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昨日、中日新聞にワタクシのインタビュー記事が載った、という話を書きましたが、あれ、大学の広報にバレまして。なんか、広報課のお偉いさんがその記事に気づいて、大学広報にその旨、掲載することになったんだそうで。 それで、広報の方から、他にもこういう紹介記事が出たことはないか?みたいな聞き取り調査が来まして。 実はね、今まで、私はあまりそういうのに積極的じゃなかったのよ。自分の業績は自分のものであって、別にそれを勤務大学に伝えなくてもいいだろうと。 だけど、今年の春くらいに、やっぱり広報の方に私の活動がバレて、報告させられたことがありましてね。その時もいやいやながら報告したのよ。 そしたら、どうなったと思います? 夏のボーナスが上がりました。 まあね、所属教員の業績は、大学全体の業績につながり、それは文科省受けにもつながるからね。 っつーことで、今回、「他にも何かないか?」と広報から問われたのに対し、この先に予定されているメディア露出について報告しておきました。 私ももうあと2年もすれば、定年でこの大学を去るんだからね、今更、そんなカッコつけても仕方がないかなと。 それだったら、「これにも出ます、あれにも出ます」とか言って大学を喜ばせ、ついでに冬のボーナスアップにつなげようかなと。 実際、この後も取材が続くしね。まあ、いわば最後のご奉公ってところだな。
September 26, 2026
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今朝、友人からメールがあり、お前さん、新聞に出ているよ、と。 ン? そうなの? 見れば、この間取材を受けた記事が、中日新聞の朝刊にドーンと出ていました。え~、掲載、今日だったの? 取材を受けた時、掲載は多分、10月中旬だと聞いたので、まだ先のことだと思っていたら、今日だったのね。 まあ、新聞社ですからね、色々、都合があるのでしょう。 ま、とにかく、新著の宣伝になりますから、新聞に名前が出るのは嬉しいこと。これで中京地区での拙著の売り上げが伸びるかな? さて、それはともかく、大分髪が伸びてしまっていたので、午前中に床屋さんに行ってきました。今日担当してくれたのは、女性でしたけど、上手な人だったので、可愛く切ってくれました。良かった。 そして、昼食後、今度は病院へ。左肩の五十肩があまりにもむごいので、なんとかしてもらおうと。 そうしたら、今回も名医のY先生に当たりまして。ラッキー! 日進市OD病院の整形外科のY先生、もんのすごく名医なんだよね。 で、相変わらず穏やかで親身な応対、テキパキとした診断、この人に診てもらえば大丈夫という絶対的な安心感。前にぎっくり腰で診ていただいた時は、処方していただいたリリカというクスリで、その日のうちに腰の痛みが消えたからね。 で、一応、レントゲンを撮ったのだけど、案の定、異常なし。つまり、典型的な五十肩。 ぎっくり腰の時にリリカで完治したので、そのことを尋ねたのですが、五十肩にはあまり効かないとのこと。通常の鎮痛剤と胃薬、それに湿布という布陣になります、とのこと。 だけど、ステロイドの注射が奏功することもある。それ、どうします? 試してみますか? そう訊ねられて、私は「それ、痛いですか?」と尋ねたところ、痛いことは痛い。でも五十肩の痛みを我慢するのとどちらがいいか、って話です、と言われ、「じゃあ、一応、トライしてみます」と。 で、注射を打ってもらったのですが、それ、結構キツイ注射のようで、一度打つとその後1カ月は同じ注射ができないらしい。 しかもね、肩からぶっ刺して、肩関節のところまで針が届くようにするので、結構、ガツンと来るのよ。相当太い針だしね。 実際、かなり痛かったっす。普通の注射だったら、針を抜いた後、その刺し跡が痛むなんてことないじゃん? でもこの注射はいつまでもズキズキと。 でも、それだけ強烈なヤツだから、なんとなく、効く気がする。この「気がする」っていうところが、医療では重要なところなのよ。自己啓発思想的に言うとね。 というわけで、注射のおかげでどのくらい肩の痛みが減ったかどうかは分かりませんが(怖くて、肩を動かせないので・・・)、まあ、Y先生に処置していただいたのだから、これが最良の処置。これ以上は望む方が馬鹿、ということは私はよく分かっているので。 それでも、この痛い注射のおかげで、今日の夜、しっかり眠れたら嬉しいんだけどね。
September 25, 2026
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今日は道場の日だったのですが、今年の春頃に違和感を感じ始めた左肩の五十肩、いよいよ悪化してきて、一人では服の脱ぎ着すらできない状態になってきたので、来月からしばらく柔術の道場通いをお休みすることにしました。 なにせ、道着を身につけるのがもう辛くてね。 袴って、履いたことのない人には分からないかもしれないけど、結構あちこち、紐を結ぶのよ。しかも背中側で。しかし、左腕がもう後ろに回らないものだから、この紐を結ぶ動作ができない。背中で蝶結びなんて、無理無理無理無理カタツムリよ。 思い返せば3年前、右肩が五十肩で上がらなくなり、ほぼ一年ほど、七転八倒の苦しみを経験したんだけど、3年経った今、今度は左肩っていうね。 あの時も半年から1年近く、悩まされたけど、またアレを繰り返すのかと思うとぞっとする。あの時も3カ月ほど、道場をお休みしたのだった・・・。 まあ、とにかく、身体に痛みがあるというのは、辛いものですなあ・・・。なんとかならんもんですかね?
September 24, 2026
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親友Tから薦められた本をどんどん読んでいるのですが、その3冊目としてハリイ・ケメルマンの書いた『九マイルは遠すぎる』という推理小説を読みました。 これね、アメリカ小説なんだけど、どことなくイギリスの推理小説の匂いがする。 アメリカの推理小説は、推理小説というよりは、ハードボイルド小説になりがちじゃない? ミステリーになっちゃうというか。 ところがケメルマンの『九マイルは遠すぎる』は、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズとか、アガサ・クリスティーのポワロものとか、ああいう感じの、伝統的なイギリス流推理小説なのよ。 だから、その伝統に則って、「推理をする人と、その相棒」が主役になる。つまり、切れ者の推理者と、あまり切れ者ではない語り手のペアが登場する。 切れ者の推理者が、大学教授のニッキイ・ウェルト、そして相棒役は彼の友人で元同僚で、今は法曹界に身を置く・・・人(作中で名前を呼ばれることがないので、読者にも彼の名前は不明)。 なにしろニッキイ・ウェルトは大学の先生であって、警察とは関係がないし、私立探偵ですらない。しかし、その論理的思考により、状況を聞いただけで誰が犯人であり、どういう理由でその犯罪を犯したかを当ててしまう。つまり、アームチェア・ディテクティブということになる。 で、実際、この『九マイルは遠すぎる』という短篇集にまとめられた個々の事件は、どれも「見た目とは異なって、実際の犯人は意外な人物」という点で、非常に面白い。 面白いです。 だけど、なんだろう、もう一つ、突き抜けないところがあるんだよなあ・・・。 どこが突き抜けないかというと、それはもう、ニッキイ・ウェルトという人物のキャラクターね。 このキャラの人間性が、ものすごく魅力的かというと、そうでもないのよ。いわば、どこにでもいる大学教授って感じだからね。特別感じがいいわけでもないし、特別感じが悪いわけでもない。特別キャラが立っているわけでもないし、特別ユーモラスというわけでもない。 そこがね、今一つ、ニッキイ・ウェルトを応援したくなる要素に欠けるところなんだよなあ。 ということで、この『九マイルは遠すぎる』という短篇推理小説集、絶賛おすすめ、というよりは、そこそこ見どころがある、という辺りで、お茶を濁しておこうかな。これこれ! ↓【最大10万Pt当たる!注文5千円以上&エントリー要 9/20~30限定】九マイルは遠すぎる/ハリイ・ケメルマン/永井淳/深町眞理子
September 23, 2026
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今日は家内の親友夫婦が遊びに来てくれました。フルリノベして新装なった我が家を見たいというのでね。 私もよく知っている二人なので、遠慮もなく、ずんずんルームツアーをして、リノベの苦労話など。 そしてランチを食べに外に出て、グラムというレストランでまた雑談に花が咲いた次第。 で、話題百出の中で、最近私が古着にハマっているという話になり、お客さん二人もファッションとか服を買うことには相当興味がある方なので、では、レストランの近くにある古着屋さんに行ってみよう、ということになり。 で、古着屋なるものに、ほとんど初めて入るという二人も含め、4人でわいわい服を見ている内に、彼らも真剣になってきて。 結果、我ら夫婦は買うものがなかったのに、親友夫婦はそれぞれ一つずつ、買うものをゲットしてやんの。 家内の親友は、バーバリーのちょっと変わったデザインのカーディガンで、非常に面白い作りのもの。そのハズバンドさんも、本革の黒のライダースをゲット。二人ともほくほくでした。 で、こうなったら、今度はもっと本格的に、名古屋の古着の聖地・大須に行って、大いに古着屋めぐりを楽しもうではないかと衆議一決。 ということで、今日は古着趣味を親友夫婦に植え付け、まんまと仲間を増やすことに成功したワタクシだったのであります。
September 22, 2026
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親友のTから面白いよと教わった本、昨日読んだ『地雷グリコ』があまりにも面白かったので、同じくTから教わった北森鴻の『花の下にて春死なむ』も読んでみた。これこれ! ↓花の下にて春死なむ 香菜里屋シリーズ1〈新装版〉 (講談社文庫) [ 北森 鴻 ] 三軒茶屋駅近くに「香菜里屋」という小さなビア・バーがありまして、ここのオーナー兼バーテンが工藤なる年齢不詳の男。料理も旨いこの店には、常連がそれなりにいるのだけど、その常連がそれぞれ、奇妙な話を持ってくる。その話を聞くともなく聞いているうちに、工藤はその話の裏にある(かもしれない)真実を推理する・・・ とまあ、そんな感じの連作短篇から成るのが、この本。 分類からすれば、アームチェア・ディテクティブもの、ということになるのだろうけれども、うーん、どうかな。 なんかね、一つ一つの話がどうもスッキリしないというか。何かが解決されるわけでもないし、どのみち、単なる推測だからね。 ま、面白くないわけじゃないけどね。ただ、私の好みではなかったかも。 でも、北村鴻さんって、生まれは私と同年代だけど、とっくに亡くなっているのね。享年48だって。そんな若くして亡くなったんだ・・・。私がまったく知らない作家、でも、ファンが大勢いる作家で、そんなに若くして亡くなった人がいる、ということを知っただけでも良かったかな。 ちなみに、本書を読んでいて、一ヵ所だけ、誤字ではないかと思う箇所がありました。306ページ。本文ではなく、解説の文章なんだけど、「渋谷~二子玉川学園間の新玉川線」と書いてあるけど、これ、「渋谷~二子玉川間」の間違いではないだろうか。私のように、玉川学園出身の人間からすると、パッと目が行くんだけど、東急に二子玉川学園駅ってないよね。玉川学園前というのは、小田急線の駅だからね。 私も講談社から本を出したことがあるから知っているけど、講談社の校閲はえぐい。そのえぐい校閲の目をかいくぐったのだから、玉川学園も大したもんだな。
September 21, 2026
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昨日から読み進めていた『地雷グリコ』、今日、読了しました~。面白かった!これこれ! ↓地雷グリコ (角川文庫) [ 青崎 有吾 ] 射守矢真兎のキャラと才能もすごいけど、敵側のラスボス、雨季田絵空もすごい。あの手段を選ばなさ。しかし、雨季田には彼女なりに生きていく上での目標(ゆとりを持つこと)があって、その目標に向かって驀進しているという点では、必ずしも非難できないところもあるという。その辺の「モラルのベースライン」がすごいのよ。 その他、射守矢を囲むキャラクターがそれぞれよくて。私は椚(くぬぎ)君が好き。 っつーことで、久しぶりに夢中になって本を読む、という体験をいたしました。この本、教授の熱烈おすすめ!です。
September 20, 2026
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昨日は一日、外に出て遊んだので、今日はまるまる一日、家で本を読んでいました。 まず読んだのは、奈良倉有里さんの『背表紙の学校』。これこれ! ↓背表紙の学校 [ 奈倉 有里 ] ロシア文学者・奈倉有里さんのエッセイ集、と言っていいのかな? まあ、この人も紫式部文学賞だ、サントリー学芸賞だ、読売文学賞だ、やたらに賞を撮りまくっている人で、『夕暮れに夜明けの歌を』という本は確かに素晴らしかった。 だけど、まあ、このエッセイ集に限っては、うーん、普通かな。悪くはないけど、特別良くもないって感じ。読者としては、どうしても最初に読んだ『夕暮れに』をベースにして判断しちゃうから、ついつい「あれよりも面白くない」と思ってしまう。そこがね、売れっ子の辛いところですな。常に前作を凌駕するものを書き続けるって、大変だものね。 さて、今日はもう一冊、青崎有吾さんの『地雷グリコ』という本を読みだしたのですが・・・これこれ! ↓地雷グリコ (角川文庫) [ 青崎 有吾 ] これはね、もう、めちゃくちゃ面白い。もうね、めっちゃくっちゃ面白い。めったやたらに面白い。滅法界面白いですわ。 このまえ実家に帰省していた時、子供の頃からの親友Tに会って、彼から薦められたんですけど、読んでみたらヤツの言う通り、まじで面白いですわ。まだ半分くらいしか読んでないんだけど、まさに一巻置くあたわざるって感じ。 それにしても、本作に登場する「地雷グリコ」であるとか、「自由律じゃんけん」とか。ああいうゲームは、作者の青崎さんが一人で考えるのですかねえ? もしそうなら、天才じゃない? 最近、仕事がらみで読む本ばかりで、心の底から面白いと思って読む本が少なくなっていたんだけど、この本は、久々にそういう読書体験ができる本でした。早く続きが読みたい~! ということで、この本、教授のおすすめ! です。
September 19, 2026
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今日は、我が家の秋の恒例行事、中津川栗きんとんツアーに行って参りました~! 中津川は栗きんとんの名産地、ということで、栗きんとんのメーカーがひしめいているのですが、それを中津川駅前のにぎわい特産館というところで、全種類買えるのよ。だから、栗好きの我ら夫婦は、毎年9月に入ると、ここで色々な種類の栗きんとんを買う。これが楽しみでね。 で、名古屋の自宅から中津川駅前まで、クルマで1時間ちょいのドライブ。そしていつも、中津川周辺で昼を食べるのですが、今日の狙いは駅前の蕎麦屋「更科」。 ・・・だったのですが、ちょっとスタートが出遅れたため、営業時間ではあったのですが、蕎麦自体が売り切れとなり、時間より早く店じまいしたらしい・・・。 っつーことで、仕方なく、これまた駅前の焼きそば屋さんとして有名な「五十番」というお店で焼きそばをいただくことに。これはこれで美味いんですけどね。 そしてその後、中央道の中津川インター近くにある「ちこり村」というところで、「栗きんとん食パン」をゲット! これ、一昨年、去年と、連続で買えなかったんだけど、今回ようやく買えました。 そしてお次は、19号線沿いにある、栗きんとんの名店「すや」に行き、そこでの喫茶部で「栗白玉」をいただくことに。 これ、冷たい栗の汁粉(といっても、小豆ではなく、栗を摺り流したものだけでできている、非常に贅沢なもの)で、毎年、これを楽しみにここにやってくるんですけど、まあ、飲めば寿命が延びる気がする。 で、今年もこれが飲めたということで、実に実に目出度いなあと。 で、最後に、中津川のお隣にある恵那、そこにある「恵那川上屋」というところに行って、「栗山」という絶品のモンブランをお土産に買って、今日の中津川ドライブを終えたのでした。 半日のドライブでしたが、このところずっと雨だったし、その間、ずっと仕事をしていたので、久々の晴れ間にドライブできて最高でした。これで、英気を養って、また明日から、仕事頑張るぞ~!
