東方見雲録

東方見雲録

2026.09.29
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カテゴリ: 郷土



町内には、▽大正期に完成し、水族館も併設したレジャー施設「美保園」▽美保神社の近くにあったとされ、名称が不明なため、同団体の田村葉子代表(57)が「中浦水族館(仮称)」と呼ぶ施設▽1955年オープンで釣り堀の上に建物が立っていた「美保関水族館」▽釣り堀が併設された「海洋展示館」――があった。しかし、記録が少ない施設もあるため、田村代表が住民の証言を集めて施設の記録づくりをしている。
引用サイト:読売新聞   こちら

出雲国ジオガイドや地元の郷土史家ら4人が座学や案内による解説を担当。海上交通の要所として栄えた美保関は明治以降、陸路の発達で美保神社を核とした観光地への転換が図られ、集客施設となる水族館が作られたと紹介した。

 初代水族館はサルや鳥の小屋、大浴場や食堂もある先進的なレジャー施設で、今も建物が残る4代目は地元の漁協が漁業の後継者を育てようと整備し、釣り堀もあった。田村葉子代表(57)は「美保関の未来を切り開こうとした人の姿が見える」と説いた。

 水族館マニアという、東京都江戸川区の会社員川上史朗さん(51)は「水族館に釣り堀を併設したケースは珍しい。来たかいがあった」と満足げだった。
引用サイト:山陰中央新報   こちら

歴代の水族園

初代水族館は大正時代末期の1925年にオープンした「美保園」。


2代目は、美保神社の入口脇に看板が写っている写真だけで、それ以外の記録は見付かっていません。





今、建物は倉庫になっていましたが、展示品の一部が残っています。



4代目水族館に携わった 松本美夫さん
「漁協の倉庫の方、探してようやくこれ(図面)を見付けまして。」



4代目水族館に携わった 松本美夫さん
「作り育てる漁業というのが謳われ出して。モジャコ(ブリの幼魚)を取って来て、生け簀に入れて大きく育てて、人に釣ってもらって楽しみながら販売すると、いう計画で。」
生け簀に水族館を併設し集客を図るというアイデアでした。
最初は西洋の城のような見るからに大きな建物や屋根上に展望台を造る
デザインなど様々検討されたものの、予算の関係で断念。
大小18の水槽でおよそ20種類の生きた魚介類を展示したほか、漁船の模型などが並んでいたようです。



松江観光協会美保関町支部 朝倉功さん
「それまで商業の町だった所から一気に観光の町へスイッチする時代の流れの中で、水族館を当時の方たちが私財を投じて造られたということは、すごいことだなと。皆様方に少しでもイメージして頂けるような形でご案内が出来ればと思います。」
引用サイト:山陰放送   こちら

関連サイト:島根県立宍道湖自然館ゴビウス こちら
関連サイト:しまね海洋館アクアス こちら

関連日記:2023.02.18の日記  あらら 米子に水族館オープン   こちら





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Last updated  2026.09.29 08:00:04
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