
http://www.onbashira.jp/about/index.html

信州・諏訪大社では七年に一度の寅と申の年に宝殿を新築し、
社殿の四隅にあるモミの大木を建て替える祭りを行います。
この祭りを「式年造営御柱大祭」、通称 「御柱祭」 と呼び
諏訪地方の6市町村21万人の氏子がこぞって参加する天下の大祭です。
諏訪大社は上社と下社
に分かれ、諏訪市に上社本宮、
茅野市に上社前宮があり、
下諏訪町に下社春宮( 万治の石仏 )と下社秋宮があります。
祭神として建御名方神と八坂刀売神を祀り、
東国第一の軍神として坂上田村麻呂(聖徳太子等・海運大和人の先祖)や
源頼朝、武田信玄、徳川家康らの崇敬を集めました。
現在では全国に1万社以上の分社があるといわれています。
ぽっぽの住む沼津市にも 大諏訪・小諏訪・諏訪神社が 在るのですよ^v^
御柱祭がいつから行われているのか定かではありませんが、
室町時代の『諏方大明神画詞』という記録に、
平安初期の桓武天皇(781~806)の時代に
「寅・申の干支に当社造営あり」とあるのが最初の記録で、
起源はさらに遡るともいわれています。
もちろん、世々が 世界大戦中も決行 しました。不思議な処です

そういえば【 日本最古の原人 = 北京原人より以前 】が
八ヶ岳山麓から近年発見された ( 通称= 八ヶ岳原人 ) のも
記憶に新しいところです
http://www.onbashira.jp/
■ 下社御柱祭
a.. 山出し【木落し】
4月9日(金)・10日(土)・11日(日)

○下社の御柱
山出し
平成22年4月9日(金)、10日(土)、11日(日)
曳行は注連掛(しめかけ)まで4.7km。道中、
萩倉地区を過ぎた地点で最大難所、木落し坂にぶつかる。
宝殿遷座祭(ほうでんせんざさい)
平成22年5月7日(金)
里曳きの前日の夜、春宮で執り行われる。
明かりを消した中で神職が御霊代(みたましろ)を遷座する。
里曳き
平成22年5月8日(土)、9日(日)、10日(月)
曳行は注連掛(しめかけ)から春宮が1.7km、
秋宮までが3.1km。
道中の下諏訪町内は騎馬行列や長持ちなどで賑わう。
春宮、秋宮の社殿四隅に4本の御柱が建てられフィナーレとなる。
下社の流れとみどころはこちら
協力:諏訪地方観光連盟
七年毎の天下の大祭「諏訪御柱祭・上社諏訪御柱祭」待ちに待った開催!
★最大の見せ場「木落とし」を観覧席よりお楽しみ!
斜度27度の木落とし坂。眼下の群衆を前に
坂の上から徐々に姿を現す御柱。
大勢の若衆がを乗せたまま一気に急坂を下ると
湧き起こる拍手と歓声です。

毎回死者が出るという・・ 下社の 【 木落とし 】

各ツアーあり
★御柱祭オリジナル法被付=
==(入場券代わりとなります)
※お祭終了後はお持ち帰りいただけます
4月上旬の諏訪地方はまだまだかなり冷え込みます
各自「コート・マフラー・手袋・簡易カイロ」、
雨天時対策として雨合羽をご用意ください。
お問合せコード
M99800
ブランド
旅物語
うんちく
諏訪市小和田・ 八剣(やつるぎ)
神社
のある町内がぽっぽの実家。
亡くなられた先代からのお付き合いです
ぽっぽの父が亡くなった年は 父が八剣神社氏子総代 をしていました。
http://genjin.cool.ne.jp/taisya.htm
母が亡くなったのが平成4年申年のやはり御柱の年
・8月11日・申の月・日に当たった訳です。
本来ならば、諏訪観光にこられる際に、
先ず挨拶していただきたいのは、
上川の 信州稲荷神社総本山:正第一位白狐稲荷神社
http://genjin.cool.ne.jp/mieru/byakko.htm
「我は洲羽の海以前から・太古より洲羽の地を護る正一位の古狐なり」
との霊視があった為。と、
わざわざ川崎から霊視参りの大型バスで来たのは
もう18年も前になるでしょうか。
祝詞をあげた後参拝客の一人が「思ったよりも小さい総本山ね。」
と蔑む一言。
途端にこの方の 下肢は一歩も前に進まなくなり、
代表の方が慌てて 清酒と塩と稲荷 を買いに使いを出し、
改めて詫びをして祝詞をあげ下肢の痺れが治まった。
この時私もご案内の一人として一緒に酒屋さんに飛び込んだのを
今でも鮮烈に覚えています。
実姉はここの稲荷社から高島城に続く城南に居り、
土手沿いに家族で何度も同社に来た思い出があります。
言霊も大切ですから。要注意です
御酒・塩・お稲荷を土産に立ち寄り、
善き言霊を祭られれば必ずや・・霊験在りしかと思います

令和八年皐月一番好きな季節 岩崎千尋の… 2026.05.05 コメント(1)
令和七年 霜月 ああ 雪山が恋しくて 2025.11.08
蛇 巳年の真骨頂 医学 薬学 哲学を司る 2025.03.22