September 18, 2026
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昨日、ルンバを買った話をしましたが、今日はね、そのルンバを初めて起動してみました。 それたら、もう、超キャワイイ! ルンバを最初に起動すると、この子はまず家のマップを作るのよ。で、充電ステーションを飛び出したルンバちゃんは、最初、きょろきょろしたかと思うと、意を決したようにグイーンと動き出し、まずはダイニングをちょろちょろ、そしてキッチンをちょろちょろ、パントリーをちょろちょろ、そして廊下をずんずん進んで行って寝室をちょろちょろ、WICをちょろちょろ、私の書斎をちょろちょろ、そして再びダイニングの方に戻ってきて、隣にあるリビングをひとわたり眺めた後、充電ステーションに戻って行ったのでした。 で、アプリを見ると、ほぼ完璧に我が家のマップを作っていたという・・・。 すごいな、ルンバ。けなげで、しかも頭がいい! これでこの子はすでに我が家の構造をバッチリ把握したので、次はもうこちらの設定どおりに掃除をしてくれると。 もうさ、ルンバの頭の中がどうなっているのか、分かりませんけど、こういうのを作っちゃう開発者はすごいな。完璧じゃん。 ということで、いよいよ我が家にもルンバ時代到来よ。 昔、我が家に初めて電話が来た日とか、初めてカラーテレビが来た日なんか、今でもよく覚えているけれど、「我が家に初めてルンバが来た日」というのも、この先、長く記憶に残るのかもしれませんな。
September 17, 2026
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ついに、ついに、アレを買ってしまいました! そう、ルンバ。自動でお掃除してくれるヤツ。 家をフルリノベーションした時、もう、その時点からルンバを導入することは決めていたのよ。で、それ専用のステーションも造作で作ってあったの。 だけど、ちょうどリノベーションが完成した頃、ルンバ製品の端境期というか、入れ替え期に当たっていて、我々が欲しい機能とサイズの製品の旧タイプが販売終了してたのよね。 で、その新型機が導入されるのを待っていたんだけど、どうやらそれが導入されたらしいと聞き、早速今日、買いに行った次第。 というわけで、いよいよ我が家にルンバがやってきたと。 だけどねえ、まだ開封の儀はしてないの。ちょっと忙しかったので、それはまた明日。 それにしても、家をリノベーションして、食洗器も導入したし、それで今度はルンバの導入と相成り、家事負担が減るよね~。 まあ、そのくらい人間の手でやれよ、というムキもあるかもしれないけど、食洗器もね、一度使い始めると、もう生活に欠かせなくなる。多分、ルンバも、同じことじゃないかな。使い始めたら、ねえ・・・。 というわけで、明日からのルンバのある生活をとても楽しみにしているワタクシ、なのであります。
September 16, 2026
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たまたまおすすめで上がって来た YouTube のショート動画を見ていたら、こんなのがありました。これこれ! ↓怒られているみたい・・・ なるほど、一般人が本屋に行く。そして「自己啓発本」の棚を見る。その時に彼らが感じる一番素直な感想は、「こんなにあんの?」「なんか、怒られているみたい」 なのね・・・。しかも、鼻に皺を寄せて。 いやあ、自己啓発本研究者として、非常に興味深いねえ・・・。興味深いというか、何と言うか。 まあ、でも、これが真実なんだろうな。 つまり、自己啓発本研究者の研究って、ここから、このマイナス地点から出発しないといけないわけよ。 それを肝に銘じるために、これから一日一回、この動画を見よう。臥薪嘗胆でね。
September 15, 2026
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高校の時の同窓会のお誘いハガキが来まして。 でも、まあ、わざわざそのために上京するのも面倒だなあ、などと思い惑い、北大に勤めている同じ同窓生に「お前、行く?」と尋ねたら、案の定、行かないと。彼によると、3年前の同窓会の時の写真を人づてに入手したけど、ほとんど誰が誰だか分からないと言って、その時の集合写真を送ってくれた。 で、それを見たんだけど、確かに! 誰が誰だかさっぱり。 っていうか、40数年の隔たりというのは、なんとまあ、無慈悲なことかと。 もうね、全員、正真正銘のジジイだよ! かつて青春を共にした、あの溌剌たる同窓生たちが、これほどまでに無惨にジジイになっていたとは! いや、それを言ったら、自分も同じなのか?! 俺もジジイなのか!!! 他人が見たら、そうなんだろうな・・・。 子供の頃、テレビで俳優の二谷英明さんを見て、「ロマンスグレーっていうのは、きっとこういう人のことを言うんだろうな・・・」と思ったのよ。なんか、優雅で、ハンサムで、お金に余裕がありそうで、奥さんは白川由美さんでキレイで。それでクルマはセドリックとか乗ってて。クラウンじゃないところがカッコ良くて。これこれ! ↓ロマンスグレーの体現! 二谷英明 で、自分も60歳くらいになったら、ああいう風になりたいなと。 で、60歳にはなれたけど、二谷英明にはなれなかったねえ・・・。 ロマンスグレーって、誰にでもなれるもんじゃ、なかったんだねえ・・・。ただの白髪のジジイになっちゃったねえ・・・。お金も、そんなに余裕がないねえ・・・。 奥さんだけは、白川由美級にキレイだけどね。そこが救いか。 とにかく、ロマンスグレーへの道は遠かった。そのことだけは痛感いたしました。
September 14, 2026
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うっかりして、昨日、ブログ更新するの忘れちゃった! さて、このところ連日、卒論の添削に追われております。いよいよ、この時期になったんだねえ・・・。 とはいえ、例年に比べると、今年はスタートが早いかも。今、添削しているのは、6人のゼミ生それぞれの卒論第1章なんだけど、夏休み中に第1章の添削まで終わっていれば、後期に入ってから楽だからね。 出来は・・・まあまあ、といったところかな・・・。昨年のゼミ生の出来が良かったので、今年はどうかな?と心配していたんだけど、そこまで悪くない。 ただ・・・ やっぱり、やらかしてくれるんだよなあ・・・。 卒論指導に当たって、ちゃんと自作の教科書使ってさ、論文の書き方を教えるわけだよ。1年間かけて。 で、「初めて論文を書く人は、こういうところと、こういうところと、こういうところを間違えますから、そこを気をつけてね」と事前に指導するわけ。 で、ふたを開けるじゃん? そうするってーと、「ここを間違うから気をつけてね」と言ってあったことを全部間違えるのよ。 まずね、歴史の記述を間違える。歴史を記述する時は、かならず「古いことから新しいことへ」という原則を守るんだよ、って、何度も口を酸っぱくして言っておいたのに、「2025年にこういうことがありました。そして2018年にはこういうこともありました」なんて書いて来る。 なんで時代を遡るんだよ!! あとね、「重要なことは、論文の中で一度だけ言うんだよ」って、何度も注意しておいたのに、そういう重要なことを何度も何度も繰り返し言及するんだよね、学生ってやつは。 それから、「論文を書く時は、ワードの自動注作成機能はオフにするんだよ」って、あれほど注意しておいたのに、オンにして書いて来るんだよな・・・。 事前指導の意味・・・。 っつーことで、連日、「なんでだよ!」と叫びながら、卒論草稿の添削に勤しんでいるワタクシなのであります。
September 13, 2026
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8月の頭に出した拙著、『自己啓発本を1000冊読んでわかったこと』の反響は割と良くてですね、先日のラジオ出演、ダイヤモンド社と中日新聞からの取材に続き、今日、新たに2件の取材申し込みがありました~!これこれ! ↓自己啓発本を1000冊読んでわかったこと [ 尾崎 俊介 ] いいね、いいね。もう、どんな取材だって受けるよ、ワシは。じゃんじゃん来て! カモーーン!! で、思うのだけど、多分、今回出した本が「新書本」だったのが良かったんじゃないかな。 やっぱり、自己啓発本に興味がある読者層って、基本、中年男性で、それは新書本の読者層とぴったり合うんだよね。だから、中年男性が本屋に立ち寄って、新書本売り場行って、何か面白そうな新刊本はないかなと探し始めたところで、私の本が目に止まったら買うと思うわけ。 だから、新書本という媒体と自己啓発という話題が、バッチリ、マッチングしたと。 まあ、本が売れてくれれば、私としては万々歳なので、ありがたいこってす。 そして取材された記事が表に出れば、またその分、注目されるからね。好循環の波、キターーーーって感じ。 とにかく、ここしばらくはこの本で行けるとこまで行きたい。販促、がんばるぞ~!
