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ドイツの神秘思想家ルドルフ・シュタイナーは、「アカシャ年代記」英訳すると「アカシック・レコード」の存在を提唱した人物です。(存在の仮説は神智学協会でも提唱されていました。)アカシック・レコードの最も大きな時代単位は「惑星紀」と呼ばれ、「土星紀」→「太陽紀」→「月紀」→「地球紀」→「木星紀」→「金星紀」→「ヴュルカン紀」と続きます。「地球紀」を7つの小循環で分類すると、「ポラール時代」→「ヒェペルボレイオス時代」→「レムリア時代」→「アトランティス時代」→「後アトランティス時代」→「第六根幹人類期」→「第七根幹人類期」となります。現代は5番目の「後アトランティス時代」に入ります。アトランティス大陸が崩壊した後と言う時代の分類に入るなんて、人類の歴史の中ではつい最近の出来事みたいですね~^^この「後アトランティス時代」の中も7つの文化期に区分され1)インド文化期 紀元前7227~前5068年2)ペルシア文化期 紀元前5067~前2908年3)エジプト・カルディア文化期 紀元前2907~前 748年4)ギリシア・ローマ文化期 紀元前 747~後1412年5)第五アトランティス文化期 紀元後1413~後3572年6)第六文化期(ロシア文化期) 紀元後3573~後5732年7)第七文化期(アメリカ文化期) 紀元後5733~後7892年現代は「第五アトランティス文化期」に入ります。後アトランティス時代だけでも紀元前7227~紀元後7892までのすごーい長ーい範囲です。@@エドガーケイシーや神智学協会の霊能者など多くのアカシックリーダー達が同じ様な流れを読んでいるようです。何も無い暗闇から宇宙が、惑星が、地球が生み出されていく様子も彼らは視ることが出来ていたんですね。^^私が今回学んだのは、シュタイナーが亡くなる少し前に9日間に分けて講義した「人智学の光に照らした世界史」です。ここで私のガイドが地上生を持っていた世界、アレキサンダーやアリストテレスの活躍した時代についてシュタイナーがアカシックや歴史記録から読み取り語ったものが残されていました。でもその名前が出る前に、そこに繋がる時代の知識を入れておく必要がある、というか、それが大切な部分なのでしっかり頭に入れないと。^^;私たちがアトランティスやレムリアを想像する時、今の自分の意識や感覚と同じ様に会話し、記憶し、生活していたように頭の中に像を描きますが、実際は全く異なったようです。アトランティス時代や古代オリエント(インド、アジア地域)の人々は、私たちが思考・感情・意志と呼んでいるものは持ちませんでした。私たちは自分の意志で肉体を動かす事を知っていますが、古代オリエントの人間は、「意志」を感じる事は無かったのです。(シュタイナーはアカシックを読む時、登場人物の感情や思考や体を動かす時の意志の伝達や体内物質の流れまでも読み取る事が出来たそうです。@@)肉体は外にあるものの写しと感じ、頭部は地球の写し、心臓は太陽の写しで、頭と心臓との間で起こることは、地上から大気圏→宇宙空間→太陽までの写しと感じました。さらに両脚と両足、両腕と両手の動きのなかに、自身の人間性と共に、星々と地球との関係を写し取り、「歩く」は火星活動、「つかむ」は金星、何かを指し示すことは水星、「座る」は木星活動、「横たわる」は土星衝動等惑星と合体して感じていたのです。たとえば「私は歩く」と私たちが表現する事を、古代オリエント人は「火星が私のなかで活動している」と表現しました。^^人間がその生全体で宇宙万有と合体していた時代でした。マクロコスモスはミクロコスモスと繋がり、一人ずつ分離された魂生活を知らず分けられない統一されたものとしての全人を、体験し感じていたのだそうです・・・しかし、思考を持たない人々は記憶を形成すること、頭の中にメモする事ができなかったのです!