東方見雲録

東方見雲録

2025.12.24
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カテゴリ: ランドスケープ


意匠図案説明   教育の森公園を描く
開設場所     〒112-0012 東京都文京区大塚3-39-7
引用サイト: こちら




教育の森公園
教育の森公園(旧教育大跡地)
この地は徳川光圀の弟、徳川頼元が万治2年(1659年)屋敷とした。その子頼貞は元禄13年(1700年)常陸の国(茨城・行方)陸奥(守山)3郡2万石をうけ守山藩主として大学の頭の名のった。邸内敷地6万2千坪という。
氷川したの低地にある池は当時吹上邸として有名な占春園の名残である。
ホトトギスの名所であったという。
明治36年東京高等師範学校がお茶の水(現医科歯科大学の所在地)よりこの地に移転していきた。戦後東京教育大学・筑波大学へと発展した。

そしてこの由緒ある地を「教育の森公園」と命名した。

2024





2011



引用サイト:公園探訪   こちら

関連サイト:大塚  Wikipedia情報   こちら

お茶の水女子大学 南門

関連サイト:護国寺 Wikipedia情報   こちら
護国寺(ごこくじ)は、東京都文京区大塚五丁目にある真言宗豊山派の寺。神齢山悉地院大聖護国寺と称する。

本堂(重要文化財)

実業家・茶人として知られる高橋義雄(箒庵)は護国寺の檀家総代を務め、大正から昭和初期にかけて境内の整備を行った。芝にあった松平不昧公の墓所が関東大震災で被害を受け、区画整理の関係もあって松江への移転が検討されているのを知り、護国寺への移転を実現させた。また園城寺(滋賀)にあった月光殿を実業家原六郎(明治財界五人男の1人)から譲り受け、本堂の西側に移築した。その他、5つの茶室、多宝塔(石山寺の多宝塔がモデル)、不老門(鞍馬寺にある由岐神社拝殿がモデル)を建設した。これ以後、月光殿や茶室を利用して護国寺で大規模な茶会が開催されるようになった。


月光殿入口(重要文化財の月光殿)

関連日記:2025.02.08の日記 こちら
松平不昧公の墓所 小泉八雲の墓所

ちょっと寄り道:路面電車の走る町 大塚駅界隈
1面2線のシンプルな構造の駅で、開業は池袋駅と同じ1903(明治36)年4月1日だ。駅ができた当時の所在地名は北豊島郡巣鴨村といったが、東側に隣接して巣鴨町という別の自治体があったため、「巣鴨」の駅名はそちらに開設された駅がものにした。

では、巣鴨村のほうの駅はどうするか。いまなら「西巣鴨」とでも名乗るのだろうが、持ち出されたのは「大塚」であった。当初、田端と結ぶ「豊島線」を目白から分岐させて北東を指向する線形が検討されたときは、現在の東京メトロ新大塚駅付近に駅を設ける予定だったらしい。新大塚駅は豊島区と文京区の境で、文京区側の住居表示は大塚六丁目。
引用サイト: こちら





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Last updated  2025.12.24 00:00:11
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