東方見雲録

東方見雲録

2023.07.15
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カテゴリ: 政経
豊かな自然環境に囲まれ、社会的インフラが整い、教育や医療などが充実している社会では、それぞれが安定的に幸福を追求することができる。その土台となる社会的共通資本の領域では、市場の競争原理を優先するのではなく、また過度の官僚支配を行うべきでもない。それぞれの分野の職業的専門家が、専門的な知見に基づいて管理・運営することが重要になる。

 この構想は、近年、盛んに論じられている「コモンズ」の理念を先取りするものと言える。民営化された公共サービスを再公営化し、市民の公共財として位置づけ、自治的制度を運用する。そのような潮流が世界的に動き出している。

 ジャーナリストの佐々木実は『宇沢弘文-新たなる資本主義の道を求めて』(講談社現代新書、二〇二二年)の中で、宇沢が水俣病に注目したことに言及する。水俣の海は、長年の間、周囲の漁民たちが大切な漁場として守り、多くの人たちの財産として保全されてきた。その海をチッソは自分勝手に使用し、工場排水を流した。その結果、周辺の住民に償いきれないほどの大きな被害が生じ、補償をめぐって社会も分断された。海のような自然は、住民にとって極めて重要な「社会的共通資本」であり、自由財として好き勝手にしていいものではないのだ。

 『世界』6月号は、「もうひとつの資本主義へ-宇沢弘文という問い」という特集を組み、間宮陽介、若森みどり、佐々木の三名の鼎談(ていだん)を掲載している。

 ここで間宮は、宇沢が捉えた「市場」のあり方に注目する。宇沢の社会的共通資本論では、市場経済は「市場と非市場の複合体」ととらえられる。市場経済は、市場だけで完結するのではなく、非市場的な領域に支えられることで、安定的に存立することができる。市場が健全に機能するためにも、社会的共通資本が十分に蓄積されている必要がある。

 これに対して佐々木は、宇沢にとって市場経済制度のほうが「第二義的」で、「社会的共通資本による希少資源の社会的分配メカニズムこそが主役だった」と言及する。

 宇沢が注目したのは、歴史的に蓄積されてきた庶民の経験値であり、そこで見いだされた自然との付き合い方
だった。無名の死者たちは、伝統的な知を漸進的に改良しつづけ、さまざまな方法を継承してきた。宇沢は、個別のコモンズの事例を歴史的事実に基づいて把握することに努め、分野を横断する研究に取り組んだ。

 間宮は、晩年の宇沢が空海に注目したことを指摘する。空海は満濃池(まんのういけ)の改修を成功させたことで知られる。宇沢が注目するのは、空海の工学的知識だけでなく、彼が住民と共に構築したルールだった。没後に出版された『人間の経済』(新潮新書、二〇一七年)の中で、空海が満濃池を維持していくための修復・整備について、「じつに公平なルールを残し」たことに言及している。


引用サイト:東京新聞  こちら
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参考サイト:松岡正剛の千夜千冊 宇沢弘文「人間の経済」 こちら

本書はジョン・ラスキン(1045夜)の“There is no wealth, but life”を引いておわっている。アダム・スミスの『国富論』についてラスキンがみごとな要約をして、その結句にもってきた言葉だ。
 宇沢はこれを「富を求めるのは道を開くためである」と訳し、自分はこの信条をもって経済学をやってきたのだと書いている。ラスキンの芸術経済学について宇沢があまり言及してこなかったわりに、最後の最後になってラスキンに言及するというのは、宇沢らしいことだ。
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ラスキンの名言 こちら
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人と人との緩やかなネットワークを築こう コロナ、災害のなか中島岳志氏と考える   毎日新聞

ウイルスの流行も自然災害も、人間が大規模開発などで環境に負荷をかけすぎるから生じている面がある。実は、その両方の対策がクロスした出来事が、日本史上にある。奈良の大仏建立だ。最近、大仏建立から今の状況を捉え直すヒントを得られないかと考えている。

