元親に一宮城が総崩れとなったことを
報告し、小一郎から預かった書状を渡しました。
それには「今、下れば土佐一国の領土は安堵する」とあったけど、
元親にしたら四国平定のためのこれまでの苦労を思うととうてい
受け入れられるものではありませんでした。

一方、羽柴方では四国攻めの片がまだ付かないことで秀吉から
催促の文がきて、これ以上延びるなら秀吉が出陣して総攻めを
するとありました。
しかし小一郎は、元親は望んでこの戦をしているとは思えない、
はじめは元親だって土佐と伊予の2か国で譲歩していた、元親は
このまま家臣や領民たちを無駄死にさせるようなことは望まない、
元親は強いが優しい、元親は説き伏せれば我らの心強い味方に
なってくれる、そう考えていました。
小一郎の強い思いに納得した蜂須賀正勝(高橋努さん)は、殿・
秀吉は自分が説得してくる、この四国攻めの総大将は小一郎だ、
と言って大坂の秀吉のもとに向かいました。

大坂では秀吉が広間に皆を集め、一気に四国攻めの片をつけると
檄を飛ばしていました。
そこにふらりと甲冑を外した正勝が現れ、手傷を追って戦場を
離れたと言い、秀吉は正勝を案じました。
でもそれは別にして、秀吉は関白となる自分の戦を日の本中が
見ていることに焦りを感じて苛立っていました。
そんな秀吉を見て正勝は、秀吉・小一郎兄弟と墨俣に砦をつくる
(1566)ために出会ったころからこれまでのことを思い出して
語り始めました。
「この兄弟は喧嘩をして離れ離れでいても互いのことは心の中で
よくわかっていた。わしはこの兄弟のそこに惚れて力を貸そうと
決めた。今はどうだ?小一郎のことをわかっているか?お主が
関白になるのは本当にすごいことだ。でもわしにとっては、その
関白がわしの惚れた男かどうかがもっと大事だ。どうなんだ?」
関白になることばかり考えていて若いころの思いを忘れていた
秀吉は、正勝の心をこめた説得でこれまでのことを思い出して
目に涙がにじみました。
そして正勝の前に座り、あと3日だけ待つと言いました。
正勝は改まって「上様、ありがとうございまする。」と秀吉に
礼を言い、少しだけニヤリと笑いました。

そのころ阿波の一宮城では元親を説き伏せるための交渉が続いて
いて、でも元親家臣の谷忠澄は、殿・元親は戦い抜くだろうと
予測していました。
でも小一郎は、その昔に元親と出会ったときのことを思い出して
最後の交渉に向かう忠澄にある物を持たせました。
忠澄は元親に「殿を死なせたくない。」と本心を伝え、小一郎
から預かった物を元親に差し出しました。
それは明るい紅色を基調とした女物の着物で、元親が以前その
ような色を着ていたときに小一郎と出会って「穏やかな心持に
なれる」と言っていた色合いでした。
元親は羽柴と徹底抗戦すると決めて気持ちがずっと張り詰めて
いたけど、ほんのひとときながら小一郎と語り合ったあのときの
ことを思い出して涙が止まりませんでした。
元親の心の内を察した忠澄は元親に進言します。
「土佐一国、それで十分。真は殿もそうお決めになられていた
のでは。何があろうと家臣領民のことを一番におもんばかる。
私の知っている殿はそういうお方でございます。」
小一郎と忠澄の思いが響いた元親は降伏を受け入れました。

そして阿波・一宮城に表れた元親は小一郎が贈ったあの着物を
着て現れました。
小一郎は元親が望んだ伊予を渡せなかったことを詫びつつ、ただ
自分と兄・秀吉は長宗我部を滅ぼすつもりはない、この日の本を
天下一統する我らの力になってほしいと訴えました。
元親は四国一統を目指して突き進んできた、これまでの自分の
思いを語りました。
戦に明け暮れるうちに鬼になっていく自分が恐ろしくて、だから
こうして美しいものに身を包んで己の中の鬼を封じてきた、この
姿を真のわしだと言ってくれた小一郎の言葉が救いになった、と。
「もしも違う出会いであったなら、わしらは友になれただろう。
元親殿が好きだから。」ーー小一郎はそう言って笑いました。
どこか小一郎と心が通うものを感じる元親も一緒に笑いました。
そして元親は改めて、秀吉に従い、秀吉の天下一統の夢を手伝う
ことを誓いました。

天正13年(1585)7月11日、京の妙顕寺城にて。
秀吉はついに関白になることを認められ、それは一介の小百姓が
この国の最高権力者へと上り詰めた奇跡の瞬間でした。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





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Last updated  September 23, 2026 01:24:54 PM


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