旅行記 クライストチャーチ '18.09月 0
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7月23日。大学時代からの親友3人で、15年ぶりに集まることになった。その数ヶ月前、LINEで「今年こそ3人で会おう!」とグループを作ったことで、これまでなかなか実現できなかった再会へ向けての思いが一気に加速したのだと思う。そして、せっかく会うのなら、大学時代を過ごした広島でということになった。朝9時、JR広島駅在来線乗り場の改札口で待ち合わせ。それぞれ福岡、岡山、香川からだ。在来線改札口を選んだのは、「久しぶりに母校を訪ねたい」という私の願いを聞いてもらったから。市内でも宮島でも、ちょっと足を延ばして岩国の錦帯橋でもいいのだけど、それは他の人とだって、一人でだって行くことができる。でも、さすがに卒業して20年。このメンバーでないと、母校に足を踏み入れることは永遠にないように思ったのだった。最寄り駅につくと、土曜日にもかかわらず無料のスクールバスが運行されていた。ちらほら見かける高校生。どうやら、ちょうどオープンキャンパスの日と重なってしまったようだ。昔は駅から歩いた20分の道のり。変わり果てた街に驚きつつも、その中に少しでも残る懐かしい場面を見つけようと、ガラスに額あて、各々車窓を覗きこむ。バスは正門を抜けると1号館の前で停車した。偶然出迎えてくれた事務員だというスタッフの方が私たちよりも2年後輩の男性で、ワッと昔話に花が咲く。「まだ○○先生、いらっしゃいますよ。」「そうそう、昔は名物のからあげ弁当がありましたよねー。からあげとご飯ばっかりの!(笑)」「今はもう学食のメニューも変わっちゃって、、、」「4号館と5号館を取り壊して、今10階建ての明徳館という建物を建設中なんです。今年の11月にオープンするんですよ。」「そういえば、うちの大学、全然寄付がこないですよね。」「学費は安いし、入学金なんて国公立大よりも安いのに。大きな図書館に新しい建物がいくつもできて、寄付なしでよくできますよねー。」そこは事務員の彼、「寄付はいつでもお待ち致しております、(笑)」と。後ほど1年生が教えてくれたのだが、どうやら株で得た資金をうまく運用しているとのこと。経済学部の卒業生としては、もっとこの大学で真剣に経済学を学んでおくべきだったと反省す。(笑)「1号館は昔のままですよ。耐震工事はしましたけど、僕でも懐かしいなって時々思います。どうぞ、ゆっくり見学して行ってくださいね。受付でもらった用紙を見せて、学食も食べていってくださいね。」多くの高校生は別の場所で模擬講義に参加しており、古く懐かしい教室はそのまま、時間が止まったままそこにあった。私たちは腰を下ろし、昔と変わらぬ窓からの景色を眺めつつ、終わらない昔話で盛り上がった。つい今しがた講義が終わって喋り込んでる学生のように、他人が見れば「おばさん」でも私たちはすっかり大学生に戻っていた。そして、タダでいただいた学食もとても美味しく、ここでも寛ぎのひととき。男子学生の多い大学なだけに、相変わらず量も多い。わいわい賑やかに食べていると、在校生と思われるスタッフから「今日はお母様方だけで見学ですか?」と声を掛けられた。20代で誤魔化せると思っていた私たちが、いきなり現実に戻った瞬間。(笑)花の毒身2人に小学生の母1人のアラフォー3人組は一瞬顔を見合わせ、思わず噴き出した。「いえいえ、ここのOGなんです。」少子化で大学の存続すら危ぶまれるこの頃、学部も増え、設備も整い多様化していく母校に感動すら覚えた今回の訪広。高校時代も大学時代もちっとも勉強しなかったことは棚に上げ、ここで出会ったいい仲間や思い出に感謝して大学を後にした。*「今度はいつ3人で集まれるかな?」「また15年も先になったら、トロトロしてたら還暦になっちゃうよ!(驚)」「ひゃー、還暦☆」「じゃあ、その時は赤い服で集まる?(笑)」「あ、カープが赤だから、それいいかもよ!!!(笑)」
2016.07.23
友人の息子のY郎くんが小学4年生の冬休み、私はクロアチアの首都ザグレブの空港から彼宛てにエアメイルを送った。その半年後、今度はスロベニアから葉書を送った。どちらも、私からではなくサンタクロースからとして。10歳近くもなってサンタを信じる彼にサプライズを届けようと、友人と共に計画したことだった。彼はそのエアメイルを大切に大切に、先生にも友達にも自慢をし、彼の机の奥深く宝物箱にしまっておいてくれたようだった。あの時のことは私も時々思い出しては、でも随分と大人に近づいただろうから、さすがにY郎くんももう夢から醒めてるだろうと思っていた。ところが、先ほど友人からラインがきた。「Y郎、まだサンタ信じとるで。」彼は現在、中学2年生。今日、学校でサンタとサンタから貰ったと信じてる葉書の話を友達にして、どうやらからかわれたらしい。辛そうにして帰ってきたんだそうだ。「ごめんね。かえって可哀想なことしたね。 本当の事、言おうか?」「いやいや、夢があってええわ。」「今はみんなの話を仕方なく受け入れたけど、自分だけ信じとるみたいな感じやな。」「下唇かんどったわ。 ふふふ。」と友人。どうやったらこんな素直で夢のある子に育つんだろう。私も今すぐY郎くんを抱きしめたくなった。この先、ちょっと責任重大だが・・・。写真は、彼に送った葉書の写真と同じ、「きよしこの夜礼拝堂」。オーストリアはザルツブルク郊外、オーベルンドルフにある礼拝堂で、有名なキャロル・きよしこの夜は1818年、ここで誕生した。
2015.11.30
他人の真似事や流行を追うことが苦手な私でも、大学時代のある親友からは多大な影響を受けてしまう。フィレンツェ駅構内にあるカフェのエスプレッソが美味しいと彼女が言えば、その半年後にはイタリアに立つ私がいるし、 大山崎山荘美術館でやってる山口晃さんの作品展が良かったと聞けば、いそいそと京都へ出かける私がいる。彼女がウィーンの国立歌劇場でオペラ三昧をすれば、私はドレスデンのゼンパーオーバーでのオペラ「リゴレット」のチケットを取った。たぶん、親友である前に私は彼女に憧れているのだろう。歳も星座も血液型も同じで、意地っ張りなところも我が儘なところもそっくりな彼女に、昔は嫉妬ほどではないにしろ、ライバル心に近いものを抱いていたように思う。よくぶつかっていたけれど、お互い30歳を過ぎた頃から少し無駄な角が取れて、自分の中で素直に彼女へのあこがれを認められるようになった。先日、その彼女が最近よく図書館に通ってるんだと話してくれた。行動経済学や行動心理学が面白くて、色んな本を読み漁っているらしい。そして、それらと並行して小説を読むと、また違った視点の面白さがあると言う。彼女の2時間もの熱弁に、又も私は感化されてしまった。私は本は購入派だったけど、図書館で借りる方が自分の興味ない分野も気軽に手に取れて冒険できる。早速、地元の図書館へ行ってみた。すごく久しぶり。古い田舎の図書館だから、新着の棚に6年前の本が並んでいて笑った。一応、行動経済学の本を探したら古そうなのが一冊。これからは隣町の図書館にも通おうかな。図書館に入ると、不思議と学生だった幼い自分を思い出してノスタルジックな気分になるのもいい。そして次回彼女と会った時、今度はどんな刺激を得るのか、今から楽しみにしてる私がいる。
2015.10.07
昨夕、わが家の郵便受けに一通の封筒を見つけた。宛名は私。その流れるような達筆に、裏返して差出人を確認するまでもない。家に入るのを待ちかねて封を切ると、中には一枚の葉書と新聞の切り抜きが入っていた。ざっと走り読みをして、また負けた! と思った。それは、一昨日会ったばかりの、来月75歳を迎える恩師からのものだった。その人は、テレビで美しい庭を見たからといっては その感動を、道端で外国人のお遍路さんを車で拾ってホテルまで案内したといっては その喜びを、日常の些細な、だが彼女にとってはスペシャルな出来事をさらさらと言葉に綴ってくる。そんな方だから、私が彼女をどこそこへ連れて行ってあげる度に、常に即行の礼状を送ってくれる。だが、本来お礼を言わねばならないのは私の方だ。その時々に相応しく丁寧に導いてくれる そのご恩に比べたら、一日中彼女を車に乗せ、お気に入りの場所を案内するなんて特別でもなんでもない。帰宅後すぐ、私は彼女が好きだと言った紫陽花の葉書にペンを走らせ、翌朝、駅前のポストに投函した。私の気持ちも昨日、彼女の元に届いただろう。しかし、やっぱり私の負けなのである。恩師から送られてきたのは、坂出は瀬戸大橋のたもとにある県立東山魁夷美術館で先日まで行われていた特別展のポストカードと、同作品に関する四国新聞に掲載された学芸員の解説だった。夏場になると、私は金曜日の夕方なんか仕事帰りに車を飛ばして、よくその美術館へ行ったものだ。先日話したその内容を、彼女は覚えていてくれた。さすがだと思った。 その細やかな心配り。さらに憎いことに、切手は数年前に日本とオーストリアの交流を記念して発行されたもの。デザインはザルツブルクとモーツアルトだ。完敗だった。(笑)最近よく行くある喫茶店の奥さま宛てに、私も葉書を書いてみた。その方も、私が大好きなおひとりである。そして、こちらも劣らぬ素晴らしい方だ。先日 恩師と訪ねた徳島のカフェで、古布を用いた美しくあでやかな作品展があった。たぶん、あの奥さまならお好きだろう。私はポストカードになった金魚の一枚を手に取った。どうせなら、その葉書に似合う文章と文字を書いてみたい。結びには、涼しい響きの「かしこ」を使おう。じゃあ頭語には、、、「拝啓」じゃどこかよそよそしいし、「前略」じゃ味気ない。それなら、「前文お許しください」から始めてみてはどうかしら。 きっと喜んでくれること間違いないが、次回会った時 満面の笑みで迎えてくれたら、私だけが勝手に思う、恩師との勝負(?)も引き分けくらいにはなれるかもしれない。(笑)そして葉書左上に貼りつけたもの、それは8年前にアユタヤで象に乗って撮った写真で作った、私だけのオリジナル切手。写真は、古布絵作家・福島道恵さんの作品。
2013.06.25
「picchuちゃんなら、ここへお母さんでも連れてきてあげたらいいと思って。」一週間前も前職場の方達とフレンチコースを食べに行ったばかりだが、今日も先輩方から声を掛けて戴いた。中には半年ぶりにゆっくりお会いできた方もいて、楽しくてあっという間の時間だった。そして、先輩達の細やかな心配りも嬉しかった。行き先は、四国霊場八十七番札所・長尾寺。その本坊膳所において、月に八日程度、美しい庭園を眺めながら菜懐石や点心を楽しむことができる。運ばれてくる料理はどれも身体に優しいものばかり。だから、私の母にもどうかしら?と思い出してくれたのだ。「良かったら、今度、連れて来てあげたら。^^」美味であり上品ながらもメリハリのある丁寧な味付けに、ホント、ここなら母も喜ぶだろう。舌鼓を打ちながら、私もそう思った。(写真はすべて、クリックで大きくなる)― 八寸 ―― 温物 ―― 油物 ―― 蕎麦 ―― 御飯 ―先日もみんなで頷いたのだが、職場において気心が知れ、一緒にいて落ち着ける相手というのは、不思議と自分が就職したての頃からお付き合いのある先輩方が多い。後輩の中にも気が置けない人はもちろんいるが、新米当時 厳しく優しく指導してくれた先輩方に対しては安心感もある。職場を離れても、自分を知ってくれた上で 今も受けとめてくれる相手がいるというのは、本当に有難いものだと、この団欒のひとときも そう思った。― 甘物 ―2時間掛けてゆっくり戴いたので、お腹がいっぱいというより、お腹の底から温まったという感じ。女4人、ぺちゃくちゃ他愛ない話に時間の経過を感じなかった。そうそう、食事を戴いた本坊膳所も趣きある佇まいだった。 庭には、梅にマンサク、胡蝶佗助、土佐ミズキ、、先輩から花の名前も教えてもらったが、私が覚えられたのはこれくらい。(笑)そして、ブログにアップしようとして気がついた。食べ物の写真しかない!お寺ならではの落ち着きや風情を感じられる本坊、いや草花一枚 写していない。(笑)次回、母を連れて来た時にでも、改めてご紹介できればと思っている。旬菜とお椀の写真はもともと撮らなかった。とろとろ写真を撮ってるうちに冷めてしまっては勿体ないと、すぐに口へと運んでしまったのだ。(笑)あ、「働かざる者食うべからず」には、耳栓っ☆(爆)
2013.02.21
