日本語はダメか2

日本語はダメか2

2008.05.01
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類

 当の準教授への感想がずらずらと並んでいる。
 中には、助教授の発言を「当たり前」という人まで。
 文章的には、「ひどい」と言いたくなるものも多かった。
「匿名」の世界は、乱暴で、かって、という印象も強い。

だいたいは「辞めろ」「こんな人でも大学は雇ったのか」「この程度の頭でも教員になれるのか」という意見。

ハートなかに、ちょっと「同感」と言いたくなるようなコメントがあった。




68:匿名 2008/4/29 04:25
専門分野の知識自体は、理屈からいえば、独学でも修得できるかもしれない。
でもわざわざ教員として直接学生に指導する意味って?

知識があること自体が偉いわけではない。どんな分野でも、要はその知識を使って「何をするか」が肝心。
積み上げた知識を「どんな視点でとらえ」「どんな風に扱って」「どんなふうに活かすか」ということを、教員は身をもって示せる「全人的なお手本」であるべきではないかと思うのです。
やっぱりそれは、知識・技能を扱う本人の「人間性」がものを言うわけで…。

自分が学生時代に楽しみだった講義というのは、専門分野とか科目にかかわらず、その先生の人間性や個性によるところが大きかった。
その専門知識を使って、この世界を「どう捉え」、この社会や人間に「どう活かそうとしているのか」という、その先生の「視点」や「人間性」に心を動かされた時に、
その講義や科目自体に興味をそそられ、その学問の意義や重要性も感じられるようになり、向学心や意欲がわいたものだから。

逆にどんなに知識面で優れていても、人間性とか視点が卑しい教員に指導を受けているときは、伝わるものはそういうもの(パーソナリティの本質というか)だったりして、
あんな教員の講義ばかり受けていたら、それこそ人間や社会への不信感につながっていたような気がする。


「どんな先生に教わりたいか」という学生の視点になってみて学校側は教育者を選んでいただきたいし、教員についても「どんなことを学生に伝えたいか」という教員としての情熱とモチベーションをもった人なのか、それを重要な適性として、きちんと見誤らず重視できる“目”を、学校側は持ってほしいものです。


スマイル準教授の「問題発言」には直接触れずに、冷静なコメントであった。励ましを受けたような気分に、いっときなった。

 それにしても、その助教授の発言は、過激というか、相手かまわず、というか、怖い物知らず、というか、それはそれは「特徴のある」物だったようだ。

しょんぼりなにしろ、現在はロックされてしまっていて、そのブログやメッセージを読むことが出来ないが、昭和天皇に「焼身自殺」まで勧めていた(らしい)、という勇ましさ。

自分も子供を失っているらしい。そこから「拉致されても生きているのだから(うらやましい)」という「発言」になったようだ怒ってる

「いい男に出会っていないから、あんたはそんなことを考え、書いているのだ。いい男を見つけて生まれ変われ」などという「お世話」もあった。

 当の準教授、「学長から言論の自由を妨害された」などとも言っているらしい。しょんぼりうーん、匿名のコメントにもあったが、「世間知らずで育ってきて、周りとの関係ということがまったく分かっていない学者馬鹿」ということなのか。

 県民性を限って「○○」呼ばわりしたり、専業主婦をやたら攻撃したり、と、まるでだだっ子、というか、むちゃくちゃ。おのれの屈折の単純な裏返し。怒ってる「自分の不幸をダシにして八つ当たりしているだけ」という投書もあった。

 コメントにずっと目を通したが、確かに「問題」ある人物、と思われる。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2008.05.02 05:18:03 コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: