東方見雲録

東方見雲録

2026.09.29
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カテゴリ: 環境



「私たちが今住んでいる社会は、『人新世(アントロポセン)』と呼ばれる新しい時代にあります。これは、人類が生態系の生命維持システムに及ぼしている影響の大きさを強調する言葉です。地球システムに対して、人間の及ぼす影響は非常に大きくなっていて、9つの「プラネタリーバウンダリー(地球の限界)」のうち6つが現在、人類の安全な活動領域を超えています。私たちはいくつかの転換点に近づいており、安定した地球で生きていくためには行動が必要です。いわゆる成り行きシナリオを選択すれば、私たちに持続可能な未来はないでしょう。しかし人類は、不都合な真実を顧みず、耳に心地よい嘘、つまり経済成長すればすべての問題を解決できる、という嘘を選んでいます。だから今、私たちには新しい物語が必要です。この物語は、経済が社会や自然の一部として組み込まれていることを理解することから始まります」
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1997年に英科学雑誌『Nature』にコスタンザ教授らが発表した『世界の生態系サービスと自然資本の価値』という論文で、1995年の生態系サービスのグローバルな価値を年間33兆ドルと見積もりました。この数字は、当時の世界のGDP18兆ドルを上回るものでした。

現在、生態系サービスに関する研究は世界中で盛んに行われており、コスタンザ教授によると、毎年6000件以上の論文が公開されていて、その総数は6万件近く。6万件の論文で最も引用されているのがコスタンザ教授らのこの論文なのだそうです。

「生態系サービスを、人間を中心に展開する概念のように捉えている方が一定数います。そうした人々は、自然の提供するサービスに値段をつけて売買対象にしようと考え、民営化、商品化などと結びつけようとします。これは誤解です。私たちは、人間と(人間以外の)自然の相互作用を探り、人間が自然にどう依存しているのかを知る"システム体系"を議論しているのであって、人間が自然からサービスを受けるという一方通行の話ではありません。より正確な見出しは、Valuing the Planet、(地球の価値を評価する)だったんです」(コスタンザ教授)
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これまで、世界の多くの国々は、主要な政策の目標としてGDPの成長を追求してきました。しかしコスタンザ教授は、これからはGDPの成長だけを唯一の基準とする従来のあり方ではない、新しい世界の見方が必要だと強調します。その手がかりとなるのが「ウェルビーイング(Well-being)」の概念です。well(良い)being(状態)からなる言葉で、これからの社会にとって重要なキーワードとして、色々なところで耳にする機会が増えてきました。

「ウェルビーイングを日本語に訳すのは難しいと思いますが、例えば"生活の質"と言い換えることもできると思います。持続可能な規模で、誰もが高い生活の質を保っている状態が、めざすべき姿なのです。そのためには、公平に、そして効率的に、資源を分配しなくてはいけません。この公平さは、今生きる我々だけでなく、未来の世代に対しても、他の種に対しても発揮されるべきものです。

ベースとなるのは、定常経済の考え方です。大きすぎず、小さすぎない。プラネタリーバウンダリーの範囲内で、ちょうど良い規模であることが大事です」(コスタンザ教授)

「生態系サービスを金額として算出し評価することは、完璧な価値評価ではない、と私もわかっています。複数あるやり方のひとつです。でも、最も間違っているのはそれらを全く考慮しないこと。私たちが生態系サービスの価値を算出したことの効果はいろいろありました。一般市民の認識を高めたり、研究の基礎となったり、政策・施策の策定に役立っています。そして、経年変化を測ることができるようになったことも、大きな効果だと考えています」
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「世界の一人当たりGDPは緩やかながら右肩上がりに成長していますが、私たち一人ひとりのウェルビーイング(生活の質)に対する影響はどれほどのものでしょうか。GDPは生活の満足度において、唯一の構成要素ではありません。社会的役割や健康寿命、そうした要素も重要です。いくつかの研究によると、各国の調査に基づく生活満足度の差異を説明するのに、GDPは約15%しか関係していないことが示されています。しかし、この研究には満足度への自然資本の貢献が含まれていませんでした。GDPから脱却し、ウェルビーイング(生活の質)のより包括的な評価方法を見つけるべき時が来ています。国連のSDGsも、ものさしとなる指標のひとつと言えるでしょう」(コスタンザ教授)
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「共有資産の管理方法として、水や土地、人と人のつながりなどを私有せず、みんなのものとして信頼できる組織に預けるという方法が考えられます。生態系サービスの評価は、集まった共有資産を、将来の世代のために、どれくらい残すべきか算出することにも役立つでしょう」

もうひとつ、コスタンザ教授は、生態系サービスの価値を重視する公正な世界を創るために大切な一歩だと考えていることがあります。それは、「消費主義とGDP成長至上主義への社会的依存症に対処すること」です。

「物を所有することに高い価値を感じる人たちは、健康問題を抱えていて、他の人ほど幸福ではないという研究があります。隣の人と同じレベルに達するために消費しなければいけない、もっと高いモノを買わなければいけない......そんな考えは、システムの罠であり、依存症です。私は、こうした目標設定や動機を変更しなければいけないと考えています。彼らに、実際に生活の質が高まったという経験を与え、商品の拡大競争から脱却できるように促すのです。より多く高いモノを持ちたいという気持ちが、多すぎもなく少なすぎもしない、充足していれば良いよねというビジョンに切り替わるように。人間は、適応能力の高い動物ですから、行動変容は必ず起こせます」

2024年ブループラネット賞受賞者、ロバート・コスタンザ教授(米国・オーストラリア)
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Profile
ロバート・コスタンザ教授(米国・オーストラリア)

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン、グローバル・プロスペリティ研究所

1997年の論文で、自然環境が人間に提供する生態系サービスの経済的価値が、当時の世界のGDP総額を上回っていることを初めて実証し、それまで過小評価されていた生態系サービスの重要性を世界に示した。経済は社会や自然の一部として組み込まれていると考える「生態経済学」という学際的分野の共同創設者でもあり、生態系が持続可能である幸福な社会の実現を積極的に提唱している。
引用サイト: こちら

関連日記:2024.03.09の日記  生命経済   こちら
関連サイト:定常型社会とは何か―広井良典氏が問い直した「豊かさ」のかたち こちら


もう少し正確に言えば、広井氏の議論における定常型社会とは、「(経済)成長」を絶対的な目標として追い求めなくても、人々の生活の質が保たれ、社会保障が機能し、環境とも両立するような社会のことを指しています(広井、前掲書)。

ただし、ここで誤解してはいけないのは、これは「経済活動をやめる社会」ではないということです。定常型社会でも、人はものを作り、売り、買い、働き続けます。変わるのは、経済の規模そのものを絶対視するかどうか、という部分です。広井氏の議論を敷衍すれば、経済の「量」がこれ以上大きくならなくても、その中身、つまり「質」は変化し続けることができる、という考え方がここでの鍵になります。この点は次の章でもう少し掘り下げます。







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Last updated  2026.09.29 09:00:05
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