いきなりだが、私は北米大陸が好きである。え? 南米じゃなくて北米?って思った方もいるだろう。たぶん、これまで私のブログを読んでくださっていた方はそう思うだろうが、私は広大な赤土の大地がたまらなく好きなのである。まあ、それはオーストラリア大陸でもいいのだが、いつかは もっとスケールの大きな大陸を探検してみたいと思っている。・・・あ、「北米大陸が」と書いたが、「北米大陸も」だな。うん、地球という星そのものが好きだから、全て制覇したいのが本心である。(笑)だが、その気持ちはしばらく忘れてしまってた。そんな私に、今日 アメリカへの切符が届いた。飛行機のチケットではない、ブロ友である悠々愛々さんの作品『モニュメント・バレーにて』が当選したのである。それは、悠愛さんがJALのWINDSフォトコンテストに応募し、みごと最優秀作品賞に輝いた作品だ。私はそれを、いつの日か必ず手にするアメリカへの切符なんだと思っている。無限に広がる赤土と真っ青な空。地球はやっぱり一つの天体だと思う。もう10年ほど前になるが、オーストラリア大陸のキングスキャニオンで、まさに地球の魂を垣間見た!といっても過言でない迫力あるシーンに立ち会ったことがある。たぶん、それ以上の感動がアメリカで私を待ってるんだろうな。そして それが現実となった時、20代の私がオーストラリアのど真ん中で掲げた「世界は私のもの!ポーズ」を、アメリカでもキメて来る☆(爆)悠々愛々さん、この度はまことに有難うございました。早速、こんな風に飾ってみました。さて、その悠愛さんであるが、世界各国に駐在した経験を持ち、なんといっても冷戦後の激動の東欧を体感された方である。イラクやシリアにだって赴いている。だから、先週起きたアルジェリア人質事件も、余計に他人事とは思えなかったんじゃないだろうか。私でもショックだった。 何故かめちゃくちゃショックだった。みなさんそうだと思うが。今まで何度かイスラムの歴史に興味を持ったことはあるが、あまりにもかけ離れた世界のようで、これまで真剣に知ろうとは思わなかった。なので、ニュースの底辺がよお分からん。(笑)分からんが、彼らも同じ地球上に住む人間だ。宗教の違いの前に、人間として何か通じるものもあるはずだと信じたい。テロとの戦いって、ただ軍事作戦で一時的にテロを抑えるだけでいいのだろうか。憎むだけでいいのだろうか。これまでテロによる犠牲となった多くの方々、その親族の方々の気持ちを思うと、やはりそれはたまらなく「憎い」と感じるのだが、それだけでは永遠にテロとの戦いは終わらない、どれだけ強気でいったとしても。無知だ、ぬるいだと言われそうだが、それでも私ではどうしようもないことを色々と考えてしまう、それくらいショッキングな出来事だった。で、本を読むことにした。でも、難しい本や真面目な本は3行読めば寝てしまう私だ。だから、まずはフィクションとノンフィクションを織り交ぜた、ミステリものから読むことにした。あ、話はテロへと飛んでしまったが、そういえば、私が過去に一度だけアメリカを訪れたのが2003年2月のこと。すっかり姿を変えてしまう前に、グラウンド・ゼロを見ておこうとニューヨークを訪れたのがそれだった。今、悠愛さんの写真を眺めながら、一つの天体・地球号に思いを馳せている。
2013.01.22
1週間ほど前、暑い夏を少しでも快適に、、、と日本の優れたグッズの数々をムラトさんへ送りました。夏のヨーロッパといえば、私は5年前に訪れたザルツブルクしか体験したことがないのですが、そこで感じた陽射しのキツさと暑さは、その年の夏に欧州を襲った熱波によって、大勢の人達が亡くなったニュースも容易に納得できるものでした。彼はドイツに住んでいるのですから、暑さ対策の商品も他の国よりは優れたものが沢山あると思います。ですが、絶対に日本の方が勝っているに違いない、根拠がないような、でも確信できるこの事実に、私は一つ一つ念入りに検討し、「日本は凄いんだぞ~!!!」と自慢してやろうと思いました。(笑)その一つがネッククーラー。(爆)あくまでも「日本は凄い☆」と思わせるのが目的ですから、ちょっぴりお洒落なネット入りの生地のしっかりしたものを選びました。(笑)そして、いつも彼がお世話になっている3人の友人にも色違いをと、同じものを4つ購入。特に親友のオザールは外で車の整備をすることが多いので、きっと彼は、「picchuko、これはナイスプレゼントだ!」と満面の笑顔を見せてくれるだろうと、一人ニヤニヤしながらレジまで持って行きました。(笑)トルコやイラクなどの中東の人達って、ちょっとした言葉やプレゼントでも想像以上に大喜びしてくれるので、贈り主としても嬉しいことです。その他 ひんやりマットなど数点の暑さ対策グッズを段ボールに詰め、ドイツまで郵送すること3,500円。ふむ。。。つい先日、電話の向こうでムラトさんが嬉しそうに言いました。「オザールが凄く喜んでたよ! 暑い時に、是非使わせてもらうからって!」「え? 今、暑くないの?」「う~ん、、、5月頃はいきなり30℃近くまで気温が上がったけど、最近は高くて25℃くらいかな。 曇りの日も多いし、、、。」調べてみると、ドイツ・バイエルン州は今日も20℃前後の気温とのこと。。。日本の、しかも湿度の高い瀬戸内と比べると、同じ気温でも向こうはかなり涼しいはず。しかも20℃くらいの毎日なら、暑さ対策グッズなんぞ必要なかったかしらん。(^^;見れば、彼はいつも長袖を着ているのでした。(苦笑)あらら~、私ったらとんだ散財☆日本製を自慢しようなどと変なライバル心を覗かせたものだから、明らかな無駄遣いをしてしまいました。(苦笑)*それでも大喜びしてくれたオザール。ちょうど古くて燃費の悪いBMWを買い変えようと新しい車を探していたムラトさんに、一台の可愛い車を見つけて来てくれました。「picchukoはオートマしか運転できないんだろ? それに、日本では小さな車に乗ってるんだろ?」新しい車を買うにあたって、ドライブ好きの私がドイツでも運転できるようにと、ムラトさんはオザールに相談していたようです。その車が先日 届きました。私の元にも写真が到着。(笑)2人乗りなので、確かに私でも簡単に運転できそう。問題は左ハンドルってことだけかしら?私がハンドルを握り、これでアウトバーンを飛ばす日も近い?!(爆)・・・ でも、この車でアウトバーンは無理かしらん?
2012.08.03
帰宅した私を待っていたもの。それは、フランスはレユニオン島にお住まいの絵本作家mimi_ylangさんからの作品展のご案内と、なんと「トルコ語⇔英語」の辞書でした!数年前にイスタンブールを旅されたというmimiさん、そこで購入された辞書を私のトルコ語学習にと送ってくださったのです。ちょうど鞄のポケットに入る手頃なサイズで、中も見やすくて使いやすそうな辞書です。英語の勉強にもなる優れモノ。^^早速、ムラトさんに見せてみると、私以上の喜びようで、何度も何度も日本語で「ありがとう!」とmimiさんの代わりに私に向かって頭を下げていました。(笑)おぉ?トルコ人もお礼を言う時、頭を下げたりするのね~?*素敵なサプライズプレゼント、mimiさん、本当にありがとうございます!^^* * * * * * * 最近、親友のアランとべったりのムラトさん。「これからアランとランチなんだ!」「今から、アランにトルコ料理をご馳走するんだ!」「アランがpicchukoに宜しくって言ってるよ!」アランの話題がのぼらない日はないほど、「アラン」「アラン」の毎日。ちょっと~、私、疑っちゃいますわよ~。(笑)アランって名前を聞くと、『アラン・ドロン』を思い浮かべる方も多いかと思いますが、私が思い出すのは、子供の頃にハマった細川知栄子さんの漫画『伯爵令嬢』に出て来るアラン。そのたまらなくカッコ良い紳士のアランは、子供時代の私の王子様でした。ジュ・テーム…… ジュ・テーム…… おお きみを…… 愛さずには いられない~~~アランの台詞は、子供の私でさえもくすぐったく感じるほど。(*^_^*)完璧な容姿は、今思うに、漫画版ウルスと言えるでしょうか!(爆)そのアランの印象は、その後も私の脳裏に焼き付いていたようで、カッコいい西洋人=アランという方程式が私の根底にはありました。(笑)それからしばらくして、今から10年ほど前のこと。クライストチャーチの語学学校のある日の授業で、数人のグループを作って、英語のショートストーリーを作りなさい!という課題がありました。私とペアになったのは、韓国人のハンミン。アランとは対極にあるような、大きくふてぶてしい顔のハンミン(ごめん!ハンミン!(><))ではありましたが、気心が知れると結構話しやすい、ちょっとした遊びの喧嘩相手にもってこいの友達でした。その時は、何故か彼と仲良く盛り上がり、主人公の男性がある橋のたもとで素敵な女性とすれ違い、彼女の落としたハンカチを拾ってあげたことがきっかけで恋に堕ちるといった、ありきたりで面白みもない話を二人で笑いながら作ったのでした。その時、主人公に使った名前がアラン。自信たっぷりで発表した私達に、先生のロビンが一言。「アランはフランス名で、イングリッシュ名ではありません!」確か、この物語に対する判定は、その一言で終わってしまったように記憶しています。(笑)その時は、まさか自分に『アラン』という人物が関わってくることなど夢にも思っていませんでしたが~、実際に出会ったアランは、フランス人ではなくイラク人(でも中東の男性にしてはラテン要素も混ざっている感じかな)で、堂々と甘い台詞を囁けるタイプではなく、ものすごくシャイな男性です。今日もそのアランとともに、ムラトさんはアランの友人であるカロのアパートで仲良くランチなんだとか。*自分はアランとの時間を大切にして私からの電話に気付かないこともあるくせに、私が数回連続して電話を取らなかったりすると、何故か怒り出す自分勝手なムラトさん。他のことでは一切怒らない彼ですが、少しでも連絡が取れないと怒るのです。トルコ人男性は女性に対して独占欲が強いとか、所有物扱いをするという話は聞いたことがありますが、、、ムラトさんも例外ではなかったか。。。(><)そこで、私なりに色々研究した(?)結果、そんな時、私は時々(ここも肝心!) 嘘泣きをすることにしました。(爆)もともと女性にはマメで甘く優しいトルコ人男性ですから、女性の涙には非常に弱いのです。(^m^)「私だって何度も何度も電話してるのに、ムラトさんこそ出てくれないじゃない!私、すごくすごく寂しかったんだから~。」などと、泣きながら殺し文句(?)の一つでも言えば、「Oh、、、Darling,don't cry, don't cry, my darling. I'm so sorry.」となるわけです。(笑)あ~、トルコ人男性って、扱いやすくていいわ~。(爆)あら、アランの話から思わず脱線してしまいましたが、最後に少し早いpicchuko版・夏休みの自由研究の発表でした!(笑)
2012.07.07
最初に N島氏と出会ったのは、たぶん祖母が亡くなってすぐのことだったと思う。 「ソノさん(祖母の名)、こんなに小そうなって...。」 仏壇の前に置かれた遺骨を見ながら しみじみと呟き、彼は丁寧に手を合わせてくれた。 私の町に老人向けのデイサービスセンターができたのが平成6年のこと。その立ち上げから相談員として走り回り、沢山のお年寄りとそのご家族の支えになったのが まだ若き(笑)N島氏で、その当初にお世話になったのが私の祖母だった。 デイサービスがスタートして半年が過ぎた時、祖母が他界。 亡くなった初めてのお年寄りということで、彼はわざわざ線香をあげに来てくれたのだ。 その時は、まさか2年後に自分もそのデイサービスで働き、 N島氏と机を挟んで仕事をすることになろうとは思いもしなかったが。今でこそ、私は涼しい顔をして特養の事務員をやっているが(笑)、デイサービスに居た十数年前はそれはそれは大変だった。 ただでさえ慣れていない仕事を、午前は介護、午後は事務と、明らかに時間的にも能力的にも私にとってはオーバーワークの日々が続き、毎日が必死だったあの頃。 のほほ~んとした温かい雰囲気ながら、意外にも(?笑)頼り甲斐のある N島氏の存在に、どれほど救われを感じたことか。 彼が相談員だったからこそ、福祉のいろはも知らない私でも、事務員として務めることができたのだと思っている。面と向かって言うのは照れくさいから、この場を使って、彼に感謝の気持ちを述べたいと思う。 振り返れば、プライベートでもかなりお世話になりっぱなしだ。 車を買う時、初めてデジカメを買った時、 あ~確か初めてパソコンを買った時もお店まで一緒に見に行ってくれたのも彼だった。 最近では、一眼レフの部品や貴重なレンズなども頂いてしまった。 そうだ、私がパソコンを打てるようになったのも彼のおかげだ。誰にでも気さくで親切な人だから、困ったことがあれば、つい「N島さ~ん!」ってことになる。 そして遠慮なく、つい彼に甘えてしまうのである。 本当に何もかもお世話になりっぱなしで、どれほどお礼を述べても全然足りないことだと思う。 けれど、一度はけじめとして。N島さん、これまで本当にどうもありがとう! これからも何かにつけて SOS を出すと思うけど、今までに懲りず、どうか仲良しでいてください。(^^) いつも私が頼る側で、負担ばかり掛けていると思うけど、どうかこれからも甘えさせてください。(笑) そして、一日でも早く健康体に戻って、元気で陽気な N島氏に復活してください。 *彼は、体調の都合で今月末で退職する。 当たり前のように目の前に居た仲間がいなくなるのは、すごく寂しく悲しいものだ。 あの笑い声がデイサービスに響かなくなるなんて、今はまだ想像もつかないけれど、 きっと泣きそうなほど静かになるんだろうな。 体も心も存在感も、誰よりも大きな人だから。
2011.07.30
