日本語はダメか2

日本語はダメか2

2011.08.03
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 なんだか目に見える「結果」を伴った図式ばかりが求められているような息苦しさ。

「昔はよかった」などとは一言も言いたくない。そんなに長い間、眺め暮らして来たわけじゃ、ない。
 そんな論法は、こちらには一切ない。

 が、しかし、「この荒んだ祖国」などという言い方は、いかにも「最近荒んだ(ことに気がついた)」かのような含意を感じないでもない。
 これもずれている。

 ひょっとして「国家」とは「国民」を利用して肥えてゆく生き物であり、「国民」を食い物にして増殖を図る<未決物体>なのかも知れない。



昨日今日、何らかの感触を掴んで何かを<嘆く>などというのは、自分が無知であったことを証明しているだけ、なのかも知れない。


 一般論ではなく、「自分の世界」を切り拓こうとしている物書きの皆さん。
 どのような状況・情勢であろうと、自分の腕で目線で思想で感性で「物を書く」生徒のみなさん。
 もちろん、世間と全く関係を持たない、などと言うことは不可能だが、ひとしきり「世間」に触れた後は、やはり、皆さんそれぞれの「世界」へ戻っていって頂きたい。
 どのような<荒唐無稽>でも、「その葉」に必要なら書くべき。
 人間の女と男が生きてある、その「真実」「二人の秘密」がしっかり書かれていれば、いかなる批評も跳ね返すことが出来る。「一般的には考えられない」などの批評には耳を貸す必要は、ない。

ただし、「文章がしっかり出来ていれば」の話。
 描写力のないお話は、多少のアルコールを、あるいは相当なアルコールを喉に流し込んでオダを上げていればいいところの酔客、その日暮らしの気分屋の落書きに堕してしまう。のだ。

表現や全体の構図の貧しさ、物足りなさ、未熟さなどあろうが、現にあなたは、文字を連ねて「ある世界」を構築しているのだ。
 その領域では、あなたは「神」なのだ。登場人物すべてを見通している「大黒柱」「陰の仕掛け人」なのだ。

「題材」と「文章」の結合。すなわち、<仲のいい男と女>題材だけが善くてもだめ。それなりの「表現体」を生かすように。

 奥行きのない薄っぺらな文章でも、ときには「いい文章」として迎えられる危険もある。
 やはり、全体の構図を生かす文章、そして、「その場」「その場」を読み手に届ける描写力……。 

 かなりの朱を入れてお届けします。
 それをヒントに「描写」する・している「文章」を





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最終更新日  2011.08.04 00:58:46 コメント(1) | コメントを書く


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