September 11, 2026
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ロバート・ウォールディンガーとマーク・シュルツの共著になる『グッド・ライフ』という本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 本書はハーバード大学が1938年に開始し、現在も継続中の「ハーバード成人発達研究」の成果を元に、人間は幸せになるとはどういう状況か、ということを科学的・実証的に明らかにしたもの。何しろ開始してから90年近い年月が経ち、その間、何百人もの被験者に定期的に詳細なインタビュー&質問書への回答要請を行い、その被験者がその都度、どういう状況にあり、どういう心境になり、その結果、どの程度の幸せを掴んでいるかを調査してきた、というのですから、まあ、手が込んでいる。しかも、研究開始直後の被験者を第一世代とすると、その息子/娘(第二世代)や孫たち(第三世代)までも被験者にして、3世代にわたる幸福度調査を行ってきたというのだから、ものすごい。 こういう、骨太の研究ができること自体、アメリカが学問とか研究というものにどれほど力を入れているかの証左でもありますな。日本みたいに学問・研究を軽視する国だったら、こんな息の長い、そして規模の大きい研究なんて無理無理。 さて、それでね、90年間にわたってどうすれば人間は幸福になれるかの実地研究を行った結果、分かったことが一つだけある。逆に言うと、人間が幸福になる鍵は、実は一つしかなかったと。 なんだと思います? 「人間関係」でした。90年にわたる研究の結果、分かったことはただ一つ、「健康で幸せな生活を送るには、よい人間関係が必要だ」以上。・・・だそうです。 はあ~・・・、そうだったのね~。 結局、人間という存在は、社会的な存在なのね。多くの自己啓発本・・・たとえばアドラーなんかもそう言っているけど、人間は一人では生きられないということ、これはもう明らかな事実であり、このことからして、人間が幸福であるためには、周囲の人間とのポジティブな交流が絶対に欠かせない。実際、よい人間関係を持っている人は、そうでない人に比べて、幸福度が高いだけでなく、健康で、長寿を保てるのだそうで。 その人間関係ってのもね、もちろん家族とか、恋人とか、友人とか、同僚とかが中心にはなるけれど、それだけじゃない。たとえば、いつも立ち寄るカフェの店員さんとか、通勤電車で隣に座った人とか、そういうのも含まれる。 たとえば「電車のなかの見知らぬ他人」という実験がありましてですね、電車で隣り合わせた赤の他人に話しかけてみるという実験をすると。これ、結構難しいんですって。というのは、普通、人というのは、赤の他人に話しかけることを恐れるから。 ではなぜそうなるのかというと、人間は自分の感情を予測するのがものすごく不得手だから。 赤の他人に話しかけたら、相手から迷惑がられるだろう、とか、案外お喋りな人に話しかけてしまって、きっとその人のおしゃべりに辟易する羽目になるだろうとか、そういう風に人は予測するわけ。だから、赤の他人に話しかけるという行動をめったにとらない。 だけど、実際にやってみて、そこでちょっとした会話が始まると、それがその人の気分をアップさせ、幸せな気分にすることが多いんですって。つまり、予測は完全に外れるのね。 だから、「嫌だな、気が進まないな」と思っても、勇気を出して他人に話しかけてみる。その勇気が、その人の幸福度を格段にアップさせることになると。これもまた、良好な人間関係が幸福度をアップさせるということの一つの証明になるのね。 で、この後、本書ではいかにして良い人間関係を育むか、そのコツなども色々紹介されているんだけど、やっぱり難しいのは、当たり前になってしまった人間関係を、良好に維持させることね。 たとえば親子関係、夫婦関係、友達との関係。こういう風に、一度、固定してしまった人間関係にあると、感覚が麻痺しちゃって、マンネリになっていくわけ。そうすると、そのマンネリ化した相手の行動だけが嫌な記憶として蓄積し、またそういう行動をとった時だけ、その相手に注意を向けることにもなる。「父はいつも自分の欠点を指摘する」とか、「あいつはああいう奴だ」という風に。そうなれば、マイナスの印象ばかりが積み重なっていくのだから、人間関係が崩壊していくのも道理。 じゃあ、そういうマンネリから抜け出すにはどうすればいいかというと、やはり、相手に対していつも注意深くし、相手の良い行動を逃さずキャッチすること。そして「人は予想外の行動をとるものだ」という考えを持ち続けること、だそうで。 あとね、ライフステージによって、家族の中の互いの関係性も変わってくるから、そこを固定しないで、「今、このライフステージにいるこの人に対して、私が担うべき役割は何か?」ということを問い続けること。これも大事。たとえば思春期の子供に対して、親は、その子が2歳の時のように「常に目を光らせている」必要はないわけよ。今は放っておくほうがいいんだな、と考えないと。 あと、人間は仕事をして生きる生き物でもあるから、仕事と私生活のバランスを取ることも大事。 仕事はもちろん大事なんだけど、ハーバードの調査で、人生の最後、死の床にあって「もっと働けばよかった」と言う人は一人もいないと。働き過ぎの人生を後悔する人は大勢いるのに。 だけど、ならば仕事と私生活を完全に分断し、単純に仕事に費やしている時間を減らせばいいかというと、そういうわけではない。 そうじゃなくて、仕事の中に、ある意味、私生活性を持ち込むのがいいと。簡単に言えば、同僚を友達にする、ということですな。もちろん、いつもつるむという意味の友達じゃなくて、しかし、コミュニケーションを密にして、いざという時に共同戦線が張れる程度に、互いをよく知ること。実際、職場に親友がいる人ほど、仕事に意欲的に取り組む、という研究結果もあるとのこと。 で、本書は、こんな感じで、人生喉のステージにおいても、良好な人間関係を後天的に築くことは可能だし、そのやり方もある、と教えてくれる。曰く、「何歳であっても、ライフスタイルのどのステージにいようが、結婚していようがいまいが、内向的だろうが外交的だろうが、そんなことには関わりなく、誰でも人生をポジティブな方向へ変えていける」(350-351)と。 でも、そうは言っても、人はなかなかそういうポジティブな行動をとらないのね。なぜかと言うと、自分はこういう人間だから、この先ポジティブになんかなりようがない、と信じているから。 でも、この認識は間違いです。人間について面白いことは、「自分こそ自分の人生の専門家、とは限らない」ということなのよ。自分はこういう人間だ、それは自分が一番よく知っている、という信念は、ほぼ間違いです。だからその誤謬を乗り越えて、そうじゃない自分、ありえたかもしれない自分になろうと努力すること。これが幸せになる鍵なんですな。本書の著者の一人、ロバートさんも二回ほど引用している鈴木俊隆師の言うように、初心者には人生のベテランには見えてないことが見えることがある。長く生きてきて、「自分のベテラン」になってしまうと、見えなくなることがあるわけ。そこを突破できるかが、幸せになれるかどうかの分かれ道なんですな。 というわけで、本書は、幸せになるために何が必要か、どうすれば幸せになれるのか、ということを知る上で、非常にためになることが書いてある、実に有用な本だったのでした。これこれ! ↓グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない (& books) [ ロバート・ウォールディンガー ] ところで、本書の結論は、「幸せになるためには、良好な人間関係が必要だ」ですよね? これがハーバード大学の90年近くに及び長い科学的研究の結果、判明したこと、であると。 だけど、本書にも書いてある通り、アリストテレスが『ニコマコス倫理学』という本の中で、同じことを言っているわけ。 で、『ニコマコス倫理学』は、自己啓発本なのね。 ということは? そう、自己啓発思想の世界では、2000年以上前から「幸せの根源は、人間関係にあり」と言っているわけよ。その知見に、科学が、ようやく21世紀になって追いついてきたと。 遅すぎない? っていうか、自己啓発思想、凄すぎない? 自己啓発思想の研究者たるワタクシが、以前から口を酸っぱくして言っているのが、まさにこのことよ。自己啓発思想は、現代科学の水準を2000年ほど先取りしているんだよと。 はい、自己啓発本を馬鹿にしている皆さん、この本を読んで、少しは認識を新たにしてごらんあそばせ。
September 10, 2026
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昨夜は、学生時代からの親友と久しぶりに電話で1時間ほどもしゃべったのですが、専門が同じアメリカ文学ということもあって、非常に楽しい時間となりました。やっぱり、同世代の、なんでも話せる友達ってのはいいもんですなあ。 で、一夜明けて今日、数年前に大学を卒業したゼミ生K君が、研究室に遊びに来てくれまして。 彼は、実は今勤めている某市役所を辞めて、別な道に進もうとしているところで、そんな相談もあって、わざわざ訪ねてきてくれたんです。 で、卒業式以来、数年ぶりに会って話をしたのですが、聞いて見れば、なるほど、それなら辞めたくなっても当然だなと。そして、今後の見通しについても、しっかりした方向性を決めているようなので、安心しました。まあ、彼としては、既に腹は固めてあって、ただ、それを私に話すことで確認しようと思ったのでありましょう。だから、私も「君の決めたことに、間違いはないと思うよ」と背中を押しておきました。 で、なにしろ私は自己啓発思想研究の第一人者ですから、その観点から、色々とアドバイスをし、彼も「めちゃくちゃ元気が出ました。今日は来てよかったです!」と言ってくれたので、まあ、良かったかな。 ということで、昨日・今日と、旧友・旧教え子と話したり会ったりしたわけですが、アレだね、そういう風に人に会ったりすると、こちらも元気が出るね! 『グッドライフ』という自己啓発本に書いてあったけど、やっぱり人間の幸福って、良好な人間関係によるところが大きいな。「あいつとは親しい」という変な自信に頼るのではなく、その親しい関係を定期的にメンテナンスすることが重要なんだろうね。 「人間は、社会的な存在である」ということを、実感いたしました。
September 9, 2026
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この夏はあちこちで集中豪雨の被害が出ておりますが、今日はね、いよいよ線状降水帯が名古屋上陸よ。 夕方、そろそろ夕食の買い物でもしようか、なんて外出の支度をしているうちに、雨の降り方が変わってきて、しばらく様子を見ていたら、段々、やばい感じになってきて、結局外出は断念。 そのうち、ケータイが何度もけたたましく鳴り響き、避難勧告をしてくるようになって。 あらま。世の中はそんな感じなの? で、テレビをつけたら、ニュースをやっていて、名古屋が水没していると。 中心部の栄もそうだけど、我が家のある一帯も結構、水浸しになっていて、クルマが立ち往生している図がテレビ画面に。 ひゃー、さっき、無理して買い物に出かけていたら、戻れなくなるところだったよ~! あぶなーい!! いやはや、油断も隙もあったもんじゃない。天気予報に注意していないと、命が危ないな。とんでもない時代になってしまったもんだ。
September 8, 2026
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たまたまカレンダー見ていて、そういえば昨年の今日は、京都大学で集中講義をやった、その初日だったんだな、と気がつきまして。 え¨ーーーー。あれからもう1年経ったのか! しかし、あの京都大学での集中講義期間は、思っていた以上に楽しかったなと。 まず、集中講義をやったということ自体、初めての経験だったし、地方に一週間以上泊まり込んで授業に臨むというのも初めて。初めてづくしで楽しかった。 しかも、やっぱり京都大学の学生&大学院生たちが、賢い子たちだったよの~。しかも、彼ら/彼女らの専門がアメリカ文学だから、もう、私としては、直接の後輩を指導しているようなもの。これは、今自分が所属している大学では味わえない醍醐味でしたね。 そして、昨年の今頃の京都は暑かった! じりじりと照り付ける青空の下、日傘男子となってホテルから大学に「通勤」したことが懐かしく思い出されます。 そう、それから、昨年の今日は、第一回目の授業日を終えた後、京大文学部のアメリカ文学専攻の先生方に歓迎会を開いてもらって、楽しい一夜の宴をしたのでありました。あの時も話題百出で楽しかったなあ。 はあ~。 それに比べて、今年はあんまり外に出てないなあ。今日も朝から一日、書斎にこもって仕事だもんなあ。外が暑いのだか寒いのだかすらわかりゃーしない。 まあ、そういう年もありますわな。 でも、またいつか、どこか地方都市にある大学で、集中講義に呼んでくれないかなあ。そう願っていれば、引き寄せの法則が働いて、そのうちに実現するかもね。
September 7, 2026
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このところ、ドラマが面白くて仕方がない。 この夏休み、結構、仕事を一生懸命やっているんだけど、そうなると仕事の合間の休憩時間の過ごし方が問題になる。 で、今はその休憩時間を、ドラマを観ることで過ごしているんだけど、これが今のところ、内容豊富でね! まずね、アマプラで観ることのできるアメリカのドラマで、『リーチャー』のシーズン4を見ているだけど、これがね、なかなか面白いのよ。 『リーチャー』は、映画版ではトム・クルーズが主演だったけど、テレビ・ドラマ版ではアラン・リッチソンという大男が演じていて、これがトム以上にリーチャーっぽい。このドラマはシーズン1からずっと観ているんだけど、シーズン4もドキドキの連続。見ごたえがあります。 そして、もう一つ、『グッド・ドクター』というのもアマプラで観ているんだけど、若く天才的な医師が、自閉症スペクトラムという障害を乗り越えて、医者としてのあるべき道を突き進んでいく物語で、これまた面白い。こちらは見始めたばかりなんだけど、既にシーズン7とか、そのくらいまで進んでいるらしい。そこまで全部観るかどうかは別として、とりあえず今は、この魅力的な医師の冒険を楽しんで応援しているところ。 そして、『VIVANT』ですよ。日曜日の夜のお楽しみ。毎回、「どうなっているんだ?!」と、筋を追うのが精一杯ながら、とにかくめくるめくドラマの進行に一喜一憂しているところ。今日もこの後、こいつを観ようと思っているのですが、果たして今週はどういうことになるのか? ということで、仕事とドラマと、両立させて楽しんでいるワタクシなのでありました、とさ。
September 6, 2026