"神戸の春の香り くぎ煮 です。"ブログのお友達「うさぎの春子さん」から、神戸の春の香りが届きました。春子さんお手製の『いかなごのくぎ煮』です。思わず一口摘んでみると、ぷ~んと甘辛い匂いが鼻をくすぐってくれました。早速、お夕飯と一緒に戴きました。実は、いつになくお昼を食べ過ぎてしまった私。「夕飯はいらない」なんて言っていたのに、くぎ煮とともにご飯がすすむ、すすむ!もう、どうにもとまらなくなってしまうのです。どうやら神戸の春の香りは、舌も胃袋も刺激してくれるようです。(笑)生姜が効いて、絶妙な味加減。春子さんのお人柄が感じられる優しいお味に、ますます嬉しさが増してきました。まるでお母さんの味。 いかなごのくぎ煮は香川に住む私も時々口にするのですが、神戸や淡路島の郷土料理だとは初めて知りました。だから、これは神戸のお母さんの味なのかな。 そして、神戸の春の味。春子さんの言葉です。「春は来る」と、何があっても春が来るのだと。 真剣に生きていきたい。春子さんの手紙を私も繰り返しました。「春は来る」、何があっても必ず春はやって来る。*春子さん、本当にありがとうございました。とてもとてもとても美味しかったです!春子さんの温かい思いも、しっかりお腹の中に入りました。^^
2011.03.26
昨日、年賀状を書き終えることができました。筆不精でありメール不精(?)でもある私が、唯一 心を込めて仕上げるのが年賀状です。デザインには毎年 悩まされるのですが、数年前から海外旅行の写真を使うのが常となりました。2010年の年賀状には、オーストリアのハルシュタットの雪景色を選びました。ただ、自分で撮った写真ではちょうどいいものが見つからず、ポストカードを切り取って、そこに私の立ち姿を貼り付けました。私が実際に歩いた風景であることに違いはありませんので、あしからず。(笑)そして、それに色紙で作った雪の結晶を貼って印刷しました。それが、こちら。年によっては、新年早々 次のデザインが頭に浮かぶこともあります。(笑)今年は華やかなブダペストのオペラ座で迎えましたので、2011年用にはそれを使おうと、早くから思い描いておりました。ですが、私の2010年で忘れてはならないのが、なんといっても『ロシアの旅』です!!ロシアで絵になるといえば、あのネギ坊主頭の教会!なのですが(^^)、ここは色々な意味を込めて、『マトリョーシカ』に決めました。マトリョーシカって、もともとは日本の入れ子人形が起源という説もあるようですね。^^その可愛いお人形の胴体を上下に分けると、次々と小さなマトリョーシカが出て来る作りが、子宝に恵まれるという意味に繋がっているようです。そこから、子孫繁栄や家庭円満、はたまた開運へと広がっていくのですね~。先日、昔からの友人であり 職場も同じY子ちゃんが、2人目の子供を妊娠したという嬉しい知らせを聞きました。(改めまして、Y子ちゃん、おめでとう!!!(*^^*))実は私、ロシアのお土産として、彼女にもマトリョーシカをプレゼントしていました。きっと あのマトリョーシカが、彼女の上にも幸せを運んで来てくれたんだな~と、一人密かに喜んでおります。^^そんな縁起のいいマトリョーシカを私の大切な人達みんなに送ろうと、久しぶりに絵の具を取り出し、ペタペタとお絵かきしてみました。デザインは、マトリョーシカの中から旅の思い出(写真)が溢れてる!って感じかな。来年も笑顔いっぱいの年になりますように、そんな私の気持ちがみんなに届くといいな~。^^今回の年末年始旅行では出番のないミンクのロシア帽(暑い(?)メキシコですからね~。^^;)と、唯一 手元に残ったマトリョーシカです。
2010.12.12
先月末の木曜日のこと。宛先に『 JAPON 』と書かれた一枚のハガキが、わが家のポストに届きました。それは、ブログのお友達、mimi ylangさんからの温かいお心が籠った絵ハガキでした。Mimiさんは現在、フランスは海外県、インド洋に浮かぶレユニオン島(マダガスカル島から東へ800km)で生活されております。そのレユニオン島から、はるばる可愛いカエルちゃんがピョンッとひとっ飛びして来てくれました。^^Mimiさんの絵は、本当に温かい。イキイキと輝いて、Mimiさんってきっとこんな方なのだろうな~って思わせてくれる、本当に素敵な絵を描かれます。そして、表に書かれた文章からも、いかに愛情が深く、女性としても人間としても優しく大きな方だということがよく分かります。「・・・ 今日は、お母様のお元気が少しでも早く回復されたらいいなぁ、という気持ちを込めて、カエルちゃんを描いて送らせていただきました。『元気がカエル』というか、カエルちゃんがピョンッと元気もレユニオン島から運んでくれますように! ・・・」Mimiさん! 届きましたよ!! 元気がカエって来ましたよ!!!そのお気持ち、とても嬉しかったです。 ありがとうございます!!!!!Mimiさんをはじめ、沢山の方々に母の心臓病への温かい励ましのお言葉を戴きました。改めて、感謝の気持ちを込めてお礼を申し上げます。真にありがとうございました。おかげ様で、先生からも「意外と心臓そのものは丈夫なんだね。」と言ってもらえるくらい、術後の経過は順調にいっております。ただ、心房細動の不整脈を持っていますので、血栓ができないよう血液をサラサラにさせるワーファリンをはじめ、一日に16錠も飲まなければならない薬のせいで、胃腸の調子がよくありません。本調子になるまでは、まだまだ気長に病気と付き合っていかなければなりませんが、それでも前向きに、『元気がカエル』ことを信じて、明るく頑張っていきたいと思っています。*と、やっと今の生活が慣れてきた水曜日のこと。職場の玄関のお花を生け終えた私に、母から電話が入りました。「父さんが道端で転倒したの。 仕事中で悪いけど、ちょっと病院へ連れて行ってもらえない?」え~! 転倒!!もう! こんな忙しい時に!!!どうも自転車を避け損ねて後ろ向きに転倒したようです。車の後部スペースを空け、そこに父親を乗せたらいいよね。そう思いながら、転倒したという 自宅からそう離れていない場所へと急ぎました。「どうも簡単には動かせないから、今、救急車を呼んでるからね。」体調の優れない母に代わって、近所の方が119番通報をして下さいました。えぇ? 救急車って、、、、そんなに大事(おおごと)なの???付き添いといえど、私にとっては生まれて初めての救急車。父の心配よりも、そっちの方がドキドキしてしまって、病院までの道すがらについてはあまり覚えておりません。(笑)「お城が見えてきたから、もうすぐですよ。」 消防団員の方が優しく声を掛けてくれたことだけ記憶にあります。運ばれたのは、丸亀城からすぐ東。お堀を越えたらすぐ現れる香川労災病院です。結局、骨盤を2箇所骨折しており、即入院と相成りました。ですが、出血も殆どなく、手術の必要もなく、大難が小難で終わらせて戴きました。しばらく寝たきり状態ではありますが、、、。そんな時に、思いもかけないレユニオン島からのカエルちゃん。余計に嬉しく心強く思いました。^^*「これだけ大変なことが続いたら、後は良いことが待ってるよ。」 職場の同僚Aさんの優しい言葉です。私もそう思います。^^不思議と以前よりも疲れが溜まらず、時間の使い方も上手になってきました。色々なことを体験させて戴いてる今、これも勉強なのだと感謝しております。そして、気持ちも明るく前向きで、本当にこれからは良いことだけが待っているような、そんな楽しみが沸々とお腹の底から湧きあがってくるのです。(笑)私って、意外と逞しいのかも~?って、新たな自分を発見している毎日にも感謝です。
2010.10.03
もう10年前のことになります。社会人になって、数年経った頃でしょうか。その日も、夏の暑い盛りでした。仕事中に、何故か『大きな古時計』の音楽が、頭の中で ぐるぐると回るのです。それも、この部分だけ。~ てんご~くへ の~ぼるおじいさん とけい~とも お~わかれ~♪ ~何度 打ち消しても、ぐるぐるぐるぐる 回り続けました。*そんな日中の不思議な出来事を すっかり忘れた夜のこと。大学時代の親友マキちゃんから電話がありました。「picchuちゃん、まぁちゃんが亡くなったって!」まぁちゃんとは、ある一時期 よく遊んだ仲間の一人でした。その中でも 特に私と親しかった彼女は、私のアパートに歯ブラシを常備していたほど、いつも顔を出してくれました。^^彼女が失恋した時も傍にいたのは私ですし、失恋した相手と再会するきっかけを作ったのも私です。「まぁちゃん、事故だったそうよ。 広島から浜田(島根県)へ行く途中で…。向こうのニュースで放送されたから、連絡が入ってきたの。」その彼と一緒のところを、不運にも事故に遭ってしまったのです。マキちゃんも声が震えていました。「あのね、マキちゃん。 私、今日 一日中ヘンだったの。」と、『大きな古時計』のことを話しました。なんて返事をすればいいのか分からなかったのです。「そうだったの、、、。 それって、まぁちゃんがお別れを言いに来てたのかもしれないね。」マキちゃんも涙しながら言いました。「それなら、まぁちゃんは天国へ行ったんだよね。 あんないい子だもの、絶対に天国だよね。」そう言って、二人で電話越しに泣きました。* * * * * * *あれから、、、自分の意思とは関係なく、自然と脳裏に浮かぶもの、頭の中で繰り返されるものは、何か特別の知らせかもしれない、そう思うようになりました。まぁちゃん、また暑い熱い夏が来るのですね。。。
2009.07.10
帰宅した私の前に、一通の封筒が届いていました。それは遠く九州は佐世保から…。ブログ友達の「たけさん81565さん」は、九十九島を色鉛筆画で彩る絵描きさんです。先日も個展を開かれたばかりの忙しい中、そのポストカードを私にも送って下さいました。^^私はたけさんの塗る紫色が好き。穏やかに浮かぶ島々の、その一つ一つの表情も優しくて好き。私は九十九島という場所を、たけさんの絵で初めて知りました。その静けさは、私の慣れ親しむ瀬戸内の海にもどこか似ているように思えます。たけさんの話では、佐世保湾に囲まれた九十九島ですから、だから内海に似ているのかもしれないねってこと。調べてみると、九十九島とは、長崎県佐世保市から平戸市にかけて広がるリアス式海岸の群島です。その全域が西海国立公園に指定され、その深い入り江には大小208もの島々が浮かび、島の密度が日本一という場所なのだとか。けれど、そう言葉で表現するよりも、たけさんの絵を一目見れば、その場所がいかに美しく、穏やかで温かな情景か、心で魂で感じ取ることができるように思います。^^残念ながら、今のところ長崎でしか個展を開かれていないそうです。実物の絵を見ることができたなら、これ以上に疲れた心を慰めてくれるでしょうに。。。http://plaza.rakuten.co.jp/arttake/*たけさん、次回は香川で個展を開いてみませんか?(^^)美しく、優しい作品達をありがとうございました。たけさんの深い心の中が、そのまま絵に表れているようです。これからも、沢山の人達に癒しの時間をプレゼントしてくださいね。
2009.06.22
一冊の写真集に込められた思い、、、その深さを 改めて今日、感じました。*先日、私の尊敬する「salut_chloeさん」のブログが30万アクセスを迎え、その記念として、完成したばかりの彼女の写真集『旅へのいざない ~バリ島 ― 海と花と笑顔と』をプレゼントして戴きました!!彼女の魅力溢れる写真との出会いから1年半と少し。常に探究心を持って、レンズの向こう側を様々な角度から捉えようとする前向きな姿勢に、いつも励まされてきました。大袈裟ではなく、私の憧れです。今日、そんな彼女の想いがたっぷり入った写真集を手にした時、そこに込められた、彼女のめいいっぱいの愛情を感じ取ることができました。一枚、一枚、まるで一つの扉を開くように、現れてくる新しい世界に胸が躍ります。何気なく記された、彼女の言葉も写真に命を吹き込みます。活き活きとしたバリの人達。彼らの瞳からは、将来に対する不必要な不安は一切感じられません。今生きていることへの感謝と喜びに満ちたその顔は、鮮やかな原色で彩られたバリの表情そのものでした。そして、これらの笑顔の先にあるものは、、、彼らに勝るchloeさんの気さくな笑顔に間違いないでしょう。(^^)何気なく出会った その一つの繋がりが、こうも眩しく輝くなんて…。彼女の手にかかると、瑞々しいバリの魅力がはちきれんばかりです!!旅に出たい…。改めて今日、心の底から思いました。私も旅に出ようかな…。私にも、きっと待ってる笑顔があるような気がしてきました。*chloeさん、言葉では表現しきれない素晴らしい写真集をありがとうございました。大切に、大切に、時折り開かせて戴きたいと思います。早速 明日にでも、この写真集を職場へ持っていくつもりです。仲良しさん達にも、私がもらった感動を分けてあげたいと思います!http://plaza.rakuten.co.jp/salutchloe/diary/200904300000/
2009.05.18
