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あんまりスピリチュアルなことは信じてないのだが、自分の運気が悪いとき、というのは何かいつもまとめて悪いことが続くと思う。思い起こせば2005年に家を買った年は、家に関して全てのことがうまくいかず、その上、事故で骨折する、流産する、とめちゃくちゃだった。そんなときは余計な動きをしないほうがいい。なんでそんなことを書くかというと、この間、かばんを盗られてから、悪いこと続きだ。*****************この間、ショッピングセンターで大きな買い物をしたので20枚以上のスクラッチ式の福引券をもらった。全部ティッシュすら当たらず。。こするの大変だったのに! *****************やっとやっと、あれから数年、屋根の修理が始まったのだが、工事開始予定日が遅れて遅れて、あいにく我が両親の来伊の日と重なり、いつもなら我が家に泊まってもらうところを、その後、東欧旅行に旅立つ前までの数日近くのホテルを取った。なのに工事業者の野郎(←ちなみに仇敵ルイジとは別の業者)、家の周りに足場だけ組んで窓も普通に開けられない状態にだけしたまんま、来ないのだ。両親に高い代金払ってホテルに泊まらせた意味なし!!3週間ほどヨーロッパを旅した両親はもう帰国したが、ま だ こ な い 。。。。両親の滞在日最終日、我々は家族揃って、Madesimoというスイス国境の山に出かけることにした。Ryuはめったに会えないおじいちゃん、おばあちゃんとのお出かけがうれしくて、散歩に出かける子犬のように大興奮である。外に出る階段をいつもよりわたしの手をぐいぐい引いて走るように降りていく。ちょうどそのとき用事から帰ってきたおっとが階下に見えた。。というか、それまで見ていた階段から、おっとを見た。「パパー!!」そこをグッドタイミング(?)でRyuがわたしの手をぐいっと力強く引き。。。わたしは階段から転げ落ちて左足をくじいた。両親とのお出かけ、今日が最終日なんだよね?貴重な時間を救急病院でさくのもためらわれ、びっこを引き引き車に乗り込み、山までお供したが、やはり足は腫れあがって歩けなくなっていて、結局全員がハイキングが出来なくなってしまった。次の日の朝、両親を空港に送ったその足で病院に行き、包帯ぐるぐる巻きにされたが、骨折じゃなかったのが不幸中の幸いだった。*****************先週末はRyuが週1回通っている日本人主催のリトミック教室のステージだったので、昨年クリスマスに買ったばかりのデジカメを持って意気揚々と出かけた。リトミックステージだけではなく、いろいろな催しもあったので、小さな部屋の中は日本人や、その他の人々で超満員状態だ。ステージが始まったのでビデオモードにして少し廻していたら、すぐに「メモーリー空き容量なし」と表示が出たので、がっかりしてあきらめてそのときはカメラをしまい、次の日、家で観よう、とカメラを出したら、メモリーカードのところのふたがいつの間にかはずれていて、メモリーカードが入ってなかった。。。。あの混雑でどうなったのか、落としたらしい。ショック。*****************ショックといえば、一番のショックはこれだ。東北大地震の被災者に何か協力できれば、と苦肉の策でRyuの通う幼稚園と、近所の小学校の受付に日本の国旗を模した義援金BOXを置かせてもらった。目立つといえば、目立っていた。だが、先日小学校の学期末が近いある日、幼稚園の受付の人に呼び止められた。「これ、いつまで置いていても誰も寄付なんてしてくれないわよ。義援金を集めるんだったら現金じゃなしに、もっといい方法を考えなくちゃ。持って帰ってください。」「自己中主義のイタリアでやっぱり難しいかぁ。」と軽いショックを受けながら開けてみると8ユーロほど。募金の紙には「集めたお金は直接日本赤十字に送ります。」と書いたが、これでは手数料のほうが高くつきそうだ。「これじゃ、振込みする意味もないので、日本食材屋さんの義援金BOXに入れておきます。」「好きにして。」とぼとぼと義援金BOXを抱えてその足で小学校にも向かう。わたし「義援金BOX、どうですか?」受付「う~~~~ん、集まらないわねえ。」箱を開けた。たったの3セントしか入ってなかった。幼稚園より悪い。。。ってか、ないのもおんなじ!わたしは苦笑いをしながら「確かに。。。3セントって、誰も入れてくれなかったんですね。」受付「えっ、3セント?!昨日見たときは30ユーロぐらいは入ってたわよ?」え?ええ~、えええええええええええええええええええええ~~~~~~っ!!??受付「そりゃ、ほとんどの子が小銭しか入れてなかったけど、何人かはお札も入れてたし。あ~あ、きっと生徒か、公共の開放時間に受付にひとがいない隙を見て、やられたのよ。」OOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHH,NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!受付「あなたも、こんな簡単に開けられるBOXにしたのもまずかったわね。次回からはテープかなんかでぐるぐるにして、開けられないようにしないと。」そんな。。。こんな田舎町にそんなことをするひと、想像していなかったから(設置はかばん盗難以前)普通の箱にしてました。。。。次回?。。。。ふっ。 次回なんてやる気力がどーんと、ゼロマイナスになったわ。自分のセキュリティの甘さにショック自分のプロジェクトの失敗にショック住んでいる市の誰かの仕業だ、ということのショック(田舎町で治安はいいと、今まで信じていた)募金してくれた人の誠意が無駄になったショック被災地の人へ何も出来ない自分の無力さへショックはあああああああ、明日は晴れるかなあ?
