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バレンシアガ-France-

第2次大戦後、彼の名はさらに高まり、クリスチャン・ディオールとともに、国際的な名声を得る。デッサンはせず、マヌカンに生地をまとわせて直接、裁断するといった形で生み出された。バレンシアガは「 マスター・オブ・イルージョン(Master of illusion) 」と呼ばれ、 繊維素材を立体的に捉えることができる と評された。
彼はプライベートを大事にし、公の席で個人的生活について語ることがなかった。しかし、ココ・シャネルは彼との論争で「彼は女性を好きじゃないのよ。彼のブラウスは、首のしわをわざと見せるためにあんなデザインなのよ」とココらしい主張した。
一方で、彼の服は女性の欠点を露出するのではなく、隠すような服だった。彼はしばしば、クライアントとの当初の約束を守らずに、女性の身体にあわせてシルエットを変更。バレンシアガは「 女性は完全である必要はなく、また私のドレスを着用するためには美しくある必要はない。私のドレスが女性を美しくする(A woman has no need to be perfect or even beautiful to wear my dresses, the dress will do that for her) 」と語る。
バレンシアガは完全主義者で、「 顧客に披露する前に彼の衣服は完全であるべき 」と主張。さらに、彼はスケールとプロポーションに加え、バランスこそが最も重要であると考えており、極端に大きいか、驚くほど小さい帽子( 1946年 に発表され、錠剤箱と呼ばれた)は彼の特徴的なシルエットのために使われ、彼は、他のファッション・デザイナー以上に、シルエットを変更した。ニュールックが発表された後の 50年代 には、あえてアンシェイプなソフトスーツ、ジャケットを発表。他にウエストラインを持たない「ばれる・ルック」やシンプリシティを追求した「 サック・ドレス 」を発表。
特に、 1957年 に発表した「 ベイビー・ドール・ルック(baby doll look) 」は、彼の名を一層高めた。ベイビードールはスペインの芸術と民族衣装からインスピレーションを得たもので、彼の才能を最もよく表現しているものである。
時流や他のデザイナーに迎合することなく、 1963年 にはあえて ビニールのレインコート を発表。一部のプレスが「あまりにもこれはチープではないか」と質問しようとすると、あるバイヤーがそれをさえぎり、「 バレンシアガが発表したならこれはハイファッションである 」と語ったという伝説も伝えられている。
しかし、 1968年
、バレンシアガは「 プレタポルテを始めるには年を取りすぎている
」との名言を残し、オートクチュール事業を閉鎖。 引退
してスペインに戻った。「 バレンシアガのモードに影響を受けないデザイナーはいない
」と言われ、メゾンからは ジバンシー、クレージュ、ウンガロを輩出した
。
1972年
3月23日死去。
その後、「バレンシアガ」は ジャック・ボガート(Jacques Bogart)
によって所有され、彼が率いるフランスのフレグランスとファッションのグループによって引き継がれる。 1986年
までは、香水ブランドとして継続された。
しかし、「バレンシアガ」のプレタポルテコレクションは、 1987年
に リスタート
し、 1989年
にはブティックも再オープン。
1995年
、同グループに現在のデザイナー ニコラス・ゲスキエール
が入社する。
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