<大空と大地の中で>果てしない大空と 広い大地のその中でいつの日か幸せを 自分の腕でつかむよう歩き出そう明日の日に ふり返るにはまだ若いふきすさぶ北風に 飛ばされぬよう 飛ばぬよう こごえた両手に 息をふきかけて しばれた体を あたためて生きることがつらいとか 苦しいだとかいう前に野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ果てしない大空と 広い大地のその中でいつの日か幸せを 自分の腕でつかむよう ~ペルー~小学時代、担任のT先生が卒業する私達に一編の詩をプレゼントして下さいました。旅立つ私達のこれから先の長い人生を思い、つらいことの方が多いかもしれません。けれど、どんな時でも しっかりと自分をみつめて、前を見て歩いていってほしい、、、みんななら、そうしてくれる、、、そうできると信じています。その言葉と共にこの歌を贈って下さいました。そういえば、先生の口癖は「前進!!」でしたよね。^^*いつになく苦しい表情をしているあなたを見つけました。私は何も聞きません。その代わりに、私の尊敬する先生が大好きだった歌を届けます。。。 ~モンゴル~
2009.04.07
いつも可愛いコメントで、すでに妹のように大切な存在のブログ友達「nanaco☆さん」から~ロイズのポテトチップチョコレート [フロマージュブラン]~を頂きました♪ロイズのお店でポテチチョコの限定商品を見つけた時、真っ先に私のことを思い出してくれたなんて、なんて嬉しいことを言ってくれるのでしょう!!(o^―^o)゛11日(水)着の予定なので楽しみに待っていてくださいね。"えぇ~、えぇ~、待ちますとも! 首を長くして待ちますとも!!「明日、北海道からチョコレートが届くからね。」「今日、北海道から素敵なプレゼントが届くからね。」ここ2日間、ワクワクしながら指折り数えておりました。(笑)そんな私の興奮ぶりに、どうやら両親も心待ちにしていた様子。帰宅するやいなや、「今朝一番に届いたぞ!」と早く中身を見たくてたまらないといった表情です。^^これは狙われているかも~。。。(^^;)慌てて部屋に持ち帰り、こっそり袋を開けようとしたら、、、(*^^*)さすがは大の読書好きのnanaco☆さん、新潮文庫の「Yonda?パンダちゃん」絵柄のテープで封がされているではありませんか!可愛い~、nanaco☆さんらしい~。 思わず笑みがこぼれます。^^中には雪の舞う北海道らしいイメージの「ポテトチップチョコレート」と、暖かな暖炉を連想させるパッケージの「カプチーノクッキー」、そして、心のこもった手紙が入っていました。ありがとう!! ありがとう!!思わず抱きしめながら、両親に自慢しまくりました。(笑)すぐにでも食べてしまいたい気持ちと、あまりに勿体ない気持ちが揺れる中、゛今日はひとかけらだけ戴こう!"と、ドキドキしながらポテチチョコを口にしてみました。(*^^*)(*^^*)(*^^*)(*^^*)(*^^*)ポテトチップをうっすら包むホワイトチョコの中に、ほのか~にチーズの風味が漂います。それがホワイトチョコならではのまろやかさを一層引き立ててくれるのです。オリジナルバージョンでも満足していたのに、その何倍もの美味しさが口の中に広がっていきました。^^チョコレートが苦手な母ですら、「あら、チョコレートが表に出過ぎず美味しいわね。^^」父は、「これはまさに北海道の味やわ!!」と大声でわめきます。(笑)「…で、父さん、北海道へ行ったことあったっけ?」 「ない。ない。(笑)」 その顔は嬉しさで満ち溢れておりました。ロイズのHPを見てみると、すでに販売終了とのこと。どうかロイズさん、この美味しい商品をもっともっと多くの方達に食べさせてあげてください。^^もしも、、、まだどこかに隠れているホワイトのポテチチョコを見かけた方は、迷わず食べてみてください。^^おかげで我が家は幸せ家族になりました。(*^▽^*)* nanaco☆さん、本当に本当にありがとうございました♪感謝の気持ちでいっぱいです!!!
2009.03.11
「元気?」今日の午前中、携帯がピコピコとメール受信を知らせます。それは、福岡に住む 大学時代の親友゛Michiko"から。^^/「picchuちゃん、昨日久しぶりにブログ見たよ。(^0^)でも、何だか気になって…振り返るゆとりがあるのか それとも… 元気なのかな?」愚痴一つない今の私は(笑)、???って何のことだか一瞬分かりませんでした。昨日の日記?あぁ~、ニュージーランドを懐かしく思い出して、あの頃に買ったCDを聴いてるって内容ね。Micchanったら~、私が寂しいあまりに楽しかった昔を思い起こそうとしていると思ったのでしょう。^^私はごく普通の毎日の中で、たとえば薄い雲間から差し込む光や、しとしとと続く雨の音、今まさに海に傾こうとする太陽、、、そんな自然の一情景を前にした時、今まで旅した何気ない街角が瞼に浮かんできます。そして、そんな時は決まってその国や街に流れる音楽が頭の中に響いてくるのです。少しづつ昼が長くなり 夕方も明るくなってきた近頃では、とりわけニュージーランドの柔らかな自然が思い出されたのでした。ありがとう。^^心配はいりませんよ。私はいたって元気です! 心も体もとっても元気です!! Micchan、あなたからのメッセージに、いつも以上に心がほっこりと温かくなりました。遠く離れていても、こうやって私のことを気に掛けてくれる友情に、感動と感謝でいっぱいです。* * *とってもやんちゃな一児の母親でもある彼女は、忙しい合間を縫ってパン教室に通っていました。もうすぐ彼女の誕生日。前向きな先生に刺激され、ますますパワフルに輝きを増しています。^^写真は、そんな゛Michiko"の手作りパン♪いやしんぼうの私の為に、メールに写真を添付してくれました。(笑)いつか彼女の焼きたてパンを、昔話と一緒におなか一杯食べたいな~。(*^―^*)
2009.03.06
もう何年前になるだろう。。大学2年の春、一学年上の"まぁくん"という仲の良い先輩がいました。とても可愛らしい顔に、ユーモアと話題の多さで女の子達から結構人気があったと思います。同じ高校出身で、同じく広島に住んでいたMegumiが、私の大学へ遊びに来た時のこと。その まぁくんに一目惚れをしてしまったのです。私に協力を求めるMegumi。けれど私は、彼が彼女に気がないことを十分すぎるほど知っていました。う~ん。。。二人の間で悩みながら、、、ある日、まぁくんが主催する郷土料理研究会の集まりに彼女を連れて行きました。ここでも二人の間に座った私の居心地の悪さといったら。(∋_∈)ですが、そこで3人の男の子と仲良くなります。 その一人は、元々私と親しかったTaka。Takaはすでに私に対してため口でしたので、遠慮のかけらもありません。まぁくんが気になりながらも、ギクシャクしながら彼と一緒にいるよりはMegumiも楽しそうでした。それから少し経った頃。どうしても まぁくんを諦めきれない彼女は、私に彼の電話番号を聞いてきました。う~ん。。。MegumiにはTakaがお似合いのような気がする。。。そこで私は、まぁくんではなく Takaの番号を教えました。しかも、まぁくんの番号だということにして、、。 きゃは♪きっとMegumiは胸を高鳴らせながらダイヤルしたと思います。^^勿論、出てきた相手は、、、「はい、Takaです。」(*^_^*)その時はびっくりして、すぐに電話を切ったそうですが、、。^^それを期に、なんと二人は付き合うことになりました~☆6年後、ゴールイン。(*^―^*)* * *「もう だいぶ落ち着いたので報告します。実は、お子ができました。 5月に出産予定です。 当の本人たちが一番びっくりって感じです。」彼女らしい文章だわ。^^結婚して10年近く。半ば子供を諦めていた二人です。良かった、本当に良かった。 おめでとう、Megumiさん!キューピッドの私としても、とても嬉しい知らせでした~。o(^-^)o
2008.10.28
何からお話しましょうか、、。この一日で色々な出会いがあって、その一つ一つに感動と驚きがありました。初対面であるブログ友達の「happy windyさん」に一日中 東京案内をして頂き、念願の「salut_chloeさん」の写真展をchloeさんの説明付きで楽しませて頂きました。今、お二人への感謝を噛みしめながら 新幹線に揺られています。想像通り、明るい陽射しが降り注いだようなwindyさん。その可愛らしい容姿と共に、聞き心地のいい その声が印象的でした。chloeさんも暖かな雰囲気と安心感のある女性です。その写真からも伝わってきますが、しっかりと地に足のついた人生を歩んでこられたのだろうなと、滲み出た自信に憧れをも感じました。私ももっともっと感性を磨いていきたいなと、心底思いました。ねっ、windyさん!何より発想は自由ですものね!!* * *お二人の素敵な世界観が垣間見れるブログへのご招待☆◇happy windyさんhttp://plaza.rakuten.co.jp/fuko510/◇salut_chloeさんhttp://plaza.rakuten.co.jp/salutchloe/私は彼女達の大ファンです。*今日は私の高校時代の無二の親友、Yちゃんの誕生日です。おめでとう!! また香川に帰って来てね。(*^―^*)
2008.08.31
*クライストチャーチ Southern English Schools・student roomにて二人の大親友に囲まれながら。(*^―^*)【'01.8月】今日8/11は、NZ時代からの大親友『きょんさん&ゆかちさん』の誕生日。そして職場の上司Kさんは、きっと今日中にも"おじいちゃん"になられることでしょう。皆さん、おめでとうございます☆かけがえのない人達との出会いに感謝して、今日は彼女達に一編の詩を送りたいと思います。この詩は、今までも 私の大切な人達が、何かの壁に突き当たった時にプレゼントしていたものです。誕生日という晴れやかな日ではありますが、これからの長い人生において、何かの折りにでも思い出して下されば、、嬉しいです。o^-^o『生きる』とらわれ心の ある時は 苦しみが 私を 締め付ける大きな 何かに 委ねてる 水の流れを 見ていたら明るい 私に なりました迷い心の ある時は 悩みが 私を 訪れる風の 吹くまま 身を任す 飛びゆく雲を 見ていたら楽な 私に なりました汚れ心の ある時は 不安が 私に 忍び入る清きも 濁りも 受け入れる 息づく海を 見ていたら澄んだ 私に なりました
2008.08.11
「私のブログに載せてもいい?」「もちろん、構いませんよ。世界中に宣伝して下さい。」^^創作芸能団『黒拍子~KUROBYOSHI』・・・2004年、安田典幸さんと服藤菜美さんにより結成される。佐渡の和太鼓集団"鼓童"にて研修を得て、その後大阪へと拠点を移し活動を開始。(黒拍子HPより)* * *狂言の後、私達は梅田にある居酒屋へ場所を移しました。「今日、鼓童時代の同期の友達も来てるんですよ。 呼んでもいいですか?」和太鼓集団"鼓童"には、体験的学習を通して、次代に伝えるべく「新しい伝統」の創造を目指す2年間の研修制度があります。この研修所を修了した後、鼓童の正式メンバーを目指す方は、さらなる研修と選考が待っています。研修所において、和太鼓に唄、踊りの稽古のみならず、文楽や狂言といった日本古来の伝統芸能を学びつつ、農業も生活の一部となっているそうです。日課のように行われる10kmの走り込みも、心身共に大きく鍛えられるに違いありません。冬は特に波の高い日本海、その大波を被りつつ避けながら走るのだとか。寒さが半端でない冬には、手足の感覚がなくなることは言うまでもありません。そんな自然厳しい佐渡ヶ島で、最後まで研修を終えたY君と同期(20期)のメンバーは僅か5名だけ。その内の二人が、↑に紹介した『黒拍子』です。彼らは、和泉流狂言師 小笠原匡さんはじめとするコラボレーション集団"風流"のメンバーでもあります。6/29に私がお会いしたのは、菜美さんの方。Y君とは、ご主人の典幸さん共々 本当に気が置けない間柄だということがよく分かります。その菜美さんと、同じく鼓童研修所の後輩であるM穂さんを紹介して頂き、私が知る広島時代のY君とはまた別の顔を見せてもらえました。^^様々な試練を共に乗り越えてきた仲間というものは、家族のような深い絆ができるということを、彼らを前に改めて感じました。友情をもっと太く濃くした感じ。楽しい団欒の時間、彼らの世界を覗かせて頂きながら、私は今後の彼らの活躍への期待でワクワクしていました。菜美さんは言います。「日本人の私が世界に自信を持って誇れるものは、結局 日本のもの以外にないんだなって気づいたんです。」和太鼓に出会う前の彼女は、ドラムで道を開こうとしていました。けれど自分の中に流れる「和」を見失わず、彼女はこの道を選んだのです。格好いいなぁ~って、何気なく彼女が語った言葉の重みを感じながら、惚れ惚れしていた私です。o(^―^)oまた一つ、私に与えて戴いた新しい出逢い。私の世界も広がる予感がしています。〈ご案内〉結成4年目、2008年『黒拍子~神と民~』公演が行われます。・9/9(火)18:30~ 尼崎《ピッコロシアター 大ホール》・9/12(金)19:00~ 福岡《パピヨン24・ガスホール》・9/17(水)19:00~ 松山《松山市民会館 中ホール》・出演者安田典幸さん = 和太鼓、鳴り物、舞、唄服藤菜美さん = 和太鼓、鳴り物、唄安田勝竜さん = 太棹三味線、唄吉岡正樹さん = 舞台美術、演出・黒拍子公式HP http://kurobyoushi.com・黒拍子公式ブログ http://blog.kurobyoushi.com