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愛読しているyomunel さんのブログを見ていたら、上原隆のエッセイを読み直したらやっぱり面白かった、的なことが書いてあって、yomunelさんがいいというのならよほどいい本なのだろうと思って、読む本のリストに入れておいたわけ。 で、たまたま今日、買い物に出たついでに近所のブックオフに立ち寄ったら、上原さんの書いた『雨にぬれても』という文庫本が100円で売っていたので、渡りに舟と買ってみた。 で、読んでみた。 そしたら、面白かった。 今まで生きてきて、上原隆というライターがいる、ということ自体、yomunel さんのブログを読んで初めて知ったのですが、この人のエッセイは、市井の人の身に起こったことを、その人に取材して、それを文章にまとめる形で出来ているのよ。 たとえば長年一緒に働いてきた上司(=社長)が、社の借金を苦に自殺して、その第一発見者になってしまった話とか。なかなか結婚できなくて、結婚相談所でマッチングしてもらって、ちょっといい感じの男性に出会えたんだけど、こちらがその気になったら、相手は別な若い女に興味が移ってしまった、とか。同じく、なかなか結婚できなくて、たまたま知り合ったエジプト人の彼氏ができたのだけど、どうもただ金を巻き上げられているだけな感じがする、でも、まあ、それでもいいか、と思っている、とか。そんな一般人が体験したちょっとした経験をエッセイにまとめているわけ。 どこにでもある、でも、当人にとってはちょっと重い話で、しかし、そういうことって、あるよなあ、と思わせるような話。それを、うまいことエッセイにしている手腕は、なかなかのもの。 なるほど、上原隆とは、そういうライターでしたか・・・。アメリカにボブ・グリーンというエッセイストがいて、その人の書くものにちょっと似ているため、上原さんは「日本のボブ・グリーン」と呼ばれているそうですが、むべなるかな。 それにしても、この手法なら、書く種は尽きないよね。そういう意味では、ライターとして上原さんは、いい鉱脈を掘り当てたと言っていいんだろうな。 とはいえ、取材するにしても、どうやって取材対象を探し出しているのだろう? それを探すのが、まず大変だよね。あと、取材にはものすごく時間をかけておられるようなので、種は尽きないとしても、苦労もまた尽きないらしい。だから、誰にも真似できるものでもないんでしょうな。 ま、今まで全く知らなかった上原隆というライターのことを知ることができたという意味で、この本に出合えたのは、良かったです。これこれ! ↓【中古】 雨にぬれても / 上原 隆 / 幻冬舎 [文庫]【ネコポス発送】
September 5, 2026
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今日は勤務先大学で卒論の中間発表会がありまして。4年生の学生が、卒論執筆の進行状況を報告しつつ、現時点で分かっていること、今後の見通しなどを発表する会なんですけどね。 で、自分のゼミの学生の発表も聞きますが、よそのゼミの学生の発表も聞く機会がある。それはそれで面白いものでありまして。 で、たまたま私とペアになったゼミは、指導教授がジェンダー論系の研究者だったので、おのずとゼミ生たちも、そっち系の卒論テーマを選ぶことが多い。 たとえば性転換して女性となった元男性アスリートが、当該のスポーツで優秀な成績を収めた場合、それをどう評価すべきか、とかね。 で、そんな中、ルッキズムの問題を卒論テーマにした学生がおりまして。 しかし、その学生の卒論中間発表を聴いていて、人種差別、性差別と異なり、顔の美醜に基づく差別ってのは、扱いが難しいなと思いましたね。 たとえば黒人の人が、白人主体の会社へ就職しようとして落とされた、とか、女性が就職の時に不利に扱われたとか、そういうのは人種・性別が差別用のファクターとして使われたというのは、外部の人間にも分かりやすい。 でも、ルッキズムの場合は? これは美醜の基準が線引きしにくいため、そう簡単には決められないよね! 「私は醜いので、就職面接で落とされた」と誰かが言い出した時、それを「確かにそうだ」って、誰が判定できるの? 判定した時点で、その人自身がルッキズムを持っていることを表明することになるじゃん。だから、もし誰かがそういうことを言い出した場合、政治的に正しい答えは、「いや、私はあなたが醜いとは思わないので、それが理由であなたが落とされたとは思えません」でしょう? それ以外、答えようがない。 性差別の場合、「国会議員の男女比を1:1に近づけよう」というのは、目標値としては理解しやすい。でも、ルッキズムの場合は? テレビ局の女子アナウンサーの「美醜比率」を1:1に近づけるって、どうすればいいの? 「はい、あなたは醜要員の採用ね」とか言って誰かを採用するの? 難しいよね! 実際上、そんなことできるわけがない。 だから、その当該学生には、その辺、ルッキズムを卒論テーマにするにしても、それをどう扱えばいいのか、よく考えないと大変だよ、とコメントしておきました。 でも、そういうことも含め、学生の卒論テーマを見ていると、こちらも勉強にはなるな。
September 4, 2026
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今日は中日新聞の記者さんが大学の研究室まで取材に来てくれました~。 もちろん、取材は『自己啓発本を1000冊読んでわかったこと』についてのもの。来月には大学生の就職活動がスタートするので、それに合わせて、学生たるもの、どんな感じの自己啓発本を読めばいいか、的なことについて、色々とコメントを出した、ってな感じ。 まあ、それはいいんです。 良くないのは、取材に伴う写真撮影ね。 もう、私はこれが苦手で。被写体になるって、ほんとしんどいのよ。 だって普通、我々が写真を撮る時と違って、レンズは見ちゃダメなんだもん。あらぬ方向を見るわけよ。それを撮られる。 それ自体、慣れないとすごく難しいのだけど、それだけじゃない。 たとえば「手のフリ」ね。自然にしゃべっているところを写す場合、手のフリが重要になってくる。何か手を動かしたりしているところを撮るんだけど、「ハイ、なんでもいいですけど、何か手を動かしていてください」と言われて手を動かすのって、大変よ。なれないと、ほんと、ぎこちなくなってしまう。 とにかく、そんな感じで500枚くらい、写真を撮られてさ、それでその中から一枚を選ぶのでしょうけど、私の場合、ろくな写真になったことがないというね。 ほんと、申し訳ないですわ。 ということで、新聞・雑誌の取材、ラジオやYouTube の収録は慣れたけど、写真撮影だけはまったく、いつまで経っても慣れないのでした。 だから、モデルさんって、すごいと思うわ。どの角度からとってもベスト、というような被写体術を、完璧にマスターしているんだから。
September 3, 2026
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政府の経済振興策なのか、自治体から一定額の補助金みたいなのがもらえる、というのがあるじゃない? で、私が住んでいるところでは、一人5000円の補助金が出たのよ。ライン登録するともらえる、っていうヤツ。 で、その5000円は、地元のお店で使える、という仕組みね。 さて。 5000円って、案外微妙じゃない? もちろんスーパーで日常の買い物をする時にも使えるんだけど、そうやって使ってしまったら、なんだかいつの間にか無くなった、という感じになっちゃうし、かといって、じゃあ5000円で何を買うんだとなると、すぐには思いつかない。 で。 あれこれ考えた挙句、ひねりだしたのが、「そうだ、鰻を食おう!」だったのであります。最近、鰻も高いからね。 で、家の近くの鰻屋さんに行って、名古屋名物、ひつまぶしを食べたわけ。 それがさ、ひつまぶし自体の値段が4850円よ。それで、それに150円足して、5000円出すと、汁物が肝吸いにグレードアップされると。 おお、渡りに船。じゃあ、肝吸いつけて、5000円じゃストでお願しや~す! っつーことで、市からいただいた5000円を、そっくりそのまま、肝吸い付きひつまぶしに投じたわけ。久々に食べたひつまぶし、超美味かったっす! 降ってわいた5000円の使い道、我ながら、結構グッドアイディアだったのではないでしょうか。
September 2, 2026
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日本で一番アフロの似合う女、稲垣えみ子さんの『買わない生活』を読了しましたので、ちょいと心覚えを。 ってか、この本、買う前からなんか妙だなと思ったのよね。 というのはね、本文を印刷している紙が、なんか変な具合。上から見るとよく分かるんだけど、3種類か4種類の異なった紙質の紙に印刷していることが分かる。 何コレ? まあ、それはおいておいて、中身の話なんだけど、相変わらずえみ子さんの話は面白い。(ちなみに稲垣さんと私はほぼ同世代、しかも彼女は愛知県出身なので、勝手に親しみを込めてえみ子さん呼ばわり) 朝日新聞社の高給取りだったえみ子さんは、しかし、会社内での状況の変化やストレスもあって50歳で社を飛び出してフリー・ライターとなる。まあ、無職になるわけよ。 で、今までは頑張って仕事して、金を稼いで、稼いだ金は自分のためにジャンジャン使う、という価値観で生きてきたわけだけど、なにしろ入るものが入ってこなくなるのだから、自ずと生活を変える必要が出てくるんですな。 で、今まで住んでいたところを出て、築50年の小さなマンションに引っ越し、今まで持っていた大量の服なども全部処分して、質素な生活にはいる。 と、今までの生活と比べて、よっぽどみじめになると思うじゃない? ところがそうではなかったと。 むしろえみ子さんは、そういう耐乏生活を始めたことで、どんどん幸せになっていくの。 まず御馳走三昧の生活から、一汁一菜の生活になったら、健康になっちゃう。服もどんどん処分したら、自分に似合う飛び切りお気に入りの服しか着ない(着れない)生活になる。食べられる野草の存在にも気づく。人から貰い物をするようになり、そのお返しにこちらも何かをあげているうちに、そのサイクルが加速して、とんでもない贅沢な物々交換経済に突入していく。そして近所づきあいも増え、遠い親戚より近くの他人ではないけど、頼れるご近所さんが増えて孤独ではなくなっていく。 今までは、幸せになろうとして金を稼ぎ、しかし、金を稼ぐために幸せを犠牲にするのを厭わない生活だったんだけど、すべてが逆転して、金を稼がなくなったために、幸せを得ていくわけよ。 だから、必要に迫られて耐乏生活しているうちに、資本主義経済の仕組みを打破しちゃったんですな。だから資本主義経済がちらつかせる、「幸せになりたくば、金を稼げ~」という誘惑にはもう魅力を感じなくなっちゃった。一人で革命を起こして、人生の仕組みを変えちゃったのね、えみ子さんは。 そういう一連の経験を綴ったのが、本書『買わない生活』です。これはえみ子流『シン資本論』ですな。 というわけで、この本、すごく面白かったし、参考になることが多かったんだけど、最後まで読んでさらに驚くことが一つ。 なんと、この本を出版するに当たって、えみ子さんは印税を受け取っていないと。 えみ子さんは自分から申し出て、この本の値段から自分の印税分を引き、それで2000円以下の値段にすることに成功しているのね。つまり、えみ子さんはこの本を世に出して、印税を稼いでいるのではなく、ご自身の発見、そして幸福の秘訣を読者に伝えるため、読者がこの本を買いやすいようにしているわけ。 その意味で、金を稼ぐことは、幸せにはつながらない、金と幸福の間にはあまり相関関係がない、というこの本の主張を、えみ子さんは行動によって示しているわけ。 そう思ってこの本の造作を見るとさ、ひょっとして・・・と思うじゃない。つまり、本の値段を下げるために、あちこちで余った紙を再利用しているんじゃない? 多分、そうだよ。だから、本文を印刷してある紙が、何種類にもなっているんだと思う。それに、表紙も一色刷で、すごくシンプルだし。 さすがだ、えみ子。伊達にアフロにしているわけじゃないな。 というわけで、この本を読んで私はますます稲垣えみ子ファンになったのでした、とさ。この本、教授のおすすめ!です。 もっとも、私は自分の書いた本の印税は、がっつりもらうけどね!これこれ! ↓買わない生活 [ 稲垣 えみ子 ]
September 1, 2026
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昨日、東京に住む親友のTから電話がありまして。「お前、すごいよ」と。何かと思ったら、先日出したワタクシの本の話。Tは地元の書店を3軒くらい回ったそうなんですが、どこも店頭平積みで、しかもワタクシの本だけ一番上の本の表紙が反り上がっていたと。 つまり、大勢の人が私の本を立ち読みした形跡があると。それが3軒の本屋のどこもそうだった、というわけ。T曰く、「相当、売れてんじゃない?」と。 まあ、立ち読みする人が多いのと、沢山売れる間には若干のずれがあるかもしれないけど、まあ、ちょっと嬉しいですわなあ。Tよ、報告感謝! とはいえ、私はまだリアル書店で自分の新刊を売っているのを見たことがないという。集英社インターナショナル新書って、地方にはあんまり届かないんですかね? 残念。自分の本を、書店で、誰か他人が立ち読みしている場面(あるいはレジに持っていこうとする場面)を見ることこそ、ライター冥利なんだけどね。 さてさて、閑話休題。 没後10年、プリンスの新譜が出ました~!これこれ! ↓Timeless [ プリンス ] 熱狂的プリンスファンとしては、もちろん、いの一番でゲットしましたよ。 で、早速聴いてみたんだけど・・・。 うーん、どうなんだ、これ? プリンスの未発表曲が何百・何千と詰まった「Vault」から掘り出した音源、という割に、既視感ならぬ既聴感たっぷり。Tick Tick Bang とか、I Wonder とか、How Come U Don't Call Me Anymore とか、アレンジは違うにしても、全然未発表曲じゃないじゃん。 こんなんだったら、『Purple and Gold』とか『High+Peace』とか、以前に出た出所のよくわからない二枚組CDの方がよっぽど未発表曲集だったし、選曲のセンスも良かった。 期待して、何年も待たされた挙句、これかよ、っていう・・・。だったら私をVault に入れてくれよ。私がセンスよく選曲して、3枚組CDセットとかで出したるわ。 ということで、こちらの方はいささかガッカリだったのでございます。とはいえ、殿下の作品ではあるから、私は聴きまくるけどね。
August 31, 2026
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保苅実さんが書いた『ラディカル・オーラル・ヒストリー』という本を読んだのですが、とても面白かった!これこれ! ↓ラディカル・オーラル・ヒストリー オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践 (岩波現代文庫 学術380) [ 保苅 実 ] 保苅さんは、歴史学者で、大学院の博士課程の時にオーストリアのアボリジナルの人たちのところに行って、そこで彼らと生活を共にする中でアボリジナルの人たちの歴史観ってどうなっているのか、ということを調査したんですな。で、その結果、わかったことをまとめて博士論文(英文)にし、それをもとに書き上げた日本語版がこの本、ということになる。 で、アボリジナルの人たちの歴史観ってのが、非常に面白いものだったのよ。 彼らの歴史観というのは、ヨーロッパ的な時間概念に囚われてない。むしろ、歴史を地理的に理解しているわけ。つまり、何かが起こった場所がその出来事を記憶していて、今もそこに行けばその歴史を追体験できる、という感覚なんですな。だから、歴史とは時間的に現在から遠く過去にさかのぼることではなく、地理的にその場所に行ってその時の体験を語りつなぐというか、保苅さんの言葉でいえば「メンテナンス」することを指すわけ。 じゃあ、白人(カリヤ)がオーストラリアに来て、そこに住むアボリジナル(グンビン)たちにどう接したか、という歴史を、グンビン側から見るとどうなるか。 アボリジナルの歴史観は地理的だから、歴史は西から東へと進むんですな。過去から未来へ向かうのではなく。で、すべては大地から生まれるとされていて、それらは倫理的な法の下に西から東へ進んで行く。 ところが! そこにイングランドから白人(カリヤ)、それもキーン・ルイス(またの名をジャッキー・バンダマラ)っていうヤツがなんと北からやってきた! 西からじゃなくてね。 まあ、北からやって来ても、礼儀正しければいいんですよ。でもジャッキーのヤツ、オーストラリアに住むグンビン(アボリジナル)に「こんにちわ」の挨拶もなく、「こっちに来て一緒に住んでもいいっすか?」と許可を求めるわけでもなく、いきなり土地を所有し、抵抗するアボリジナルを殺し始めた! もう、グンビンからしたら、わけが分からないわけ。なんなの、こいつ? 