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2008.09.25
日本語はダメではない、死んではいない(中)。
カテゴリ:
カテゴリ未分類
から、自ら医者になろうとした一人の女がいた。明治の中期のことだった。「日本語はダメではない、死んではいない」(下)では、
彼女が書いた文章が引用される。
漢方を学んだ者や産婆が医者まがいのことをする例はあった。
が、西洋医学を学んだ女性が医者になれば、日本初の快挙であった。
試験を受けようとする彼女の目の前に次から次へと障碍が立ちふさがった。
願書却下。
願書却下。
彼女は、たびたび跳ね返された心境を
『女学雑誌』
につづった。
「日本語はダメではない、死んではいない」(中)では、明治18年(1885)創刊の
『女学雑誌』
に触れておきたい。
ウィキペディアより。
1885年7月20日に万春堂から刊行された。10号までの発行元は万春堂
であったが、翌年、編集人・近藤の死去によって巌本善治が編集人と
なり、11号以降は発行元が女学雑誌社へと移る。なお、1903年の442号
以降は青柳有美が編集人となった。
[編集] 啓蒙書としての出発
と発行の主旨に掲げたように、女性の啓蒙を目的とし、キリスト教の
立場から女性の地位の向上と権利の拡大を目指した。初期は巌本に加
え、内村鑑三や植村正久や成瀬仁蔵などの、キリスト教の立場から論
じる人々による女子教育論が発表され、廃娼運動を主張する中心的存
在となった。しかし、次第に文芸的な内容へ傾き、石橋忍月や北村透
筆家陣によって執筆されることとなる。なお、中島湘煙や三宅花圃な
ども寄稿している。
[編集] 子供のはなし
当時の主宰であった巌本は、読者対象とする母親の子育てを重視すると
共に児童の人格を認め、母親が子供に語るために適した話の材料を提供
することをねらいとして、1888年の第9号からは「子供のはなし」欄を設
けた。後に「小供欄」と表記が変わり、1889年の第160号からは「児籃」
と改題されたが、その中心となって活躍したのが若松賤子で、227号から
45回に渡って連載した『小公子』は後の翻訳児童文学に大きな影響を与
えた。この試みは、『基督教新聞』にて「子児之話」欄が創設されたこ
とや、その以前から発行されていた、家庭向けの小冊子『喜の音(よろ
こびのおとずれ)』に影響を受けたものとされている。[2]雑誌の性質上、
娯楽性には欠けていたものの、イソップ童話やグリム童話やアンデルセン
童話など、外国文学の翻案も紹介された。
[編集] 赤表紙・白表紙
やがて、従来対象としていた主婦層に加え、青年男女層の読者層を抱える
こととなり、保守的とされる主婦層と、新進的とされる青年男女層双方の
支持を得るために刷新が繰り返された。1892年の320号からは赤表紙版と
称される「甲の巻」と、白表紙版と称される「乙の巻」へと分離し、それ
ぞれ同一号数のものが隔週で発行された。青年男女層を対象とする「甲の
巻」に対し、「乙の巻」は主婦層を対象とし、「児鑑」もこの版に掲載さ
れることとなった。
1893年4月には「甲の巻」が『評論』と改題され、「乙の巻」が『女学雑誌』
として隔週ごとに発行された。後に、北村や平田は文学の自立を掲げて巌本
から離れ、『文學界』を創刊することとなる。やがて週刊から月刊へ変わる
と、子供への作品の提供をねらいとする「児籃」などのような欄はなくなっ
た。
[編集] 終刊および終刊以後
日露戦争が開戦となった直後の1904年2月に、予告のないまま終刊となった。
なお、臨川書店から復刻版が2回に渡って発刊されている。
日本で最初に刊行された女性向けの雑誌
で、現状に飽き飽きした男女の共感を得た。市民的男女同権論、婦人の職業的独立
の必要を説き、明治中期において啓蒙的な役割を果たしたようである。
次回は、
『女学雑誌』345号に掲載された「ある名文」を引用したい。
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最終更新日 2008.09.25 18:07:03
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