2008.07.03
先週は広島へ、その前の週末は岡山へ、、そして、来週は大阪へ出掛けることになった私、この週末は大変大人しくしております。^^* * *「お元気ですか?今月末の大阪公演で狂言の世界から離れる事になりました。大阪公演に僕は出ませんが、もし来られるようでしたら会ってお話できればなと思ってます。」10/2の日記にも書いたY君からメールが届きました。彼も、先日久しぶりに会ったN君と同じく、大切な広島の仲間の一人。現在、和泉流狂言の名家"野村万蔵家"一門である萬狂言(よろずきょうげん)、その関西支部代表 小笠原匡先生に師事しています。その彼が今月末をもって狂言の世界から出ることになりました。その苦労を何も知らない私には 少し勿体ないように感じてしまいますけど、もうすぐ30歳を迎える男性の一大決心です。彼は今後の道も大きく切り開いていく力を持っていますし、何より「狂言」という特殊な世界の中で、人間国宝の野村萬先生、重要無形文化財の野村万蔵先生らの下で学んだ貴重な体験は、彼にとってかけがえのないものだと思います。「もし、野村万蔵さんが出演されるのなら、私もぜひ観に行きたいわ。S席、取れる?私、万蔵さんの大ファンなのよ。舞台の空気さえも変えてしまう彼の存在感には驚きました。」もちろん、九世野村万蔵さんの舞台を間近で観たい気持ちも大きいですが、本心はY君の狂言界での最後の努めを見ておきたい。新しい門出を応援したい気持ちでいっぱいです。私がNZへ旅立った年、彼は佐渡島にある和太鼓グループ"鼓童"の研修生として新しいスタートを切りました。その後、そこで講師をされている小笠原先生と出会い、狂言という日本古来の伝統芸能の世界へ入っていきました。ですから、これで三度目の大きな出発点です。続けることも大変でしょう。しかし、飛び出すことはもっとエネルギーがいることと思います。決して逃げた訳ではないのですから。その力を私も分けてもらいたい、その勇気を私も見習いたいと思っています。あっ、その根性も見習わなくっちゃね。o(^-^)o〈萬狂言・大阪定例公演のご案内〉6/29(日) 14:30開演 大阪能楽会館・「重喜」 小笠原弘晃、野村萬(人間国宝)・「花子」 小笠原匡・「六地蔵」 野村万蔵、野村太一郎
2008.06.21
*消印は6/5。 ブータンから日本に届くまで、およそ2週間かかるのですね。"picchuちゃんへ"透明感漂う空気が感じられるエアメールが一枚、長い一日を終えて帰宅した私を 気持ちよく出迎えてくれました。それは幸せの国、神秘な国「ブータン」から。親友M子は先月下旬からこの12日まで、"ブータン&タイ旅行"に出掛けていました。ブータン、、。 彼女の幼なじみRさんは、ブータンの貴族のお嫁さんなのです。ハワイ大学に留学中、ブータン人の素敵な男性と恋に堕ちたのですって。(*^―^*)私も大学時代、何度かRさんとお会いさせて頂いたことがあります。元々 気品のある方で、自分の意思をしっかりと持ち それが表面から滲み出ている女性です。とてもお洒落でもあり、決して周りに同化しない個性を確立されていたと思います。*私と唯一の共通点は"帽子好き"ということかしら?!(*^_^*)そのRさんと個性を伸ばし合って成長してきたM子から、今でも私は沢山の刺激を受けています。葉書にはブータンについて次のように書かれてありました。"ティンプー(ブータンの首都)は風の谷のごとく、なんとも言えない風が谷間を駆け抜けています。その風が気持ち良く感じられるのは、ダルシン(経文旗)をはためかせ、スピリチュアルなパワーを含んでいるからでしょうか...。なんとも心穏やかにしてくれます。"ヒマラヤの奥深く、まだまだ神秘のベールに包まれた国ブータンです。私の心を駆り立てるようなその文章に、またも未知への冒険心がくすぐられてしまいそう!^^つい最近、ブータンでは絶対君主制から立憲君主制に移行したことが話題になりましたが、それでもやはり時間の流れは緩やかなようです。以前、M子からこんな話を聞いたことがあります。"ブータンという国はね、発展途上国とは呼ばれたくないのよ。何故って、それほど発展を望んでいないから、、。"日本で普通に生活をしていると、あらゆるものが目まぐるしいほど急速に発展していき、それが当たり前のように感じてしまいます。そんな近代化に流されず、国としての意思を持って地道に伝統を守っていくブータンに一つの気高さを感じるのは私だけでしょうか。。。そして、そんなブータンとRさんって どこかしら似ているなぁ~と微笑みながら葉書を手にしました。もっと詳しく旅行の話を聞きたいなって、今からM子との再会が楽しみです!
2008.06.17
薄曇りの広島の街は、淡い紫色が少しずつ深まって 点々と灯り始めたオレンジ色の街の明かりが印象的でした。港のすぐ近く、"プリンスホテル"の23Fからは穏やかな瀬戸内海と広島市内が一望できます。微かにシャンソンも流れていました。本当は写真を撮りたかったのですが、素敵な雰囲気を壊してしまいそうで、、。^^やっぱり好きだな、広島。* * *「急な話だけど、今日の夕方時間ある?」岡山から広島へ向かう新幹線の中、私は友達にメールしてみました。前もって私の為にわざわざ時間を作ってもらうより、もしお互いに時間が合うのなら顔ぐらい見たいなっていう気軽さがいいのです。今回久しぶりに連絡したのは、現在建築家を目指して勉学に勤しんで(? ^^)いるN君。コンサート開演直前に返事が届きました。「17時まで学校があるので、それ以降なら大丈夫ですよ。」「平和公園のターミナルまで車で迎えに行きますよ。」私より4歳年下の彼は、14年前に知り合った当時 まだ高校生でした。再会は5年ぶり、、彼が高知へ一人旅した帰りに香川に立ち寄ってくれて以来です。「ずいぶん顔が引き締まったわね~。」「そりゃ、緊張しますよ。」確かに久しぶりに二人きりで会って、しかもいきなり助手席に座ることは、相手が異性でも同性でも緊張するものです。彼の一言で、何を喋ろうかって思考が停止してしまいそうでした。^^「プリンスホテルでも行きますか、、。」彼はリフレッシュしたい時、たまにこのホテルの最上階で珈琲を飲むのだそう。N君は私の大学時代、共に青少年活動に参加した大切な仲間の一人です。楽しいことも苦しいことも、惨めな姿だって十分すぎるほど見せてますね~。^^;実は今回の広島行きの前、私の心が少し傷つく出来事がありました。ヘイリーとの再会に胸弾むと言いながら、どこか沈んでいたと思います。もちろん、そんな話は久しぶりに会ったN君には一言もしていません。けれど、懐かしい笑顔を見ながらの他愛ない話に少しずつ心が解れていくのを感じていました。広島の友達は、みんな個性豊かな人ばかり。周りの目を気にして自分を出しきれない人が多い中、彼らは"こゆいなぁ~"ってくらい個性全開。^^彼はそんな仲間の一人です。「picchukoさんが普通の人なら、わざわざ香川まで会いに行こうだなんて思いませんよ。」「どういう意味よ!(`o´)」と言いながら、あぁ~、やっぱり彼は私をよく分かってるなって思いました。私、狭い世界で息苦しかったんだと思います。誰かに自分を、他の誰でもない私自身を認めて欲しかったのだと思います。さすがに日常に戻るとまだ気分が沈むところはありますが、彼のこの一言と 優しい広島の夕暮れに救われた気がします。N君、ありがとう。やっぱり好きだな、広島。* * * * * * *もちろん昔からの友人も最高の宝物ですが、新しい出会いもかけがえのないものです。先日、とても爽やかな声の持ち主Aさんとお友達になりました。世界中には まだまだ私と縁のある素晴らしい人が大勢いるんだなぁ~って嬉しく思います。ということは、もっともっと世界を旅しなくてはね~。(*^―^*)
2008.06.16
*私が出会ったパリの街角【'00.01.08】6/1は、私の尊敬するOさんの誕生日。おめでとうございます!!Oさんには大学時代、広島で大変お世話になりました。(^^)彼は現在 奥様と横浜で住んでいらっしゃいますが、元々は関西の方。数年前までは神戸にいらっしゃいました。初めて神戸のルミナリエを案内して下さったのもOさん。その時、親友のY子と3人で食べたチーズフォンデュの美味しさも格別でした。☆^^☆確か、異人館近くの"スイスシャレー"というお店だったかな。o(^-^)o* * *(9/8と内容が重なりますけど、、)そして、'99年6月。私は母と「オルセー美術館展」を観に、神戸まで。。美術館へ行く前に、Oさんが参加されていた ある集会を少しだけ覗いてみました。目で挨拶を交わしただけですが、やっぱり彼は私のチーフ!きっと、その時に彼から「大きな運」を分けてもらったのだと思います。(Oさんは記憶にないだろうな...。)その「オルセー美術館展」は人、人、人ばかり。絵画にも彫刻にも近付くことはできません。溢れる人の頭に、人いきれに酔ってしまった私達は、"せっかく神戸まで来たけれど、もう我慢の限界だね"、と美術館を後にしました。出口で一人一枚、ハガキを手渡されました。裏返してみると、それは「抽選で本場オルセー行きが当たる!」というもの。それまで私は、海外への憧れを感じつつも、一生日本から出るとは思っていなかったですし、出たいとも思ったことはありませんでした。もちろん、パスポートも持っていません。けれど、あの時はどうしてなのかなぁ~?シャンゼリゼ通りをスキップしながら、エッフェル塔を見上げながら、パリを満喫している自分が見えたのです。*^―^*ですから、ペンを片手に 抽選に応募するというよりも、むしろ申し込み書に記入している気分でした。"当たるかも"とか、"運が良ければ"とか、そういった「もしも」ではなく不思議な確信。。。神戸では十分に見れなかった作品達と、本場オルセーで再会できる!、という確信。あの日のOさんの笑顔のおかげで、私、パリと それから広がる海外行きの切符を手にすることができたのかな。^^/人生、何がきっかけになるか分からないから面白いですよね。o^―^o改めて、Oさんに「おめでとう」と「ありがとう!」を伝えたいと思います。
2008.06.01
*安芸の宮島 大鳥居【'08.02.24】大学2年生の冬、宮島の厳島神社で友達2人と「おみくじ」を引いた時のこと。私は生まれて初めて『凶』を引きました。今までで『凶』を見たのは、この時だけです。その厳島神社で、先月に「きょんさん」と一緒に引いた私のおみくじは『待ち人来たらず』・・・。(T_T)(2/24日記)どうしてこれほどまでに宮島さんとの相性が悪いのか、、、その謎が先週18日に解けました。仕事中、メールの着信ランプ点滅。それは、私が大学時代に妹のように可愛く愛しく思っていた7歳年下の「M恵ちゃん」から。彼女ともしばらくお会いできていませんが、今も変わらず大好きな友達です。o(^-^)o「今日はYさんの結婚式にきました。(^^)厳島神社だよ。」添付写真には、紅い大鳥居をバックに袴姿の懐かしい人が、、。*ほほぉ~、昨年より私からの連絡一切が着信拒否されていた訳はこういうことだったのね。その人は、私が今までで最も長い間 想っていた人。さすがに、それから10年近くの月日が経っていますし、今の私には「IL DIVO」のウルスの方が特別です!!(*^^*)でも、少しだけ寂しい気持ちがしました。それは、その人が結婚してしまったことではなく、私には連絡がなかったことです。彼が結婚式に招いた友達は たったの4人。(その家族も呼ばれたそうですが。)その4人とも私の仲の良い大切な友達です。私も仲間に入れて欲しかったなぁ~。(; _ ;)昨晩、その内の一人 S.Nくんからも同じ内容のメールが届きました。「お久しぶりです。 元気にされていますか? 僕はなんとかやっています。先日、宮島でYさんが結婚されました。 写真送ります。」Nくん、私のことも思い出してくれたんだ!昔の仲間がこうやって、私を時おり思い出してくれることが とても嬉しく感じました。そんなことを思いながら、、"ふと"気が付いたこと。宮島さんは前もって教えてくれていたのかな。将来 ここ宮島さんで結婚する人のことを、いつまで待っていても仕方がないよ、、そう伝えてくれていたのですね。相性が最悪と思っていた宮島さん。どの神社よりも私に誠実な答えを見せてくれていたなんて。今までは、たかが「おみくじ」と遊び半分でしたが、これからは怖くてひけません。(笑)あぁ、どうか神様!!いつかザルツブルクとルツェルンでは、「待ち人『すぐ』来たる」でお願いします!!って、欧州に「おみくじ」のようなものってあるのかしらぁ~???