法(=倫理)をまるでもってないじゃん! で、グンビンからしたら、邪悪なるジャッキーは法をもってない。つまり大地から生まれていないことになる。じゃあ、ジャッキーは何者かとなった時に、どうやら猿(といってもオーストラリアには猿がいないので、要するに想像上の化け物の意)から生まれた化け物らしい、と判断されたわけ。とにかく、その化け物には法がないから、何をしでかすかまったくわからない。 しかもその邪悪なジャッキーは、老いて死ぬとなった時に、その邪悪な考えを「本」に書いて残し、広めたらしいんですな。で、その悪の化身たるジャッキーを継いでオーストラリアにやってきた第二の邪悪なヤツ、それがキャプテン・クックだったと。 キャプテン・クックはジャッキー直系の猿の化け物だから、これまたオーストラリアにやってきて、何の挨拶もなしにアボリジナルを殺し始め、土地を略奪し、しかもアボリジナルの女たちを捕まえて混血児を創り出した。もう、最悪。 ・・・というのが、アボリジナルから見た白人(カリヤ)による略奪史なわけ。 で、アボリジナルたちは、カリヤが勝手にやって来て、勝手に作った牧場で、アボリジナルたちを酷使するようになったんだけど、そこへアメリカからケネディ大統領がやってきた。で、アボリジナルたちの話を聞いて、そりゃひどい。だったら、あんたら、牧場なんかほったらかして、どこかへ行っちゃえばいい。なにかまずいことがあったら、アメリカがあんたらに味方してやると。 そこでその地方のアボリジナルたちは、ストを決行して牧場を出てしまった。そしてこの事件がきっかけとなって、ついにアボリジナルに、もともと彼らがいた土地の領有権みたいなものが認められるようになったと。これが、アボリジナルサイドからみた、オーストラリアの現代史。 さて、問題は、このアボリジナルの歴史観・倫理観をどう判断するか、ですよ。 西洋的な歴史観から言うと、アボリジナルの世界観・倫理観は間違っている、事実と相違している、ということになる。そもそもケネディ大統領はオーストラリアなんて行ってないしね。だから、馬鹿な連中がほざいている、ということになる。取るに足らんと。 だけど、保苅さんは、そういう立場を批判するわけね。いや、アボリジナルの人たちの歴史観・倫理観は、それはそれで正当なものだろうと。彼らもまた、彼らの立場で白人(イギリス人)のオーストラリア略奪の経緯を、見事に分析しているではないかと。 とはいえ、この保苅さんの立場は、なかなか微妙です。 アボリジナルの人たちの歴史観・倫理観を、完全に認めるという立場を取るとなると、あらゆる民族が創り出す勝手な歴史を容認することになるではないかと。たとえば、ホロコーストはなかった、とか、南京虐殺はなかった、といった歴史修正主義を批判できなくなるのではないか。 しかし、保苅さんは、そうではないと言うわけ。アボリジナルの人たちの歴史認識は、事実と完全に相違しているわけではないと。歴史上になかったことをあった、と言い張っているわけではないし、歴史上になかったことをあったと言っているわけではない。イギリスによるオーストラリアの略奪という、実際にあったことについて言っているのであって、これはいわゆる修正主義ではないと。 しかも、アボリジナルの人たちの、イギリス批判はすごく真っ当なところがある。 たとえば邪悪なるイギリス人は、西と東の明確な大地に図示するアボリジナルたちと違って紙の上に文字を書く。だから、そこに書かれたものには方角がない。だって、紙の上に書いた文字は、紙を180度動かすだけで、さっきまで西だったものが東にもなり得るんだから。だから、イギリス人が決めることは、風に舞う紙切れのように、すぐに変わってしまう。20世紀に入ってから、オーストラリア政府が決めるアボリジニに対する政治的方針が猫の目のようにくるくる変わることを、実に的確に批判しているわけ。 でも、「そうね、アボリジナルの人たちの言っていることも一理あるね。今、時代は多様性の時代だから」などと認めるようなことを言いながら、一方で、「でもそれは正統な歴史の記述にはならんよね」と心の底では思っている、そんなアカデミックな立場も、問題あり、と保苅さんは指摘する。 そうじゃなくて、西洋的、アカデミズム的な、正統な歴史と、アボリジナルの人たちの独自の歴史観とを並列に並べて、その間の溝を意識しながらも双方を行き来する、というか、どちらが上とか、どちらが正しいとか、言うのではなくて、二つの異なる歴史の間に懸け橋をかけ、対話し続ける、そういう余地を維持し続けることが重要なのではないかと、言っているわけよ。 だから、相当、難しいこと、アクロバティックなことをやろうとしているんですよ、保苅実という歴史家は。 ただ単にアボリジナルの人たちの歴史観を聞いてそれを記録し、ただ単に「へえ、そういう風に考えるんだ、未開人の発想って奇天烈で面白いね~」で済ますのが「オーラル・ヒストリー」だとするならば、保苅さんはそのオーラル・ヒストリーと、いわゆるアカデミックな歴史との間に足をかけ、そのギャップに股裂きされながらも、双方が対話を続けるよう促している。そうやってアカデミックな歴史観にゆさぶりをかけているわけ。だからこの本は『ラディカル・オーラル・ヒストリー』なんですな。 ただ、未だこの時点での保苅さんは、正統な、西洋的な、アカデミックな歴史と、アボリジナルのような人たちの歴史との間で対話を続けるということが、実際にはどうすることなのか、その結果、どうなるのか、というところまで明確な答えを持ってない感じがする。対話をしなきゃだめだ、というところまでは保苅さんの言っていることは分かるのだけど、その結果、どうなるのか、ということは明らかになってない。多分、保苅さんもこの先、そのことを考え続ける予定だったのではないかと。 でも、保苅さんには時間がなかった。この本を書いた数日後に、がんで他界したからね。 で、亡くなる前、「一枚の花弁を投げ入れた。あとは爆発を待とう」って言い残したんだって。 その意味で、本書『ラディカル・オーラル・ヒストリー』は、西洋的な、正統な、アカデミックな「歴史」というものに向けて保苅さんが投げつけた挑戦状だったんですな。たとえひとひらの花弁のように頼りないものかもしれないけど、それはある意味、爆弾なんです。それがドッカーンと爆発して、それによってその「歴史」の在り方が少しでも変わるかもしれない。そのことを期待すると。 切ないよね・・・。この才能あふれる若き歴史家が、三十代になったばかりで亡くなったとは。もしもっと長生きしていたら、もっと大きな爆弾を作れたかもしれないのに。 とにかく、保苅実さんが残した、ほとんど唯一といっていいこの『ラディカル・オーラル・ヒストリー』という本、必読ですよ。でまた、実際に読んで面白い! 学術書とはとても思えないほど、パノラミックな書き方がされていて、ほとんどサーカスですよ、サーカス。 いやはや。スゴイものを読んでしまいました。これこれ! ↓【3千円以上送料無料】ラディカル・オーラル・ヒストリー オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践/保苅実
August 30, 2026
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昨晩、レイトショーでガイ・リッチー監督の映画『グレイ・ミッション』を観て来ました。以下、ネタバレ注意ということで。 レイチェルという腕利きの女性がおりまして、彼女の仕事は法の目をかいくぐりながら悪いことをして荒稼ぎしている連中に正当な代償を支払わせること。とはいえ、そういう連中は一筋縄ではいかない。借金を踏み倒すようなことを平気でする。 そこでレイチェルは、元イギリス海兵隊のシド(ヘンリー・カヴィル)と、元アメリカ特殊部隊のブロンコ(ジェイク・ギレンホール)を中心に結集した最強チームを率い、悪いヤツらから取り立てを行うやばい仕事(グレイ・ミッション)を引き受ける。 で、今回もサラザールという悪いヤツの本拠地である、とある島に乗り込み、彼に10億ドルの借金を取り立てに行くんですけど、向こうもおいそれと払うようなヤツではない。さて、レイチェル・シド・ブロンコたちはこのグレイ・ミッションに成功するや否や・・・ …というお話。 で、まあ、ミッションそのものの映像はそれなりに迫力があって手に汗握るんですけど、映画の出来としてどうかというと・・・ うーん、可もなく不可もなし、程度かな・・・。 第一、『ミッション・インポッシブル』におけるIMFのように、政府公認の特殊部隊の話ならいざ知らず、レイチェルという民間人の私設部隊の話だからね。民間人のチームが、いかに悪い奴らとはいえ、相手を殺しまくっていいの? それにそもそもどうしてシドやブロンコらが、レイチェルのためにこんな危ない橋を渡るのか、イマイチわからないなど、つっこみどころ満載。それに、ガイ・リッチー監督の過去作『コードネーム・アンクル』や『オペレーション・フォーチュン』の焼き直し的なところもあるしね。 うーん、どうしたんだガイ・リッチー。早くも焼きが回ったのか? 『スナッチ』を撮った頃の、あのキレはどうした? ということで、この映画、私の中ではガイ・リッチー監督への評価を落とすような感じだったのでした。残念!
August 29, 2026
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昨日は道場の日で、久しぶりに道場で汗を流してきたのですが、道場仲間の中に、私が8月初旬に出した『自己啓発本を1000冊読んでわかったこと』という本を読んで下さった方が既に何人もいらっしゃいまして。自己啓発本を1000冊読んでわかったこと [ 尾崎 俊介 ] 嬉しいねえ。大学の同僚なんか一人も読んでくれないけれど、道場仲間は読んでくれるんだよね。ありがたいよね。 ま、それはいいんだけど、そこで口々に言われたのは、「釈迦楽さんの今度の本、最初の章がちょっと難しかったけれど、そこから先はすいすい読めてとても面白かった」という感想でした。 この感想、私には非常に興味深くてですね・・・。 というのは、実は拙著を読んだ我が姉も、まったく同じことを言っていたから。姉も「最初がちょっと難しかったけど、あとはすごく面白かった」という感想を聞かせてくれたのよ。 で、これは私からしたらビックリでありまして。 この本を書いている方としては、「最初は簡単に読めるだろうけど、後半はちょっと難しいかな」と思っていたから。 逆なんだ・・・。 どういうことかと申しますと、この本の最初の方は、歴史のことを書いているのよ。つまり、事実関係を書いている。事実なんだから、読んだ通りに理解するしかないじゃん? で、後半の方は、ニューソート系のぶっとんだ自己啓発思想のことが書いてある。これはかなりクセ強の思想だから、賛同できる人と賛同できない人が真っ二つに分かれるだろう、と思っていたの。だから、前半はスラスラ読めて、後半になって「ん? 著者が変なことを言い出したぞ?」という感じになるだろうと。 そしたら、そうではなかったと。逆だったと。 へえ~。そうなんだ。読者はこう読むだろう、という著者の予想は、必ずしも当たらないんだ・・・。 もう、ビックリよ。 まあ、でも、あのぶっとんだ自己啓発思想が、そんなにスラスラ読んでもらえるなら、そりゃ、その方がこちらとしてはありがたい。そこにこそ、私の強い思いがあるわけだからね。 ということで、自分が書いた本を、人は実際にどう読むのか、ということが分かって、ちょっと面白かったのでした。さて、皆さんはどう思います? ぜひ拙著をお買い上げの上、感想を聞かせてください。これこれ! ↓<全品15倍 ※8/24~27限定 要エントリー>自己啓発本を1000冊読んでわかったこと/尾崎俊介
August 28, 2026
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なんか、地球規模でヤバイことが起こっているんすかね? 今朝、ニュースで北陸の豪雨のニュースを知ったのですが、さらにネパールでも大規模な土石流があったもよう。氷河が解けた、というのだけど、やはり温暖化の影響なのでしょう。被害にあわれた方にはお見舞いを申し上げます。またネパールの土石流も、一人でも多くの方が救出されますよう、お祈りしております。 さて、出版社の方から連絡があり、拙著が『週刊新潮』で取り上げられた、ということだったので、近くの本屋さんまで行って最新号を一部買って来ました。そんなに大きな扱いではないけれど、取り上げてもらえるのはありがたい。 自己啓発本、あるいはその解説書が、書評などに取り上げられることって、ほぼ、ないのよ。それだけに、ほんと、ありがたいですわ。『週刊新潮』さん、ありがとう! これに続いて、他の週刊誌・新聞等でも取り上げてくれるといいんだけど。まあ、あまり期待せず、ノンビリ待つことにしましょうかね。 さて、昨日から保苅実さんの『ラディカル・オーラル・ヒストリー』という本を読んでいるのだけど、これがね、聞きしに勝る名著でね。 正真正銘、すごい学術書なんだけど、その書き方がユニーク。もう、世間話でもしているような感じで書いていて、それがものすごく分かりやすく、しかも内容的には深い。 この書き方。これは勉強になりますわ。っていうか、これを学ばないでどうする?って感じ。アメリカ文学の研究者も、保苅実に学ぶことが沢山ある。 しかし、世間の人は、どのくらい保苅さんのことを知っているのだろうか。早くして亡くなったので、あまり沢山、本はないのだけど。 この本も、『ラディカル・オーラル・ヒストリー』というと、しかも岩波現代文庫だと、手に取る人が限られちゃうんじゃないかな? もっと親しみやすいタイトルにするというアイディアはなかったのだろうか。 まあ、しかし、この本を読むべき人は、もう読んでいるのかもね。私が遅かっただけで。 とにかく、この本が面白くて仕方がない。最後まで読んだら、また感想を書こうかな。これこれ! ↓ラディカル・オーラル・ヒストリー オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践 (岩波現代文庫 学術380) [ 保苅 実 ]
August 27, 2026
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私にとってはショッキングな訃報が入ってきました。エッセイストの玉村豊男さんが亡くなられたとのこと。享年80。がんだったそうです。 私はどういうわけか、玉村さんの書くエッセイが好きで。家をリノベーションし、家じゅうに散らばっていた本を全部書斎に集めたんですが、その際、あちこちから玉村さんのエッセイ本が出てきて、「え、俺、こんなに玉村さんの本持ってたの?」と、我ながら驚いたくらい。 何で私は、玉村さんのエッセイが好きか、というと、彼が絵を描く人だから。 たとえば岡本太郎とか、池田満寿夫とか、あるいはヘンリー・ミラーとかもそうなんだけど、絵を描く人のエッセイって、大概、いいものが多い。それはやっぱり、画家ならではの視点ということもあるだろうし、眼力ということもあるかも知れないんだけど、一般論としてそうなのよ。 で、玉村さんも絵を描く人だからね。彼のお父さんは超有名な画家だったしね。 そんなことから玉村さんのエッセイを読み始めたら、やっぱり面白くて、次々に読むものだから、家の中に彼の本がたまって行ったんですな。 しかも、彼は後半生に入って軽井沢の方でワイナリーを作ったでしょ。そこもまた、私にはたまらない魅力に映ったんですよね。 というのは、私自身、軽井沢とか八ヶ岳とか、そういう山の避暑地に対するあこがれがあって、そういうところに別荘でも買って引きこもりたいという願望があるから。その自分自身の願望を、玉村さんはワイナリーの経営という形で実現しちゃったんだから、私としては玉村さんに対して「先輩!」っていう感じになってくるわけよ。 さらにさらに、玉村さんは芦ノ湖のほとりにご自身の絵を展示するギャラリー兼カフェを作られて。私も箱根は大好きなドライブ先なので、このカフェ・ギャラリーには何度も足を運んだものですわ。そこで、それこそエッセイを買ったり、画集を買ったりね。 そういうことも含め、私は「玉村豊男ワールド」に、すごく惹かれるものがあるのよ。だから、そのワールドの主である玉村さんには、一読者としてとっても親しみがある。その玉村さんが亡くなられたと聞いて、すごいショック・・・。 でも、考えて見ればいい生涯だったんじゃないかな。学生時代にフランスに留学したことをきっかけに、そこでの経験を元に書いた『パリ 旅の雑学ノート』シリーズが売れてエッセイストとなり、そこからは外国や外国文化についての本を書いたり、絵を描いたり、田舎に引っ越してワイナリーを作ったり、それらすべての経験を活かしてまた本を書いたり、ということを繰り返して生きて来られたわけで、もう、ライターとして最高の生涯。80歳で亡くなるというのは、今日的な基準からすると少し早いけど、早世というほどではないからね。好きなことだけをして、嫌いなことはしないで、80年間、人生をたっぷり楽しんだんだものね。素晴らしい人生だ。 この先、玉村さんの新作エッセイはもう読めないけど、まだまだ読んでいないエッセイがあるはずだし、一度読んだものを読み返すのも楽しい。そんな楽しみを私にくれた玉村さんのご冥福をお祈りしたいと思います。合掌。【中古】 アルマジロ私想録 / 玉村 豊男 / 新潮社 [単行本]【ネコポス発送】晴耕雨読ときどきワイン (中公文庫) [ 玉村豊男 ]【中古】 パリのカフェをつくった人々 中公文庫/玉村豊男(著者)【中古】 種まく人 ヴィラデスト物語 新潮文庫/玉村豊男(著者)絵を描く日常 [ 玉村豊男 ]
