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2010.02.16
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カテゴリ: カテゴリ未分類




 「取らないと俺には意味がない」。常々公言し、自らのスケート人生の存在証明と位置づけて、こだわり続けてきた五輪メダルを、長島がついに手に入れた。雑草のような立場から「はい上がってきた」と自認する27歳の見事な集大成だ。



 1回目35秒台の6位と出遅れた。追い込まれて迎えた2回目、34秒87のトップタイムをたたき出す。後続の韓国選手に抜かれ、金メダルこそ逃したが、加藤らを抑えた堂々の銀だ。



 北海道池田町に生まれ、3歳で姉2人の背中を追いかけてスケート靴を履いた。小学生の頃、テレビの五輪レースにくぎ付けになった。1994年リレハンメル大会で中長距離3冠を達成したヨハン・オラフ・コス(ノルウェー)ら外国人選手に特に魅了された。



 「ああいう選手になりたい」。自らも長距離選手を志したが、結果は残せない。凍えるような道東の屋外リンクでの練習。「寒いし、なかなかタイムも出ない。何度もやめようと思った」



 中学3年まで両立していた野球から離れ、池田高入学と同時にスケートに絞ったが、記録がついてこない。高校3年で長距離から短距離に転向。十代で世界と渡り合うスプリンターのライバルがまぶしく見えた。



 転機は社会人1年目、23歳で迎えたトリノ五輪だ。500メートルで13位、1000メートルも32位と世界の壁にはじき返された。さらにショックだったのはレース後、褒めもしなければ、けなすこともない周囲の反応だった。「情けなくて、涙が出た」。屈辱にまみれ、誓った。「見返してやる」



 地道なスプリントの練習が形になって表れたのはこの五輪の後。2006~07シーズンにW杯で4勝を挙げてブレーク。後に「世界屈指」とも評されるようになる、美しいフォームを身に着け、昨季は世界スプリント選手権で銀メダルを獲得した。五輪シーズンに入る頃には、日本のエース格にのし上がった。



 1984年以来、日本はこの種目でメダルの歴史を刻み続けた。前回トリノの地でメダルゼロに終わり、栄光は途切れた。メダル奪還。その使命を背負い、見事に実現してみせた。(畔川吉永)

※この記事の著作権は、ヤフー株式会社または読売新聞に帰属します。







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最終更新日  2010.02.16 16:12:46
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