2008.03.25
*春爛漫のハグレー公園、クライストチャーチ【'01.09.28】私は部屋に「The New Zealand Birthday Calendar」を飾っています。書店で売られていた誕生日カレンダー、それに描かれているのはキウイやタカヘなどのNZにしか生息していない鳥達。表紙には、こう書かれています。『...so nobody's birthday gets forgotten.』今日は私にとって、とても大切な2人のお友達の誕生日です。一人は大学時代からの親友Micchan、そしてもう一人は社会人になってから親しくなったY子ちゃん。お誕生日、おめでとう!!!(≧ω≦)bMicchanは結婚後に福岡へ引っ越してしまい、もう7年ほど会えていません。筆無精の私ですので、メールで連絡が取り合えるのは大変有難いです。待望の男の子を授かって、いつも宝物を大切に育てている様子が伝わってきます。こんなに性格が丸かったっけ?(笑)こんなに心配性だったっけ??(笑)こんなに家庭的だったっけ???(笑)私の知ってるMicchanは、いつもハジケて好奇心旺盛、サバサバした性格と自己の強い女性です。キラキラ輝くまぁるい目がとても印象的でした。もちろん、それは今も変わりないことでしょう。けれど きっとその魅力の上に、母性愛溢れた広い心を持つ女性に成長されたのだと思います。Y子ちゃんもそう。大きな瞳がとてもチャーミング。彼女ほど、他人の素晴らしいところを発見するのが上手な人はいないと思っています。「~さんってな、一見 口が悪くてキツそうやけど、ほんまはめちゃくちゃ優しいんで。」"どんぐり"のように目をまん丸くして、方言丸出し。(^^)いつも誰かを褒めています。そのY子ちゃんも昨年4月に結婚して、つい2日ほど前に"おめでた"が分かりました!!誕生日を目前に、最高のプレゼントを神様から戴いたのですね。o(^-^)o予定日は10月だそうですが、私も早く彼女に似た可愛い赤ちゃんに出逢えるのを楽しみにしています。やはり『母親』になるということは凄いことですね。今の私にとっては未知の世界で、これほど大変なことはないように思えますが、みんな ちゃんと乗り越えています。私の親友達は、どの女性も自慢できるほど子育てが上手です。上手下手という表現は間違っているのかもしれませんが、常に子供と目線を合わし接する姿は微笑ましいです。私にはいいお手本。(*^_^*)いつか私も、愛犬「ヨンサマとクリス」以上に(ここポイント!)愛せる我が子を神様から授けてもらえるよう、自分磨きをしていきたいと思います。(あ!その前にスイス人かオーストリア人の素敵な男性をつかまえなくてはね。(^^)
2008.03.12
*遠くに見える錦帯橋と岩国市内、そして誰かさんが作った可愛い雪だるま。【'08.02.24 岩国城より】今朝は老人ホームの玄関に飾る花を生けるのに、ユリやカーネーション達としばらく格闘しました。玄関は各居室と違ってスペースが広く、また施設への来客が必ず目にするというプレッシャーで、いつも非常に苦労します。きちんと生け花を習っていない私は、苦手意識と緊張から一度知恵熱?を出したほど。しかし、生まれ持ったセンスがなくとも練習をすれば、もしかすると"そこそこ"に上達するかもしれませんよね。* * * 私が毎日ブログを書く理由は、日本語の上達の為です。英語やドイツ語の勉強をしていく為にも、基本の日本語での表現力を養っていこうと思いました。それから毎日何かしらのテーマを決め、それをまとめる力をつけること。*まるで社説を書く新聞記者みたいですね☆文章力も生け花と同じで、センスってありますよね。皆さんのブログを拝見するたびに、その多種多様な内容と感性の柔軟さ、それを写真や言葉で表す能力に感心してしまいます。そして、それが私にとっても大きな刺激であり、勉強になっています。先ほど仕事を終えて駐車場に向かう時、上司のKさんと一緒になりました。話しの流れから、私のブログについての貴重な意見を戴きました。「時々、読ませてもらってるんだけどね。。最近の内容は、知識の押し付けのように思えるよ。」決して知識と呼べるものではないですし、まして それを押し付けるなんて、、。すぐに否定をしましたが、後で考えてみると皆さんの豊かな感受性と博識に置いてきぼりにならないように、私は背伸びをしていたのかなって気付きました。もちろんブログに書くことによって、せっかく学んだことを自分の為にも残しているところもあります。自分が知り得たことの感動を、皆さんと共有したいという気持ちもあります。けれど、当初の目標の日本語のセンスを磨くことからは逸れていたかもしれませんね。これからも自分の言葉での感想よりも、知り得た内容に重点を置いた日記を書くことも多々あると思います。ですが、時には自分の日記を読み返して、方向性を修正したいですね。Kさんは続けます。「でも、あなたはそうやって感性を磨いていると思うよ。わしが毎日磨いているのは歯くらいなもんやけど。。」(*^―^*)Kさんはひょうきんなことばかり言って私を笑わせてくれます。そしていつも私のことをしっかりと見て下さって、時にはその成長の為に言いにくい正直な意見を述べて下さいます。*Kさん、ありがとうございますね。私は、言葉の表現に幅を持たすことはもちろん、リズム感のある文章を書けるようになりたいです。自分の感じたことをそのまま表現する力と、何よりも感じる心を磨いていきたいです。文章力を伸ばすとね、不思議なことに美術や音楽、多方面のセンスも培われていくのですよね。
2008.02.29
*今日は高校時代からの親友「Kanako」の誕生日です。おめでとう!!漆芸家の彼女は昨年6月に結婚しました。その時の引出物の中に入っていた「あけぼのどんぶり」↑。このお椀は彼女のご主人が研いたものを、彼女が塗りました。一つ一つ心のこもった作品は、結婚式の参列者全員に贈られています。漆器といえば、大抵の方が「輪島塗」を思い浮かべることでしょう。では、『讃岐漆器』はご存知でしょうか?漆器産地の規模としてはその輪島と大差はありません。ところが知名度は低くなるばかり、、。まして昨今では、軽くて安価なプラスチックが台頭し、高価で広い場所を有する漆塗りの家具は敬遠されがちという、ますます厳しくなる漆業界。伝統工芸の伝承は非常に大切なことでしょうに、思う以上に難しいものなのですね。そんな世界に私の親友は飛び込んだのでした。紆余曲折しながらも自分の道を切り開いていった彼女。彼女は普通に大学の教育学部を卒業した後、しばらくして「香川県立高松工芸高校」内にある『香川県漆芸研究所』に入学し、そこで3年間讃岐漆器を学びました。時々遊びに行った彼女の部屋は常に漆の匂いがして、彼女の手は漆に負けてかぶれていました。それでも漆の話をする彼女の目は、高校時代から"ずっと"彼女を見てきた私ですら初めて見る輝きでした。表面は自信なさげに見せてくれたデッサンも、彼女の内では満足していることが伝わってきます。それは作品そのものよりも、今歩んでいる自分の人生への確信のようにも見えました。今は同じ漆業界の旦那様と一緒に日々制作していることでしょう。二人で同じ道を歩めるなんて本当に素晴らしいことですよね。私は彼女がこの世界に入るまで、讃岐漆器の価値の高さを知りつつも興味を持つことはありませんでした。今も詳しいことは分かりませんが、デパートへ行った時などは"ウェッジウッド"などの洋食器を見て楽しんだ後などに日本の伝統工芸の美しさも鑑賞するようにしています。〈ご紹介〉讃岐漆器の代表は次の通りです。・蒟醤(キンマ)塗り・象谷(ゾウコク)塗り・独楽(コマ)塗り・後藤塗り特にキンマ塗りは漆を塗り重ね、模様を線彫りし、この刻まれた陥文に色漆を埋め、研き工程を経て模様に色漆を残したもの。漆塗りの最高峰ともいうべき技法だそうです。ちなみに私が好きな作品は、コマの美しさから源している独楽塗りです。
2008.02.15
*『平和の鐘閣』韓国・統一展望台を訪れる時に立ち寄りました。【'04.06.13】これは、朝鮮戦争時に使用された銃やヘルメットを溶かして作られた鐘。多くの人々の平和への思いが込められています。今日の昼過ぎ、ソウルに住む韓国人の友人「Jeanna」からメールが届きました。彼女との出会いについては12/26の日記でも書きましたが、昨年夏のザルツブルグでした。彼女は大好きなアニメから日本語を勉強しています。彼女自身も韓国のアニメコンテストで賞を取ったことのある実力者です。実は先日、「南大門」の崩壊を嘆き悲しむ韓国人の気持ちが痛いほど伝わってきた私は、Jeannaにお見舞いのメールを送っていたのでした。《 私もこのニュースを知って、とても残念で悔しい思いです。信じられない。 あまりにも酷い、とても悲しい。ジーナと、そして韓国の全ての人達がこの深い悲しみから立ち直ることができるよう祈っています。》日本語の勉強にもなるように、英語とその和訳を書いて、、。驚くことに、今日の彼女からの返事は全て日本語でした。ぎこちないながらも、一生懸命さが溢れていて、それだけでも感動です。《 手紙をありがとう。南大門という貴重な文化財が焼失しました。 気分がとても悪く、悲しいです。そして、あなたの元にこんなニュースが聞こえてしまったことは、ちょっと恥ずかしいです。韓国の全ての人に対して、酷いことをしたのだと私は思います。みんなに大きな悲しみを与えています。この日は朝から、白い花が南大門の前に供えられている写真をニュースで見ました。その写真を前にして、私は悲しくて涙が出ました。南大門がまた同じように造られても、価値は元通りにはなりません。あぁ~、分かりません。思いが沢山です。。それでも、あなたからの手紙は力になりました。 本当にありがとう。》私はこの内容から、ある一文にショックを受けました。それは、『あなたの元にこんなニュースが聞こえてしまったことは、【ちょっと恥ずかしい】です。』という文章。この『恥』という思いを、私は忘れていたように思うのです。もう一昨年になりますか、、法隆寺東大門の柱に「大スき」と刻まれているのが話題になった時。確かに、この考えなしの酷い行動に腹立たしさを感じましたが、それを『恥』だとは思いませんでした。例えこの話題が海外に聞こえていようとも、『恥』という気持ちは一切ありませんでした。ある一人の悪行を、同じ韓国人としてJeannaは『恥』と思っているのですね。『恥の文化』、これはそれほど遠くない時代の日本にも、当たり前に存在していた文化です。このJeannaのメールに、逆に現在の日本の『恥』を知りました。巷に溢れる尋常とは考え難い犯罪も、礼儀知らずの常識も、政治の腐敗さえも、恥ずかしい気持ちを忘れ去ってしまった日本の現れだったのですね。今一度、私も自分自身を見つめ直そうと思います。そしてJeannaと出会えたことを、友人と呼び合えることを感謝したいと思います。
2008.02.13