August 25, 2026
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飯島浩樹という人の書いた『アボリジナル・メッセージ』という本を読んだので、ちょっと心覚えを。これこれ ↓アボリジナル・メッセージ [ 飯島浩樹 ] と言っても、別に書くこたぁないんだ。 とりあえずオーストラリアのアボリジナル・ピープルとその思想について調べたいと思っているので、その系統のタイトルのついた本を片っ端から注文し、その結果、この本も手に入ったわけなんだけど、読んでみたらワタクシに必要な情報は一つもなかった。 飯島さんという方は、オーストラリアに縁のあるジャーナリストで、向こうへの滞在期間も長く、時折、アボリジナルにインタビューなんかもしていらっしゃるようだけど、元々研究者じゃないし、学問的に価値のある本を書ける人ではなかったのね。ただなんとなく、アボリジナルってこんな感じ、というアバウトなことを書き、アボリジナルの人からちょっと小耳にはさんだ彼らの伝統的思考法を紹介する、という程度のものでした。 この本、それでも1600円+税なんだけど、同じ本といい、値段が付けられるとはいえ、価値のあるものとそうでないものの差というのは大きいな! でもいいの。こういう本があってもいい。これを面白いと思う人だっているんだからね。それに、こういうのも含めて、数を読むことで、アボリジナルに対する概念というのはすこしずつ蓄積されていくのだから、私にとってすら、まったく意味がないわけじゃない。 しかし、立て続けに二冊、アボリジナル関連本を読んだので、助走はここまでで終わり。そろそろ本格的なヤツを読もうかな。 本格的なヤツというのは、保苅実の『ラディカル・オーラル・ヒストリー』。これは1750円+税で、今日読んだ『アボリジナル・メッセージ』とほぼ同じ値段だけど、価値は全然違う。保苅実はすごいよ。 というわけで、この先、若くして亡くなった俊英・保苅実の傑作を楽しみながら読んで行こうと思っております。これこれ! ↓ラディカル・オーラル・ヒストリー オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践 (岩波現代文庫 学術380) [ 保苅 実 ]
August 25, 2026
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上橋菜穂子さんが書かれた『隣のアボリジニ』っつー本を読了しましたので、ちょいと心覚えをつけておきましょう。 いったい何ゆえにこの本を読んだかと申しますと、アボリジニの人たちの間にあるという「ドリームタイム」という自己啓発思想のことを調べたかったものだから、その前調査として、そもそもアボリジニってどんな感じかな?という基礎知識を頭にいれておきたかったから。 で、この本なんですけど、これ読んだら、オーストラリアのアボリジニ政策も、けっこうえぐいなと。 アメリカの場合、人種差別といえばまず黒人問題になっちゃうんだけど、それと並行して(並行して、って表現も変だけど)ネイティブ・アメリカン問題がある。要するにインディアン問題。もともと北アメリカ大陸に住んでいた彼らを、後から来た白人たちが蹂躙して追い払っちゃったというね。だからオーストラリアのアボリジニ問題は、アメリカで言えばネイティブ・アメリカン問題に相当するわけよ。 でまあ、問題の本質としては近いんだけど、ちょっと違うのは、ネイティブ・アメリカンと違って、アボリジニは性格が穏やかというところ。武器を持って侵略者の白人を襲うとか、そういうことがないのよ。むしろ、牧童としてこき使われたりしちゃう。ほとんど無給で。そういう意味では、アメリカの黒人奴隷問題と似ているところもあるんですな。 自分で書いていてなるほどと思ったんだけど、そうなのよ、オーストラリアのアボリジニ問題は、アメリカの黒人奴隷問題とネイティブ・アメリカン問題を足して二で割ったところがあるんですな。 で、かつてアメリカが黒人市民を二等市民としていいように扱ったように、オーストラリアにおいて白人たちはアボリジニを二等市民として扱ったのよ。で、このことがその後の問題を大きくすることになると。 たとえばアメリカのインディアンのある種の部族のように、あまりにも誇り高くて、自分たちの文化に固執し、白人がその気なら、彼らと対決、場合によっちゃあ玉砕もやむなし、という感じではなく、白人文化の中に、ある程度は組み込まれてしまうわけね、アボリジニの場合は。 だから対決も中途半端なまま、だらだらと白人文化に順応させられてしまうと。 その結果、アボリジニは自分たちの文化を失うんですわ。 しかも近年になって白人側がかつての自分たちのふるまいを反省し、アボリジニ優遇政策を始めるんだけど、それは端的に言えば、補助金を彼らに与える、という形をとる。そうなると、アボリジニはその補助金をもらうや、すぐに酒やドラッグに変え、暴力事件や何かを引き起こす。他にやることがないからね。 で、アボリジニたちは白人の住む町のすぐそばに住んでいるから、白人たちはそうした自堕落なアボリジニの生活ぶりを見ちゃうわけ。すると、当然、白人側にも不満が出る。あいつら、俺たちの税金で食ってくるくせに、なんだよ、と。 これが、「隣のアボリジニ」の、現状なわけね。それを、上橋さんは、文化人類学者として観察し、記録したんです。 まあ、上橋さんが関わったのは、オーストラリア西部の、ごく一部のアボリジニの話で、もちろんオーストラリア奥地には、これとはまた別種のアボリジニがいたりするんだけど、とにかく、これが現状のオーストラリアにおけるアボリジニ問題の一端に触れていることは確か。そして、その解決法がおいそれとは見つからないだろうな、ということもよく分かる。 たとえば、アボリジニたちは自分たちの文化を失ったとはいえ、生きていくために、親戚間の連帯は強い。特に冠婚葬祭は重要なイベントなのよ。で、そういうアボリジニが、白人的な意味でのオフィスワーカーになったとしても、重要な会議を前にして「自分の祖父の親父さんの前の奥さんのいとこの子が死んだので、今週は一週間、葬儀で休みます」みたいな話になって、会社を休んじゃったりするとなると、もう、勤め人としては失格でしょ。 だから、アボリジニは、白人社会の中ではやっぱり暮らせないわけ。じゃ、どうすればいいの?っていう。まあ、この問題の闇は深いね。 とまあ、そんな現状がよく分かる本ではありました。 ドリームタイムの話は一つも出て来なかったけど、まあ、アボリジニ問題が深い闇だ、というのが分かったんだから、勉強にはなりました。 それにしても、人種問題とか文化間の争いには、これという解決のめどがないな。悲しいけど、それが現実だね。これこれ! ↓隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民 (ちくま文庫) [ 上橋菜穂子 ]
August 24, 2026
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とある必要があって、とある絵本をね、翻訳してみたのよ。私が。 で、絵本なんて32ページくらいなものだから、訳そうと思えばすぐに訳せるわなあ・・・。 で、とりあえずちゃちゃっと訳して、その訳したものを数人の人に見せたのだけど・・・。 非常に驚いたことに、すごく評判が悪かったの。訳文がなってないと。 え¨ーーーーーー! マジですか・・・。 だってさ、わし、素人ちゃうで。プロやで。プロの文章書きやで。何度も言うけど、日本エッセイスト・クラブ賞とっとるんやで。その点では、岸恵子と同じやで。 そういう文章のプロがひねり出した訳文が、まるでなってないと・・・。 もうね、ビックリよ。 つまりね、絵本のような世界において、通常の文、つまり大人が読むような文を書いても、そぐわないのね。子どもの世界にすんなり入っていけるような、まあ、詩的な文? そういうものが要求されていたわけよ。 確かに、絵本の訳者って、詩人とかが多いもんなあ。谷川俊太郎とか、そういう連中が訳したりするわけであって。 なるほど! 絵本なんてすぐに訳せると思ったのが大間違いであったか・・・。 いやはや。ビックリですわ。日本語って難しいね。 でも、それが分かっただけでも、絵本を訳した甲斐があったというもの。訳さなかったら、そのことが分からなかったんだからね。 日々是勉強ですな。
August 23, 2026
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とある必要があって、ショーン川上の『英語力の核心』という本を読んだのだけど、この本、めちゃくちゃいいよ。英語教則本として、レベルが高い!これこれ! ↓英語力の核心 [ ショーン 川上 ] まず言っておかなければならないのは、この本は英語初心者向けではない、ということ。中級者向け、いや、上級者向けかな。英語は相当、自在にしゃべれる、というレベルの人向け。 ん? 英語が既にしゃべれるのに、なぜこの本が必要なの? それはなぜかと言いますと、英語がしゃべれる(talk)ということと、英語が通じる(speak)ということは別だから。 英語が相当しゃべれる人でも、いざ、ビジネスの場でそれを使おうとしても、全然相手に通じないということがある。それは、日本人の発想で、まず状況の説明をし、そういう説明をすれば、こちらの立場は大体わかるでしょ?という前提でしゃべってしまうから。「高コンテクスト文化」に属する日本では通用しても、言葉でハッキリ言わなければ何も通じない世界、すなわち「低コンテクスト文化」に属する国際ビジネスの世界では、こういう日本人発想の英語はまったく通じないのね。 だから、重要なのは、「結論→理由→具体例→結論の確認」という英語のスピーチの原則に則ってしゃべること。もちろん、それ以前の問題として、伝えるべき内容、すなわちコンテンツをしっかり保持していることも大事なんだけどね。 では、実際問題として、どういう風に練習したら、こういう「通じる英語」がしゃべれるようになるのか。その点についても、この本はしっかり、具体的に解説しております。 特に第7章で、AIやデジタルツールを使った英語独習法なんか、ものすごく有用よ。 そして、この本がいいなと思うことの一つが、非母国語として英語を学ぶことのメリットを、ショーンKがちゃんと解説してくれているところ。 英語を外国語としてしゃべるとなると、当然、母国語話者と比べて語彙力で負ける。しかし、その分、シンプルな語彙とシンプルな文法、そして短文中心の発話になるからこそ、誤解の少ない発言ができると。で、ビジネスの世界で重要なのは、相互に誤解がないようにすることなのだから、むしろ外国語として発話するたどたどしい英語こそ、ビジネス英語としては、ネイティブの英語より優れているのだと。 おお、ショーンKよ、よくぞ言ってくれた!って感じじゃない? 大体、ワタクシはもとから、ショーンKの大ファンなんだよね。この本を読んで、やっぱりショーンKの実力にあらためて感心してしまった。彼は、只者ではないな。 ということで、ワタクシもこの本を読んで、もっと英語の勉強がしたい!と思っちゃった。『英語力の核心』、教授の熱烈おすすめ!です。これこれ! ↓英語力の核心[音声DL付]~「なぜ伝わらないのか?」を根本から解決する~ 単行本 / ショーン川上 (著)
August 22, 2026
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研究室のエアコンが壊れまして・・・。 っていうか、エアコン本体が壊れたんじゃなくて、リモコンが壊れたのね。床に落としたら、息絶えたようで・・・。 で、エアコンがつきっぱなしでオフにすることができなくなっちゃった。仕方なく、天井にあるコンセントを苦労して引っこ抜いて、どうにか消すことはできましたが。 だけど、このままでは都合が悪い。 で、同僚に相談したら、エアコンのリモコンなんて、汎用品があるはずだから、それを買えばいいんだよと。 実際、アマゾンで探したら、あっさり見つかりました。私が使っているエアコンのリモコンというよりは、そのエアコンに対応する、サードパーティー製の汎用品。980円くらいで、ごく安いもの。 で、それを買ってみて、実際に研究室のエアコンに向けてスイッチを押してみたら、何の問題もなく使えました。良かった~! ま、それはいいんだけど。 気になったのは、アマゾンでそれを買った時のこと。もうね、レビューの数が千の位まで行ってたのよ。 ン? ということは、1000人以上の人が、そのエアコンのリモコンを壊してしまって、アマゾンで汎用品を買って、救われた、ってこと? エアコンのリモコンって、そんな頻度で壊れるものなのか?? っていうか、ひょっとして、エアコンのリモコンとは、ひょっとしてランニングコストなの? プリンターにおけるインク、アナログカメラにおけるフィルム、ライターにおけるガス(or オイル)みたいな? 世の中には、分からないことがいっぱいあるね。
August 21, 2026
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今朝、朝食を食べている時、義兄、すなわち私の姉の配偶者から面白い話を聞きまして。 義兄は生物学者なのですが、最近、同僚の研究者から「朝、寝起きですぐに歯を磨くといいよ!」と教えられたと。 生物学的見地からしますと、睡眠から目覚めた人間の口の中にはとんでもない数の菌が発生しているんですと。で、その中には人間に対して悪さをするものもある。 だから、寝起きでまず何はともあれ、この菌を一掃することが重要であると。 歯磨きと言っても、べつに歯磨き剤を使わなくてもいいんですって。とにかく、ブラッシングして、何度か口を漱ぐ。それだけで、効果は絶大なんだとか。 で、義兄もそう言われて、このところ、朝歯磨きを実践しているのだけれども、そうしたら以前と比べて大分体調がいいと。その効果は、確かに驚くほどのものだったんですって。 なるほど、朝食の後に歯を磨くのではなく(もちろん、そうしてもいいけど)、その前に、起きた途端にとりあえず歯を磨けばいいのか! 私もそこそこ健康オタクなので、そうと聞いたら実践あるのみ。明日からは寝起き一発目にシャカシャカと歯を磨くことにします。 さて、今日は午前中に父母の墓参りをしてきました。お盆の時に忙しくて行けなかったもので。昨日、ラジオ番組に出たよ、なんて自慢話もしてきました。 そして、その後、夕食をご馳走になってから、名古屋の自宅に戻ることにします。 ということで、明日からはまた名古屋からのお気楽日記。どうぞお楽しみに!