エジプト・カルディア文化期(紀元前2907~前748)からアトランティス時代までさかのぼると、当時の人間は現在意識しか持たず、記憶は内部にはなく、外にあり、外界の目印(建造物や星位)を通して自分の過去や人類の歴史を知りました。これが「場所化された(場所に結びつけられた、局所化された)記憶」です。部屋に神仏の像や絵を置き、そしてこの像が私の魂の前に現われることで、私の魂が神仏に向けられるなかで体験されうるものを体験したい、と考えるのも場所化された記憶の時代の名残なのだそうです。 アトランティスが大西洋の底に沈没する際、西(ヨーロッパ)から東(アジア)に太古の「後アトランティス民族」たちが移動していきました。「場所化された記憶」はアジアの霊生活のなかで「リズム的記憶」に移行しました。人間は内なる本質からリズムのなかに生きようという欲求があり、「ワンワン」と聞いて犬を思い浮かべるように、知覚したものをリズムが生じるように積み重ねていったのがリズム化された記憶です。子どもにはこうした欲求がまだありますが、これは体験だけでの記憶ができず、リズム化された体験のみが記憶されていた時代のなごりなんだそうです。^^今の私たちは記憶によって時間を遡り、頭の中で過去の出来事を像として再現できます。これは記憶進化のなかの第三の段階の「時間記憶」です。「リズム的記憶」から「時間的記憶」への移行は、古代オリエント(アジア)がギリシャ(ヨーロッパ)へと植民してくる時点になります。
2007年10月23日
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少し前からエネワークを少しずつ再開しています。あるエネワークの企画に声を掛けていただいたのですが、調子を取り戻すため自己ヒーリングから始めました。やっぱりエネルギーの流れが良くなり敏感になるのか、日常でのエネルギーの流れる感覚もまた蘇って来ました。自分以外への遠隔タイマーレイキも半年ぶり位に行ったけど、やっぱり楽しいし、気持ちがいいです~♪この前レイキの創設者の臼井先生のお話をWikipediaで読みました。先生が死を覚悟しての断食3週間目に、レイキを授かった事は知っていましたが、私なんか浄化期間の3週間でさえ長く感じるのに、その間ずっと断食・・・死を覚悟して・・・ああ、大変な思いをされたのだな・・・と改めて感じました。それだけの思いをして授かった先生のレイキに比べると、私が使っているレイキはきっと上澄みだけなのだと思います。^^;それでも時間空間を越え、見えない世界を体感させてくれる、自分もエネルギー体なのだと実感させてもらえるレイキを使う事が出来てありがたいなと、本当にそう思うのです・・・先生は診療所で主にホームレスの人たちを診ていたそうです。体が弱く仕事も家も持たない人たちは、ヒーリングによって健康を取り戻し、仕事にも就き、結婚する方もいましたが・・・しばらくするうちに、また元に戻ってしまうことが殆どであったそうです・・・健康になっても、生活態度を改めなければ意味がない・・・・そこで臼井式招福の秘法 「今日丈けは 怒るな 心配すな 感謝して 業をはげめ 人に親切に 朝夕合掌して心に念じ 口に唱へよ」を作ったのですね。ヒーリングはやはり対処療法で、根本的な解決にはならない。自分のココロの持ちよう、実生活に対する意識が大切なんですね。今はそれがよく分かります。^^それらを踏まえたうえでのエネルギーワークを行って行こうと思います。それで・・・やっぱり(?)臼井先生とシュタイナーはほぼ同世代だったのでした!シュタイナーが1861年、臼井先生は1865年の生まれで、亡くなったのはシュタイナー1925年、臼井先生1926年です。宮沢賢治も1896生~1933没なので同じ時代を生きていますね。前の100年の変わり目を生きた人々、私の祖父母の祖父母世代の方々。そこに惹かれるのは何の意味があるのでしょうか?どんな絵が出来上がってくるのか・・・ピースは少しずつハマっていくかな?今も時間を見つけてはシュタイナーの講義の文献を読んでいます。