私はいつも海外へ出ると、日本に向けて何通か「AIR MAIL」を書きます。その年に特別お世話になった方、しばらく疎遠になってる方、ふとお顔が浮かんだ方、、、etc。旅先で絵葉書を買う楽しみにもなりますね。どうせ私の方が先に日本に着いてしまうのですが、それでも訪れた街の空気や匂いを運んでくれるようで大好きなのです♪まして、いつもひとり旅ですから、カフェなどでペンを走らすなんて、ちょっと贅沢な時間じゃありませんこと?!その中で、私が毎回 絵葉書を送る方がいます。職場の前施設長のY.Kさん。K施設長が退職されたのは2年半前のこと。現職の頃はもちろん、今も私を大変気にかけて下さり、季節の葉書なども下さいます。私も彼女が退職されて、だからこそ できるだけ以前よりも、その方とのお付き合いを大切にしていきたいと思っています。お世話になったお礼もありますが (今なお、お世話になってばかりですが)、そのご恩を忘れる自分にはなりたくないと思うからです。ついつい毎日に追われ、疎遠になってしまいますが、、。*それは彼女に限ってではなく、大切なお友達 みなさんにもそうですね。ごめんなさいね。だから、旅先での絵葉書には重宝します。こういう機会は、懐かしい方達との交流にも大切なものです。そのKさんよりお返事が届きました。『遥かザルツブルクの地から、ものすごく綺麗な絵ハガキが届きました。何とも神秘的な色合いですね。こんな美しい街を夏と冬 訪れたpicchukoさんブラボー!!...』彼女は以前にカナダとスイスを旅したことがあります。初めての海外カナダではロッキー山脈の雄大さに圧倒されたそうです。次に訪れたスイスでも、360度に広がるアルプスや一軒一軒のベランダに溢れるお花達に感激感動し、スイスは世界で一番美しいと豪語します!!私がそのスイスではなく、ザルツブルクを再び旅したことを知ると、彼女は何度も興味深そうに聞きます。「ねぇ、スイスとどっちがいい? どっちが綺麗?」スイスと答えてあげたいけれど、、。それは各人感じ方が違うわけですし、縁や相性というものもあるわけですから、一概には答えられませんよねぇ。『ウルス』ファンとしてもスイスと答えてあげたいけれど、今の私にはザルツブルク以上の街はないようです。でもね、ルツェルンもクスコもシェムリアップも、もちろんローマもクライストチャーチも、数えあげればきりがありませんが、どの街も本当に素晴らしい!!色々な街を訪れる度に、もう一度来たいと思わされますよね。だから世界中を全て回りたい欲張りな私は、最低でも世界を2周しなければならないわけです...。(*^_^*)また、どこかの街から「AIR MAIL」を送りますね♪
2008.01.07
*先日、sakuranomiさんから戴いたB.Dプレゼント。幸せになりますようにとの「四つ葉のグローバ」が堪らなく嬉しいですよね。だから、それに入れる写真も 私の一番大切なものにしました。ありがとうございました。今日も心の底から素晴らしいと思える日でした♪まず「ケルティック・ウーマン」のDVDが届きました。アイルランドのスレイン城で撮影されたもの。NZ出身ヘイリーと、今度こそ再会です!そして何より舞い上がったことは、先日お友達になったばかりの方(そう思って宜しいでしょうか?)からのお届け物です!!私は来年2/6に職場から大阪四季劇場へ「オペラ座の怪人」を観に行きます。せっかくの舞台、予習しておいた方がより楽しめるでしょうとDVDとCD、パンフレットをお貸しして下さったのです!!そしてウィーン版「エリザベート」も!!細やかなお心遣いに、同封の手紙の内容に、私だけでなく両親も感動!!!大切に大切に観させて頂きますね。私も周りの方達に、こんな感激をプレゼントできる人になりたいですね。先日、大学時代に最も仲の良かったMakiちゃんから久しぶりにメールが届きました。それは、その何日か前に起きたタイでの日本人女性殺害のニュースを見て、「あんたは他人事じゃないき、外国は怖いき、心せんといかんよ。」彼女は故郷の高知を出て もう15年以上も経つのに、今は千葉在住の大学教授夫人なのに、相変わらずの土佐弁は健在です。o(^-^)oそして、昨日のこと。職場の前施設長Y.Kさんからお電話を戴きました。「あなたのことだから、今年もまた年末年始に海外へ行くのでしょう?先進国といっても、くれぐれも気を付けて行きなさいよ。」離れていても、しばらく声すら聞いていなくても、こうやって時に私を思い出してくれる温かさ。今日の出来事と共に、人ってなんて素晴らしいのだろうと思わずにはおられません。では、私は他人(ひと)に対して、こういう思いやりができているのかと問われれば、恥ずかしいことに人並みにも及びません。皆さんから戴いた沢山のお気持ちを大切に、その姿をお手本にして自分を成長させていきたいと思います。
2007.12.06
*来年3月、兵庫県立芸術文化センターに於いてイタリア語で上演される『蝶々夫人』!!私にとって初めてのオペラ鑑賞です。30日のPM2:00から♪今日、チケットが届きました!!イタリアが生んだオペラの巨匠プッチーニ。私は彼だけでなくヴェルディやロッシーニなどのオペラ音楽も大好きです。プッチーニといえば、トリノオリンピックで荒川静香選手のイナバウアーと共にトゥーランドッドの「誰も寝てはならぬ」で一大ブームになった記憶も新しいですよね。蝶々さんでは、名曲「ある晴れた日に」が感動をより一層盛り上げてくれると思います。*今日は大学時代からの親友Masakoの誕生日です。『おめでとう!!』彼女は私にとって、なくてはならない存在。いつも一歩先行く彼女に、私はついていくだけでも精一杯です。物事をコツコツと そして常に客観的に見れる彼女と、爆弾のような私。のめり込んだら自分を失うほど夢中になる私とは対称的ですね。でも私は知っています、彼女もまた熱い何かを胸に秘めていることを。なんたって船での世界一周旅行に出かけたくらいですから。最近は会えば将来について真剣に話をするようになりました。決して今の自分に満足できていない私達。もどかしさがお互いに伝わってきます。でも先月に会った時は、これまでになく世界が広がってきているのかなって思わせる何かがありました。いい兆候です。私も遅れをとってはなりませんね。今日の夕食時、私も両親と今後の人生について真面目に話し合いました。まだ答えは見つかっていませんが、私も変化を感じています。したいことが次々にあって。。"う~ん"、もうすぐ私の中から色んなものが生まれてくる予感。沢山の感動が形を変えて溢れ出してくれそうです。私はいつも思っています。『これからの人生、今が一番若いということ』だから感性をもっと磨いて、あらゆることに挑戦したいですね。さすが親友の誕生日。私も新しく生まれ変わる日にしたいです。
2007.12.04
今、大阪の厚生年金会館に到着しました。後少しで「ケルティック・ウーマン」のコンサートが開演です♪聴きに来られている方は男女同数くらい、年齢層の幅は広いですね。席は前から8列目。思ったより狭いホールで、予想以上に、かなり かなりステージが近いです!!ワクワクッ!、ドキドキッ!きっとこれからの感動は言葉では表せないものだと思いますが、実はすでに胸がいっぱいで興奮がとまらず、、。一昨日の日記にも書いたように、ブログで知り合った方と今日の午後にお会いすることができました。その方は気持ち良く出迎えて下さり、気さくで、とても優しい方でした。『sakuranomiさん、本当にありがとうございました。』あまりにも親しみやすく、思わず興奮してお喋りし過ぎたように思いますが、それは凄く楽しくて嬉しかったからです。人見知りが激しい私ですので、初対面の印象で話ができなくなることもあるのですが、彼女の笑顔は最高に温かく、その可愛さに舞い上がってしまいました。私の為に時間を作って下さったこと、そして誕生日のお祝いの言葉だけでも もったいないのに、綺麗で美味しいケーキをご馳走して下さり、なんとプレゼントまで用意して下さっていたのです!!『ありがとうございます。』私がミュージカル「エリザベート」が好きで、「エビータ」の映画と舞台に興味があることを知っている彼女は、そのCDまでプレゼントして下さったのです!!感動が溢れて、呼吸困難になりそうでした。決してオーバーな表現ではありません。そのぐらい嬉しかったのです。こんなに胸いっぱいで、これからのコンサートはどうなるのでしょう。失神して倒れてしまうかもしれません。もうすぐ始まります。終演はかなり遅くなる様子。もしかしたら最終列車に間に合わないかもしれません。その時は、、でも今日は幸せいっぱいなので、まるごとOKです♪
2007.11.29
*ザルツブルクでも特に有名な「モーツァルトの生家」の前で。看板がお洒落で美しいゲトライデガッセの9番地にあります。黄色い外壁が目立ちますね。【'07.07.16】明後日の今頃は、待ちに待った「ケルティック・ウーマン」のコンサートです。わぁ♪ もう明後日なんだぁ♪♪♪会場は大阪市の厚生年金会館です。今回はコンサートの他にも、とっても楽しみにしていることがあります☆それは、このブログで知り合った方とお会いできること!!何かのご縁でしょうね、その方が書くブログは私の興味あるものばかり。伊藤若冲が好きな彼女は、つい先日も香川の金刀比羅宮へ「書院の美」を観に来られたそうです。その時はお会いすることはなかったのですが、今回 私は彼女の好意にしっかり甘えさせて頂くことにしました。(知り合って10日ほどという日の浅さにもかかわらず、、)「私はメガネを掛けていて、ボサボサ髪を束ねています。黄色の上着を着ていきますね。」ちょっとワクワクしますよねぇ。今からドキドキしています!!!このような出会いと少し似たものが今年の3月にもありました。それは初対面の方に会うために、私が一方的に神戸へ出掛けて行ったのです。その方は私がいつもお世話になっている旅行会社のR.Mさん。Mさんとは私がアムステルダム行きをお願いした2004年夏の電話からのお付き合いです。今回のザルツブルクで6回目、いつも無理ばかり頼んでいます。彼女との連絡は電話より便利なメールがほとんど。メールってホント不思議なものですねぇ。お顔を知らなくても、何年にも渡りメール交換をしていると 古くからの親しい友達のような、、旅行以外のたわいない話まで つい知らせてみたくなります。Mさんはそれに気持ち良く応じて下さり、忙しい中 丁寧にお返事を下さるのです。その上、2006年はフィレンツェで、2007年はスイスのルツェルンで、ニューイヤーのサプライズプレゼントとメッセージを用意して下さり、彼女のそんな温かい心配りのおかげで いつも最高の年越しを迎えられる私です。4月、そのMさんが異動になりました。どうも今回の部署は簡単にお会いすることができないようです。彼女が三宮営業所にいる間にぜひ直接お礼が言いたくて、思いきって会いに行きました。ドキッ! ドキッ!JRの「青春18きっぷ」を使い、本当に『青春♪』って感じでした!!Mさんは想像通り、とても温かい空気を持った方でした。お目にかかった当初は少々緊張しましたが、彼女の居心地の良い雰囲気に1時間ほどお喋りしてしまいました。今も変わらず、大変お世話になっております。Mさんは先日のお休みに箱根へ行かれたらしく、私にも秋を堪能できるようにと その時の写真をメールに添付してくれました。こういう優しさがたまらないですね。明後日にお会いできる方も、彼女に劣らず親切な方。お昼にメールを頂きました。大阪に不慣れな私を思って、色々と気遣いをして下さっている様子。あまりにも良い人ばかりとの出会いに感謝でいっぱいです。人とのつながりって素敵ですね。大切にしていきたいですね。
2007.11.27