August 20, 2026
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はーい、今日の午前中、浜松町の文化放送に行き、ラジオの生放送に出演してきました~! 出演したのは、武田砂鉄さんの番組「ラジオマガジン」だったのですが、25分のトーク番組で、基本、武田さんと私の二人でトークするという内容。 で、私は武田砂鉄さんのことは、御著書でしか知らなかったのですが、実際にお会いしてみて、びっくりしたことが二つ。 まず、彼は背が高い! 182センチくらいあるんじゃないだろうか。 あとね、声が、抜群に、いい。 低音で、滑らかで、まさにラジオにうってつけの魅惑のヴォイス。すごいわ。彼がラジオ番組を幾つも抱えているのも無理ないわ。 生放送なので、私自身は、まだ自分が出た放送を聴いてないのだけど、しゃべっていると25分何てあっという間だからね。え、もう終わったの?って感じでした。 まあね。でも、初めて生放送の番組に出たのは、いい人生経験でした。面白かった! 本当は、もうちょっと、武田砂鉄さんと色々話がしたかったけど、まあ、いつかそういう機会もあるでしょう。 ちなみに、この番組の、明日のゲストはラッパーのダース・レイダーさんらしいんだけど、私はダースさんとは顔見知りなの。前に一度、一緒にトークショーやったから。 どうせだったら、またいつか、ダースさんともつるんで仕事が出来たらいいな。
August 19, 2026
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さて、私は明日、文化放送の「武田砂鉄のラジオマガジン」という番組に生出演する予定。私の出番は10時からだそうです。 一昨年はNHKラジオ、昨年はTBSラジオの番組に出ましたが、どちらも収録でした。なので、生出演というのは初めての経験。 ということで、砂鉄さんと何を話せばいいのか。色々、想定問答をしているところ。最近出した自著も、改めて読み直したりして。そりゃ、そうですよね。砂鉄さんから、自著のことを聞かれて、しどろもどろだったらみっともない! さて、明日は早くから浜松町にある文化放送のスタジオ入りなので、今日は早めに寝なくては。 では、文化放送に、いい意味での爪痕を残せるよう、頑張ります! 暇な人は、聴いてね!!これこれ! ↓武田砂鉄 ラジオマガジン
August 18, 2026
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浅井晶子さんが書かれた『ポルトガル限界集落日記』という本を読んだのですが、これが最近のめっけもので。非常に面白い本でした。これこれ! ↓ポルトガル限界集落日記 [ 浅井 晶子 ] 浅井さんというのは、主としてドイツ文学の翻訳家で、ご主人もドイツ人。で、ベルリンに長く暮らしておられたのですが、ある事情で10年くらい前にポルトガルの田舎に別荘を買うことになり、その後、コロナ禍の頃のドイツ社会の混乱に嫌気がさしたこともあって、いっそベルリンのアパートを引き払って、こっちに移住しちゃおうか、ということになったと。 で、二人が移り住んだのが、ポルトガルの山奥の限界集落。かつては200人くらい居た村も、今や常住している人がたった10人しかいないという。 で、そこに引っ越して、ポルトガルの小村の暮らしが始まったわけですが、実際に暮らしてみると、ヨーロッパ北部のドイツと、ヨーロッパ南部のポルトガルでは、生活のリズムから何から、まったく異なるものだったんですな。 もちろん、どちらにもいいところ、悪いところがあるのですが、ポルトガルの小村の暮らし、そしてそこでの人々との交流は、なかなか面白いものだった。 ポルトガルというと、ヨーロッパの中では、失礼ながら、後進国というか、最貧国的なイメージがある。たしかに収入とか、そういう点を比べれば、ドイツとかイギリスとかフランスにはとてもかなわない。しかし、何しろ各家が広大な土地を持ち、そこにオリーブやブドウやオレンジや、その他ありとあらゆる畑の作物があり、様々な家畜がいて、ほとんど自給自足できる。そういうところで、少なくなってしまったとはいえ、土地の人々は、力強く生きているわけよ。 で、ドイツ人・日本人カップルという「よそ者」とはいえ、そういう地元の人々の仲間としてある程度受け入れられていくに従って、段々、そういう暮らしが楽しく、豊かなものに見えてくる。 そういう、実地の異文化体験を面白く語ったのが、この本ということになります。 しかも、著者が文学の翻訳家だからということもあるのでしょうが、ドイツとポルトガル、あるいは、ポルトガルとそのほかのヨーロッパ各国の文化的違いを見抜き、それを文章として表現するのが上手い! ほのぼのとしたポルトガルの小村での暮らしを綴りながら、そこにディープな社会批判とかもちゃんとある。人間というものに対する深い洞察も、とっても深い。 そういうのを読んでいると、ポルトガルって、いいところだなあ、という気がしてきます。火宅の人、檀一雄がポルトガルに長く滞在していたのも、分かる気がするなあ。 この本を読んだのは、最近、ポルトガルという国に興味がわいてきたからなんだけど、この本を読んでますます、この国に行ってみたいという気がしてきました。 とりあえず、ポルトガル語を少しでもかじって、挨拶くらいできるようにして、いつか自分でも行ってみようかな!
August 17, 2026
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昨日・今日と、少し原稿書きをしていました。 この原稿、実は今年の5月に8割がた書き上げていたものなのですが、その後、色々忙しくなってきて、しばらく中断していたの。 でね、この「中断原稿」ってのには、二種類あるのよ。 ある程度書き上げて、その後、しばらくの間放置していた中断原稿。これを、中断の後に執筆再開しようとするじゃない? その時、しばらくぶりに読み返してみて、「あー、ダメだこりゃ」って思う時と、「むむ? この原稿、案外、様になってるんじゃね?」って思う時がある。 最初に書いている時は、相応の熱量があるので、ばーっと書いちゃうんだけど、一度、中断し、その熱が冷めた状態でもう一度読み直すと、その原稿が本来持っていたポテンシャルが露わになるのよ。 で、今回の書きかけ原稿は、後者だったの! ウフ! ラッキー! ということで、今回、「行けるんじゃね?」だったことで、モチベーションは爆上がり。かくして昨日・今日と元の原稿を読み直して、随所に手直しを入れたり、書き足りないところを補ったり、さらにはまだ書いてなかった分を書き足したりしていたんですけど、現在のところ、極めて順調。非常に面白い原稿になりつつあります。 ただ・・・。 今回の原稿は、その前に出す本の成否に依存するところがあるんですよね。だから、前に出す本がぽしゃっちゃうと、この原稿も出版する価値が無くなっちゃうの。 だから、この本の一つ前に出す本には、何としても成功してもらわねば・・・。 逆に、それが成功すれば、今書いている本も売れるはず。 というわけで、色々、成り行き頼みのところがあるわけですが、まあ、それも運命なんでね。どちらも上手く行くことを祈るしかないな。
August 15, 2026
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アガサ・クリスティーの有名なミステリー、『そして誰もいなくなった』を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 アメリカ文学、ないし英米文学の研究者で、本作を読んだことがない、ということ自体、どうかしてるぜ!状態なのですが、ワタクシの場合、読書傾向に著しいアンバランスがありまして、今日に至るまで、この本を読んだことがなかったんですわ。 で、読んでみた。 まあ、あまりにも有名な作品ですから、読んだことのある人は多いでしょうが、ワタクシ同様、読んだことがないという人もいるでしょうから、以下、ネタバレ注意ということで。 オーウェン夫妻という謎の人物からの招待により、イギリスのとある孤島に8人の人物が集められるんですな。ところが、肝心の招待主であるオーウェン夫妻は不在。召使が2人、客の面倒を見ることになるのですが、初日の夜、なぜ彼らがこの島に集められたかが、仕込まれたレコードによって明らかにされる。 それによると、召使も含めてこの島にいる10人が10人、何らかの形で人を殺めた人物らしいと。それも、法の裁きをまぬかれたものばかり。で、この島で彼ら全員が、相応に裁かれるのだと。 そして実際、一人、また一人と、客の誰かが殺されていく。その殺害の進行に従って、客同士、互いに疑心暗鬼となり、パニックに陥っていく。 そして結局、この島に招かれた10人全員が、正義の裁きを受けることになるのですが、では一体誰が彼らを殺害したのか? というお話。 なるほど、タイトルだけは良く知っていた、『そして誰もいなくなった』というのは、こういう話だったのね~! まあ、サスペンスはあるし、面白かったです。そりゃ、面白いからこそ、その名声を今に伝えている作品なわけで。でも、想像していた以上に、軽みのある話でしたね。なにせ10人の人が死ぬのだから、もっと深刻な、重々しい話なのかと思っていた。これなら、確かに、読者の誰もが探偵となって、誰が怪しいかを推理したくなるというもの。これこれ! ↓そして誰もいなくなった And Then There Were None [ アガサ・クリスティ ] アガサ・クリスティーって、こういう感じか・・・。 実はこれまた有名な『オリエント急行』も読んだことがないワタクシ。そのうちにまた、折が会ったら読んで見ようかな。
August 14, 2026
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今日は小学校時代からの親友Tと会って話をしてきました~! 最近は、相模大野とか町田で会って、飯を食いながら、というパターンが多かったのですが、今日は趣向を変えまして、Tに新百合ヶ丘まで出てきてもらい、そこから私のクルマで、彼の家のある小田急相模原へ向かってドライブしつつ、途中でどこか店を見つけて昼飯を食う、という算段。 で、最初はどこかファミレスで、と思ったのですが、道すがらにファミレスがあまりなかったので、結局、コメダに立ち寄って、そこでハンバーガーとコーヒーを楽しみつつ、2時間くらい駄弁った次第。 50年以上の付き合いなので、なにか特別なことを話すというよりも、互いの近況や、最近読んだ本のことなんかをだらだらとしゃべって感じ。 で、コメダでしゃべった時も面白かったのですが、それ以上に、クルマでドライブしながら話すというのがとても良かった。 いやあ、クルマに乗って友達と話をするってのは、やっぱ、いいよね! 最近、あまりそういうことがなかったので、余計そう思っちゃった。 若い頃なんて、クルマを持っていること自体が誇りじゃないけど、そんな感じで、お互いの自慢のクルマに乗って、あてもなくドライブする、なんてことがあったじゃない、昭和の時代には。それでお気に入りの曲を自分なりに編集したカセットとか聴いたりして。そういうのを思い出しましたよ。 Tも私も、段々、引退の時が近づいてきて、また学生時代に戻りつつある、ということなのかもね。 というわけで、今日はなかなかいい感じで旧友との邂逅を楽しむことができたのでした。今日も、いいい日だ!
