2006年02月26日
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カテゴリ: 讃美

礼拝での今月の賛美の曲は、 Lyre の「詩篇95篇」。

(この曲を作った作者は、聖書のみことばそのものにメロディをつけて歌にする賜物をお持ちで、この歌も、新改訳聖書のみことば一字一句そのままが歌詞になっています。 あっ、リラ楽譜にも 詞:詩篇95:4~6 ってなってる。)


「ここをクリック!」




地の深みは 主の御手のうちにあり

山々の頂も 主のものである


海は主のもの 主がそれを造られた

陸地も主の御手が造られた


来たれ 私たちは伏し拝み ひれ伏そう

私たちを造られた方 主の御前にひざまずこう





  「地の深み」 「山々のいただき」・・・


これらの歌詞は、本来、大自然の深みも高みも、主によって造られ、その支配にあるということを賛美しているのですが、今月、何度も歌っているうちに、これらが「試練」とだぶってきました。


困難、苦難、どうしようもない状況に直面させられることがあります。
まさに、どこまで深さがあるか分からないような谷、超えられないと思うほど高く立ちはだかる障害・・・。


でもでも、どんなに深い悩み・苦しみも、御手の内にあり、どんなに高い障壁も、主の御支配のもとにあるというのが、聖書の証言するところの現実です。
決して、主がそれを防ぐことを忘れてしまったり、止めることができなかったわけではありません。

それは、その人に苦しみを与えるためではなく、かえって真の祝福に導くためであるというのです。



  この深き淵より、あなたを呼び求めます・・・


  山に向かって目を上げる
  私の助けは主から来る・・・



きっと、これら詩篇の作者も、深みや高さに直面しながら、それを実感として体験していたに違いありません。


主の、完全なご支配と主権を知り、信じること。

それは、人の知性や理性や知識、努力や自己訓練や盲信によって得られるものではありません。
真に霊的なできごとであり、ただただ主の介入によってのみ、教えられ、経験させられていくように思います。

それを得ようとしている時は、かえって遠ざかっていくように感じ、自分にそれがないことを痛感させられ、真に力尽きて、あきらめた時から、その賜物が与えられ始め、ごく自然に無理なく、うなずけるようになってきたように思うのです。







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最終更新日  2006年04月06日 01時20分13秒コメント(0) | コメントを書く


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