今日は、私のNZの思い出に欠かせない心の友「ともよ」さんの誕生日。さすが「坂本龍馬」と同じ誕生日だけあり、愉快で突拍子もない行動力を持つ女性。NZから帰国して間もない頃、気が付けばオーストラリアでワーホリ生活をしていた彼女です。昨年の春に、彼女はずっと想い続けていた人と結婚し、今は誰よりも幸せな毎日。おめでとう(≧ω≦)b昨晩、一緒に食事をしたSyukoさんが急にこんなことを言い出しました。「私、ずっと平凡で普通の人生が送りたかったのよね。なのに今まで結婚していないということは決して普通とは言えないわよね。」昨日集まった私を含む3人は、34歳を過ぎてもまだ嫁入り前の娘達!!近々の予定も今のところない娘達です!!私達は考えました。確かに年齢や周りの環境を考えた時、結婚した方がいいに違いないし、結婚したいとも思っています。でも結局、現実の結婚生活を思うと、3人とも決して本心から今すぐ結婚したいとは思っていないのですね。Snaokkoさんはプライドが高いことを自覚しています。Syukoさんは、話をすればするほど洞察力があり、理想が高いことが窺えます。そして私もそうですが、自分の時間が大切なのです。そんな私達を目覚めさせる素晴らしい男性に、一日も早く巡り逢えますように祈ってやみません。ここだけ(?)の話、3人とも手相の結婚線はかなり上の位置にありました。。(悲)。。Syukoさんは「普通」な「平凡」な人生を望むと言いますが、私は人とは違う生き方をしたいと思っています。本当に好きな男性がいるのであれば、国境を越えることくらい全く平気ですし、自分は何か特別だと思えることを成し遂げたいと願っています。我が儘なのですね。昔はもっと我が強かったと思います。ある時、こんな言葉に出会いました。『非凡に見ゆる非凡は凡なり。凡に見ゆる非凡の凡の中に本物あり』私がこのまま我を張り続ければ、永遠に本物ではない『凡』で終わりそうです。『天才は無心』と言いますから、下の方でもがく私は小さい自我で埋もれていますね。そろそろ小我を捨て去って、大我に生きていきたいですね。
2007.11.15
*可愛いC子と共にクックアイランドでサファリツアーに参加しました。【'01.10.08ラロトンガ島】今日は大好きなC子の誕生日♪おめでとう!!(^з^)-☆Chu!!彼女ともクライストチャーチの語学学校で知り合いました。初めての授業。やはり私は緊張していました。だって、そこは日本語の世界ではありませんから。。NZへ渡って半月。まだ友達は一人もいません。少し早めに教室に入った私は、何も分からないまま席につきました。「隣りに座ってもいい? 初めての方ね。宜しくね。」声をかけてくれたその人は、まるでお人形さんのように可愛くて、私はたちまちファンになってしまいました。その彼女が大阪出身のC子です。彼女とはいつも一緒でした。旅行も三度ほど共にしました。おかげでNZで学んだものは英語以上に大阪弁!!(*^_^*)可愛い笑い声と、ちょっぴり意地悪な口調がより彼女のチャーミングさを引き立てます。「うどん好き」というのも魅力?!ですね。彼女と「きょん」さん、「ゆかち」さん、「ともよ」さん、そして以前紹介した「Y恵」さんと「MIHOKO」、彼女達が私のNZライフを最高のものにしてくれました。遠く日本を離れ、こうやって出逢えた奇跡的な縁を一生大切にしていきたいです。いつか同窓会したいですね(^o^)/
2007.11.10
誕生日ネタが続きますが、今日は私が大学時代に好きだったY.Y君の誕生日です。彼はとても優しい人ですが、口が悪くクールな性格。今の私の好みとは正反対のタイプですが、当時はその口の悪さが大好きでした。Y君の第一印象は私にとってあまりいいものではなく、まぁ、二人で話すこともないだろうから 当たらず触らずでいこうといった感じでした。その頃、親友のMAKIちゃんと、その彼を中心としたメンバーでよく遊んでいました。宮島へ海水浴に行ったり、島根まで温泉へ行ったり、、。Y君ともその輪の中で知り合いました。苦手なはずが、気が付けば気になる存在になっていた、なんてよくある話ですよね。その気持ちに気付いて間もない頃、もうすぐY君の誕生日だということを知りました。何かプレゼントしたいな、、でも恥ずかしいじゃないですか...。ちょうど同じ日にM君という友達も誕生日だと知り、2人にプレゼントを用意しました。気合いの入りすぎたY君へのプレゼントは悲しいかなシワシワになっちゃって..。誕生日当日は夜の12時を回って一番に「おめでとう」が言いたくて、携帯電話時代の今では考えられませんが、電話の前に正座をし、深呼吸をして、ドキドキしながら ひとつひとつダイヤルしたのが懐かしいです。彼を好きだったあの当時、私って本当にピュアだったなぁと思います。去年の今日、「おめでとうメール」を送りました。「Y君、お誕生日おめでとう。私、スイス人と結婚するけんねぇ。」これは大学時代の彼への気持ちより強烈な「IL DIVO」のUrsを意識してのもの。返事には、「それって、picchuちゃんの現実? 願望? 妄想?」・・・(*^_^*)昔とちっとも変わっていないようです。今年もメールを送ってみました。そろそろ、Y君もパパになってる頃かしら?返事あるかなぁ? あるといいなぁ。
2007.10.05
再来週の火曜日、10/16に香川県民ホールへ現代狂言を観に行って来ます!~狂言とコントが結婚したら~この現代狂言は以前TV番組での共演がきっかけで南原清隆さんと狂言師の故・野村万之丞さんが立ち上げたもので、伝統ある狂言と現代の笑いのコントを掛け合わせていると説明に書いてありました。昨年の第一弾は大好評だったそうです。狂言の世界を初めて覗いたのは去年の1月。以前は能や狂言といった日本の伝統芸能に接するなんてこと、思いもしませんでした。では何がきっかけだったかというと、、私には大学時代に青少年活動(?)を共にしたY君という友達がいます。彼は真っ直ぐな性格で芯があり、そしてとても可愛らしい人です。私より6つ年下なのですが、しっかりした彼に会う度、感心させられてしまいます。きっと弟がいたら、こんな感じなのかなって思うほど可愛いです。(立派な男性に可愛いだなんてごめんなさい。)その彼が数年前に狂言方和泉流の先生に弟子入りし、今では人間国宝の野村萬先生の舞台の袖に控えるほどになりました。実は狂言の世界に入る前、和太鼓で有名な「鼓童」の研修生として、佐渡島で2年ほど鍛えられた経験も持っています。8月にも舞台の為に香川へ来た彼と、高松の街へ2人で食事に出掛けました。お酒も強くなって、あぁ 大人になったのねぇ、とやっぱり姉心。。知り合った当時はまだ高校生でしたから。未知の世界の話が大好きな私にとって、彼の話は興味に尽きません。「弟子」という立場の厳しさ大変さなんて、現代の日本人の何人が知っているでしょうか...。本当に誰にも負けないくらい素敵になったと思います。彼の舞台を観に大阪まで行ったことがあります。初めて観た「お能」は眠たくてたまりませんでしたが、迫力ある鬼の面に朱色の衣装が舞台に映え、それはそれは美しいものでした。眉間に深い皺をよせた鬼の険しい表情が、不動明神に戒められた後、同じお面のはずなのに少しずつ柔和に浄化され変化していったのを、何も分からない私でさえ気付くことができました。帰りにY君にその話をすると、演じ手のほんのわずかな顔の角度で表情が見事に変わることを教えてくれました。能のお面が無気味なほどに無表情なのにも奥の深い意味があるのですね。日本ならではの世界。奥がありすぎて難しいものですが、機会を作って触れていきたいと思います。日本の伝統文化を知ることで、より深く世界の素晴らしい文化を感じれる気がするのです。16日には彼も舞台に立ちます。古典狂言、現代狂言、新作現代狂言の三部構成の中で、彼は古典狂言の「二人大名」に出演します。それには人間国宝・野村萬先生の息子さん、野村万蔵(九世)さんも出演されます。先程 HPを開いたら、ナンチャンや野村万蔵さん達の名が連なる中、一番最後に彼の名前が!!やっぱり姉心。もの凄く鼻高々になってます。
2007.10.02
*オーストリア ハルシュタット【'07.07.15 ザルツブルクから列車で約2時間、世界で一番美しいといわれる湖岸の街です。】私はオーストリアの国だけでなく、国旗も大好きです。少し見にくい写真ですが、私とオーストリアの国旗は似合ってます..?今日、私の大親友(彼女がどう思おうが、私はそう思っています)の「きょん」さんがペルーから帰国しました。お帰りなさい。大変だったね。お疲れ様でした。添乗員という仕事は誰にでもできるものではありません。彼女はとても気配りのできる女性です。私のような気心知れた友達にさえ、細やかな気遣いを忘れません。私が今年1月末に「IL DIVO」の来日コンサートの為 上京した時も、新幹線のホーム、しかも乗車口まで出迎えてくれていました。手には私用にと東京駅周辺の地図。「四国から来る時はパスポートがいるんじゃないの?( ̄ー+ ̄)」ちょっぴり意地悪っぽい口調も彼女らしくて大好きです。その日、7月のザルツブルク行きの鞄を東京で探そうと思っていた私は、かなり彼女を振り回したと思います。田舎者の我が儘に付き合ってくれ、沢山のデパートを歩き回りました。疲れもみせず、きっと足が棒になっていたに違いないのに、コンサート会場の国際フォーラム入り口まで送ってくれました。別れた後、「IL DIVOのメンバーと目が合った! なんて勘違いしないように!」という彼女らしい温かいメール。思わず口元がほころびました。彼女は私の間違いを誰より真剣に忠告してくれる友達です。面と向かって言うのは恥ずかしいけれど、とても感謝しています。いつもありがとね。毎日お客様のお世話ばかりしている「きょん」さんを、いつか私がザルツブルクへ案内したいと思っています。彼女だけでなく、私の大切な方達皆さんをザルツブルクへ連れて行ってあげたい。地球上にこんなに素晴らしい街があることを見せてあげたいと思うのです。折をみて この日記に書いていこうと思いますが、私には「きょん」さんのように大勢の方に紹介したい友達が沢山います。どう表現すればいいか分かりませんが、それは神様からの最高の贈り物だと思っています。
2007.10.01
今日は愛車の一ヶ年点検の日でした。異常なし、また一年頑張ってもらいましょう。私が免許を取得したのは大学2年の春休み。教習所でかなり先生に叱られた私は、免許を取ってからも恐くて乗れませんでした。自宅がJRの駅に徒歩3分、職場も自転車で10分の所にあったので不自由もなく何年も過ぎました。でも今から4年前のこと、職場の上司 K.Kさんの「今なら運転を教えてあげるよ」というお言葉に甘えて、10年近くハンドルを握っていない私でしたが新車を買う決心をしました。車購入の際はNZ行きの前、長年 机を向かいあって仕事をしたY.Nさんに大変お世話になりました。それから2週間。仕事が終わると男性職員の方達と特訓の日々。Kさんは休みの日までお付き合いしてくれました。ここで改めて、そのK.Kさん、Y.Nさん、そしてN.Kさん、T.Iさんに感謝を伝えたいです。本当にありがとうございました。助手席に一人、私の車の前後に一台づつの大掛かりの練習でした。Iさんが隣に乗ってくれた時は、すぐ後ろが川(溝のような小さい川ですが)なのに 直進とバックを間違え、Kさんが横の時は右折ができず青信号で停止し 死にそうになったこともあります。前方を走るNさんがブレーキをかけたにもかかわらず、私はアクセルを強く踏み Kさんを驚かせたことも!!私には楽しい思い出ですが、皆さんには命懸けのものだったはずです。おかげ様で今は両親を病院や買い物に連れて行ってあげることもできますし、すっかり生活の一部になっています。あの時の皆さんの多大な親切を忘れず、明日からも安全運転を心掛けていきます。一度、赤信号で捕まった私ではありますが...。
2007.09.16
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