August 13, 2026
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今日は家内が、家内の大学時代の親友と町田で会うというので、私も付き合ってきました。 でも、ただ会食するだけでは面白くない。なにせ我が家は今、古着ブームですからね。 っつーことで、町田にある古着の名店、JAM Clothing さんに初見参! 町田もね、私は子供の頃から親しんだ町ではありますが、昔と今では大違い。昔あったものがなくなり、昔なかったものが色々ある。で、JAM Clothing もその一つ。 で、ざっと見て回ったんですけど、家内が可愛いアロハシャツを発見。でも、ちょっと値段が高すぎた。 このお店は、もちろん、高品質の由緒正しき古着が沢山あるのですが、その分、プライス・レンジも高めで、お手頃のものは少ないので、我々のねらい目とはちょっと違うかなと。 で、このお店で目の保養だけした後、さらに周辺にある数軒の古着屋を回って、ショッピングの楽しみを堪能した次第。家内はアクセサリー(ブレスレット)とFILAのパーカーを、私はちょっと古めのJ Crew の長袖シャツをゲットして大満足。 そして、これは昔から変わらぬ老舗喫茶店「カフェ・グレ」で一服した後、家内の親友とエスニック(ネパール料理)を食べに、町田駅の北側にあるお店へ。 その家内の親友は、私もよく知っている人なんですが、実際に会うのは十年ぶりくらいかな? で、エスニック料理をつつき、お酒も飲みながら、久闊を叙した次第。 というわけで、今日は午後から大分遊んでしまいましたが、まあ、ずっと仕事ばかりしていたんですから、実家にいる時くらい遊ばないとね。 ま、実は明日も遊ぶ予定なんですけど。
August 12, 2026
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昨日の夜、実家に戻りまして、今日は実家で過ごす一日目。 とはいえ、今日は特にすることもなかったので、姉とおしゃべりしたり、ノンビリ過ごした次第。 あと、これは前から姉に頼まれていたんですけど、包丁の切れ味が落ちたということで、今日は姉の愛用の包丁を2本、砥ぎました。 このブログでも何回か書きましたが、私は包丁砥ぎの特技があるのよ。 包丁が砥げる男になりたいというのが、幼い頃からのワタクシの願望でありまして。ある時、実家にあった砥石を使って、YouTube 動画を見よう見まねで砥いでみたら、案外、上手に砥げたんですわ。 以来、包丁砥ぎが趣味のような感じになって、家内の包丁を砥ぐようになり、それを何度も繰り返すうちに、腕前も上がってきた。 っつーことで、今日も立ちどころに姉の包丁を2本、砥ぎ上げたというわけ。 で、あとで夕飯の支度の時に、ワタクシが砥いだその包丁を姉が使ったのですが、まあ切れ味がいいということで、感心されてしまった。 包丁ってのは、片面を砥いで、最後に反対側の面をすーっと砥石の上を滑らせるようにして返しを取るのがコツなんですけど、そうして砥ぎ上げた包丁の刃を指で触ると、独特の触り心地がありましてね。それで上手に砥げたかどうかが分かる。最近は、もう、一発でその域に持っていきますからね。 それに、短い時間ですけど、包丁を砥いでいると、本当に心が休まるのよ~。 ということで、今日は包丁も砥げたし、姉にも喜ばれたし、暇な一日にしては上出来だったのでした。
August 11, 2026
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今日、私はお盆休みで帰省しようと思っておりまして。 で、その準備を昨日からしているのですが、ここでノートパソコンに異常発生。 実家でパソコンが使えないとやばいので、一応、作動確認をしたところ、ワードが使えない状態であることが判明。オフィス365を使っているのですが、「権限がない」みたいな表示が出てしまう。 前にも一回、こういうことがあったんだよなあ・・・。その時は、大学のICTセンターに持ち込んで解決してもらったんだけど、こういう肝心な時にこういうことが起こると、ホント、げんなりする。 そもそもこのノートパソコン、富士通のなんだけど、買った時からトラブル続きで、そもそもバッテリーが壊れていて充電ができなかった。それで新品の時からバッテリーを交換せざるを得なかったんだけど、その後もトラブル続きで。 で、どうしようかと思ったのですが、今は大学自体がお盆休みで、ICTセンターに寄って直してもらうこともできない。 それで、このノートパソコンを買う前に使っていたマイクロソフトのサーフィスを引っ張り出してきて、電源を入れてみたら、こちらはまだ使えることが判明。 ただ、このサーフィスは画面がちょっと小さいんだよね・・・。老眼には辛い。だから14型画面の富士通のノートパソコンを買ったのに・・・。 だけど、最新型のノートパソコンが使えなくなって、旧式のノートパソコンに頼る、というこのシチュエーションが、なんだか映画『アポロ13』みたいな感じで、ちょっと面白いといえば面白い。 旧式とはいえ、とりあえずの役に立ってくれるマイクロソフト・サーフィス。なんだかお前が頼もしくなってきたぜ! ということで、今日ワタクシは、この旧型サーフィスを抱えて、実家に戻ろうと思います。明日からはまた東京からのお気楽日記、どうぞお楽しみに!
August 10, 2026
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先日、寿美花代さんが亡くなられたなあと思っていたら、今日は小川真由美さんの訃報が。 寿美さんといえば、高島忠夫さんと一緒に司会をされていた『ごちそうさま』という番組が懐かしい。 というのは、当時、我が家の食卓のメニューがマンネリ化しているのではないかという意見が姉や私から出されたもので、母が改善に乗り出し、その時、我が家の食卓改善の参考書となったのが、『ごちそうさま』の本だったのよ。 『ごちそうさま』は、毎回、芸能人をゲストに招き、そのゲストの得意料理をその場で作る、というのが売りでありまして、そのメニューを本にしたものが出ていたのね。我が家ではそれを買った、というわけ。 で、実際、この本の影響は絶大で、我が家の食事メニューは大幅にグレードアップされたのでした。その本、まだ実家にあるもんね。 だから、高島忠夫・寿美花代という芸能界きってのおしどり夫婦と我が家は、実は深い絆があったのよね~。 そして、小川真由美さん。 もう覚えている人も少ないかもしれないけど、昔、『アイフル大作戦』というテレビドラマがありましてね。たしか、『キイハンター』の後番組だったと思いますが。 で、『キイハンター』がシリアス&お色気系だったのに対し、『アイフル大作戦』はコミカル&お色気系、だったんですな。で、その番組を締める探偵学校のトップを演じたのが小川真由美さんだった。 ま、確かに子供が見るには、ちょっと色っぽ過ぎたかな・・・。でも、そういう情の深そうな女性を、いたいけな少年だったワタクシは小川さんを通じて知ったのであります。 寿美さんも小川さんも、昭和を彩るスター女優さんたちでしたが、そういう方々が亡くなると、ほんと、昭和が遠くなりますなあ・・・。 というわけで、お二人のご冥福をお祈りしたいと思います。合掌。
August 9, 2026
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ハルノ宵子さんが書かれた『隆明だもの』を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。これこれ! ↓隆明だもの [ ハルノ宵子 ] この本、高橋源一郎さんの『ぼくたちはどう老いるか』の中で言及されていたので、ちょっと興味を持って買ってあったんです。ここで「隆明」と言っているのは、もちろん吉本隆明のことね。 で、実際に読んでみたのですが・・・ まあ、面白くなくはない・・・んですが、期待したほどではなかったかな。 私は、著名な文人の身内(特に女性)が書いたその人の伝記的思い出本が好きで、この本にも期待していたわけよ。この本にも、生前の吉本隆明、それも信奉者ではなく身内が見た実像が描かれているのだろうなと。 で、実際、そういう部分がなくもない。でもね、少なすぎる。 その代わり、隆明の奥さん、すなわちハルノ宵子さんのお母様の話が出てくるのですが、この人が相当、扱いの大変な人だったらしい。 となると、どんな女傑だったのかと思うじゃない? でも、「恐ろしい人だった」とは何度も書いてあるのだけど、どう恐ろしいのかがあまり書いてない。 吉本隆明がかつて、自分の家族について(奥さんについて?)何かエッセイのようなものを書いて公開したところ、この奥さんが激怒して、一家離散になりかけた、みたいなことが書いてあるのだけど、じゃあ、その件の文章というのがどこに発表された(収録された)なんというエッセイで、その中にはどういうことが書いてあって、それに対して奥さんがどう怒ったのか、というところは書いてない。 つまり、ほのめかすだけで、肝心なところが書いてないのよ、この本には。 この一件だけでなく、この本の中にはそういうところが沢山ある。具体的なことが書いてないので、どういうことなのかが今一つ分からない。吉本さんと共産党の関係とか、吉本さんとオウム真理教の関係とか、チラッとほのめかされるのだけど、どういうことなのかよくわからない。 で、この本の後半に、ハルノ宵子さんと妹の吉本ばななさんの対談が載っているのだけど、この対談もあまり具体的なことが書いてないから、今一つ、盛り上がらないのよ。 しかも、この対談の前後に、吉本ばななさんが、ハルノ宵子さんを批判するような文章を書いて、それが斯界をざわつかせた、みたいなことがチラッと書いてあるのだけど、その実態もよくわからない。 だからね、この本を読んでも、吉本隆明のことがよりよく分かるようになるというより、むしろ吉本一家のメンバー同士の関係性に謎が生じるばかりなのよね。 一言で言って、隔靴掻痒。痒い所に触れて、余計痒くしておいて、しかも掻かせないという。最後の章で、菅原則生なる人物が聞き手となって、ハルノ宵子さんにインタビューしている章も、まったくよく分からなかった。 ということで、ワタクシ的には、今一つの本でしたね。教授のおすすめ!は、なーしーよ。 あ、あと、ハルノ宵子さんと吉本ばななさんの対談の中で、吉本ばななさんが中学とか高校あたりの頃、男性にもてて、男友だちが引きも切らず、家に帰るよりそのボーイフレンドの家に入り浸っていた、というようなことが書いてあるんだけど、それはちょっと意外でしたね。そういう感じの人だったの?
August 8, 2026
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さあて、いよいよ拙著の発売が今日から始まります。皆さん、買ってね!これこれ! ↓自己啓発本を1000冊読んでわかったこと [ 尾崎 俊介 ] この本は、もちろん、「自己啓発本」の叡知というのはスゴイよ、ということをお伝えするために書いた本なんですけど、世の中には自己啓発本に対するアンチ、というのがものすごく大勢いらっしゃいましてね。 だから、こういう自己啓発本賛美の本を出すと、ものすごい批判が来る。本当に自己啓発本っていうのは、世に憎まれる文学ジャンルなのよ。 だってさ、もう昨日の時点で、アンチの投稿があったもんね。「1000冊読まないと分からないような自己啓発本の知恵なんて、まったくあほらしい」と。 でも、このアンチの投稿って、そもそもこの本を読まないうちに投稿しているわけだよね。だって、この本、今日から発売なんだから。 わかるでしょ。自己啓発本のアンチって、そもそも読まないで批判するのよ。 まあ、世の中の全員を満足させる本なんて書けないからね。 それにしても、「1000冊読まないと、自己啓発本って分からないのか。それなら、そんなもの、読む価値ない」という批判のスタンスは、ちょっと面白いなと。面白いというのは、反駁する価値がある、という意味ですが。 じゃあ、そもそも自己啓発本を1000冊読むって、どういうことなのか。 たとえば、ある若者が、歴史のある大手の会社に新入社員として入ったとするじゃない? その新入社員が、1年間、その会社に勤めたとして、その大会社のことが把握できると思う? できないよね! 新入社員の一年目なんて、あたふたして日々の課題をこなすだけで終わっちゃうんじゃない? 2年目になると、どうだろう。かつての新入社員にも「後輩」ができるわけだ。そして少しは心の余裕もできる。 3年目はどうか。3年目ともなると、さすがに少しは会社のことが分かってくるでしょう。どういう部署があって、そこにどういう上司がいて、どの上司は付き合いやすいが、どの上司はちょっと苦手か、なんてことも薄々わかってくる。時には、二つ下の後輩の面倒も見させられるようなことも出てきて、少しは会社に貢献できるようにもなってくる。 入社3年目って、そんな感じじゃない? じゃあ、入社3年目って、入社何日目よ。1000日目じゃない。 大手の会社に入社して、3年・1000日くらい経ったら、少しは右と左の区別がつくようになる。そんなもんじゃない? 自己啓発本の研究もそうなんだって。1000冊くらい読むと、大体、この文学ジャンルはこんな感じだな、というのがわかってくる。だから、入社3年目の社員が人に対して「うちの会社って、こんな感じ」と言えるようになるのと同じように、私も一般読者に「自己啓発本の世界って、だいたいこんな感じ」と言えるようになる。 「自己啓発本を1000冊読んでわかったこと」というのは、そういう意味よ。 ま、私は、面白いと思ってこの研究をはじめ、続けているわけで、他人にどう批判されようが眼中にないんですけど、「1000冊読んでわかったこと」というのは、そういう意味だ、ということは、ここに伝えておきたいものですな。
August 7, 2026
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かつてプロレスの一時代を築いた名レスラー、ドリー・ファンク・ジュニアが亡くなりました。享年85。 私がプロレスに夢中だったのは、10歳から12歳くらいの頃だから、今から半世紀前ということになりますが、その頃、NWAという当時最も権威のあったプロレス団体でヘビー級チャンピオンだったのがこの人。 その頃既に頭髪が少し寂しくなっていたドリー・ファンク・ジュニアですが、その分、どことなく知的な雰囲気があり、大学教授がプロレスのリングに立っているような、独特のカッコ良さがありました。 でまた、彼の必殺技がすごかった。 プロレスは、基本的に立ち技中心で、寝技、それも相手の足を攻める技というのはそんなにあるわけではありません。 ただ、そんな中でも足技の必殺技というのが二つあって、一つは覆面レスラー、ザ・デストロイヤーの「足四の字固め」、もう一つがドリー・ファンク・ジュニアの「スピニング・トゥ・ホールド」だったのよ。どちらも、「この技が出たら、もう相手はギブアップするしかない」という、まさに必殺技でね。 で、四の字固めの方は、素人にも真似ができる。物理的に足をへし折るような技だからね。 一方、スピニング・トゥ・ホールドの方は、素人が相手にかけても、相手は全然痛がらない。「ん? こんなんで本当に効くのか?」という感じなんだけど、ドリー・ファンクがかけると、相手の大の大男が大げさな仕草で「やめてくれ~!」みたいな感じになるので、そこには何かコツがあるのでしょう。 だから、スピニング・トゥ・ホールドは、謎の多い技なのよ。だからそれを巧みに操るドリー・ファンクは、やっぱりエライ、ということになると。 ドリー・ファンク・ジュニアにはテリー・ファンクという弟がいて、彼はテキサス流のストロング・スタイルのプロレスをする人で、日本ではこの人の方が人気があったかもしれませんが、私は何と言っても玄人好きのするドリー・ファンク・ジュニア一択でしたね。 それにしても、昔のプロレスには、それぞれのレスラーに必殺技があって楽しかった。ザ・デストロイヤーの「足四の字固め」、ドリー・ファンク・ジュニアの「スピニング・トゥ・ホールド」もそうだけど、フリッツ・フォン・エリックの「アイアン・クロー」とか、ルー・テーズの「バック・ドロップ」、ビル・ロビンソンの「スープレックス」、ブルーノ・サンマルチノの『カナディアン・バック・ブレーカー」、ドン・レオ・ジョナサンの「エアプレン・スピン」、ミル・マスカラスの『フライング・クロス・チョップ」、ボボ・ブラジルの「頭突き」とかね。もちろん力道山の「空手チョップ」、ジャイアント馬場の「ヤシの実割り」、アントニオ猪木の「卍固め」もあった。フレッド・ブラッシーの「噛みつき」とかも、あれは技なのか?というのはあるにせよ、そういうのもあった。 当時のプロレス界こそ、「みんな違って、みんないい」だよね! そんな懐かしいプロレス界で一時代を築いた名レスラー、ドリー・ファンク・ジュニアのご冥福を、幼き日のプロレス・ファンとして、お祈りしたいと思います。合掌。
August 6, 2026
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