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保険の異端児・オサメさん母がその中をさまよっている。
心にもあらで憂き世に長らへば
恋しかるべき夜半の月かな (後拾遺 三条天皇)
自分の意思に反して、このつらいことの多い世に生き長らえて いたら 、その時は きっと 懐かしく思い出されるで あろう この夜更けの美しい月であることよ。
と解釈されているが、ちょっと情けない日本語。
この程度にしか、学者は読み取れないの、こころの闇を。「長らえば」は「長く生きていたら」でなないでしょう!! 生きてしまった、という既定の形ですよ!
ひょっとして「暗殺にも毒殺にも遭わずに生き延びたら」と先のこととでも? 「生き延びられれば、月の明かりも懐かしく感じられることもあろう」だって? ふん。
情けない。いのちを思うこととは、そんなあてもない将来のことを念じるものではない。
いやだいやだ、お世辞の世界の醜さにも飽きた、ごたごたジメジメした政治の世界にも疲れた、裏を表の、表を裏の、などという権力争いもうんざりだ、恋の駆け引きにも疲れた、
ワシなんてなんで生きているんだろう、なんでそっと一人で生きて行ける庶民でいられなかったのだろう、などと思いながら長く生きて しまった
けれど、ふと一人になったあるこころ静かな夜、見上げた月を眺めているうちに、このいのちが実に尊いものだと実感できたよなあ、生きているから焼酎も飲めるし(あ、天皇はもっと上等な大陸渡来の飲み物)、クリームあんみつだって口にできる(?)し、けめこに手紙を届けることもできる、そう思えば、あの月の輝きがこころの輝きにも感じられてくる、ああ、いのちよ。
こうでなければ。この解釈で、先のような解釈を示した学者の居る大学へ行って、高い高い教壇の上から語ってまいります。
死んでしまおう、などという言葉も夫との間でか交わされたようだ。とくに、父は「死「を口走ることが多かった。数年前には「もう飽きたよ」とまで言った。こころならずも長生きしてしまった父の心境をあれこれ考えた、その頃。
今は入院先でのびのびしているとか。もうおばあちゃんの所へ帰れないんだよ、と妹が言えば、安堵した表情で頷くらしい。![]()