が、哲学・教育・宗教・医学・農業・経済学・・・本当に広範囲に学識があってキリスト教や色々な宗教の観念を把握していないと読み解けない部分も多く、難航していますー><でも色々な精神世界の書物を読んでもしっくり来なかった人々がシュタイナーの話の中に答えを見つけた・・・という話がうなずけるように、前に見聞きした時には入ってこなかった話もすんなり染み込んできます。魂が知っている話はすーっと理解出来るって教えていただいた事がありますがそういうことなのかもしれません。読んだばかりのシュタイナーの話で、私が学びあっていた内容と同じ様なものがあったので紹介しますね。^^肉体を脱ぎ霊となった故人についてのお話です。彼らは旅立った後、精神科学的(スピリチュアル)な真実への欲求を強く持つそうです。渇望して苦痛を感じる事すらあるほど・・・それを和らげ、彼らの霊的な歩みを促す助けになるのが、私たち生きている人間が故人の霊に思いを向け、目の前に彼らがいる事を思い浮かべながら、死者の為に霊的な世界の真実に関する本を読んであげる事なのです。本だけではなく、故人を意識して精神世界の内的な思考をすると、その故人にとって大きな慰めになります。死後しばらく経つと霊は自分で本を読むことが出来なくなるそうです。文字というものに対する意識が薄れてくるのでしょうか。そこで生きている人間が、本の内容を表面的に読むのでは無く、内容を注意深く追って、思考内に浮かべることにより、霊たちは人間の「思考内容を読む」ことで本の内容を理解出来るそうです。大きな声で読む必要は無く、書かれている内容を考え抜くのです。お経とか聖書を故人に対して朗読する事は、生前知りえなかったスピリチュアルな知識を伝える為の方法でもあります。でもずらずらと読み上げるだけではなく、内容をしっかり理解し、唱えながらその内容を思考内で思い浮かべる事が大切なんですね。霊も、ガイドも自分たちの世界のすべてをすぐに理解できるわけではなく、学びは続いているようです・・・でも学ぶためには生きている人間からの関わりが影響してくるのです。一緒に学んでくれる生きた人間を見つけるか、肉体を持った身内が自分に意識を向けてくれる事を待つとか・・・なかなか思うようにならない事も多そうですね~^^;自分が肉体を持っている間に、出来るところまで真理を学んでおく事はその先の歩みを楽に進める事につながるのですね。死者は、自分に向けられる暖かい思考をとおして、次第に本を読んでくれている人に気付いていくそうです。私たちが死者にたいして愛や共感を抱くと、死者の歩む道を楽にし、死者にとっての妨害を取り除いてあげることができるようです。生きている私たちの死者への感情は、死者の歩む道に影響を与え、私たちの精神世界への学びは、死者にとって霊的な世界を生きる為の糧であるとも言えるそうです。この話を読む前に私はこれらの事を、体験の共有の学びあいの中ですでに知っていました。そこでの学びが真理であることの確認をしているわけですねー。ガイドが集中しろとあちこちからメッセージをくれるほど大切な学びだったわけがわかりますね。^^;今、私はネットや書物の中で色々な知識を吸収しています。でも、それはただ文章の表面をなぞっているだけの事になりがちです。その内容をこうやって自分の中で吟味し、思考内で整理して文章に表す。これは私と共に学ぶ肉親知人の霊や私のガイドの学びに対しても(私とは面識は無かったけど縁あってそばにいらっしゃる霊の方々にも^^)意味のあることなのだなぁ・・・と思います。なので学んだ知識は右から左へ流さずに(笑)できるだけ書く事にしますーしばらくはシュタイナーの話が続く事でしょう。^^;興味ない方には全く意味不明な難解な日記になる・・・でしょう(いつもか!)どうぞスルーしまくっちゃってくださいね。きっとコメントしようがないような内容になると思いまーす。
2007年10月03日
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