 かつての為政者は、疫病が流行する理由を自らに徳が欠けているためだと考えた。聖武天皇(701~756年)もそう信じて、大仏の建立で自然全体と共存し、すべての命が栄える世界を築こうとした。奈良の大仏は、華厳経の世界で中心的な存在である毘盧遮那(びるしゃな)仏だ。この仏は、太陽の象徴ともいえる。人間は、太陽から巨大なエネルギーを一方的に与えられている。その太陽を人間がまつることで、世界のバランスを取ろうとしたともいえよう。



 だから、「大仏造立の詔」は、大仏のために人民に労苦を強いることを禁じ、一枝の草や一握りの土でも自発的に持ち寄ろうとする人々の心を結集させようとした…

(なかじま・たけし=東京工業大教授)
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続日本紀
天平十五年 冬十月十五日
紫香楽宮にて 天璽国押開豊桜彦天皇の詔される

朕は徳の薄い身でありながら、かたじけなくも天皇の位を受け継ぎ、その志は広く人民を救うことにあると、努めて人々を慈しんできた。
思いやりと情け深い恩恵は、朕が天皇として国土の果てまで受けるよう計れるが、いまこの国を見るに、み仏の法恩においては、天下のもの一切が浴しているとは思われない。
朕は真実、仏法僧(三宝)の威光と霊力に頼って、天地ともに安泰となり、万代までの幸せを願う事業を行って、草、木、動物、生きとし生けるもの悉く栄えんことを望むものである。

そこで、この天平十五年、天を十二年で一周する木星が癸未に宿る十月十五日を以て、朕は人々を導く仏道の修行者(菩薩)として、盧舎那仏の金銅像一体をお造りする大願を発する。
国中の銅を尽くして像を鋳造し、大きな山を削って仏堂を建築し、仏法をあまねく宇宙にひろめ、これを朕の発願による仏道修行事業(智識)としたい。
この事業が成就したならば、朕も衆生も、皆同じように仏の功徳を蒙り、ともに仏道の悟りの境地へと至ることができよう。
天下の富は天皇である朕のもとへと集約される。
天下に号令する権威は天皇である朕に在る。
けれども、天皇としての富と権力によって、この尊像を造っては、成就への道は平らかだろうが、大願は果たされまい。

また徒に民に労苦を強いてはこの事業の神聖な意義は失われよう。
あるいはこの事業そのものが憎しみを産み罪を作り出すことがあってはならない。
従って、この事業に参加する者は心からの至誠を持って大きな幸いを招くよう廬舎那仏を敬い、自らの意思で造立に従事するように。
もし更に、一枝の草や一握りの土であっても捧げて、造立の助けたらんことを願う者があれば、その望み通りに受け入れよう。
国司や郡司は造立の名の元に公民の暮らしに立ち入ったり、強いて物を供出させてはならない。

遠近を問わず国中にこの詔を布告して、朕が意を知らしめよ。

原文
天平十五年(七四三)十月辛巳(丁卯朔十五)冬十月辛巳。
詔曰。
朕以薄徳、恭承大位。志存兼済。勤撫人物。
雖率土之浜、已霑仁恕。
而普天之下、未浴法恩。
誠欲頼三宝之威霊、乾坤相泰。
修万代之福業、動植咸栄。
粤以天平十五年歳次癸未十月十五日。
発菩薩大願、奉造盧舍那仏金銅像一躯。
尽国銅而鎔象。削大山以構堂。
広及法界、為朕知識。
遂使同蒙利益共致菩提。
夫有天下之富者朕也。
有天下之勢者朕也。
以此富勢造此尊像。
事也易成、心也難至。
但恐徒有労人、無能感聖。
或生誹謗、反墮罪辜。
是故、預知識者。
懇発至誠。各招介福。
宜毎日三拝盧舍那仏。
自当存念各造盧舍那仏也。
如更有人、情願持一枝草一把土助造像者。恣聴之。
国郡等司、莫因此事、侵擾百姓強令収斂。
布告遐邇、知朕意矣。

引用サイト: こちら

関連日記:2022.10.13の日記  SDGsを見通していた…宇沢弘文   こちら


関連日記:2026.02.01の日記  宇沢氏の遺志を継ぐ松島斉教授   こちら





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Last updated  2026.07.20 04:10:07
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