2011.06.13
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先日奪われたかばんの中身は、財布と現金と、かばん本体を残してほぼ復元できた。特に日本のクレジットカードはあっというまに新しいのが届いたし、イタリアの保険証は無料で、免許証は保険つきの郵便料を16ユーロ払っただけで、2週間後ぐらいに届いた。携帯電話は買わなければならなかったが、被害届を元にナンバーはそのまま使用できることとなった。しかし面倒なのは外国人滞在許可証。実はミラノのクエストゥラに警官の知り合いがいるので、ここはコネ社会のイタリア、こっそり頼んでみたが、現在は滞在許可証はマイクロチップ入りカード式。昔のように各クエストゥラがぴらっぴらの紙切れを作るのではなく、すべてローマのコンピューターで管理しているので動きようがないと断られてしまった。いろいろなひとに聞けば、しばらく待てば、かばんが路上から発見されたり、親切な人が届けてくれる可能性がある、ということ。それに淡い期待を抱いて、1ヶ月待ってみたが、ちっとも何も起こらないので、先日しぶしぶ郵便局に、再発行申請をしにいった。無くなったのは、わたしのと、Ryuの2枚あるうちの(未成年者は父と母の2枚を所有しなければならない。めんど~)おっとの名前入りのもの。わたしの名前入りは去年の日本帰国で、うっかりパスポートに挟んだまんま家に置いていたおかげで助かった。申請書を書き進めているうちに、家族で申請したことがあるひとならわかると思うが、Ryuのがわたしの、ではなくておっとの名前入り、というところでひっかかった。わたしの被扶養者として申請用紙に書き込んでいいのか?迷いに迷って郵便局に行く前日にクエストゥラのフリーダイヤルに電話してみた。「いいと思いますよ、そういう場合は、クエストゥラへの召喚日に旦那さんも現在使われている滞在許可証を持参で一緒に行ってください。」よし、問題解決である。郵便局に申請したら、たった2週間後の召喚状を発行してもらって驚いた。今まではネットなどで、どんなにチェックしていても1年後ぐらいにやっとお呼びがかかる状態だったのに。こんなクエストゥラの進化ぶりを素直に喜んでいたら、「郵便局で発行される召喚日はあてにならなくて、出直しさせられるらしい。」という話をちらほら聞いて、凹み。。。とにかくその日に行ってみないと、出直しの日があったとしてもわからないので、「なんでぼくまで仕事を休んで行かなきゃいけないんだよ?」とぶつぶつ言うおっとを「フリーダイヤルでそう言われたんだから!」と尻を引っぱたいて、昨日、雨の中、ミラノの北のはずれにある殺伐とした牢獄のようなクエストゥラに行って来た。約束の30分以上前に行ったにもかかわらず、番号札をもらって待つこと一時間半、そのあいだ、Ryuはたくさん持参してきたお菓子やジュースを食べつくし何度も「おしっこ!」「うんち!」と振り回す。信じられないことにこのクエストゥラにはトイレがない!!警官に教えられた一番近いバールは入り口からは見えもしないぐらい遠い。しかたがないので向かいの公園にポリ袋とスコップを持っていって犬のように済ませた。子供でよかった。。汗やっとわたしの順番が来た。今回は盗難だったので、早かった。地元警察発行の被害届を見せる。写真は書類には4枚とあったが、各1枚のみ提出。指紋を両指全部機械にかける。そのとき他の子供たちと走り回っていたRyuを暴れる子豚のごとくつかまえて、警官に確認させる。1ヵ月後の受取日を指示した紙をもらう。終わり。やはり、1度来るだけではダメだったか。うわさの語学力テストもなかったが、受取日にあるんだろうか?召喚日は正しかったが、結局受取日と2回行かなくてはいけないのだ。わたし「あの。。。子供の分は父親の名前入りなんですが、父親の滞在許可証は提示しなくていいんですか?」警官「あ~、それなら父親がまた別の被害届を作って、別に申請してくれないと。」え? ええ? えええええええええええ~~~~~?????!!!!わたし「あのっ、おたくのフリーダイヤルで父親と滞在許可証のみでOKと言われたんですけど!?」警官はめんどくさそうに「とにかくそういうことだから。」やっぱりフリーダイヤルの「いいと思いますよ。」は信用してはいけなかった!わたしはなんだかバカバカしくなった。「。。こういうのもなんですけど、子供の分は別に作り直さなくても大丈夫ですよね?」警官「まぁね。お子さんが父親のみと外国に出ない限りは問題ないですよ。」(←我が家の場合、まずないシチュエーション)おっけ~。(←最近のRyuの口癖)わたしたちはクエストゥラを出た。おっと「じゃあ、ぼくは何のために仕事を休んで来たんだ!?」わたし「そういうことをわかるためにだよ。」しかしその後、小心者の夫婦はすぐに地元警察に新たな被害届を作りに行った。今は大丈夫でも、数年後の更新時に問題が起こるのがこわい。だが、地元警察にはあっさり断られてしまった。警官「同じ被害届を名前を変えて何度も作れませんよ。今の被害届があれば、大丈夫でしょ。なんとかならなかったら、そのときは一緒に考えましょう。」そうだな、そのときはそのときだ。子供のことだし、Ryuはイタリア生まれだし、たいした問題じゃない。。。。。。と思う。汗
2011.06.09
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