東方見雲録

東方見雲録

2026.10.04
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カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日 1952年4月11日
意匠図案説明 名主の滝、音無川流堰、音無橋を描く
開設場所 〒114-8799 東京都北区王子6-2-28
引用サイト: こちら

王子 地名 歴史
東京都北区にある「王子おうじ」は北区の中央部に位置し、JR京浜東北線が走り、その駅「王子駅」がある。駅から北本通り沿いは王子随一の繁華街である。

若一王子を祀った場所
かつては岸村と呼ばれていたが、紀伊国牟婁郡きいのくにむろのこおり(和歌山県)の熊野本宮大社くまのほんぐうたいしゃの若一にゃくいち王子を分霊して、現在の王子神社(王子本町1丁目)に祀ったことで王子村に改称された。ただし、祀ったのは王子ではなく熊野別宮という説や熊野権現という説もある。日本を代表する製紙会社である王子製紙は創業したこの地の地名を社名としている。「王子」の名が付く町名には「王子」と「王子本町」がある。
引用サイト: こちら


王子製紙株式会社(おうじせいし)は、かつて存在した日本の大手製紙会社である。現在の大手製紙会社の王子ホールディングス(王子製紙)と日本製紙の前身にあたる。


引用サイト: こちら

王子グループの起源は、近代日本経済の祖・渋沢栄一の提唱による抄紙会社の設立にまで遡ります。渋沢は「製紙事業および印刷事業は文明の源泉」と考え、1873年(明治6年)に抄紙会社が設立されました。抄紙会社は、やがて王子製紙となり日本全国の産業の発展を下支えしていきます。

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治6年(1873)、日本近代経済の父と言われる渋沢栄一の提唱と主導によって「抄紙会社」が設立され、明治8年(1875)に東京・王子で大規模な西洋式製紙工場が開業しました。やがて周辺に製紙関連を中心とした工場が次々と興り、王子は一大工業地として急速に発展しました。
抄紙会社の工場は、後に王子製紙王子工場となり、太平洋戦争末期の空襲で被害を受けて閉鎖されましたが、約70年に亘って稼働し続けたこの地には、記念碑が建てられ、東京・王子は「洋紙発祥の地」として知られています。

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ちょっと寄り道:王子製紙 米子工場 こちら
王子製紙米子工場は、1952年に日本バルプ工業株の第2工場として日本初のクラフト法人絹パルプ製造工場としてスタートしました。1963年には塗工紙製造開始以来、順次高級白板紙・キャスト紙の生産を始め、1974年には高級白板紙生産により、バルブ・塗工紙一貫工場となりました。1991年には、2ベッセル液相連続蒸解釜、2段酸素幀、ロングキルン等、Lパルプ生産設備の大幅な能力アップを図り、1997年にはN-1マシン・コーター、排水処理設備、1998年にはNパルプの更新・増強、Lパルプ酵素幀の新技術導入、更に回収ボイラ・タービン・エバボレーターの増強を実施しました。

米子工場は、1979年に王子製紙の工場となり、1996年に本州製紙株と合併しました。

ちょっと寄り道:国立印刷局 こちら

名主の滝

江戸時代の安政年間(1854~1860)に王子村の名主「畑野孫八」が自邸に開いたのが始まりで、“名主の滝”の名前の由来です。庭園として整備されたのは、明治の中頃で、垣内徳三郎という人の所有になってからでした。昭和13年には、株式会社精養軒が買収し、食堂やプールなどが作られ公開され続けてきましたが、昭和20年4月の空襲により焼失し、ようやく東京都によって再公開されるようになったのは昭和35年11月でした。

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音無川流堰


昭和33年(1958)9月に発生した狩野川台風は、伊豆半島と関東地方南部に大きな被害をもたらしました。北区域では石神井川が氾濫し、滝野川の溪谷も破壊されました。この水害をきっかけに石神井川の河川改修が進められ、王子大堰は姿を消しました。

現在は飛鳥山の手前からバイパス水路が分かれて、水害を抑止しています。また、旧大堰付近の石神井川の本流は、音無親水公園として再生され、四季を通じて憩いの空間となっています。
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音無親水公園

音無親水公園は、小平市の東部を源にして隅田川に注ぐ石神井川の旧流路に整備された公園です。石神井川は、北区付近では“音無川”と呼ばれ親しまれ、古くからの春の桜・夏の青楓と滝あび・秋の紅葉など四季の行楽の名所、景勝の地でした。

音無親水公園は、全国の都市公園の模範たる公園として“日本の都市公園100選”に選ばれています。都内では、国営昭和記念公園、日比谷公園、上野公園、水元公園、代々木公園が選ばれており、園内には記念碑があります。
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ちょっと寄り道:“日本の都市公園100選” 鳥取県
打吹公園(うつぶきこうえん)は鳥取県倉吉市仲ノ町の打吹山の麓にある都市公園(総合公園)である[1]。日本さくら名所100選、日本の都市公園100選、森林浴の森100選等に選ばれる山陰を代表する都市公園の一つである
引用サイト: こちら

音無橋



引用サイト:土木遺産   こちら

関連サイト:醸造試験所、地層、神社、飛鳥山など王子の歴史をめぐるお散歩 こちら



関連サイト:板橋から巣鴨へ旧中山道を歩く こちら
関連サイト:王子分水 推定 こちら

関連サイト:千川上水 こちら
王子分水 - 千川上水公園から西巣鴨駅を経て、王子方面へ流されていた。幕末に大砲工場を建設(北区滝野川 2-6付近)する際に掘削された。その後、王子近辺の紡績工場、抄紙会社(後の王子製紙)、大蔵省紙幣寮抄紙局(今の印刷局滝野川工場)の工業用水として利用された。千川上水公園から明治通りを挟んで反対側に「千川上水分配堰碑」が立てられている[17]。

関連サイト:石神井川 こちら
石神井川(しゃくじいがわ)は、東京都を流れる一級河川である。荒川水系の支流の一つ。流路延長25.2 km、流域面積61.6 km2[1]。

名称は、小平市・西東京市で「悪水」、西東京市・練馬区の一部で「大川」、練馬区・板橋区で「石神井川」、北区で「音無川」「王子川」「滝野川」と呼ばれた[1]。

関連日記:2025.06.04の日記  滝野川反射炉 幕府   こちら

1696年 千川上水が開削され、飲料水・農業用水を供給
1864年 滝野川の大砲製造所計画に伴い、錐台の水力確保を目的に分水・水路整備が進む
1872年 鹿島万平が水力を利用する紡績工場を設置
1873年 抄紙会社が王子で近代的な製紙事業を展開
1904年 大蔵省醸造試験所が滝野川に開設




関連日記:2026.09.06の日記 石神井   こちら



関連日記:2024.02.16の日記 石神井川   こちら



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Last updated  2026.10.04 06:41:08
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